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終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
少年編
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知は力なり、されど力は止まること無し


 物語と言っても、ストーリーの進め方と言うのには多くの種類があるものだ。

 『アルラ・ラーファ』として生きると決めたあの日から、力なき『普通』の少年はまず知識を身に着けることにしたらしい。今現在の彼はこの世界についてあまりにも無知だ。知識云々の前に、『世界』そのものを学ぶ必要があるまでに。ということは、まずこの世界について知らなくてはいけない。


「あらアル、また書庫に行くの?」

「うん、夕方までには帰るよ」


 と、元気な挨拶ではあるが中身はインテリまっしぐらである。

 母に見送られて、少年はありふれた家を飛び出した。家から道なりに村の中心のほうへと足を延ばすと、畑作業をしている村人たちが優しい笑顔を浮かべて話しかけてくる。


「おうアル!また『書庫』か?」

「うん!」

「いっぱい勉強して偉い人になるんだぞ~」

「こらあんた!アルラちゃん、偉くなんてならなくてもいいのよ~、学者さんでも旅人でも好きなことをしなさいね~」


 この村には『書庫』と呼ばれる村人が自由に使える図書館のような施設がある。大きさは小学校の教室より少し大きいくらいだろうか。県立図書館だとか都市に備えられた巨大図書館まではいかないものの、そこそこの広さはあるので村民も特に苦労はしない。内部構造としては壁全体に本棚が設置してあり、中央には長椅子とテーブルが置いてあるだけのシンプルな造りだ。


 『書庫』の蔵書数はそれほど多くないが、知識を得るためにはうってつけの場所だろう。そしてなぜかは知らないが、この書庫には世界の歴史を記した本が一冊もない。

 魔導書と呼ばれる魔力を使った技能、いわゆる『魔法』について記した本や、料理や裁縫などの趣味本などが大半を占める。それでも普段から暇で、なおかつ読書が苦にならないアルラにとっては、ここは宝物がたくさん並べられた金庫のように思えた。あるいは子供から見た玩具店のショーケース。とにかくわくわくが止まらないという意味なら何でもいい。


 そして最近少年が読みふけっているのが「歴全史」という、世界各地の伝説などについて記されている本だ。まだわからない単語も多いので、なかなか読み進まないが、そういった単語が出るたびに、他の本で調べ理解するを繰り返して着実に知識を身につけている。


 外からの日差しが『書庫』の中を陽気な温かさで包み、静かに時が流れる昼下がり。


 この世界は『アリサスネイル』と呼ばれている。あらゆる種族が存在する世界で、アルラたち人間族が、人型の知恵ある種族の中で最も繁栄しているらしい。その他にも獣人族、悪魔族、妖精族、海人族など、様々な種族が暮らしているという。


「前世で読んだファンタジー小説みたいだな」


 思わずそんな言葉が出てきた。すると


「前世って、なあに?」

「!?」


 突如後ろから声が響く。思わずアルラが振り返ると、そこには不思議そうな表情を浮かべる幼馴染の少女、村唯一の魔法使いであるおばば様の孫娘のリーナが立っていた。


「リ、リーナ...どうしてここに...?」

「だって最近アルラ、本ばっかり読んでて私と遊んでくれないじゃない!」


 ぷくーっと頬を膨らませる幼馴染の姿に、思わずため息が漏れる。

 幸か不幸か、聞かれたのがリーナで良かった...母さんや大人の人だったら何を言われるかわからない。子供のリーナならいくらでも誤魔化しようがある。中身はともかく、彼も体は子供だが。


「本なんて読んでないで一緒に遊ぼうよ!」

「ごめん、僕勉強がしたくて...」


 リーナが不満そうな声を上げるがぎこちなく笑って誤魔化す。


「どうしてそんなに勉強してるの?」

「聞いても面白くないと思うけど...」


 それでもいい!といった感じでリーナが目を輝かせて首を縦に振る。話すかどうか少し迷ったが、まあ聞かれて困ることでもなし。仕方なしとばかりにアルラはゆっくりと話し始める。


「大人になったら村を離れて旅に出たいんだ。でも村の外の世界は知らないことだらけだし、危ない目にも合うと思う。だからせめて知識だけでも人一倍身に着けて世界に通用するようになりたいんだよ。」


 持っていて損をする知識なんて存在しない。どのような知識でも、役に立たないなんてことはないのだ。アルラは確信していた。知識があったからこそ、前世の死の間際、布で口を覆い有害な煙から体を守り、冷静に行動できたのだ。知識は時に、武にも勝る力となる。アルラはそれを絶対正しいと思っているし、きっとそれは本当に正しいのだろう。


 旅に出たいというのは現在のアルラの目標でもあった。せっかく違う世界に生まれてきたのだから、世界中を自分自身の目で見て回り、いつかその記録を残した本でも書けたらなという。ささやかな夢だ。


「ふ~ん...」


 リーナがさっきまでのキラキラした顔と打って変わって、とんでもなくつまらなそうな顔でとんでもなくつまらなそうな声を上げる。


「つまんないの、言ってることわかんないし!」


 年頃の少女にアルラ・ラーファの子供にしてはやたら大人びた考え方は伝わりそうもない。彼女は声を張り上げてそういうと、書庫の扉を勢いよく開けて外へ走り去ってしまった。

 だから面白くないと言ったのに。まあリーナはまだ子供、先のことなんてまだ何もわからないのだろう。


 アルラは席から立ち上がると開けっ放しになった扉を閉め、視線を手に持った本に戻して再び本の世界へ意識を浸透させる――――。





 一方でその頃。


 地図で位置を正確に表したいのならば、そこはアルラの住む村より遥か東に位置する。まるで天まで届くかのような、巨大な城がそびえ立つ。城の周囲を街が囲み、その街をさらに高い壁が覆っている。ここは武双国家"ヘブンライト"


 そこではまた一つ。世界の歴史の分岐点ぶんきてんとなりうる事態が起ころうとしていた。


 王城の一角。大きくきらびくシャンデリアが、部屋を照らし、中の人影を浮かび上がらせる。巨大な扉から正面、赤の絨毯の先には、玉座が置かれ、そこに一人の屈強な肉体を持つ男が座していた。


 金色の腰まで伸びた長髪、鋭く光る赤い瞳、全身を美しい宝石や装飾品で着飾った長身の女性が、玉座に構える屈強な、そしておそらくは王と思わしき剛健な男の前に立つ。


「父上、召喚の儀の準備が完了しました。後は魔力の供給と贄を捧げれば何時いつでも。」

「よくやったヘルンよ。下がって休め。」


 ヘルンと呼ばれた長身の美しい金髪の女性は頭を上げ一礼をすると振り返り、無駄に重厚な部屋の扉を開けると外へと出ていった。王族が学ぶ作法なのか、彼女の行動には一切の無駄がない。だがその反面、表情からは感情も見えない。まるで心が無い機械のようだ。父上と呼ばれる剛健な王は玉座にゆっくりと座り直し、足を組む。


 王の名はエスカル・アルマテラス。己の武力ちからのみで兵をまとめ上げ、国のトップへと就いたこの国の『力』の象徴。数千もの敵に一人囲まれながらも鉄剣をただ一本持って立ち向かった、雲を貫き聳え立つ霊峰の頂に住まう伝説の魔獣を討ち取った。敵対国の軍をたった一人で壊滅へ追いやった......国中でそんな噂が絶えないほどに得た民からの信頼もお飾りではない。

 まさしく。

 

 一国と更にはその軍隊、双方のトップであった。


「始まりの導鐘どうしょう、か。今回は鳴るだろうな。本当に存在するのであれば、だが。」


 自分以外は誰もいない。一人でいるには広すぎる部屋で、王は虚空に投げかける。誰か聞く者がいるわけでもなし。それでも王の独り言は続く。


「成功すれば、さらなる力。失敗すれば、全てを失う。」


 王の表情が変わりゆく。その顔は善人にも、悪人にも見える笑みであった。


「私好みのギャンブルだ。」


 静かな静かな玉座の間に、王の笑い声が響いた。



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