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終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
序章
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無数の命とランデブー



 『神花之心《アルストロメリア》』は決して万能の異能ではない。自らの寿命を動力源としているのはもちろん、それ以外にも欠点は多々存在する。

一つ。攻撃の手数。基本的に肉体を強化して戦うスタイルのアルラは、距離感が離れた戦いは苦手な分野だ。殴る、蹴るが基本スタイル。常に頭の回転率を上げ、遠距離攻撃を仕掛けてくる敵には拾ったものを超高速で投げつける。ライフルでも持ち出されればいくら反応速度を強化していても完全に回避は出来ないし、こちらから攻撃する術《すべ》も、何か拾ったものを超高速で叩きつけることぐらいしかできない。

 たとえ超高速で発射される岩石でも瓦礫でも、当たれば致命的なダメージにはつながるだろう。

 だがそれは直線的な動きしかできない。

 魔法のようにくねくねと自由自在に軌道を変える炎や、狙ったものを確実に貫く風の刃より遥かに劣っている。

 二つ。対無機物戦

 無機物、と表すよりは命を持たない者と称するのが正しい。例えば先の戦闘、つまり『語り部』フランシスカ・ドーナッツホール・ホーリーが生み出した黒甲冑。既に命を終えた物体《・・》を素材として生み出された死体の兵士。いくら倒してもエネルギー源となる寿命は加算されず、消費する一方となってしまう。無人の攻撃ヘリや魔法で土をこねて作っただけのゴーレムなどでも同じことが言える。

 つまり神花之心《アルストロメリア》は無尽蔵に生み出される無機物との連戦にはめっぽう向いてない。

 そして三つ。副《・》作(・)用(・)


「ごぼぁっ!!はっ、がぁっ!」


 ビシャッ!という音が暗い路地裏に響く。水風船が地面に叩きつけられたようなくぐもった音。喉の奥底から湧き出てくる粘っこい血液の塊を何とか外へ出し、気道を確保する。口元に飛び散った血を拭い、震える膝を叩き起こす。

 四つん這いから何とか立ち上がるが、震えは膝どころの話ではない。

 全身から嫌な汗が噴き出るし、変な鳥肌も立っている。


「短期間にっ...!使いすぎたか...!」


 寿命をエネルギーにしているというだけでも肉体に負荷はかかる。何しろ使うたびに体細胞一つ一つは老いていき、生き物を殺せば急激に若返る。それに加えて極端な肉体の強化。

 筋力を強化する。言葉にするだけなら簡単だが、それは無理やり筋繊維や細胞をを活発化させているということに他ならない。当然全身にくまなく負担がかかり、急な活発化による疲労感や倦怠感が生まれる。

 今回は吐《・》血(・)く(・)ら(・)い(・)で(・)済(・)ん(・)だ(・)も(・)の(・)の(・)、使い過ぎは寿命とは別方向からアルラの命を奪うだろう。

だが、そんなことは誰よりもアルラが分かっている。


「クソッ!!ジルは...撃たれてたっ!生きてるのかもわからない!使える寿命も少ない、補給もできない!クソッ!クソッ!!」


 頭の中の負の感情を吐き捨てるように薄暗い路地裏で叫んだ。彼を追尾するのはトルカスの対テロ用兵器鋼蜻蜓(ハガネヤンマ)。街の美しい景観を守るため、敵対する生命だけを確実に内側から焼き殺す六人乗りの戦闘ヘリ。

 形は何処にでもいるトンボの材質を鋼に変え、サイズだけ大きくしたような形。複眼部分のガラスから操縦士が二人常に見える。先程発見されたときは何とかその索敵能力から逃れられたが、次はいつどこで見つかるかもわからない。

 撃ち落とすことは可能だろう。その辺の瓦礫を超高速で投げつけて、羽の一部をもぎ取ってしまえばいい。

 だがそんなことをすれば本(・)当(・)に(・)敵(・)対(・)の(・)意(・)思(・)が(・)あ(・)る(・)と示すようなものだ。

 そうなれば街、いや、国《・》は全力でアルラを追い込むだろう。国家を脅かすテロリストとして、ニミセトの街を襲った凶悪犯罪者として。


「まずは、『語り部』の捜索?いや違う、合流だ。誰か、誰かいないか!?」


 状況は劣勢。『強欲の魔王軍』がニミセトの警備委員会《ガード・コミュニティ》に潜入、内部から情報を操作し、アルラと敵対。敵の中心である呪術師フランシスカ・ドーナッツホール・ホーリーの居場所は掴めず、何とか目的を共にする仲間もやられた。トルカスは最終兵器である鋼蜻蜓《ハガネヤンマ》を解凍、アルラを国家の敵と判断。

 既に街内放送によってアルラの名前は凶悪なテロリストとして街中に広まってしまった。だがここで一人、アルラの頭に一人の強面の男性の顔が思い浮かんだ。

 そして思い出したように。


「...そうだ、そうだ!ノバート!環境委員会《シーナリー・コミュニティ》のトップ!ノバートがいた!!」


 彼ならば出合い頭に熱光線を撃ちこんでくることもないだろう。完全に信用はされなくとも、少しでも『もしかしたら、アルラが白かもしれない』と言ってくれる可能性がある。

 合流すべき相手はノバート・ウェールズ、協力を仰いで、街に潜む『語り部』へ辿り着く。

 現在想定できる最善の道だ。


(あいつなら発見即射殺なんてことはないだろうし、俺と目的が大体一致している。だけど、どうやってそこまで辿り着く!?警備委員会《ガード・コミュニティ》に見つからずに環境委員会《シーナリー・コミュニティ》の本拠地へ。当然環境委員会《シーナリー・コミュニティ》も見張りや警備員くらいいるだろうし)


 そうと決まればやるべきことは一つ。出来るだけ姿を暗闇と星空の影などに隠し、物音立てず環境委員会《シーナリー・コミュニティ》の建物に近づき、侵入する。

 建物への道のりは頭の中に入っている。街のあちこちに立っている観光案内板も記憶済み。問題はどうやって建物内へ侵入するか。周囲に警備委員会《ガード・コミュニティ》の声は聴こえない。

 路地裏から頭を出して、付近を警戒したアルラが違和感に気が付いた。


「なんだ...あれ...」


 その時、雲が散らばっていた暗い空が染まっていった。黄色い煙のようなモノが、街全体を覆うように被さっている。そんな大規模な異変に気が付いたのはアルラだけではない。アルラを探していた空中の鋼蜻蜓《ハガネヤンマ》が、黄色い煙に呑み込まれていく。瞬間、羽の動きが目に見えてスローになった。全体が大きく揺れ、不安定な恰好で空中で踊っている。

 バヂィ!

放電のような音と共に、鋼蜻蜓《ハガネヤンマ》の高度が下がりつつあった。


 墜ちる。


 凄まじい爆発音と共に解放される黒煙と悲鳴の嵐。墜ちた先は煉瓦造りの建物が並ぶ住宅街だった。

 他の機体も慌てたように高度を下げるがもう遅い。既に機体内部に取り込まれてしまった破滅を呼ぶ黄色の煙は、次々と地に墜ちる。着地というより、衝突。地面に、あるいは水路に、あるいは建物に叩きつけられた巨大な精密機械が、黒の煙と共に爆ぜてゆく。


「まさ、か。隔離したのか?この街を!誰も何も逃がさないように!」


 震える声で反応を示す。直後に、再び花火のような轟音が響く。今度は鋼鉄製の鋼蜻蜓《ハガネヤンマ》ではない。さらに遠く離れた湖側からだった。

 先程までとはまた質が違う音だが、破滅を呼ぶという点では同一。その光景に目を剥くアルラの脳裏に一つ、観光案内板に記されていたある地点の名が浮かんだ。


「通信監理所っ!!」


 『敵』が狙ったのは十中八九そこだろう。ニミセトの街とトルカス王都を繋ぐ連絡の要《かなめ》であり、街の科学的な通信機器の管理を一括して行う設備。今この瞬間から街は情報から隔てられた。


 苛立ちを表すように、両手で頭を掻きむしるアルラの足は、いつの間にか薄暗い路地裏から、悲鳴へと向かっていく。本人も気が付かないうちに弱者の方向へと向かっていった。謎の確信がアルラにはあった。敵は『語り部』だけではない、もっと大きなものだという確信が。


「こんばんは、いい夜ですねえ?」


 道を妨げるように女性が立っていた。こんな悲劇の中心地だというのに、失礼だが恰幅の言い女性はにこにこと笑っている。年齢は恐らく四十以上。安物の婦人服を身に纏った、日本の何処にでもいる主婦のような格好で立っていた。

 しかし明らかな異質も絡みついている。災禍に包まれゆく街を眺め、『いい夜』などと妄言を口走る害悪なる存在へ、固く拳を握るアルラが静かに問いかける。


「...お前が、敵か」

「そうですねえ、敵と言えば敵かしら。おばちゃんはあなたに恨みはないけどこれも仕事だから。本当よ?本当に悪いとは思うんだけど...」


 横から別の拳がアルラの頬を撃ち抜いた。完全な不意を突いた一撃、吹き飛ばされ、水路ギリギリのところで転がる体を起こすアルラの目に飛び込んだのは今まで生きてきた中でも最も異常性に特化した光景だった。


「「「「死んでもらえる?」」」」


 複数の攻撃が無尽蔵に視界を埋め尽くす。拳に、脚に、手刀。強く地面を蹴り飛ばし、自ら水路へと飛び墜ちる。追撃はない。ただ異常な光景が広がっていただけだった。

 その女性たちは全く同じ見た目と、全く同じ声で、全く同じような口調でこう言う。


「「「「「『私』に勝てるかしら」」」」」


 煉瓦造りの建物の上、そこらじゅうの道、彼女たちは立っていた。水から頭だけを出していたアルラの言葉が途絶える。どれほどの数だろうか。昨晩対峙した黒甲冑の兵隊より遥かに多い。

 嘲るように、恐らく最初にアルラに話しかけたであろう女性が言い放つ。


「オーク・ノーテイム。『繁殖』を信仰するノーテイムファミリーの序列16位です。よろしくね?さようなら」

「っっ!!」


 次の攻撃は水中、アルラの浮かぶ地点の真下からだった。突如足首を捕まれ水中に引きずり込まれながらも、辛うじて視界に捉えたのは二人の『オーク・ノーテイム』

 一人が右の足首を、もう一人がアルラの左の足首を両手で掴んでいた。


(幻覚!?違う!質量を持っている!!)


 女性とは言え、大の大人二人がかりで水中へ沈められている。そう簡単に脱出は出来ない。アルラが次にとった行動はベルトのポーションケースから試験管を取り出すことだった。重要なのは試験管の中身ではない。容器であるガラスの試験管。丸まった下部を叩きつけ、試験管を鋭利なガラスの凶器に変え、両足首を掴む女性の手へ振り下ろす。

 水路の水の一部が赤く染まり、アルラは水中から解放される。息継ぎに頭を水面に出した瞬間、上空からの全体重をかけた飛び蹴りが降り注いだ。


「ああああああああああ!!」


 叫びと共に放たれた光を纏うパンチが二体分の飛び蹴りを弾き飛ばす。だが総数は圧倒的に足りない。

 蹴りの勢いで再び水中へ押し戻され、背が底につく。


(副作用が怖いけど、こうなったらもうやるしかない!)


 次に光を纏った両脚部をばねのように大きく曲げ、水路の底を蹴った。勢いよく上がる水飛沫と共に数人の『オーク・ノーテイム』の体が吹き飛び、建物に衝突する。水路から飛び上がり、びしょ濡れになったアルラが息を切らして石煉瓦の上へ立つ。


「女性に乱暴するなんて、褒められた行為じゃないわねえ」

「何百もの数に分身する化物が、女性と思われたいなら女性らしく振舞ってろ!」


 手を口に当てて笑う最初の女性、オーク・ノーテイムは語る


「分身、は間違っているわね、20点」


 その間にも数百の『オーク・ノーテイム』がアルラに襲い掛かる。小さく舌打ちすると迎撃に体を忙しく動かすアルラを、じっくりと虫かごの中の蝶でも観察するように眺める最初のオーク・ノーテイムは、肉が肉を撃つ音を無視して語りだす。


「私が信仰するのは『繫殖』と言ったでしょう?これが一つのヒント、忙しくて回答できなそうなので教えると、それ(・・)は全て『私』よ。全員が全員、私と同じ名前を持ち、私と同じ思考回路を持ち、私と同じことを考える。オークって魔獣を知ってる?人々に虐げられている人型の豚のようなあの魔獣は、種として最も尊い行動を成しているだけなのにねえ」

「...クローン」

「惜しい」


 今もこうして数百対一の肉弾戦を繰り広げているアルラを他所に、左手の小指に巻かれた包帯を見せるように突き出すオーク・ノーテイムが短く答えた。


「私の魔法は『繫殖』の研究成果。封鎖された空間を子宮、私の赤血球を受精卵、液体を羊水と仮定して次々に『オーク・ノーテイム』を生み出す。この街は私の姪によって『封鎖』され、そしてこの街では液体には困らない。生み出された『オーク・ノーテイム』は人と同じように命を持ち、考え、生きる正真正銘の人間よ。殺されれば死ぬし、寿命で老衰する普通の人間」


 もっとも、『ノーテイム』は人間の失敗作ですけどね。と付け足すオーク・ノーテイムの包帯が解けおち、滴り出る血液が水路へ。そして無数の『オーク・ノーテイム』が水路から這い出る。にこにこと不気味な笑みを浮かべてアルラを嘲笑う女性が、容赦なく無数の拳を振るう。


「ならちょうどいいな」


 拳を纏っていた光が、全身に広がる。オーロラのような今にも消えてしまいそうな光が、燦々《さんさん》と輝く星の光へと移りゆく。ピクリと初めて反応を示した最初の『オーク・ノーテイム』が手を水平に伸ばし他の自分へ静止を促すと、無数の拳が一時的に停止し、光の発生源となる青年から距離を置いた。


「ちょうどエネルギー切れが近くて困ってたんだ。お前みたいな悪《ゲス》ならいくらでも殺せる。補給させてもらうぜ」

「あらあらあら...出来るものならやってみなさい。坊(・)や(・)?」


 無数の『オーク・ノーテイム』の拳と蹴りが全方位からアルラを押し潰す。

肉の塊の奥で苦痛に顔を歪めているはずの青年の声が突き刺すように『悪』へ届く。


「無性生殖《ノーマンハーレム》、意思を統合。対象の殺害に全力を尽くせ」

「『神花之心《アルストロメリア》』、俺の拳は邪悪を貫く槍だと思え」


 骨を砕く音と共に、青年を殴りつぶしていた無数の『オーク・ノーテイム』が吹き飛んだ。



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