分岐点
なんとも時間の流れと言うのはあっという間のようで。
あの儀式に失敗してから1か月が過ぎた。なんとアルラはあれから意識を失い続け、話によると3日間も眠り続けていたらしく、目が覚めた時には彼の母が大号泣してしまった。
その後しばらくしておばば様が"話がしたい"と尋ねてきた。急かすように椅子に座らされた二人となにがなんだかの少年であったが、深刻な様子には変わりない。なんだか病院の待合室で診断の結果を待つみたいな雰囲気だが、実際に二人はそんな心境なのかもしれない。
病名を告げる医者と母。
改めて、口を開いたおばば様の話によると、だ。
「あの儀式...つまり属性診断じゃ。単刀直入に言うようが、暴走の原因はアルラの魔力不足じゃの」
ということらしかった。
あっけにとられたのは、病を聴く側の二人だ。それも、当事者というか色々とやらかした(本人の自覚ナシ)アルラ・ラーファはぽかんと口を開けたまま微動だに出来ない。
やがて、ようやく開いた口から出てきた言葉と言えば、
「へ?」
こんなんだった。
あっけなさすぎて間の抜けた声が出てしまった。
前世の記憶というべきか。まだ何も、本当に何もわからないが、灯美薫という別人の記憶が流れ込んできたことが原因じゃなかったのか。アルラはそれが原因とばかり考えていたようだが、事の深刻さもそう底は浅くない。
もっと複雑で、パズルのようにぐちゃぐちゃと入り組んでいる。
頭が痛い。
脳みその代わりに鉛でも詰め込んだのかというくらい、自分の頭が重く感じる。
「不足というかなんというか、詳しく説明すると長くなるが、良いか?」
「はい。代わりに私が聞きますのでお願いします」
母がいつにも増して真面目な声で答えたが、相変わらず息子のほうは間抜け顔を晒し続けていたのでおばば様がちょっと笑いをこらえてた。まあ実の息子があんなことになってたらそりゃ真剣にもなるか、と何処か他人事な現実逃避少年アルラ・ラーファであったが、彼自身あまり実感がわいていないのだろう。ちなみにアルラの父は現在進行形で森へ狩りに出掛けている。ちらりと耳に挟んだ話によると、なんでも恐ろしく大きな猪が出たとかなんとか。
話がそれてしまったが、改めて。
お茶を一口啜ったおばば様は落ち着いた様子で、しっかりとアルラのことを見つめているようだった。
それがたまらなく不安らしいエリナが額に汗を浮かべるも、おばば様の一言でそれはすぐに別の感情に変換されていく。
「うむ、まずアルラ、お前の属性適性は基本属性の『闇』じゃった」
「『闇』?」
「そうじゃ、というよりは、アルラ、お前はちょっと体質が異常らしいのじゃ」
んん??体質が異常?と。
思わずにっこり笑顔が引きつっていく。
これはきっとあれだ。例の青年が、忙しい仕事の合間を縫ってちょこちょこ嗜んできた小説作品のジャンルのあれだきっとそうだそれ以外に考えられないッッ!!
「儂も医者じゃないし、専門家でもない。いや、専門家ではあるのか...?まあ今は後にしようか。簡単に言うとじゃな、お前は魔力を生成することが出来ないのじゃ」
「魔力を生成できない...ですか?」
そう尋ねる母、エリナの顔は背中に氷を突っ込んだかのように真っ青だった。そんなに酷いことなのだろうか。この世界の常識に疎い少年には何が何だかわからず、おろおろと二人の表情を見比べることしかできない。
「通常、世界中大体の生物は各々の属性を持ち、体内で取り込んだマ素を用いて生成する魔力を用いて属性に合った力を引き出せる。例を挙げると火属性を持つ人間は、魔力を使って発火現象を起こせる、そしてその魔力は普通、呼吸によって空気中に漂う「マ素」を体内に取り組んで魔力へと変換しておる」
つまり、この世界の生き物は空気中を漂う『マ素』というエネルギーを吸収して魔力を作ると、なるほどこれなら少しわかる。と言ってもやっぱり『少し』にすぎず、物事の本質を完璧に理解するためには欠落している知識が多すぎた。
これはつまり学校の勉強で、教科書を一ページ飛ばして読み解いているようなものだろう。たった一ページ、されど一ページ。その程度の誤差だけで、周囲との差は大きく確立されてしまう。
「だがアルラにはどういったわけか、マ素を吸収することは出来てもそれを魔力に変換することが出来ないようなのじゃ」
「つまり...結果的に言うとこの子は...属性魔法が使えないということですか...?」
「そういうことになるのお...」
アルラはめのまえがまっくらになった!
どこからともなくそんなナレーションが聞こえてきそうなほどにはショックだったらしい。
おばば様が言うには、この先の人生で少年は魔力を使えない。つまり夢にまで見た憧れの存在を。この世界の住民が当たり前のように行使する魔法を使えない。
少年にとってはちょっとした死刑宣告みたいなものだ。
あまりのショックにアルラの視界が揺らめく。文字通り『真っ黒』に移ろいでしまう。むしろ『灯美薫』の記憶を引き出されたこともあって、『魔法』に少なからず憧れていたのだ。
彼にとっての新しい世界はあまりにも理不尽な理由を突きつけて、少年を絶望の淵へと叩き落した。
「儀式中にもアルラには説明したが、あの儀式は『生』の属性を持つ儂の魔力を相手の魔力に反応させて、属性を判断するものなのじゃ。じゃがアルラには生まれつき魔力を作る力はない、だからお前が生まれる前、母親であるエリナから受けとった魔力を全てあの儀式で使い果たしてしまったのじゃろう」
「生まれる前に受け取った魔力、ですか...?」
「赤ちゃんは生まれる前に、お母さんのお腹の中で栄養を貰うでしょ?その時一緒にお母さんの中で生成された魔力も赤ちゃんに渡されてるのよ」
「小僧っ子にはまだ早かろうて」
なるほど。つまりあのとき僕が儀式で使った魔力、あれも元は母さんの魔力だったということか。そう心の中で呟いては見るものの、結局会話の内容すべてを理解しえないことに変わりはなかった。
何もかもが入り混じって感じる。
自分の中に、二人の自分を感じている。
思考がまとまらないのは、そのせいか?
「私の【逃避】が使えなかったのも、闇の魔力の抑制の力ということですね...?」
「おそらくはの」
ダメだ、もう何を言ってるのかさっぱり理解できない。
無理に納得しようとして首をかしげるアルラを見て、おばば様が笑った。
「アルラにゃまだ早かったかのぉ...」
「話は以上じゃ。まあ、何はともあれ診断の儀式は終わった。無事とはいえんがな。アルラよ、そんなに落ち込むでない」
そう言って出された茶を啜るおばば様の顔のほうが落ち込んでいるように見えていた。
なんだかこっちが申し訳なく感じてしまう。
おばば様が話を終えて帰り支度をするころ、空は既に夕暮れに染まり日も沈みかけていた。空の所々を雲が覆い隠し、まるで少年の心の中を映し出したかのようだ。おばば様の話を聞いてからというもの、少年の心も雲がかかったかのように暗く沈んでいる。
母はなんとか息子の元気を取り戻そうとしているようだったが、今のアルラには何を言ったところで無駄だろう。むしろアルラが魔法に憧れるようになったのも日常的に魔法を行使する母や父の影響。当たり前のように技術を使いこなせる人間の慰めなんて、使いこなせないアルラには何の意味もない。
だが、それ以上に、だ。
「アルラ、元気を出して!たとえ魔力が使えなくてもそれだけで決まる人生なんてないわ。」
自分がわからない。
落ちこむ我が子を見るたびに、エリナが元気づけようと声をかける。こんな時は前世で大好きだった小説の続きでも読んで思いっきり泣きたいが、ここは異世界。
それも小説どころか、今まで身近に存在していた何もかもと隔離されたドを何個並べても足らないくらいにはド田舎の村。
「うん、ありがとう母さん。」
精一杯の元気を振り絞り、せっかくよくしてくれる母に心配はかけまい明るく振舞う。エリナが夕飯の支度を始めると、アルラは逃げるようにして自分の部屋のベッドに勢いよく潜り込んだ。
母もきっとこれが空元気だということが分かっていただろう。何も言わなかった。
前世の記憶、というより『灯美薫』の記憶が蘇ったことは、まだ誰にも話していない。言ったところで誰も信じはしないと思ったから、そして言ったら周りのみんなの自分を見る目が変わってしまうのではないかと考えて、怖くなったからだ。
記憶が戻ってから少年は、自分はいったい誰なのか、と考えるようになった。どう生きるのが正解なのだろうと考え続けた。
この世界で授かった『アルラ・ラーファ』として生きる道。
前世から受け継いだ『灯美薫』として生きる道。
前世に未練がないと言ったら嘘になる。
だがこの世界で今まで育ててくれた母さんや父さんへの愛は本物だ。前世の記憶が蘇ったなんて言ったら、やっぱり二人の接し方も変わってしまうだろう。それだけは絶対に嫌だった。
なんだか眠れなくって、気が付いたら夜中、部屋を抜け出して外に出ていた。
頭痛に耐えながら見上げた星空は、遠い記憶のそれとそう変わりはないように見える。
(ぼくは、誰?)
この1か月、少年は考えて、考えて、考えて、考えた。もしかしたら、正解なんて最初から無いのかもしれない。前世がどうであれ、今は今でしかない。
『僕』は『僕』なのだから。前世がどうであれ、今の僕は『アルラ・ラーファ』であり、『灯美薫』ではない。結局、結論はそんなものだ。
これが『物語』
時計の針は巻き戻らない。
魔法を行使するための魔力を体内で生成することが出来ない不出来な少年。代わりと言ってはなんだが前世とも呼べるとある青年の記憶を引き継いで、アルラ・ラーファがこの分岐路で選んだ道は、『アルラ・ラーファ』として生きる道だった。