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終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
一章
196/265

夜を通り越して



 テーブルの上では低予算なテレビ画面が興奮気味に大声で何かを語っていた。

 全身をガッチガチに包帯で固められ、その上両腕両足胴体の各部にくっついてるチューブの先はベッド横の点滴に接続されている。

 がらがらという音と共に病室へ入ってきた女医はこちらが目覚めていることに気付くと、一度溜息を吐いてから手元のボードに鉛筆で何かを記入して何も言わずに出て行ってしまった。

 直後に再び扉が開き、病室に二人の少女が入ってくる。

 ラミル・オー・メイゲル、そしてキマイラと呼ばれる少女だった。


「今回ばかりは私、アルラさんに怒ってもいいと思うんです」

「待てラミル。怒るも何も俺は現在こんな有様なわけで、これはこれで既に諸々に関する罰として機能しているのではないでしょうか...?」

「まーまー、アルラさんのおかげでトウオウは今日もこうして平和なわけですし」


 そんな風に言うとキマイラは病室のカーテンを開け、差し込んでくる陽の光に目を細めた。僅かではあるが外界の喧騒も聞こえるこの病室から、今回の一件の終わりを悟る。


「しっかし無茶しますね、弾丸の打ち上げを阻止するために砲塔ビルの方をぶっ壊すだなんて。こうして生きてるからいいものの一歩間違えれば死んでたっすよ、ってか生きてるのが不思議なくらいっす」

「あいつ程じゃないけど俺も運が良かったってことだろ」

「運は運でも悪運の方ですけどね、アルラさんの場合は」

「生き残ったからいーんだよ...それより」

「ゲラルマギナのことっすか?」


 無言で頷く。

 キマイラは一呼吸置いてから、ニュースでもまだ語られていない事実を簡潔に述べ始める。


「一応、行方不明ってことになってますけどね?」

「行方...不明?」

「まああの規模の崩落っすから、まだ発掘されてないってだけでしょうけど。瓦礫の除去作業だけで何週間かかるかわかったもんじゃないっす。それにしても、ただの人間が神人に勝っただなんてちょっとした革命っすよ」


 与えられた事実に疑問を感じざるを得ないのは、アルラが一番ゲラルマギナと深く接触したからだろうか。それとも、キマイラも違和感自体は感じていても、もうこれで終わりという事にしたいから無意識化でそれを見て見ぬふりしているのか。

 崩落は確かに致命的だ。巻き込まれたなら、もう生存の見込みは無いだろう。ただしそれはあくまで自分たちのような『人間』のケースだ。

 生身で銃弾を受け止める、素手で弾丸以上の速度でサイコロを弾く...そんな生物がたかが瓦礫に圧し潰された程度でくたばるだろうか?

 何より、だ。

 アルラ・ラーファがたまたま運よく崩落に巻き込まれず、博打の神人ゲラルマギナだけが崩落に巻き込まれ命を落としたとはどうしても考えられなかった。

 勝利か敗北か、傾けるなら間違いなく敗北だ。

 三度目の正直なんて機能せず、足りない実力は小手先で埋めるしかなかった。ラミルにも見せた事の無い『魔法を視抜く瞳』(おくのて)すら、少し寿命を延ばした程度だった。

 言わばあれは、今の自分に足りてないモノを理解するための戦いだった。

 絞り出すような言葉が口から外に出た。


「......俺は、一度だって勝ててないよ」


 謎のチケットでタイタンホエール号に飛び乗って、行く当ても目的も無くトウオウまでやってきた。キマイラに巻き込まれる形で今回の騒動に首を突っ込んだまでは良かったが、その後は酷いものだ。三回も戦って一度だって勝つことは出来なかった。

 最後だけ、たまたま運よく抵抗叶う程度の実力しかなかったのだ。

 自分は何でもできるという驕りが無かったとは言い切れない。

 だとしたら今回の戦いの意味は、それを捨てることにあると思う。


「来るのがわかってた地震と異能がたまたま噛み合っただけで、あいつはいつもどこかに余裕を隠してた。こっちは奥の手まで使ったってのにな...神人相手にこのザマなんだ、あの野郎(強欲の魔王)への復讐なんて夢のまた夢だ」


 悲観するような言葉の裏で、本音を言えば悔しくてたまらなかった。

 チューブに繋がれた腕の先で拳が力なく動いていた。

 全てを出し切って、限界を追い抜いて戦ったのは確かな事実。だが、魔王どころか、神人にも勝てやしなかった。たくらみは阻止したというだけで、もし仮に奴が最初の邂逅で既に殺意を持っていら現実は違っていたのだ。

 もしも、事前に地震が発生するとわかっていなかったら?

 もしも、あいつがこちらに殺害の意思を持っていたら?

 もしも、手持ちのピースが一欠片でも欠けていたら?

 分かってはいる、運は実力の内なんて言葉は、実力で追いつけなかった負け犬の都合のいい言い訳でしかないことくらい。

 ラミルは『勝ち負けなんてどうでもいい』口に出そうとして、結局彼の表情を見て何も言えなかった。当事者に慣れなかった自分がどんな言葉をかけたらいいのかわからなくなって、逃げるように視線を僅かに俯いた。

 ほんの少しの静寂に小型テレビから垂れ流されるニュースが強調される。

 テレビの横の小さな花瓶に名も知らない小さな花が一輪咲いていた。

 少し後に、だ。

 静寂に耐えかねたように、キマイラが懐から何かを取り出してアルラの前に差し出した。折り畳まれた紙切れだろうか。動けないアルラに代わってラミルが開くと、中には赤黒いインクの奇妙な紋様が描かれていた。


「キマイラさん、これは?」

「召喚紙っすよ。今回の件のお礼ってことで」


 アルラが知るはずも無いが、それはつい先日のタイタンホエールパニックにて、秘密組織箱庭を率いたとある少女がキマイラを呼び出すのに使った、何やら不気味な紋様が印刷されたA4サイズのコピー用紙だった。

 描かれた陣の感触から、術式に込められた効果を薄っすらと感じ取る。

 魔法、呪術、錬金術から一歩引いた立ち位置ではあるが、比較的メジャーな『術』がこの世の中にもう一つ存在する。

 封印術と呼ばれるものだ。

 魔法や呪術が台頭した時代、より多くの商品を持ち運びたいと考えた行商人が起源とされるその術の本質は名前の通りだ。例えば羊皮紙に、例えば壁や地面に、まるで子供の落書きのような独特な記号と陣を書き記し、そこに何かを封じ込める。

 召喚紙と呼ばれたこれにどんな術式が封じ込められているのかは明白だった。


「あたしの助けが必要になったら使ってください。いつでもどこでも駆け付けます」


 そう言い残して、少女は静かに病室を後にした。

 連絡先くらい交換した方が良かったかな?と廊下で一瞬振り返り、そもそもアルラ達が個人の携帯電話を所持していないことを思い出してまた前を向いた。

 すれ違った女医は何か言葉を投げかけるでもなく、一瞬視界に入った少女の表情で何かを察したようだった。

 彼女キマイラは、今朝のことを考えていた。


『...これ、は......!?』


 到着してまず、圧倒された。

 数刻前までの巨大な建造物の姿はどこにも無く、ただただ積み上がった瓦礫の山が視界いっぱいを埋め尽くしていた。都合の悪い夢を見ているような気分だった、もしもこれに巻き込まれたなら彼と言えどという悪い妄想が止まらなかった。

 それからラミルが言った、『アルラさんがやったに違いない』と。砲弾を止められないなら砲塔を壊すだなんて無茶を思いつくのは、そして実行するのはアルラしかいないと。

 何度名前を叫んでも返事が返ってこなかった。

 ラミルと手分けして探すことになり、しばらく瓦礫の中を彷徨った先で見つけた、ブルーシートの上に仰向けに寝かされたアルラの姿を確認して安心した束の間、その異質な光景に思わず駈け寄ろうとした足が止まった。

 結論から言うと、アルラは無事だった。

 何者かの適切な応急処置が辛うじてのところで命を繋ぎ、アルラ・ラーファを生きながらえさせたのだ。

 異質だったのは、更にその先だ。

 彼が寝かされたブルーシートを取り囲むように...或いは、()()()()()()()()()ぶち撒かれた夥しい血痕が。キマイラの足を止めたモノの正体だった。


『な...これはっ...!?、アルラさん!!』


 アルラの安否を確認した後に残ったのは疑問だけだ。

 アルラは重傷ではあったが、あの夥しい...そして悍ましい量の出血はアルラのモノでは無かった。

 では消去法で神人ゲラルマギナのモノかと聞かれれば、それも首を縦に振りずらい。あれだけの出血量なのだ、例え意識があったとしてもそう遠くまで移動できるはずがない。周辺はくまなく探したが、ゲラルマギナの姿は影も形も無かった。

 何より、あの神人がここまでの重傷を負う姿が、とても想像できなかったのだ。

 人差し指で軽く触った途端、指先に付着したごく少量の血液は空間に溶けるように消えてしまった。

 謎が。

 疑問が。

 脳に根を張った。

 その後は意識の無いアルラをあの場から運び、ラミルと共にこの病院に運び込んだ。

 女医に怒鳴られ、拳骨をもらった時も、頭の中は染みついた景色を反復していた。

 

(あの大量出血は恐らくゲラルマギナのモノ。しかし、要因はアルラさんでも崩落でも無い)


 このことは二人にも教えていない。

 あのビルを打ち壊した今、まだ驚異の影が拭い去れてないだなんて言えるわけがない。


(じゃあ()が、もしくはが...?)


 病院と外界を分ける扉を抜けた先、誰もが今日という日常の裏に潜んだ物語を知らないトウオウの街が広がっていた。

 たった一日の出来事だ。

 トウオウの街に降り立ったアルラとラミルがキマイラが抱えていた仕事に巻き込まれたのは偶然で、直後に街の背後に潜んだ無意識の悪意が顔を覗かせた。結局キマイラは騙されていただけで、勝手に後を継いだアルラが三回の敗北の上に重ねた偶発的な一撃だけが奴に届いた。

 彼ら三人以外、行方不明の神人とその部下を除けば誰も知らない物語だった。

 そして瓦礫と血の匂いだけが残される。

 変わらない日常の一部を謳歌する者がほとんどな中、キマイラただ一人だけが予感していた。

 先の時代のどこかで産声を上げるであろう、新たな災厄の予感を。



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