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終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
一章
195/265

最悪



 神様はサイコロを振らないと誰かが言った。

 例えば宇宙が二つ存在するとして、両方の宇宙で辿る現実がすべて同一なら、最終的に辿り着く終着点はどうなるのだろうか。

 ある者は二つの宇宙はビデオの録画映像のように、どちらも何一つとして変わらない未来を描くと考えた。

 ある者はまるで運命とやらがプログラムにおける乱数の様な働きを見せて絶対に未来は同一にならないと考えた。

 答えが出ることは決してないだろう。何故なら実際に要素が完全に一致した宇宙が二つ存在するはずは無いし、仮に存在したとしても宇宙のスケールから見るととてつもなく矮小な人類はそれを観測するだけの力を持ち合わせてはいない。例えば、本物の神様でもない限りは、それを証明することは出来ない。

 神様と運命に因果関係を求めるのも早計だ。

 ヒトは一般的に神様が運命を支配して操る存在だと決めつけるが、逆説があり得ないとは言い切れない。

 神様だって運命の奴隷なのだと。運命は言わばレールや道路の様なもので、神様自身もそこから外れることは出来やしない。神が運命を支配するのではなく運命に支配される存在の中でも人類より少し上位にいるだけなのが神なのだと。

 博打を極めし神人は、大昔にそんな持論をどこかの誰かに語ったことがある。

 故に。


「......ふん!!」


 がらがらがらっ!!という硬質な音を響かせ、瓦礫の山の一部が不自然に持ち上がり、中から神人が姿を見せた。

 血塗れでもはや意識すらない、灰色の青年を肩に担いで、だ。

 結論から言えばアルラ・ラーファは崩壊から生き残った。

 どういう奇跡が重なったのか、崩壊の伝播が思ったよりもなだらかだったがために、崩落にはダイナマイトを使った発破工事の様な圧倒的な勢いを伴わなかったのだ。ジェンガの塔を突き崩すというよりは雨の日の砂場の砂城に近かった。それによって砲塔ビルの崩壊という計画破綻の要は成し遂げつつも、アルラは辛うじて生き残ることが出来たというわけか。

 それでも崩壊には変わりないし、当然人が巻き込まれて無事で済むような規模じゃない。アルラが生き残れた大きな要因はやはり、博打の神人であるゲラルマギナと共に居たからだろう。

 とある平凡な国の平凡な農夫が偶然掘り当てた油田が国全体の国民総所得を引き揚げるように。

 ある者が何気なく振るう幸運が別人に思わぬ利益を生むことは珍しくない。


(『NOAH』は...崩壊からの時間経過から察するに既に全滅か)


 とはいえ、いくらなんでもアルラは流石に重症だった。年がら年中学会とオペを往復するような天才外科医が裸足ですっ飛んでいくレベルで何時逝ってもおかしくないと言えるだろう。

 早急に治療...最低でも応急処置は行う必要がある。

 アルラを担ぎ上げたまま、ゲラルマギナはかつての自分の城の残骸を一歩ずつ踏みしめながら下山する。

 適当な場所に瓦礫の中から引っ張り上げたブルーシートを広げるとそこにアルラを仰向けに寝かせて、手頃な瓦礫を漁り出した。

 コンピューターの残骸、社内掲示板代わりのコルクボードだったもの、ひしゃげた天井照明、汚れたシーツ、社員用のウォーターサーバーの予備タンクに元が何だったかもわからない金属製の何か。すぐ見つかったものと言えばこれくらいか。

 まずはあちこちの裂傷の患部をタンクからこじ開けた水で洗い、引きちぎったシーツで出来る限り圧迫した上で止血を施す。

 折れていた左腕には天井照明の支柱部分を添え木代わりに、深い傷にはコルクボードの画鋲を捻じ曲げて作った針とシーツを解いた糸を用いて簡単に縫合を行い、ひとまずの応急処置を終える。この後ちゃんとした環境で手術を受ける必要はあるだろうが、早急な危機の心配は無くなったはずだ。

 そこまで終わらせたゲラルマギナはほっと一息ついて、夜空を見上げた。

 先刻より星から遠のいては居たが、よりヒトに近づけたと解釈すると不思議と悪い気分はしない。


「...脈拍は安定、失血性ショック症状は現状確認できない。脳内の『NOAH』は落下の直前に完全に殺しきったようだな、全くしっかりしている」


 仮に僅かにでも『NOAH』を脳内に残していたならアルラが意識を失った瞬間に脳髄を食い尽くされていただろうが、その心配は無いようだ。

 全ての『NOAH』は死滅した。流出や悪用を防ぐ目的でバックアップも用意していなかったデータは瓦礫の底に沈んで永遠に失われた。神人がより良い未来を夢想して創り出した哀れな小動物は、もうこの世の何処にも残されていないだろう。

 一つの種と未来が潰えた。

 しかし、気分は悪くない。

 その意味を知ろうとして、ますます過去が虚しくなる。

 思わず言葉の端に漏れていた。


「......止めてほしかったのか?我は」


 背を追ってくる者はいた。

 慕ってくれる者も、宗教張りの信仰や尊敬を向ける者もいた。

 だが、間違いを指摘してくれるような誰かは居たのか?

 道を見失った神様を引き戻してくれるような誰かは。

 自分を『神人』ではなく、ただの『ゲラルマギナ』として接してくれるような誰かが道の何処かに佇んでいたのだとしたら、無理やり引きずってでも引き留めてもらえたのだろうか。

 救済を求められ答え続けた。

 やがて人々は自らの可能性を信じなくなり、神人を頼って当然と思うようになった。それに飽き飽きして、だったら全ての悲劇を一度でもみ消せばいいと考えて、後は見ての通りだ。

 もはや何が正しくて何が間違っていたのかもわからない。始めから歪んでいたのか途中で踏み外したのかも自己判断できやしない。

 ブルーシートに膝を付いて、ポケットから取り出したサイコロは薄汚れて見えた。

 ゲラルマギナが手の中の立方体の感触を確かめようとして、だ。


『キミはどちらかと言えば正しかった』


 咄嗟だった。

 姿は見えなくとも、突如として背中に現れた悍ましい気配は感じ取れた。

 片方しかないサイコロを振り向きざまに投げ放とうとして、瞬間、紫電を帯びた光の槍が空気を切り裂きサイコロを吹き飛ばす。ジェット機が音速の壁を突破する際に生み出すソニックウェーブ染みた余波が広がり、それはいとも簡単に神人の防御を切り裂き、ゲラルマギナの右の肩から先がへし折れる。

 小枝を踵で踏みつけたような有様だった。

 激痛よりも速く不快感が脳に届いた。

 背後から感じられた気配は振り返ったその時には消失していた。

 代わりに、空から声が降ってきた。


『間違いはそう......()()()()()()()()()()()()()()()()。第一キミはあの時代なんて知らないだろ?ボクと違ってさ』


 玉座のつもりか、積み上げられた瓦礫の頂上でそんな風に発したソレを見て、ゲラルマギナは怪訝な顔を浮かべる。

 くしゃくしゃになった右腕を庇いながら、口に出す。


「狐の...面?」


 ......()()は薄汚れた黒のロングマントとフードで全身を覆い、素顔を真っ白な狐の面で覆い隠した()だった。

 今さっき積み上がった瓦礫の山の頂上から、ソレは二人を静かに見下ろしていた。

 全身のフォルムの全てを隠していて、男性なのか女性なのかすらもわからない。

 特徴的な面の覗き穴からは青白い光がゆらりと蠢いていて、額に貼り付けられているのは得体の知れない未知の言語で綴られた御札か何かか。

 ソレは男性で在り、同時に女性でも在った。

 ソレは年端のいかない幼女で在り、同時に枯れ木のように瘦せ細った老人でもあった。

 ソレは血肉を貪る肉食獣でありながら、同時に土に潜む虫けらであった。

 ............つまるところ、正体不明。

 確実に存在してはいるが、実体が曖昧。受肉を終えた悪魔、或いは生者に憑いた死者。それこそ、ゲラルマギナがソレを見て率直に感じた感想だった。

 十二支のいずれの座にも興味を示さず。

 その獣が示す記号と言えば、例えばとある異界の島国では()使()()

 ヒトを化かし、惑わせ、時には危害を加え、時には恵みをもたらすとされる変幻自在を象徴せし獣。


「彼の仲間...というわけじゃなさそうだ」

『だよ、けどワタシはソレに用があってキミには用が無い。だからキミと敵対するつもりは無い、理解したか?オレはソレを回収しに来ただけだ』

「回収、だと?」

『正確には『神花之心アルストロメリア』を...なんだがね』


 何の気なしにソレは語り、ぶらぶらと足を揺らしながら一点を見つめていた。

 つまりアルラ・ラーファを。出自不明の『神花之心アルストロメリア』を宿す極めて異例な後天的の咎人は、これだけ邪悪な気配に充てられてもピクリとも反応せず眠りこけたままだった。

 ブルーシートの上で眠り続ける青年を背に、次にゲラルマギナが取った行動は、言わば必然なのだろう。

 彼は、自分の右腕の有様を考慮した上で一切の迷いも見せず、新たな敵対者に言葉を投げたのだ。


「断ると、言ったら?」

『......おいおい』


 守る。

 一人の人間を、改めて人類に救済をもたらす神人として。

 今度こそ見失わないために。

 二種一対のサイコロなんて無くたって。

 瞬間。

 自己紹介の様な気軽さで何処からか放たれたレーザービームがゲラルマギナの頬を掠める。いいや、額に向かって放たれたそれを、直前で躱した結果そうなったのだ。

 奴は、最初から殺す気だった。

 話し合いが通用する相手ではないと、早々に結論付ける。


『『集光小銃フラッシュバレル』だ』


 簡単な説明を終えた時、ソレは大気中に幾つもの紫電を侍らせていた。

 見たところ大気中の光の屈折率と屈折角を弄ることで光を収束し、レーザービームのように一点から放出する異能と言ったところか。

 操れる範囲によってはプラズマを生み出してこの辺一帯を塵一つ残さない焦土に還す可能性がある。

 パチン!と指を鳴らしたような音があった。

 同時に紫電が消え失せ、代わりにソレの周辺の空間が何重にも重ねた合わせ鏡のように歪んでいた。

 悪寒が。

 百戦錬磨の神人の背中を通り過ぎる。


『『引斥付加メテオルーム』』


 また、簡単な説明を重ねる。

 奴の表情は依然、面に隠れていた。

 が、言いたいことは分かった。

 ()()()()()()()()()()()()()()


『『精神乱読メンタルカノン』、『因果逆転カウンターフェイト』、『等価交換イコールレート』』

「.........おい、待て―――...」


 灼熱が躍り出たかと思えば氷山が顔を見せ、それらはすぐさま金塊の山へと移り変わる。

 瞬きの次の瞬間にはそれらはどろどろの液状になり、やがて針金の枠組みに粘土を張り付けて形成するように白銀の狐の像が現れる。

 それすらも消えて無くなった。

 声が。

 ()()


『『思考整理スマートブレイン』『補正無視ザッツリアル』『貧困思想ウィークスタイル』『実際問題アクシデンター』『連帯責任デッドマンズコンパニオン』『無償の愛(ラブストーリー)』『色素変換カメレオンドレス』『安心安全ヘヴィーデスメタル』『捻くれ者(ネジマキビート)』『鋼鉄皮膚アイアンスキン』『反福横駆ジェノサイドステップ』『不在表明ハイドアンドシーク』『集中轟雨ヘビーレイニーデイ』『命中不安オートファンブル』『完全燃焼ドロップバーン』『四面楚歌ロックダウン』『気配察知ステルスストレス』『極小精神フリースハート』『荒唐無稽ノットエビデンス』『死屍累々(バイオハザード)』『視界良好ブラックアウト』『自動引数フラッシュフィル』『命大事に(ヘルスケア)』『全体攻撃ゾーンクエイク』『組立除法ロジックパズル』『発芽能力プラントキネシス』『魔法少女ドリームテラー』『裸の王様(ヌードデッサン)』『捕食吸収スカーレットプレデター』『模倣天体ホロスコープス』『異能開発スキルメイカー』『球状氷弾アイスボム』『発煙能力スモークキネシス』『血骨武器ブラッドボーン』『運命招来ブルーバード』『過剰重圧オーバープレッシャー』『害意誘導スケープゴート』『硬柔自在マッドメタル』『物体引力アイテムドロー』『着磁能力マグネキネシス』『年齢逆行オールドベイビー』『絨毯爆撃ヒートプール』『防御破り(ガードクラッシュ)』『場面観測ドラマツルギー』『逆探磁場ストークフィールド』『人格複製ステークホルダー』『虚像操作ファントムミラー』『発風能力エアロキネシス』『精神順応メンタルケア』『怪々傀儡(ダンスウィズミー)』『外見偽装ファッションモンスター』『再起不能ノーコンティニュー』『緊急再生フラッシュバック』『形勢虐転リバイスユニバース』『恐怖政治デーモンコマンド』『相互通信トランシーバー』『沸点操作プラスポイント』『熱波噴出アイロンハンズ』『物象憑依デーモンアバター』『視点移動ホークサイト』『電源切断キャットリセット』『遺伝奪取ゲノムムーブ』『貴人偏塵スノビズム』『好悪転換アンアンライク』『落物追跡マウスカーソル』『浸水戦艦トラップシップ』『効率強化ワーカーホリック』『印象操作ブラックコメント』『侵入禁止ブロッキング』『万能切削ブレードワーク』『症状悪化ホロウポイント』『障壁透過スペクターコート』『超速計算パラメトロン』『発光能力フォトンキネシス』『治癒能力メディカルマスター』『自動操縦オートパイロット』『人体改造パズルカッター』『快速救急ドクターイエロー』『阻害因子モザイクロール』『荒波刑砲パイレーツキャノン』『空圧低下エアロダウナー』『変身能力メタモルフォーゼ』『炭化能力カーボナキネシス』『物体送信アスポート』『打暖断弾ニトロスマッシュ』『荒昏軍隊ブラックコーポ』『価格予想エンタープライズ』『複製連鎖マトリョシカ』『推定無罪スキルカウンター』『位置交換コートチェンジ』『秘密基地アンノウンベース』『不幸傍受アンラッキーアース』『音波追従ドルフィンブルース』『汚染蹴撃アシッドファイト』『麻痺付与ノックスタン』『一華団蘭サルビア』『集合特権モノポリマー』『曲射日光サイコレンズ』『口頭無形リップサービス』『硝子操作リキッドグラス』『本体切替アバタードール』『機械工作ラジオペンチ』『強制自殺スーサイドスイッチ』『焦却火砲グロリオサ』『幽体離脱ゴーストルール』『誘導電力アークパルス』『夢幻連鎖ドリームキャスト』『放射性毒アシッドコンボ』『鼓動加速アクセルエンジン』『光波干渉フラッシュアップ』『臓器複製サブバッテリー』『劣化液晶デカトロン』『魔力増幅マジカルパワー』『土石流弾ロックバスター』『自在調理マスターレシピ』『焼身傷命ブレイズウェポン』『突然変異ワイルドカード』『吸収効率マナポリマー』『悪性腫瘍キャンサーメイク』『連続行動アルゴリズム』『超暴風壁アクロバスター』『誤差修正プランデバッグ』『猛突槍角ユニコーンアタック』『怪蟲操作インセクトコントロール』『花園之長フロス』『炎温上昇ブルーコロナ』『真相解明ディテクティブレイン』『速度重視タイムアタック』『嗅覚拡張ドッグノーズ』『発闇能力ダークキネシス』『超絶気合ガッツ』『空間歪曲アノマリースペース』『伸縮自在オクトパスボディ』『幽霊文字ゴーストレター』『治癒吸血ヴァンプヒール』『模型人類ヒューマノイド』『精神差込マインドペースト』『関連不明ミッシングリンク』『溶解技術ビネガーシンンドローム』――――――.........』


 洪水のように押し寄せるソレは器用にゲラルマギナとアルラ・ラーファだけを避けていく。

 瓦礫を押し崩し、残骸を溶け流し、破片を塵に還し、塵すらも無に帰した。

 ルールが壊れる。

 『異能』は咎人一人につき一つ、いや、もっと基本的な世界のルールを簡単にガン無視して、ソレは改めて全てをリセットするかのように景色を巻き戻し、再び瓦礫の玉座に腰を落としてこう言った。


『その他、使ったことも無い2000以上の異能全てがワガハイだ。()()()()?』


 気付かぬうちに。

 くしゃくしゃにされた右腕すらも、巻き戻っていた。

 絞り出した声は、悍ましい光景の全てを目撃してなお彼を守るという意味を孕んでいた。


「貴様は...何者だれだ......!!」


 星の光を浴びて僅かな白銀をきらめかせる面を空に傾けて、ソレは少し考えた。

 そして、さほど重要でもない忘れていた何かを思い出した時の様な、『夕飯はハンバーグだから牛肉と玉ねぎを買っておかなきゃ』くらいの軽さで。

 紡がれた言葉の意味はなんてことないくらい単純で。

 明解。


『ワレワレは、「WORST(最悪)」だ』



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