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終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
一章
194/265

始まりの記憶



 幸運とは『不運』が存在して初めて成り立つ。

 なぜなら幸せの基準があいまいな状態で発生した事象に誰でも好きなパラメータとして幸運、不運を入力できてしまうと、それは言ったもの勝ちの極めてあいまいでいい加減な状態として確立されてしまうからである。普段から高級食材ばかりの裕福層がたまたま食したカチカチの冷えたパンでも、明日の生活も見えないスラムではご馳走になるように、だ。

 故にパラメーターの基準を確立する必要がある。

 幸運と不運の境界線を設定し、そこから不運に分けたパーツだけを『』の目に押し込んで、残った11の動物で相応の幸福を効果として傍受するのが『十二支賽』の仕組みだった。

 プラスとマイナスのバランスは一定で傍受した幸福の数だけ相応の不運が『』に蓄積されるものの、敢えて十二面のサイコロ一つではなく六面のサイコロ二つを用いることで合計の出目1を封じるというのがゲラルマギナのイカサマの正体だ。これならどれだけ他の出目で傍受した幸福の代償が溜まろうとも、そもそもの最小値設定が1以上になるため絶対に『子』が確定することは無く、ゲラルマギナは幸福だけを傍受できる。

 対してアルラは術式と、術式に記号を入力する魔装サイコロの接続を『魔法を視抜く瞳(オカルトスコープ)』によって片方だけ切断することで出目の振り幅を再設定するという対策を行った。

 六面賽二つから六面賽一つへ。これにより出目のふり幅は2~12ではなく、1~6に変更された。つまり、神人ゲラルマギナが貯めに貯めた幸福のツケ(ふこう)が顔を出す可能性を1/6だけ獲得したのだ。

 ここまでやってまだ土俵の主はゲラルマギナだ。博打の神人を相手に1/6を引き当てる運での戦いを制し、ようやく一向に終わりの見えなかった戦いに終止符が打たれる。

 始まってから終わるまでは一瞬。

 投げ捨てられたサイコロが落下したのは二人の丁度中間。

 そして。


「.............................................ごっ、ぶぁ...ッ!?」


 口と胸元、致命的な量の鮮血をそれぞれから吐き出したアルラ・ラーファが仰向けに倒れた。

 体には赤く染まった三本の線が肩から脇腹にかけて刻まれていた。

 出目は『3』。鼠に騙され約束の日に出遅れたとされる猫の仲間、大型肉食獣を表す数字。

 つまり、寅の。

 爪が。


「気が済んだか?」


 神人は威圧的に尋ね、片方しか戻って来なかったサイコロを手の中で確認する。

 勝利を噛み締めるようなことの一切も無く、凍えるような冬の到来を知らせる夜風に白く熱い息を吐いて、ゲラルマギナは敗北者を見下ろした。

 三度目の決着。

 またしても。


「負け、か」


 口にして湧いてくる実感に体が押しつぶされそうだった。

 また負けた。

 三度目だ。

 出し惜しみなんてするはずも無く、正真正銘全ての力を出し尽くした上での敗北。『神花之心アルストロメリア』も、虎の子の『魔法を視抜く瞳(オカルトスコープ)』も使い、ウィアの助けを借りて考えうる最高のシチュエーションを演出した上で、だ。

 言い訳が見つかるわけも無く、感情が内側で昂っている。


「......ここまで我を追い詰めたのは君が初めてだ。敗北を恥じることは無い。君がもう三十年力を磨いた後にこの戦いを行っていたのなら結果はまた違ったものになっていたであろうな」

「...言い訳になんねえよ。そんなの、自分の弱さに甘えてるだけだよ」


 夜空の向こうの星は無数の癖に、手を伸ばしたって一つだって掴めやしない。

 図面を引いて鉄を打ち、そうしている内に気付く。いくら費やしたところで結局その行為に意味はないと。仮に手が届いたとしても求めていたそれはただただ莫大な炎の塊でしかないのだから。夢見た輝きは夢の中くらいがちょうどいいと、どんな『人間』もいつかは思い出す。

 追い求めた果てに()()に届いた男は星を眺め、まだ届きそうもない子供の言葉をそんな風に解釈していた。

 口には出さずに。


「あの時もそうだった、俺は、弱くて、何もできなかった。ただ故郷が焼かれていく光景と、みんなが倒れる姿をぼーっと震えて見ているだけだった」


 いつも何処かにこびりついている。

 肉が焼ける臭い、血の染みた剣の色、風を切り裂く悲鳴が。


「それが君の根幹か」

「もう二度とあんな思いはしたくないんだ。だから...」

「お人好しの我と言えど君の懇願は聞き入れられん。計画は間もなく発動する、勝者たる我の意思が、君と世界を満遍なく包み込む」

()()()()()()

「?」


 唐突に飛び出た言葉に、神人は反射的にアルラの顔を見た。

 瞳の奥で煮えたぎる溶岩は。

 死んじゃいなかった。


「勝ちは譲る。けど、それ以外は一つだって譲らない」


 言葉の真意を測ろうとした、その時だった。

 アルラの頭部の包帯の隙間から鮮血が吹き出たのと同時だった。

 ズオッッ!?と、大地が動いた。アルラが伏せる屋上が、ゲラルマギナの計画の発射地点である砲塔が、確かな振動を発してそれぞれに伝播する。凍てつく夜の空気を巻き込み、今そこに存在する確かな流れを切り取ろうとしている。

 アルラの胸の中で、AIが合成音声染みた機械的な口調で発した。それは恐らく、今この周辺地域で満遍なく埋め尽くすように放送されているそれを引用しただけの構文だった。


『現在時刻は2時38分となりました。速やかに窓や倒壊危険物から離れて避難を完了してください。DFアラートが大規模地震災害を通知します』

「...なんだ?」


 DFアラートは対災害予測システム。予め地中のプレートの一部に液化させた特殊な金属を大量に混ぜ込み、電波の反射によって地震を感知するシステムだった。

 そしてこの国ではそれの到達は数週間も前から住民に通達される。当然、ゲラルマギナもそれに考慮した上で計画を進めてきた。それを考慮した上で、計画に支障は無いと判断していたのだ。

 つまり、ゲラルマギナが表情に小さな焦りを浮かべている理由は別にある。


「地震、だと?馬鹿な」

「何もおかしくは無いだろ、俺たちは随分長い間戦ってたんだからな、予めそれの存在と位置さえ知っていれば、そうだな、例えば予めこの屋上に到達する前に装置をぶっ壊したり、戦ってる最中に別隊として切り離したAIを使って装置を止めることくらいできたはずだ」

「そうではない、確かに我が社は国内最高の免震装置を採用しているが対策をそれ一つに預けているわけではない!ビルそのものを破壊して打ち上げを止めるつもりなのだろうが、地震程度で簡単に崩れる程この砲塔は弱くは無いぞ!!」

「当然だな。大黒柱一本で成り立つ家は無い。でも、大黒柱が全体の機能の何割を占めているかってのは重要だ、無くなった瞬間それが担ってた割合は他所へ行く。割合増加で許容量を超過したなら、少しちょっかいをかけるだけでも積み木は崩れるぞ」

「何を...企んでいる!?」


 アルラは寝そべったまま、ドロドロに赤く染まった右手の人差し指で空を指した。

 あるのはいつもと変わらない、手が届きそうもない星空だった。

 あるのはいつもと変わらない、冷酷で救いの無い世界だった。

 だが、いつもと少し違ったこともあった。

 世界は僅かに輝いていたのだ。

 そう、言葉に......色としてそれを示すなら。

 ()()()


「『神花之心アルストロメリア』......だと?」

「闇属性の魔力で『抑制』して騙してたけど、流石にそろそろ限界だ。ビル全体を包み込む『神花之心アルストロメリア』は何を強くしたと思う?地震と関係あるのは確かだ」

「馬鹿な、ここに踏み入れた時点で代償バッテリーの大半は失われていたはずだ。例え道中の路地裏で害虫害獣からそれを得たとしても、これほどの出力はありえない!!」

()()()()を用意したのはお前だぜ」


 ざっと思い浮かぶものと言えば一つしかない。

 世界最小の脊椎動物『NOAH』。ゲラルマギナがその手で生み出した人工生命体。特定の環境内でしか生き残れないそれは人体へ侵入すると同時に脳の記憶を司る領域を目指し、巣食い、増殖と死滅を繰り返しながら領域を貪り喰らう。

 そうして人類全体の思想に指向性を付け、争いも不幸も無い世界を造るというのがゲラルマギナの計画の最終目標だったはずだ。

 今になって記憶から掘り返される。

 最初に彼がこの計画に巻き込まれる要因となったのは、感染した咎人がキマイラと呼ばれる少女を襲ったことが発端だった。そして彼は咎人を倒し、原因を究明して、ここに辿り着いた。

 なら、十分にあり得る。

 思い浮かんだ頭の悪い方法も、可能性は否定しきれない。

 つまり、だ。


NOAH(ノア)を...飼い殺している、のか?脳内で無限に増殖を繰り返すNOAHは特定の環境でしか生き残れない。免役機能を僅かに強化して割合を調整するだけで、無限に増殖と死滅を繰り返す生物から寿命は取り出せる、と」

「答え合わせが済んだところでもう一回だ。()()()()()()()()?」


 揺れが次第に増していく。

 アルラの『神花之心アルストロメリア』は触れた何かを強化する能力。逆に、何かを弱くすることは出来ない。ビルそのものを弱くして、掌の上で揺られて崩れる木綿豆腐のようにすることは不可能だ。地震を強くしようにもただでさえ強大極まりない地震のエネルギーを強化するとなると必要になる寿命はとてつもなく膨大だろうし、第一地面の下のプレートにでも触らなけらばそもそも始められない。

 しかし、そんなことをする必要は無い。もっと簡単に、もっとシンプルに、崩壊は手段として手の中に納まっていたのだ。

 奇しくも、ヒントはかつて、最悪の怨敵の口によって語られていた。

 ピシリッ!!という、亀裂が広がるかのような音が何処からか響いていた。

 

「硬いの反対は『脆い』」


 ようやく両腕を使い上体を起こしたアルラは、怨敵からのヒントを口にした。

 絶対に歪まない柱を一本地面から空に向かって突き立てたとする。

 だとすればその物体は、子供が蹴りを入れた程度の衝撃でも簡単にへし折れてしまうだろう。なぜなら靭性が無いから。他の物体が当たり前にやってること...即ち自ら曲がって歪んで衝撃を拡散させるという当たり前の現象を起こせない。衝撃は一点を突き抜け、物体は簡単に崩壊するはずだ。


「極限まで...ビルの硬度を『強化』した。このビルはもうシャーペンの芯と変わらない。後は崩すだけのエネルギーだけど、それは自然が既に用意してくれていた!!」


 ピシッビシイィッ!!と、音が連続する。

 発生源は言うまでも無く、二人の足元からだった。

 神人ですら介入できない部分。博打でもなんでもなく、予め決まっていた未来を利用する。素手で地殻をひっくり返してプレートの動きを止めるような真似は、流石の神人と言えど不可能だった。最後の最後にアルラが頼ったのは、神の意思なんて関係ない自然の力だった。


(今からでも仕留めるか!?いいや間に合わない、致命的な亀裂が生じてしまった以上彼を止めても崩壊は続く。データとサンプルだけ持ち出してまた一から始めるか?ダメだ、残された少女達がマスコミを使ってくる!くそ、そこまで見越して黙って彼女を送り込んだのか?こちら側と隔離するために!!)


 巡らせる思考も意味が無い。

 『待った』なんてあるはずが無い。今こうしている瞬間にもビルの亀裂はアリの巣のように広がり続け、瓦解は始まっている。

 壊すことだけ得意なサイコロなんて振るだけ意味が無い。

 必要な治す力なんて。何処にも無い。


(......どこで間違えたのだ、我は。彼を一目見た時か?計画に巻き込むべきでは無かったことだけは確かか。は、この歳になっても詰めが甘い)


 最初は身勝手に失われる命が許せなかった。

 賭博場の端っこで凍えて震えていた子供を目にして、全て始まった。

 数十年間必死に医学を学び、戦場に赴いて敵味方問わず治療し続けた。

 知らないうちに噂が独り歩きして、縋る者が現れ始めた。

 どんどん手が回らなくなって、もっと救う力を求めるようになった。

 この身を巡る血の全てを捧げて神人と成ってからは、ますます息が苦しくなった。

 手が届く範囲が増えた分、それでも届かない場所があることが許せなかった。


(............最初から、間違っていたのか)


 揺れはまだ、続いていた。

 徐々に力を増しながら。


「...............ふっ」


 そして、神人の中で張り詰めていた何かが、プツンと音をたてて千切れた。

 片手で顔を覆うようにして俯いた後に、少しだけ笑いながら、改めて自らと対等に拳を交わした好敵手を見下ろした。

 少しの悪感情も無く、純粋な敬意を以て。

 ビルに少しずつ広がる亀裂の音を背景に。


「やられたよ。これは流石に認めるしかないなぁ...。ああ、本当に。なんて清々しい敗北だろうな」


 生まれて初めての敗北は、何故か気分が良かった。

 積み立ててきた高い壁が一瞬にして崩れてなくなるような喪失感もあったが、差し引いてもプラスに思える感情の方が大きく思えた。

 彼の言葉の一つ一つが、聞いてて胸を抉るような鋭さを持っていた。彼の言葉を聞いて痛みを覚えないまでに『成って』いたら、きっとその時点で神人ゲラルマギナは別の何かになっていたのだろう。

 いつからだろう。

 己で用意したイカサマに、疑問を覚えなくなったのは。

 手の中の賽子サイコロを今度こそ、本当の意味で放り捨てて、彼と向き合った。

 互いに、認め合うように笑っていた。


「勝ったのはお前さ、俺は、譲らなかっただけだよ」

「この後はどうするつもりかね、青年。ここに居ては倒壊に巻き込まれる」

「そこも全部ひっくるめて運任せなんだ。まあ、なんだ。なるようになるさ」


 そうだな、と。口にしようとした。

 瞬間、全てが呑み込まれていった。

 轟音と崩落。一つの建築物が瓦礫の集合体となる一瞬の時間の中に、だ。



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