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終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
一章
191/265

開眼



 より好戦的な眼光を露わにした神人ゲラルマギナの前に立ち、アルラの中には不確かながらも悪寒に近い予感があった。

 『試練』。

 神人ゲラルマギナにとってアルラ・ラーファの存在は、運命に立ち向かう為の試練。奴はそう口にし、頬を静かに吊り上げ、サイコロを握る拳の力を強めた。

 もう遊びじゃない。

 あの時...二回目の邂逅の最後、アルラの意識を容易く刈り取った猛攻と同等、あるいはそれ以上の攻撃がやってくる、と。そう予感し、身構える。


(一瞬が命取りになる。次に目を開けたら病院...なんてのもあり得る。いや、俺がやられたらあいつの計画が発動する、ってことは目を開ける俺はもう『俺』じゃないな)


 だが、()()()()()()()()()()()()()()。そう思ったまさしく直後。

 ゴアッッ!?と、アルラの頭上から不可視の重圧が降り注ぐ。コンクリに容易くクレーターを生じさせ、人の骨やら肉やらは木の実でも砕くかのように摺りつぶしてしまうそれを避けることが出来たのは、ウィアのドローンが偶然アルラの頭上で待機していたからだ。真っ先に空中で摺りつぶされてスクラップと化したドローンの音が無ければ、今頃どうなっていたか。

 ドローンも残りは二台。

 行き着く暇なんて当然与えられるはずも無く、次の出目は既に確定している。

 視認が間に合わない。空気から染み出るように出現した濃霧は恐らく幻覚、獣に対応させると『ひつじ』の目と言ったところか。一度喰らって負けたこともあってアレには引っ掛かりたくない。

 そう考え、すぐさま濃霧の外へ飛び出そうとしたアルラの脇腹へ拳が突き刺さる。


「ご...あっ!?」


 岩石を叩きつけられたのかと錯覚するほど重い拳に内臓を揺さぶられ、危うく意識が飛びかける。何とか気を持ち直したものの、そんなギリギリの状態で受け身が間に合うはずがない。転がされ、血を撒き散らし、そして次の出目で封じ込められた。

 即ち『巳』。蛇を意味する記号で在り奴にとっては束縛の象徴。

 予めサイコロを放ってからぶん殴っていたのだろう、不可視のロープに縛られたアルラは身動き一つ出来ず、サバイバリストの罠に掛かった兎の様に逆さまの状態で空中へ吊るされてしまう。


「『()()()()()()()』...我が友であり師でもあった人物が最初に教えてくれたことだった。魔法、呪術、錬金術、封印術...これらは総じて超常オカルトではなく、人の手によって再現されるものだと。式を用意し、記号を用意し、当てはめる。魔法は特に数学に近いという言葉も彼の口癖だった」

「......!?」

「つまり、君にはもう何度も見せてはいるが、こういうことだ」


 鼻をかんで丸めたティッシュをゴミ箱に放り捨てるような気軽さで、無情にサイコロは振るわれた。たったそれだけのことで、サンドバッグ状態のアルラは腹のど真ん中を『弾く』術式で撃ち抜かれ、テニスボールのように弾みながら吹っ飛ばされてしまう。

 呻き声すれもそろそろ出尽くしたのか、声一つ挙げず屋上の中央に向かって吹き飛んだアルラの体はゲラルマギナによって破壊されたドローンの残骸に衝突したことで停止し、うつ伏せに倒れ込んだ。


「『十二支賽』はその教えを最もシンプルな形で具象化させた術式。一対二種の賽は式、出目の組み合わせは変数、代入し、効果を得て発揮する」


 魔法は、ただ複雑にして凝っていればいいという程単純な分野ジャンルじゃない。

 むしろ逆だ。シンプルである程使い勝手は増していく。一つの変数に割り振ることができる『力の割合』も、もちろん増加する。

 魔法初心者にありがちな例として、変に凝り過ぎた結果本来の用途から横道に逸れまくった十得ナイフのような術式を求めたり、もしくは通常ではありえないほどの力を最終的に引き出すため、やたらめったらと制約を用意してしまうこともある。

 実際にはもっと複雑だが、魔法の仕組みを簡単に言葉で説明すると電気回路のようなモノだ。

 電池から流れる電力量は最初から決まっていて最終的に電球に光を出力するとする。過程に余計な出力を置けば置くほど、最後の電球に割くことが出来る電力の割合は減っていく。

 回路=術式、電力=魔力、電球の光=得られる自称に置き換えれば、おおよそ理解出来るはずだ。

 そして十二支賽に余計な出力はない。最後の電球を12個用意し、サイコロの出目によってそのいずれか一つを光らせているだけだ。

 この上無くシンプル。そして、この上なく凶悪。

 自称が頭にくっつくものの『魔法』の神人に教えを請い、知識を授かったアルラは決してこの術式を甘く見たことは無い。脅威度を正しく評価し、正しく対処しようとした上でこうなった。

 野球少年がプロの試合を見てすごいと感想を漏らす程度とは違う、一流のトッププレイヤーから見てすごいと漏らすレベル。知識だけなら、アルラは魔法という分野において既にその領域に達しているのだ。

 何より十二支賽の術式をより高次元に留めているのは、それを扱う奴自身の()()()()()にあることは言うまでもない。

 運も実力の内なんて言葉がどれだけ残酷なことか。


「......全く、いい術式だよ。シンプルで、凶悪で。使い手の性質...いや体質か、見事にマッチしてる。てめえ以外じゃ成立しないっていうとこも含めてな」

「成果を褒められて悪い気はしないな」

「ああ。おかげで、そんでさっき喰らった攻撃で、()()()()()()()()()()()()()


 これには神人も思わず眉をひそめるしかなかった。

 発言が嚙み合っていない。友達とメールでテレビ番組の感想を言い合っていたと思ったら、実は互いに違う番組を見てましたくらいの齟齬。強く頭を打ってしまったのかと考えたが、ゆっくり手を支えに起き上がろうとする彼の目の奥の光は失われていない。

 むしろ、逆に、燃え上がる炎にも似た荒々しさを秘めたようにも見える。

 ノリに乗った博徒が賭博場で時たまに見せる挑戦者の目だ。

 どうやら彼は正気だ。


「もしてめえの術式が入り組んだ迷路みたいに難解だったら、複雑に絡まったイヤホンコードみたいにぐちゃぐちゃだったなら、俺に勝機なんてなかっただろうさ。でも現実は俺を見捨てなかった。いいか良く聞け、『十二支賽』だったから、俺は勝てるんだ。神人に、お前にだ!!」


 堂々と言い放ち、アルラは再び立ち上がる。

 血の滲む包帯で覆われたボロボロの体で。

 威勢だけじゃないと証明するように。誰の目にも明らかなやせ我慢は、もはや指で突っつかれただけでも消えかねない。だがそう感じさせない気迫でもって神人に立ち向かう青年の目は死んでなどいない。火傷しそうなくらいに熱く滾っている。

 対してだった。


「いいだろう」


 アルラの言葉を聞き、ゲラルマギナはその思いを真剣に受け止めるべきだと思った。持てる最大限の力で叩き潰し、文句なしの敗北を味わわせることが、自分にできる唯一の回答だと直感していた。

 それが敵である彼...アルラに対する最大限の敬意であり、礼儀であると信じて疑わなかったのだ。

 敬意を。更には、崇拝を。

 挑み敗れし者共へひと時の夢心地を与へん。故に、我は神人。博打を司りし人のいただき。誠心誠意、誰もが認める敗北を。

 故に。


「ならば、その勝機とやら。試してみるがいい」


 賽は投げられた。

 小さい二色の立方体が夜の闇に消える。

 残されたドローンの機銃でそれを狙い撃とうとするウィアをアルラが制止した直後だった。

 ゲラルマギナの背後で床に落としたプラスチックのような軽質な音が鳴り響く。出目が確定し、神にあと一歩のところまで近づいた博徒は言い放つ。

 さながら、車椅子の患者に余命を宣告する医師の如く。


「『寅』の目」


 死神が振るう大鎌にも錯覚できる無慈悲な賽子は、既に神人の手によって転がさられてしまっている。

 待つしかない。出目の確定を、せめて生き残る確率がほんのわずかでも高い獣が顕現するのを。だがそれもきっとない。運命は常に博打の神人であるゲラルマギナに有利に働き、ゲラルマギナは常に幸運を受け入れる。さもそれが当然かのように。

 だが。


迷虎ヨ(おい、バカネコ)


 猛虎の豪爪が抉る、寸でのところで。


屏風ノ世界ヘ帰セおれのまえからどきやがれ!!」


 ぱきんっ!という音があった。

 薄氷を踏み砕いたかのような軽質な音。爪の余波がコンクリを抉ったにしては軽すぎるし、空気を裂いたにしては実体が大きい。

 介入によって横ずれした現実はこうだ。

 ()()()()()()()()()()


「『魔法は超常に非ず』、だったな。その通りだぜゲラルマギナ。魔法は安易なオカルトって訳じゃない、技術だ。そしてお前が生み出した技術に、俺が手を加えられないなんて道理は無いはずだぜ」


 ゲラルマギナが見た光景。

 確定した『寅』の目から繰り出された斬撃は対象アルラ・ラーファを捉える寸前、きびす返すように方向を変えて、どこかへ散っていった。

 少なくともそう見えた。そう感じた。

 照準設定を誤った?いいや、狙いは確実だった。それにただ照準位置をミスしただけなら、斬撃がどこかへ散っていくなんて出力は不自然だ。命中するわけでも空振るわけでもなく、どこかへ散っていくだなんて......。


「俺の体は魔力を作れない。つまり、俺は魔法を使えない」


 事実の再確認。

 アルラ・ラーファは空気中のマ素から自力で魔力を生成できない。そのため、どうしても魔力が必要な時は異能を用いるしかない。『神花之心アルストロメリア』で本来ゼロの魔力生成機能を強化して、辛うじて僅かな魔力を生成することが出来る。

 そう、アルラ・ラーファは例え魔力を生成できても、得られる魔力はほんのわずかでしかない。世界中の誰もが蛇口をひねって水を得ているのに、彼だけは洞窟の鍾乳石の尖端から垂れる僅かな水をワイングラスにかき集めている。


「でも使えないって()()だ。()()()()()()()()()()。理論と式を組み上げて変数を用意し、頭の中で構築することは()()

「理論式...代入...?君は、いや、そんなまさか」

「簡単な話だろ?そうさ、代入だよ。ただのそれだけ、てめえの回路に横から無駄な出力をポンポン増やして道筋を狂わせた。それだけなんだ」

「言ってることがわかっているのか?術式の横入り、だと」

「だから、()()()()()()()()()()()()


 何処にでもいるようなごく普通(?)の青年アルラ・ラーファは魔法を使えない。それがどうした、出来ないからって諦めるのか?出来ないを出来ないままで?

 いいや違う、アルラは諦めなかった。これは、他の誰でもない、十年もの長い時間を暗闇の奥底での研鑽につぎ込んだアルラだからこそ得た『技術』だ。

 既にある術式に横入りする技術。

 回路を理解し、余計な部品を付け足して、得られる結果を捻じ曲げる。

 他人が組んだプログラムに一文字加えて、全てを台無しにしてしまうように。

 アルラが術式を完璧に理解して初めて可能。これが、これこそが―――...。


「『魔法を視抜く瞳(オカルトスコープ)』。俺の十年の集大成、存分に味わえ!!」



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