衝突
「だから!アレは最初から死んでて俺はそれを操っていた操作型魔装をぶっ壊しただけなんだって!」
「嘘をつくな!このニミセトには無数のセルキーロッドが設置されている。あれは魔力生成装置というだけでなく街で使用される未登録の魔装を感知するセンサーの役割も果たしている。そしてセルキーロッドは反応しなかった!」
「なんでそんな無駄にハイテクな装置はあるのに監視カメラはないんだよ!!」
時刻は深夜3時過ぎ、アルラ・ラーファは警備委員会と名乗る組織尋問を受けていた。
煉瓦と水の街ニミセト。
その中央広場と門のちょうど中間ほどの位置にある警備委員会第6支部の建物内。薄暗い牢屋の中、檻越しの質問だった。
警備委員会は街の平和と秩序を守るために作られた多種族国家トルカスの国営組織である。
トルカスはその広大な土地を治めるために五つの委員会を設立している。そして警備委員会は、その中で最も強大な力と権力を持つ組織である。
力をふるうのは国と民の平穏のため。
それを脅かす罪人には、一切の容赦はない。
「アルラ・ラーファ。今この街では似たような殺人事件が多発している。それも先日、貴様が入国してからだ」
「知らないって偶然だろ!?その日の入国者なんて俺以外にもたくさんいるだろ!」
「この国は入国時に入国者の秘密裏に所持している魔装のチェックを行う。それが一般流通している家庭用のモノならよし、しかし武器や情報にない魔道具であった場合、それが何なのかを尋ねてから入国の審査となる。貴様はどうやってそのチェックをすり抜けた?もしかして貴様『咎人』か?」
「だから知らないって!俺は魔道具なんて持ち込んでないし何も知らない!」
「ならば何故素性を伏せる?入国時の情報によれば貴様はチェルリビーの出身だそうだな。それも十年前に滅びた名も無き村の。そこから十年!貴様はいったいどこで何をしていたの言うのだ?」
「それはっ...」
「仲間は他に何人いる?使用する魔装の詳細は?何の目的があってこんな事件を起こした?
洗いざらい吐いてもらうぞ。そうすれば少しは罪が軽くなるかもしれない」
冷え切った声で忠告する軍服のマッチョの表情は鋭い。思わずアルラのズボンがじわっとなりそうなピンチに陥るが、何とか立て直す。立て直さなけりゃみっともないですまなかった。
『神花之心』を使えばこんな牢屋、訳なく脱出できる。だがそうしてもその後が大変だ。宿は当然抑えられてしまうだろうし国外に脱出できるかもわからない。
何よりせっかく見つけた『強欲の魔王』への手がかりだ。この機会を逃すことはできない。
そして軍服の男が取り出したのは赤く発行する、工事現場の誘導灯のような棒切れ。あの時に見たものよりサイズが一回り大きく、持ち手にはトリガーが設けられている。
そしてその男は、トリガーを押しながら冷たく言い放った。
「殺された者の痛みを知れ」
ゾッッッ!!!と。
アルラの肩から腰に掛けて光が通った。
警棒のように頼りない魔装が直接触れた訳でも外傷があるわけない。ただし内臓の内側から焼けるような痛みがあった。
「ぐああああああああああ!!」
胃に熱した鉄パイプを差し込まれたような気分だ。あるいは外から突き当てられたアイロンの熱が内臓まで浸透したような、か。
どうしようもなくのたうち回るアルラの姿を見て、男は再びその光を振るった。
「うあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
「目的はなんだ?仲間の数は?」
ゾッッ!!
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」
「目的はなんだ?仲間の数は?」
ゾッッ!!
「うあぁぁ...」
「目的はなんだ?仲間の数は?」
縦、横と繰り返し振るわれるその凶器と質問に抵抗することもできない。今『神花之心』を使えば、さらに質問が増えることになるだろう。
アルラもそれを分かっていた。だが耐え難い痛み。とことん炎には痛い目を見ている。再び振るわれようとするその光に、アルラは目を瞑った。
「支部長殿!第2支部より連絡があるとのこと!至急情報室までお願いします!」
支部長と呼ばれた男の舌打ちが耳に届く。『助かった』とアルラが感じたことそのままに息を漏らしたのは彼が去ってから少し後だが、心の内は穏やかでない。
「十分後に再開する。それまでに覚悟を決めておくんだな」
恐る恐る地に濡れた赤の服をめくり上げる。
これだけの激痛を受けながらも、外傷は一切なかった。犯罪者を傷つけることなく、しかし隠し事はさせないための魔装。社会のゴミを掃除するための箒である。
警備委員会の全員が常備を課せられた量産型武器魔装。実際に体を内側から焼いているわけではない。ただそう思わせているだけだ。構成する属性は『火』ではなく『雷』。
相手の脳に遠隔で、ただし直接ほんのちょっぴりの電気を流すだけでいい。
それだけで人の脳の痛みを誤認させるその魔装は掃き溜め箒と呼ばれる。
「クソッ!こんな、こんな事してる場合じゃないのに...ッ!!」
支部長と呼ばれたアイツは、アルラが来てから殺人事件が多発したと言った。ということは、街全体にあの黒甲冑が現れたということを遠からず述べている。こんな絶好のチャンスを見逃すわけにはいかない。
「外に出るには、この壁をぶち抜くか?でも音でバレたらまたすぐ追ってくるだろうし...」
出来るだけ離れる時間は稼いでおきたい。脱走するにも、この牢の中には使えるものなんて何一つない。牢の正面は通路の壁、その左奥に扉があるがもちろん見張りが付いている。
「なにやらお困りのようですねえ?はい」
閉ざされた檻の中に嘲笑うような幼い声が響いた。この場にはどう考えても不釣り合いなうえに似合わず、夕暮れ時の駄菓子屋にでも響くような無邪気な声がどこまでも丁寧に囁く。
「なっ!?」
「おっと、心配はいりませんよ。見張りの警備委員会には既に水を撒いておきましたから」
「水を撒く?お前は、クレープの時の...」
「改めましてこんばんわ。アルラ・ラーファさん。でいいんですよね?」
キシシと笑う魔女風の装いの少女が、いつの間にかアルラの檻の中に立っていた。
紺のとんがり帽子にぶかぶかのローブ。傍らにはゾウを模した緑色の子供用じょうろ。
「なんで俺の名前を...」
「入国時の登録データを外部ツールを使用して閲覧しただけです。ハッキングってやつですね。キシシシシ!」
「見張りはどうした、それにどうしてここにいる」
「言ったでしょう水を撒いたと。私は貴方に用があってわざわざここまで出向いたんですよ?」
核心に触れる一言を、アルラが切り出した。
「お前は何者だ」
「言いませんでしたっけ?アタシは『強欲の魔王』軍の兵長であり強欲の魔王直属の呪術師。巻き角のシュタールと並ぶ忠臣の一人。『語り部』フランシスカ・ドーナッツホール・ホーリーです。改めて以後お見知りおきを」
直後。アルラの拳が、小さな女の子が思い浮かべる魔女のような姿の少女に向かって飛んだ。迸るような光を纏って、一直線に。それでも少女は余裕の笑みを浮かべて、対照的にアルラの顔は歪んでいる。
拳はその幼い顔を捉える前に止まってしまった。空中でアルラの轟拳を受け止めたのは、少女の背中から生えたの木の幹色の翼。いや、翼というよりも、翼を象った樹の根であった。
いくつもの樹の根が複雑に絡まり、重なりあったそれはいとも簡単に、アルラの5年分の命をこめた拳を受け止めてしまっていたらしい。
「いきなりですねえ。安心してくださいよ、危害は加えません」
「黙れ」
「酷いなあ。アタシは貴方を勧誘に来たんですよ?貴方の『罪』と、ついでに料理の腕を見込んで、ね。キシシシシ!!」
ビキビキと音を立てて揺らめくその翼は、『神花之心』を使って強化されているはずの拳を難なく抑え込んでいた。アスファルトを砕いて咲く花、どころではない。硬い岩盤をも一撃で粉砕して退ける5年分パンチを抑え込む。
認めたくない事実に、アルラの表情は次第に曇った様子へと変わっていく。
「貴方の『罪』は身体能力を著しく強化する『異能』でしょうか?シンプルながらも素晴らしい力です。アタシたちはそれを欲している」
「チイッ!」
空を裂く音と共に、次は右足が少女の胴をめがけて横薙ぎに振られる。
アルラの拳を封じていた左右の一つ。少女から見て左の翼がバガッ!!と上下に自ら割れ、またもや『神花之心』を纏った剛脚に巻きつくように受け止めた。
「何の音だ!?」
耳につんざくような轟音を聞きつけて扉を開いたのは、先程アルラに質問を繰り返していた支部長と呼ばれた男。その手には掃き溜め箒が握られ、既にアルラへと標準を定めて振りかぶろうとしていた。
「貴様!何をしている!!」
「っ!?来るな!」
「邪魔です」
またもや無邪気に。
宙を揺らめいていた右の翼が動いた。その先端を槍のように変えて、男の胸元へと。
そして、貫いた。
「ごばっ...!」
とめどなく溢れる鮮血が根の翼の先端を赤く染め上げる。
「おっと、うっかりやってしてしまいましたか。まあ今からでも遅くはありません」
なんとか足を翼から引き抜いたアルラが牢の中という狭苦しい空間で一歩距離を置く。そして少女はその手に持ったゾウを模したじょうろを未だ支部長を貫いている翼へと傾けると、赤黒い液体が翼を伝いその先へ流れる。
グオンッッッ!!!っと這うような音があった。
巨大な黒の植物が男の全身を纏いつくように覆い隠し、その命の音を静め去っていく。ぎちぎちときつく締め上げるように、その黒の植物は男の全身を十字の形に無理やり作り変えていく。アサガオが差し木に巻き付きその形を作るように、炎が大樹の形に添って燃え盛るように。まるで胎動するように蠢くそれの形が変わる。差し木にされている男の呻く声も、徐々に遠のき、やがては消えた。
変わりゆく彼の姿を見てアルラの脳に一つの記憶が重なった。
そう、それは黒甲冑。かつて村を襲った兵隊の一つ。男の全身をくまなく覆い隠し、姿を変えたそれはただその場で佇んでいた。
「完成っと。キッシシシシシシシシ」
少年の目は冷ややかなものだった。今にでも殴り掛かりたい気持ちを必死にこらえて唇を噛む。そこから流れる血は、蒸発しそうなほどに熱く煮えたぎってる。落ち着きを取り戻すため、すーっと息を吐く、そして問いかけた。
「お前がアレを作ったのか。死体を媒介とした兵隊の操作、死体の脳を無理やり電子基盤として甲冑に接続して、自動操作していたのか」
「初見でそこまで看破するとはお見事です。はい。術式の名は『肉の種』人にあらかじめ種を仕込んで置き、このじょうろの水でそれを発芽させる。本人の意思と関係なく種は肉体に残った栄養を使いどんどん成長し、やがて死を恐れぬ不死身の兵が生み出されるというわけです。とまあ?貴方に信用してもらうためにわざわざアタシの手の内を明かしたんです。どうですか?アタシたちの偉大なる目的に手を貸してくれませんか?」
「断る。俺の目的は今決まった。お前を...」
拳の衝撃が少女の背後の壁を崩した。激しくぶつかり合う青年の拳と少女の翼が生んだ振動が空間を揺らす。
「殺すッッ!」
「どうしてそう敵対の意思を見せるのですか!何もそこまでしなくたって...」
「お前たちが『俺』を壊した」
言葉を遮る青年の声に幼い少女が沈黙する。建物の中からはけたたましいサイレンの音が緊急事態を知らしめるように鳴っていた。
『復讐者』は逃さない。機会、更にはチャンスを。その場面が実際に訪れたその時、思った通りの動き方が出来るようになるための10年間だったのだから。
「だから誓ったんだよ。今度は俺が『お前たち』を壊す番だとな」
少女はわずかに眉を曲げて、思い出したように手を叩いていた。
「...以前、シュタールが子供を一人取り逃がしたと言っていましたね。戦将がミスを犯すなんてもんの凄く珍しいんでワタシも覚えていましたよ。どうやら術式を説明したのは間違いだったようで」
キシシシシ、と魔女風の装いの少女が口角を上げ、不気味に笑った。
既にお互いの正面に立った二人は、深夜の夜風が吹く外へ出ている。拳と樹の根で造られた翼が、今一度激しく衝突しあう。その力を握りこんだ拳を構えて、アルラ・ラーファは再び轟かせるように吼えた。
過去と決別するために、全て壊すためにも。
「懺悔しろ、俺は赦さんがな」