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終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
一章
189/265

神のまにまに



 背後から引きずる様な足音に振り返った神人は目撃した。

 衣服の上からわかる程全身を包帯類で固められていた青年と、彼が投げ捨てた赤い円筒状の物体を。弧を描き宙を舞う消火器は空中で不自然に膨張すると、直後、ゲラルマギナの眼前で破裂して白い粉状の消火剤を撒き散らす。

 ばずんっっっ!!?と。

 風に消火剤が攫われるまでの一瞬とは言え隙は隙。振り払おうと片手を上げた神人の前方に潜り込んだ青年の容赦ない飛び蹴りは鳩尾を捉え、奴を倒すとまではいかずとも数メートル後退させることに成功する。

 神人の手からこぼれた端末を拾い上げる。

 液晶上の消火剤を腕で拭い、灰被りの青年は、きっと向こう側で困惑しているであろう少女たちに対し、短く声を掛けた。


「あとは任せろ」


 プッ!と通話を切る。

 ある種、命綱のようにすら感じられる味方との繋がりを、自ら断ち切った。背水の陣......逃げ場を作って、自分を甘えさせないためだ。命綱の存在は危険に安心と余裕を与えてくれるが、逆を返せばそれは甘え。いつまでも頼り過ぎては、肝心なところでビビッて動けなくなってしまう。

 いつも誰かを頼って、自分は傍受するだけか?違うだろう、そうじゃあないだろう。

 目指すべきは、一人で戦って勝つ強さ。

 そう、これは試練。

 神人程度を相手に出来ないなら、()()()()()()()()()()()

 

「.........驚いたな、あの傷でまだ立ち上がってくるとは」


 スーツに付着した消火剤の白を手ではたき落とし、本当に驚いた様子でゲラルマギナがそう口にする。


「女の子二人に危険を任せてベッドでぬくぬく寝てられるかよ、大の大人の男が」

「フッ...大の大人、か。数百年生きたジジィの目にはまだまだ青く映る」

「ほっとけ、()は二回分だ、てめぇが思うよりだいぶ大人なんだよ俺ァ」

「勇ましいな、だが、今はそれよりも、だ」


 すん、と。空気が冷える。

 比喩ではない。言葉の通りだ。奴の視線に威圧感が加わった瞬間、ここ屋上での外気温は体感数度は下がってる。夏の休日、昼過ぎに目が覚めて、クーラーを入れた直後のように変化は実感的だ。

 気のせいだろうか?それとも、博打の神人の神がかり的な『運』が夜からひときわ冷たい風を運んできたのか。

 散々ぶっ叩かれて壊れかけの本能が、三度みたび危険信号を発していた。

 同様にゲラルマギナも灰被りの青年から危険を察知したらしい、スーツを着ていても分かる筋肉の膨張は最大級の警戒の証だ。彼の生涯を通しても、あれほどまでに打ちのめされて再戦を叩きつけてきた者など皆無だった。

 沸き立つ感情は警戒。そっと添えるように同量の敬意、そしてふつふつと沸き立つような僅かばかりの未知。

 密かに、本人にも気づかぬうちに、口の端が頬に向かって吊り上がっていく。


「ここにはどうやって?辿る足跡など我の知る限りは残さなかったはずだが」

「ああ、俺一人じゃ辿り着くどころか気付くことも出来なかっただろうよ。俺一人なら、な」


 そう言い、アルラは懐から黒い円形端末『ウィア』を取り出し、見せつけるように画面の光をゲラルマギナへ向ける。

 ブオン!と、3Dモデリングされた細長く積み重ねたナットのような形状のこの建物がホログラムとして空中に投影され、良く視ると、一般に公開していないはずの地下含めた内部構造までが事細かに再現されているのがわかる。所有者のゲラルマギナでさえ把握していなかったような構造まで含めて、だ。

 アルラの指示を待つまでも無くウィアはその意思をくみ取り、立体映像に手を加え始める。

 外側の余計な装飾品が映像の中で次々と引きはがされていき、最終的に残されたのは建築物の最奥、奇妙な縦長の形状の円筒。所々角ばった機構を持つせいか、一見すると金属板を切ったり張ったりでそれっぽく見せたパイプの様に見えなくもない。

 そう、それは形状的には非常に細長い『砲』の形を取っているように見える。ご丁寧に内側は螺旋状の溝を掘ることで『弾丸』の安定性を高める、ライフリングと呼ばれる加工まで施して。そこまでして奴が欲した機構に込められた意味は、一体。

 記憶を振り返れ。

 『博打』を極めし神人、国内有数の巨大医療気製品メーカーブリッツコーポCEOゲラルマギナの最終目標は何だった?

 ......『NOAH(ノア)

 人工的に生み出された、人の脳髄の特定のパーツだけを喰らう生物。


「最初にここに侵入した時、内部ネットワークにこいつを侵入させた。監視カメラを利用するためにな。で、俺たちがお前に虐められてたあの時、こいつはネットワークと建物全域のカメラを経由して建物の全体像を解析してくれていた。独断でな」

「......そうか、構造から...。いくつかピックアップした不審点から、足跡を()()()()のか」

「最初から漠然とした違和感はあった。無かったのは根拠だ。それをコイツが見つけてくれた」


 事実は鋭利に、さもナイフの如く、ぎらぎらと目が眩まんばかりの光を帯びていた。

 たったっ、と、脚で軽く床を叩いてから、答え合わせをアルラは尋ねた。


「こので打ち上げるつもりなんだろ?『NOAH(ノア)』を。空からトウオウを支配しようってわけだ」

「『支配』ではない、『統率』。ほんの数百年ばかり時代を逆行させるだけだよ」


 同じことだろう、と。包帯の内で疼く傷を気にしながら、アルラは心の中で舌打ちしながら呟いた。

 要するに奴...ゲラルマギナの行動は、全部が全部『偽装』なのだと、その時気が付く。

 『NOAH』の打ち上げ台となる砲を社ビルに『偽装』し、邪魔者を騙すために身分を『偽装』し、人々の心を勝手に解釈して己の都合のいいように『偽装』した。

 自分が見た景色だけが世界だと決めつけて、まだ自分の目で見た事すらない景色まで同じだと決めつけて、それにすら上からペンキで塗り潰そうとしている。

 『博打』の神が聞いて呆れる。蓋を開ければイカサマまみれで、誰からも純白と信じられていた手も心も、中身はどす黒い本性に上っ面のビニールを被せただけ。

 怒りは十分だ。

 通り越して、呆れすらある。十分に、神人ゲラルマギナを恨むだけの素材は揃っていた。

 彫刻にも似た洗練された肉体を持つ神は言い放つ。


「もうすぐだ。もう数時間で手が届く。我が求めた時代が、あるべき人の本来の姿が。止められるものなら止めてみろ蛮勇なる我が好敵手。もはや路上に飛び出た子犬に緩める程度のブレーキは失われたぞ。計画も依然変更はない!」


 ピシッとキメていたネクタイを緩め、ピンだけ取り外してズボンのポケットに突っ込むと、ゲラルマギナはスーツの上とネクタイを投げ捨て臨戦態勢を整えた。

 片足は前に、顎を引いて視線も真っ直ぐ。体は半身に相手から見える範囲を減らしつつ、こちらが動く際の邪魔にならない位置取りだ。

 直に、始まることがわかっているようだった。

 決して相いれない思想を持つ男が二匹、僅かばかりの星明りの下に向かい合う。

 『博打』の神人ゲラルマギナ。

 その身に宿すは豪運、或いは運命凌駕の因子。異界出身の友から歴史を悟りを学び、人類救済を志した果てに己が肉体の一部を切り離し、知と神性を授かりし者。


「向こうの移動手段は断った。第一、ここから格納庫までは相当な距離があるはずだ。『砲弾』の増殖が一定量に達し次第、それは打ち上がる。トウオウの錆びた夜空を彩る、まさしく第二の太陽が。この意味が分かるか?青年」

「ああ、初めからあいつらを頼るつもりなんてないさ。お前は俺一人で乗り越えなきゃな」

「二度の敗北の味は薄かったかな?」

「いいや、特濃だったよ。焼き肉食った後の二郎系みたいにな。腹いっぱいで吐き気がしたから吐いて捨ててきただけさ」

「...やはり惜しいな。その蛮勇」

「言ってろよ、何せ三回目だ。()()()()()()()()()()()()()()

「...............!」

「なんで俺がわざわざ、嫌いな奴との会話に付き合ったと思う?」


 ドンッ!ガガガッガガガガッッ!と。

 唐突な銃声と共に撃ち放たれた背後からの弾丸はかすることすらなく、巨体に似合わぬ新体操じみた動きで回避したゲラルマギナの足元へ弾痕を残す。

 耳を澄ますと聞こえる、無数の羽音。終わり際の夏に潜む散り際のセミじゃない、赤くライトを光らせる軍用ドローンの群れだ。ただし、本来の主に反逆を試みた時点でこれらが誰の手先に落ちたのかは目に見える。


(万が一を考えて数台残したのが仇となったか、ネットワークを経由して乗っ取られた...!)

「しっかりアシストしろよウィア!!無理に攻めなくていい、サポートに徹しろ!!」


 ぶぉん!!と彼の言葉に応じるかの如く、ドローンの一体が赤色にライトを明滅させる。

 二対一。いや、それ以上か。

 ドローンは全機合計で十体程度だがそれぞれが二丁ずつコンクリに弾痕の残す威力の機関銃を装備している。しかしたったの十体程度、キマイラとラミルの二人でさえ、数十、或いは百にも上る程の同機種を殲滅していた。たった十体、それを遠隔で操作するウィアが本気で掛かっても羽虫のように片手で払われるだけだろう。

 役割は、あくまでもサポート。機関銃で奴の選択肢を狭め、回避先を限定する。

 アルラには被害が及ばないように、慎重に間合いを見極めながら、だ。

 攻防の先手を打ったのはゲラルマギナだった。

 ばっ!!と、いつの間にか奴の右手の中には、白と黒で一対となるサイコロが握られていたのだ。

 一辺一センチ四方の立方体。

 投げて、転がり、出目の合計が『確定』することで発動する『十二支賽』の術式だ。ランダム性というリスクを付与した結果得た潜在的な能力値の高さを、奴は持ち前の『博打』の神人としての運で完全な形として利用する。願えば、その通りに出目が働くほどの桁外れた運命力は正に『神人』だ。

 しかし。


「『神花之心アルストロメリア』、俺の右手を通り過ぎた風圧を『強化』した」


 ぶわっっ!!という唐突な突風が、放り投げられた二種一対のサイコロを攫う。そのまま、高く舞い上がったサイコロは屋上を飛び越え、地上まで落下していく。

 ここはビルの屋上。季節は冬に近い秋。それに加えてこの時間、立っているだけで肌に突き刺さるような冷たい風は、望んでいなくたって纏わりついてくる。これだけ大きい建造物の屋上から落としたのだ。『十二支賽』はサイコロが転がって、出目が確定するまで、効果は無い。

 これもまた明確な弱点だ。

 地上に落ちたサイコロの出目が『確定』するまで、奴は己の術式からメリットを得られない!!


「『異能』を...使えるのか?」

「自分で喰らって確かめてみろよ、邪神野郎ッ!!」


 鈍重な右足の蹴りがガードしたゲラルマギナの左腕を内側に弾き飛ばす。久しく忘れていた感覚、左腕のびりびりという痺れを懐かしむ間もなく、ガードが開いたゲラルマギナの脇腹へ、今度は着地した足を軸としてくるりと全身をひねったアルラの、左足の踵蹴りが横向きに突き刺さる。

 常人なら、あばらを全てへし折る程の威力。

 しかしゲラルマギナは直前に自ら蹴りの威力と同じベクトルへ飛ぶことで、ある程度威力を殺すことに成功していた。もっとも、神人の身体能力があればまともに喰らったとしても大したダメージにはならなかっただろうが。

 ようやく地上で出目を確定させたサイコロがゲラルマギナの手元へ戻り、『十二支賽』はつかの間の仮死状態を終えて本来の機能を取り戻す。

 透明の斬撃が三本、アルラの頭上からナイフを振り下ろすかのように降り注ぎ、咄嗟に背後へ跳ねたアルラの太腿に浅く赤い線を刻み込んだ。


(この臭い...。路地裏や裏道、ゴミに集るネズミや虫を殺しながらここまで進んできたのか)


 風下に立ったおかげで気付くことが出来た。

 アルラ・ラーファは他者の命を喰らい、奪い取り、我が物顔で力を振るう。そういう『異能』だ。文面に起こすだけなら危険極まりない連続殺人鬼のような力だが、それを扱うアルラにも良心くらいある。少なくとも海外の他国よりは法整備が成されているトウオウでは、その異能はさぞ扱いずらいことだろう。

 無関係の一般人を糧とするわけにはいかない。『異能』を扱うために絶対必要とされる寿命は、この国じゃそう簡単に手に入れられない。

 故の、緊急手段だったのだろう。アルラの衣服から僅かに漂う臭気だけでは、彼が今どの程度の寿命を保持しているかを推察するのは難しすぎる。


「計画の実行を日中―――人が多くて感染が広がり易そうな昼じゃなくて、わざわざ夜を選んだ理由は?そりゃそうだよな、昼は風が出ちまう。特定環境下以外では長く生きれないノアが風に運ばれたら感染地域も偏っちまうよなあ!?」


 アルラ、ゲラルマギナ、そしてウィア。三者がそれぞれの思惑に従い同時に動く。

 再び風に攫われないようにゲラルマギナの背後に、空き缶でポイ捨てするような気軽さで投げ捨てられたサイコロ。それを空中でウィアが操る軍用ドローンの機関銃が的確に撃ち落とし、サイコロは更に高度を増して弾き上がる。

 先程と同様、確定までの隙を作る。

 ドズンッッ!!という工事用の杭打機に似た音を巻き上げ、アルラの片足がコンクリに突き刺さる。

 引き上げる動作と蹴り上げる動作を足したようなモーションで放たれた礫だったが、ゲラルマギナは難なく撃ち落としてしまう。

 その時だった。

 バンッ!というありふれた銃声がドローンから発せられた。弾かれ、撃ち落とされたコンクリの礫は機関銃の銃弾で粉々に摺りつぶされ、粉塵と化す。

 超高性能AIなだけあって風向きを計算していたのか、舞い散った決して体に良くない灰色の粉塵はゲラルマギナの顔面付近に集まり、視界を数秒塞ぐことに成功したのだ。

 が。


「っ!?」


 死角から攻めようとしたその瞬間、弾き飛ばされる。

 視界がジェットコースターのように急に方向転換し、若干遅れて屋上を外側に向かって横向き転がされていると知覚する。

 辛うじて指でブレーキを掛けることで淵直前に起き上がったアルラはゲラルマギナの手の中に、ウィアが銃撃で打ち上げたサイコロが握られていることに気付く。

 次の瞬間、ボディーが不自然に凹んだドローンが一台墜ちてきた。

 どうやら弾丸で弾かれたサイコロに再び小石か何かをぶつけることでドローンに衝突させ、無理やりそれをとして出目をさせたようだ。要は空中版ビリヤード、決して機動力が低くない軍用ドローンに回避の隙を与えなかったことに、アルラは何度目かも分からない戦慄を覚える。

 そして、だ。

 次の瞬間の奴の行動は、更に予想が付かないものだった。

 ボッッ!!?と。

 発射されたのだ。白と黒の弾丸が、サイコロが、奴の指で弾かれて。プロ野球選手の160km越えの剛速球とも非にならない速度で。瞬きの後に残っていたのは制御盤を貫通して撃ち抜かれたドローン二台が墜落する音と、遅れて更に距離を取りながら銃を乱射するドローン群の姿だけだ。

 分かってはいたことだが、やはり神人と人類とでは素の身体能力の差が大きすぎる。アルラが『神花之心アルストロメリア』で身体能力を強化してようやく出来るようになることを、奴は素でやってのけてしまう。

 改めて思い知らされる。

 理不尽にも感じられるその差を埋めなければ、ゲラルマギナには勝てない。



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