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終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
一章
181/265

敗走と代償



 むかーしむかしのお話。

 まだ世界中の国家という国家がいがみ合い、憎しみあい、恐れ合っていたこの世界(アリサスネイル)に、一人の男が降り立ちました。何処から来たのかも分からないその男は人の心を掴むのがうまい不思議な男で、世界中を駆け回り、同じ意思を持つ信頼できる仲間を集め、やがてとある未開の島国に世界中の戦争難民を集めて一つの国家を作ったのです。

 国の名をマヌス。

 武力を持たず、平和を願って造られた国家。マヌスはほんの十年足らずで世界中への影響力を持ち始め、国王となった男はやがて世界中の国家の仲を取り持ち、それまで誰も実現できなかった真の平和を築き上げました。『世界統合』にって世界中の言語と価値観が統一され、種族間でのいがみ合いは軟化。しかし男はそれだけでは飽き足らず、後世の魔法の基盤となる根底術式と『記号』の概念を確立し、画期的な魔法をいくつも生み出して後の世にまで貢献しました。

 男の名をレークス。

 マヌス誕生から彼が死ぬまでの百年間。『箱庭の百年』と呼ばれたその時代は長い世界史で唯一、この世から戦争が淘汰された時代。

 子供は飢えずに済み、大人は戦場で無残に命を散らすことなく、老人が安らかに命の使い方を考えられた世界。

 今は亡き、幸福の時代がそこにあった。


「しかし彼が築いた平和も彼の死後は続かなかった。マヌスは衰退し、再び世界がバラバラになった」


 衣服の誇りを掃いながら、神人ゲラルマギナはそう呟いた。

 彼の話を聞く者はいない。彼自らがそれを地に伏せてしまったからだ。アルラ・ラーファはもう完全に意識を失っている。


「平和を享受するために人々は敢えて武器を手に取らなくてはならない、難儀なモノだよ世の中とは。()()()()()()()()?」


 視線だけ動かしたゲラルマギナがそう口にした、まさに直後にだった。

 ガッッギィィイインッ!!!と。

 鉄パイプをコンクリに振り下ろしたような甲高い金属音が、神人の鼻先で炸裂した。


「っ!!」

「思った通りだ」


 ゲラルマギナの額ギリギリにまで迫っていたのは金属製の剣だった。ゲラルマギナは刃を指でつまんだサイコロの面で受け止め、そして彼女の人間離れした膂力と拮抗しているのだ。

 これ以上接近状態を維持するのは危険と判断し、少女は握りしめていた剣を放棄する。これまたありふれた手榴弾のピンを抜き足元へ抛り捨てると同時、爆風の範囲外へと飛び退いた。瞬時に反応した神人が手榴弾を割れた窓からガラスの外へ蹴り飛ばした瞬間だった。

 ゴッッ!!!という爆発が、三人を照らす。

 黄土色に近い黄金色のショートヘアが爆風に揺れて、キマイラと神人が対峙する。


「君なら必ず彼を助けに戻ると思った。彼の敗北まで予想した上でな」


 おしゃべりに付き合うつもりはないようだった。

 足元に倒れていたアルラを抱えると、キマイラは一目散に砕けたガラスの向こうを目指して走り出す。当然、それを黙って見過ごすほどゲラルマギナはお人好しではない。放り投げられたサイコロは一直線にアルラを抱えて走るキマイラの肩に命中し、体勢が崩される。落下と同時、出目が確定する。

 放射状のブレスが、クラウチングスタートのようなポーズで固まっていた()()()()()()()()()()()放たれた。

 仕組みとしては何んともまあ単純でタネも仕掛けもない、つまり面白みに欠ける応用法だ。ロケットエンジンが炎の噴出で推進力を得るように、彼もまた己の体を機体に据えたロケットエンジンを再現しているに過ぎない。しかしまあ、神人の身体的耐久力あっての応用とも言えるが。

 結果、のブレスを推進力として上乗せしたことで、瞬き一回分にも迫る高速移動が実現する。

 脱出まであと一歩という瀬戸際で、キマイラが捕らえられた。後頭部を鷲掴みにされ、推進力を保った状態で床へと叩きつけられたのだ。常人なら即死は必至だが、キマイラはそうではない。ゲラルマギナもそれを踏まえた上で取った行動だったのだろう。

 呻き声の一つも挙げず、キマイラはうつ伏せに抑え込まれる。気絶したアルラは力なく転がって行ってしまう。


「今度こそ、詰みだ」

「ほんとに?」


 どろりと、少女の額が割れて血の洪水が現れていた。

 その言動に、一瞬。ほんの一瞬だけ神人の頭の中で躊躇が生まれた。人を殺すことを何より拒むという異質な『性質』を持つゲラルマギナだからこそ生まれてしまったその隙を、怪物はその一瞬を逃さない。

 何をするよりも早く床に垂れた血液が、さながら魔方陣のような円形に広がった。

 床を彩る血のカーペットから這い出るように出現した四人のキマイラが一斉に動く。そこでようやく神人の中途半端な躊躇が吹っ切れる。


「同じ手を二度も――――...」

「「「「「使うかよ」」」」」


 どろりと、五人のキマイラの輪郭が()()。粘土で作った人形を、叩いて伸ばして別の形へ作り変えるように。

 一人一人のキマイラが泥のような液状へ姿を変え、そこから更に再構築される。さながら、蛹の中で一度身をどろどろの液状まで崩して成虫の形を整える、昆虫の変態の過程を早送り再生しているかのように。

 結果、五種類の獣が出現した。

 サイの角とトカゲの尾を併せ持った大鷲。前腕が異常に発達した何らかの霊長類。全身をハリネズミのようなトゲに覆われた空飛ぶ怪魚。四足に鋼鉄の如く光沢を放つ爪を携えたトラ。三対の翼を背負う大蛇。

 どれも現在時点では未確認の生命体。いいや、モデルを元に、キマイラが想像上で作り出した空想の獣か。不気味なシルエットを蠢かせて、合成獣の名を冠する少女たちの慣れ果てが動いた。

 一体いくつの()()()を持っているのかと感心しつ、四方から襲い掛かる人外を眼光で射抜く。

 

「人の規格を失えば、我が対応できないとでも?」


 神殺しの獣が登場する神話やエピソードは多い。ギリシア神話のオーリーオーンは巨大なサソリに刺殺されたわけだし、北欧神話の最高神で有名なオーディンは、かの有名な狼の化け物フェンリルに呑み込まれている。魔法は幾億種もの記号を独自に組み合わせることで構成するものだが、特にポピュラーな構成式に獣と神を関連付けて疑似的な神格破りを再現するというものがある。

 が、現実にはこんなものだった。

 大蛇が放った強酸はあっさり躱され、大鷲は振り回した尾を容易く受け止められると同時に怪魚へ叩きつけられ、霊長の巨拳は力の向きを調整されてトラの鋼鉄の爪と衝突する。

 が、少女の狙いはそこにあった。

 カッッ!!と。足元に敷かれた血の池の魔方陣が、不意に眩く光を放った。

 血が描いた床の円は陣として機能し、一連のやり取りはその上で行われた。その事実さえあれば十分だったのだ。

 獣は贄。血の円は祭壇。一連の蹂躙は儀式。即効性と応用力の無さから現代では淘汰されつつある儀式魔法だ。


「封印術か!なんとまあ引き出しの多い...」


 ぎゃるぎゃるぎゃる!!というけたたましい金属音を伴い現れた血潮を混ぜ込んだような紅の鎖がゲラルマギナを取り囲む。それらは一瞬のうちに円の内側でドーム状を形成し、神人を鎖の檻に閉じ込める。

 それに触れようとしたゲラルマギナの手が、電撃を喰らったように弾かれた。


「古来より獣は多種多様な属性を含む記号として魔法、封印術、錬金術、呪術のマ素利用四術で特別視されてきたっす」


 鎖の外からだった。

 気を失っているアルラを片手で背負い、もう片方の手の中にスタンガンを光らせる少女がいた。最初から突撃してきた彼女まで分身で、本体は今の今まで隠れ続けていたというわけか。

 どういうわけか少女は口端から血を垂らし、体のあちこちに血管が破裂したような痛々しい傷が浮かんでいるのが鎖の隙間を通して見て取れる。


「特に重視されたのは『神殺し』、古今東西あらゆる伝承の中で登場する獣は神を喰らい、時に天敵として描かれる。さっきの五人のあたしにはその記号を埋め込んである。神人まで上り詰めたあんたならわかるっすね?血と贄の祭壇、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を」

「......まんまとやられてしまったな」


 振り返らず、キマイラは『最初から逃がすつもりだった癖に』と喉まで出かかったセリフを呑み込んだ。

 電子寄生虫に保存されていた映像には、恐らくはこういう情報漏洩を危惧してのことだろう。遅効性のデータ破損プログラム......つまりウイルスが仕込まれていた。そうなれば、ゲラルマギナもこちらを追う理由が無い。適当に追い詰めた上で逃がしたことにして無駄な争いを避けたかったのだろう。

 何も得ることも出来ず、誰を止めることも出来ず、この戦いは双方失うばかりだった。

 窓の外で待機させておいた飛行機...小型とはいえジェットエンジンと重心移動感知式操縦盤を搭載した、言わば空を掛けるスケートボードのようなソレに飛び乗ると、瞬間ジェットエンジンが爆炎を噴出する。

 あっという間にキマイラたちの姿が見えなくなり、直後にドーム状にゲラルマギナを囲っていた鎖は空気に溶けるように霧散してしまう。


「さて」


 腰に手を当てて建物の損害を軽く計算しながら、神人は頭の中で別のことを考えていた。

 そろそろ最終調整の時間だ。



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