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終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
序章
18/265

銀の武器



 吼える青年がいた。その握られた右の拳は、その地を蹴る両脚は、まるでオーロラのような淡い光を発していた。硬く握られた拳の矛先は銀の剣を腰に携えた黒甲冑の兵

 かつてアルラ・ラーファから全てを奪い去った者の一端。

 明確には、明確には。

 故郷の仲間と幼馴染の少女の仇。

 その溢れ出た怒りと増悪の全てと、5()()()()寿()()が込められた拳が黒甲冑の頭部を打ち抜いた。

 若干18歳の青年が振るうにしてはやたらに禍々しくも重い拳だった。

 ガッッッドッッッ!!!と。

 吹き飛ばされ、強く壁に叩きつけられたその黒甲冑の面は大きくへこみ、まるで昆虫のように怪しく黒い光沢を放つ甲冑の隙間から夥しいほどの鮮血が溢れ出る。鎧の関節がおかしな方向へ曲がり、ぶらぶらと垂れ下がっていた。

 それでも、まるで痛みなんて最初からないかのように黒甲冑の兵は立ち上がる。


「なんなんだこいつら...っ!」


 思えばあの時もそうだった。

 魔力を暴走させたリーナの数千度にもなろうかという高温の業火に焼かれながらも、ダリルの雷の槍に貫かれながらも、略奪者たちはまるで何事もなかったかのように。この不気味でおぞましい暗澹に満ちた邪兵は銀の鞘に納められた剣で少女や村人の腹を貫いたではないか。

 アルラの中の何かが砕けた瞬間でもあった。思えばあの瞬間から復讐劇は始まっていた。10年間、ずっと頭から消えなかった記憶だ。最期の瞬間、こちらを向いて笑う少女の姿。

 思い出すだけでも。ああ、思い出すだけでも。


神花之心アルストロメリア3()()()()ッ!!」


 拳の光が消え、次は跳躍の構えを取る両脚部に集中する。

 なまじ半端では済まされない力で蹴り崩された地は、大きく陥没させられ銃弾を撃ち込まれたガラスの如き亀裂を生み、その速度は一体どれほどのモノだったのだろうか。

 キックボクサーや空手家も顔真っ青の殺人飛び蹴りが、今度は黒甲冑の腹の中心を貫いた。

 文字通り、貫いたのだ。背中から仰向けに地面に転がったその黒甲冑から足を引き抜くと、アルラは渾身の一撃をその首に叩きこむ。


 ベゴッッッッ!!という肉と金属が裂けて混ざる音と共に黒甲冑の首から上と下が離れた。


「ハアッ...!ハアッ...!」


 初めて人を殺したという現実があった。

 自然と呼吸が荒くなる。心臓の鼓動もだ。そして同時に違和感がアルラの胸に押しかかる。何かがおかしい。目の前の危険は排除した。計8年、この黒甲冑を殺すために使った寿命を数値化したものだ。

 わかっていたことのはずなのに、実感は形を持たない罪悪感、あるいは『重み』として全身に伸し掛かる。

 洞窟で蝙蝠や魚を殺して寿命を得ていた今までとは違う。

 今更ながらに胃の奥から何かがこみあげてくる気配があった。


「うっ...ぷ」


 しかし、ここは何とか堪える。

 自分に言い聞かせて、精神を立て直す。

 こんな世界だ、別に死体なんて珍しくない。人殺しなんて罪は向こう以上にありふれていて、場合によっては正当化されるような世界だろう、ここは。

 言い聞かせて、言い聞かせて、言い聞かせる。

 何とか吐き気は収まった。

 額をぬぐった手に纏わりついていた返り血を目にして、改めて実感を感じた。

 そしてアルラがこの手で生物を殺したということは、その残りの寿命がアルラへと渡るということ。

 『神花之心アルストロメリア』の付属能力。

 殺した命の残りの命を受け継ぐ能力。

 そのはずが。


「寿命が...譲渡されない?」


 思い通りじゃない、という様子で両手を開いたり閉じたりを繰り返してみる。実際違和感はあった。どうも言葉には言い表しずらいが、『なんとなく』で察するレベルのささやかな違和感。

 違和感の正体。アルラの『神花之心アルストロメリア』は命を使って『力』を強化する『異能』だ。拳に纏えば鉄をも砕き、骨に纏えば刃を受け止める。ありとあらゆる場面において全方面において万能性を示す正体不明の異能の力。

 そしてその能力を補う副次的な能力として刈り取った命を貰い受ける力がある。いわば命を喰らい己の糧とするわけで、それは即ち自然界における絶対を示す弱肉強食を体現する異能でもある。

 だがそれが発生しない。


(まさか...)


 殺した命の残りの命を奪う効果が発動しない。

 少なくともアルラが思う通りなら、条件は正しく満たしている。

 しかし、実際効果は機能していなかった。

 なら事実が示す自称は一つだ。


「こいつ、まだ生きてるっていうのか!?」


 ゆらりと。

 本来であれば即死しているはずの。生命体の行動の全てを命令を出す役割を持つ器官があるはずの頭部を失った黒甲冑が立ち上がった。

 不細工な金属と肉の切断面から大量の血液をまき散らし、ふらふらと甲冑が揺れる。歪んだ手に銀の剣を握って。


「こいつッ!」


 アルラの次に地面を蹴ったのは、考える力を失ったはずの、同時に頭部を失った黒甲冑だ。目標は体の使い方から想定するに腹部。『神花之心アルストロメリア』の超感覚を持つ灰被りのアルラもそれを察知したのか。弧を描くようにとん、軽く後ろに跳ねると、銀の剣は先程までアルラが立っていた場所を横薙ぎに空を斬る。


(あの鎧に魔法的記号は...無いな。となると中身に直接か、もしくは...)


 空中のアルラの蹴りが、横薙ぎに振られた銀の剣の下面を捉えた。


「それッ!」


 下からの強い衝撃に当てられた銀の剣は、黒甲冑の手から離れ、くるくると回りながら甲冑の背後の地面に突き刺さる。剣を失った黒甲冑の追撃を躱すため、着地地点から身構えると。


『〒#%@*>~=¥&#%!?』

「っ!?」


 今まで一言も人間の言葉を話すことはなかった黒甲冑は、耳につんざくような言葉にならない叫びを上げ、まるで地面に溶け込むように、ただし中身を残して()()()()が消えてなくなってしまった。

 それと同時に、地面に深々と突き刺さっていた銀の剣もだ。残されたのは腹に穴をあけた首なし死体とその頭部、そして血だまりだった。


(やっぱりあの剣が動力源だったか。不完全な寄生虫と宿主の術式、どうやら『強欲の魔王』は相当趣味が悪いらしいな」


 忌々し気に呟いたアルラの表情は苦い。

 銀の剣が手元から離れただけで消滅したのを見ると、甲冑よりも剣が本体。つまり寄生虫と宿主の関係だった。寄生虫は安全圏で命令を繰り返し、宿主はそれを実行して外敵を排除する。

 ただし不完全。本来であれば、寄生虫である銀の剣は宿主に戦わせるために自分を使ったりなどしない。それにだ、何故わざわざ寄生虫を剣にする必要があった?魔法的使役に必要なのは魔力とプログラム。外部ツール...今回でいう銀の剣は、そのプログラムの役目を負っていたハズだ。

 破壊されればそれまで、影響力の一切を失ってしまうというのに。わざわざ弱点を外部に晒す必要性はどこにある?


「消滅までがプログラムの一環だとしたら解析されないために?ただの兵力として()()じゃないのか、ならアレは...」


 言いながらあっさりと。

 死体のもう一つの異変に、ぶつぶつと呪文を唱えるように悩みこむアルラが気づいた。

 即ち、残された黒甲冑の()。残骸とも呼ぶべき何か。


「さっきのチンピラB、だって?」


屋台からの帰宅途中、アルラを襲ったチンピラ6人組の一人、後頭部に思いっきりメリケンサックを投げつけられた男だった。


「死んでる。頭吹っ飛んでるんだから当然か。こっちの傷は俺がぶちあけた奴だよな」


 中身は至って普通の人間の死体。ビリビリと乱雑に衣服を剥ぎ棄ててみると、中身を丁寧に切り分けて調べる必要もないほど明確に情報は流れてくるものだ。


 そして。新たに気配と音が生まれた。

 倒れた死体を上から覗くように見ながら手元をせわしなく動かしていた青年の背後に。

 長い暗闇の中での生活で培った聴覚のレーダーをあっさりとすり抜けた何か。ガチッ!と重たい引き金を引く音が、アルラの鼓膜に伝わったのは寸前。

 次の行動が間に合わない。


 ドッッッパァァァン!!


 空を弾くような音と共に、アルラの背中から赤い血が噴き出す。


「ます、けっと銃?」


 喉奥からせりあがる大量の血液に、アルラの言葉は濁される。濁って溺れて、言葉の全てがぐっと詰まる。

 古来から魔避けの金属として魔法の根幹の一部となった銀の弾丸が、パーカッション式のマスケット銃から放たれた。普通のマスケット銃の弾丸とは違う。銀の弾丸はアルラの右胸を背後から直撃し、貫通していた。そしてその引き金に指をかけているのはまたもや黒甲冑。

 しかし弾が貫通したのは不幸中の幸いだった。体内に残しては、外科的治療はアルラ一人の手に負えないから。


「ぐっ...!」


 小さく苦を漏らしたうえで力なく倒れようとするその体を、前へ出た右足が辛うじて支えることに成功した。

 アルラは背後から銃弾に撃ち抜かれながらも、頭の中は至って冷静だ。また使い方を切り替えられた『神花之心アルストロメリア』の特性によって跳ねあがるのは灰被りの青年の頭の回転。そして肉体の再生力。

 敵に全てを示すかのように口に出す。


「『神花之心アルストロメリア』思考力。そして再生力」


 閃光と見紛うほどの光がアルラの全身を包み込む。


 そもそもだ。

 超人的なアルラの聴覚を掻い潜り、いきなり背後へ現れた。何かアルラ・ラーファと同様に正体不明な黒甲冑の中身の()の『罪』の異能か、それとも――――。

 思考の途中で体を支える右足を軸に、大きく腰をひねり、足元にあったそれを蹴り飛ばす。つまり手ごろなサイズ感と重量を兼ね備えた遠距離攻撃用、チンピラBの頭部である。

 文字通り踏んだり蹴ったりの彼ももう二度と口きけない死体なのでアルラは遠慮なんてしなかった。


「くらいやがっれェ!!!」


 ゴッッッ!!!!と。

 速度を持ったボウリング玉が何かに激突したうえで地面に落ちるような重量級の音が、黒甲冑のマスケット銃を手首ごと弾き飛ばす。


「#$~@+☎@*¥!!」


 奇声と共に黒甲冑だけな地面へ流れ落ちる。またもや溶けだした黒の中から次に現れたのは、やはりアルラを襲ったチンピラ集団のリーダー格の男だった。

 アルラはもちろんこいつも殺害してはいない。ただ(一般人が目元を押さえて『もうやめてやれよお!』と同情してしまうほどの暴力で)行動不能にしただけだ。

 だが今はもちろん死んでいる。


「18年も使わせやがって...」


 銀の剣にマスケット銃の銀の弾丸。銀は大昔から魔除けの金属として扱われてきたモノだ。魔の権化とも言える魔王の軍勢がそれを使用するのもおかしな話だが。本来元素記号Ag、つまり銀は武器の材料には全く向いてない。柔らかくよく伸び、熱と電気の伝導率は他の金属より一歩先を行く。しかし重く柔らかい。剣にすれば刃はこぼれ、槌とすれば衝撃に砕けるだろう。

 まず性質そのものが武器というジャンルに全面的に見ても不向きなのだ。

 魔術的な価値は有れども、戦闘的な価値はない。

 しかしこれは全て魔法が存在しない地球上での話だ。


 既にアルラの傷は塞がっている。先述した通り、弾が貫通したのが逆に良かった。『神花之心アルストロメリア』人体の再生。筋力や思考力以上に寿命の消費が激しいが、即効性の回復能力があるというのはそれだけで心強い。

 体内に異物を残すことなく再生できたのだから。


「キャアァァァァァァァァァァ!!」


 女性のものと思われる甲高い悲鳴が響いた。最初は特段気にもしなかったアルラが事態の深刻さを遅めに理解した上で、はっと振り返るとそこには二十代前半くらいの若い女性と軍服の男が数名。

 どういうわけか警官らしき人物たちは手に光を放つ警棒、敢えて言うなら工事現場の誘導灯のようなモノを握っているようだ。


「我々は『警備委員会ガード・コミュニティ』だ!貴様ッ!そこで何をしている!」

「ええっ?いや俺はただ...」

「貴様がやったのか!?おっ、大人しく両手を頭の上にあげて投降しろ!」


 いつの間にか囲まれていた。前後どころの話ではない。左右の建物の屋上では狙撃手が狙いを定め、前後には誘導灯のようなライトサーベルを振り回す警官。


 よく考えれば。確かによく考えればだ。この光景はかなり、というより凄くまずい。血に濡れた右腕と左足の男が血だまりの中、首がない遺体の前で立ち尽くす男。それが現状のアルラの姿だった。たぶん前世の何も知らないであろう寂しき独身リーマン灯美薫がこの悲惨な光景を目撃しようものなら泡拭いてバタンキューしていただろう。

 まずは誤解を解かなくては!とアルラが必死に説明するが警備委員会ガード・コミュニティと名乗った警察隊のような男たちは、聞く耳を持たない。

 大人しく言われた通りに両手を上げて抵抗の意思はないと示すものの...


「誤解だ!これには海よりも深いワケがあってだな!」

「誤魔化すな!この状況で言い逃れができるとでも思っているのか!」

「話を聞いてよもおーーーーーーーーーーーっ!誤魔化しじゃなくて誤解だって!こいつは...!」


 ガチャリと、次の瞬間。掲げた両の手首には金属でできた輪っかがはめられていた。

(あっこれ前世のドラマで良く見たな)と現実から逃げるアルラの手にはめられたそれ(・・)は、

凶悪な犯人の逃亡を阻止し、動きを阻害するための例のアレ。日本どころか世界中どこででもみられる金属のわっかを二つつなげた形状の例のアレであった。


「2時32分。確保!」

「うせやろ」


 紛れもない手錠。



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