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終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
一章
175/265

溺れて死んだ神様の責務


 ねばつくような殺気が蔓延する空間に、二匹の獣が超至近距離で睨み合っていた。

 ズガガガガガガッ!!!という凄まじい打撃音が連続して発生していた。エレベーターでの肉弾戦の延長、四肢にそれぞれ異なる属性を含ませたキマイラの打撃を、やはり神人ゲラルマギナは難なく受け止めているのだ。

 反応速度どうこうの問題じゃ無いようにすら思えてくる。キマイラの一挙手一投足を予知して動いているかのような動きを可能にしているのは、奴の人間離れした動体視力か、はたまた何かしらの能力なのか。

 拳のやり取りの合間に、少女の目線から何かを悟った表情のゲラルマギナは看破した。


「隙を見て『NOAH(ノア)』の培養層を破壊しようと、そう考えているな」


 考えを見透かされ、思わず舌打ちが飛び出した。

 極々至近距離の肉弾戦から大きくバックへ飛び退いて距離を取ると、スタンガンを起動し、また別の術式を脳に叩き込む。

 キマイラが床を足で叩くとそこから無数の巨大な白いトゲが突き出し、分厚いガラスの壁へ雪崩れ込む。人体程度なら容易に貫く鋼の硬度を持つ骨の棘は『スケルトン×ジャバウォック×ゴーレム』、動く骨と森の魔獣、更には粘土の魔人が加わった混合術式だ。

 がきんっ!?という金属同士を叩きつけ合ったような音が発生するが、ガラスには傷の一つすらついていない。


(本来なら鋼鉄だってへし曲げるんすけどね......っ)

「現状NOAH(ノア)はその極々微小な体(ゆえ)に特殊な気候環境でしか生存、活動することができない。あのガラスの向こうの培養層はNOAH(ノア)が最も活発になる環境...つまり人体内部を可能な限り再現している。破壊されれば彼らは一分と生命を維持できないだろうが、我が対策を怠るとでも?」


 恐らくは()()もトウオウの技術。

 ダイヤモンド並みの硬度を誇り、液晶モニターや顕微鏡としての機能まで備えた衝撃抑制モニターガラス。そんじょそこらの術式に打ち破られる程度では計画の根本を守護することは出来ないという、ゲラルマギナの意思の表れの一部分だ。

 よって限りなく低い可能性を切り捨てて、キマイラは即座に破壊を諦めた。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()が、目の前の神人がそれを許すほど甘くないことはこの状況に至るまでの経緯で十分思い知った。

 第一、奴の言葉の全てが真実とも限らない。万が一この培養層が破壊された時のため、スペアが敷地内の別の建物や地下なんかに無数に存在すると考えるのが普通だろう。

 今からそのあるかないかも分からないスペアを全て探し出し、そして破壊するのはまず不可能。何より目の前の敵の対処が最優先に据え、キマイラは十分後の自身の生死を怪しんだ。

 考え方を変える。

 重要なのは『勝敗』ではなく『計画の阻止』と。

 よって眼前の神人に必ずしも勝利する必要は無く、そしてなぜだかゲラルマギナはこちらを殺すつもりはないらしい。それをとことん利用することにした。

 スタンガンを起動した途端、キマイラの背中の肩の辺りから炎が噴き出した。キュオォォォォン......という独特な異音を放ち、徐々に炎は出力を増していく。


「グレムリン×ドラゴン」


 直後、キマイラの足が床を離れた。

 背中のジェット噴射の勢いを借りて一気に間合いを詰めると、勢いを保ったままカーブを描き、最終的にゲラルマギナの体をガラスまで押し付ける。

 さながらアメリカンフットボールのタックルのような格好になり、ゲラルマギナの体は背後のガラスと正面のキマイラに挟み込まれた。

 キマイラは自分の力でガラスを破壊出来ないのなら、それ以上の出力を持つ何かの力を借りればいいと考えたのだ。

 ゲラルマギナが少この状況を抜け出すために力を振り回せば、例えキマイラが破壊出来なかった特別製のガラスも叩き割れはせずとも相当なダメージが入るだろう。そのうえ今まで以上の至近距離だ、いくら奴がこちらを殺す気が無かろうが、奴が抜け出すために神人の力を振るえば、至近距離のキマイラもただでは済まない。結果、奴はろくに動くことも出来ないまま、最悪このまま圧死する。ガラスも砕けて、全てにかたが付く。

 自身の体を担保にした、あまりにも危険すぎる『賭け』だった。


「寄りにも寄ってこの我に賭け事で挑むか」

「あんたは剥き身の刃物みたいなもんっす、この場で力を使えば正面のあたしも背後のガラスも砕ける!()()()()()()()()()()()()()()()()!!」


 神人の巨体が邪魔で目視で確認出来ないが、ジェット噴射の音の中にキマイラはメギメギメギッ!!という音を聞く。

 ガラスに亀裂が入り始めている音だと確信する。

 時間切れの前にもう一度スタンガンを起動すると、ゴッッ!!!とジェット噴射の勢いがさらに増して、何もかもが加速する。音速ジェット機並みの轟音が少女の背中を支えて、少女の万力に速度が加わり、もはや脱出は不可能にすら思える。

 その時だった。

 バズンッッッッ!!という伸ばしきったゴムが千切れたかのような音と共に、キマイラの背中から噴き出していた四本の火柱が()()()()()()()()

 何が起こったのか見当もつかずキマイラの思考が一瞬停止してしまい、今度は見えない衝撃波のようなモノが発生して、キマイラをゲラルマギナから引き剥がしてしまう。

 辛うじて受け身が間に合ったキマイラは即座に体を起こす。

 追撃はない、たださっきのは明確に『攻撃』だった。

 キマイラが僅かに息を呑む。実際に狙われたのは背中のジェット噴射だったが、アレが自分の体に直撃していたらと考えると冷や汗が滲み出る。


(くそっ、あと少しだったのに!!)


 すぐさま別の術式を構築するためスタンガンのボタンに指を掛けるが、キマイラが動くより速く異変が起きる。

 いつの間にか、この広い部屋全体を濃霧が覆い尽くさんと広がっていたのだ。

 ガラスの向こうの生物が解き放たれたのかと考えたキマイラは口元を手で覆い隠すと、残った片手で操作して指先に火を灯す。

 薙ぎ払うように足を軸にぐるりと体を一回転させると、指先の炎が火炎放射器ばりの熱を放射し、キマイラを中心とした360度全体を焼き払う。

 濃霧の正体があの生物ならば、あの極小な体格の関係で焼き払いきれるはずだ。


「残念、それはNOAH(ノア)じゃない」


 ふと顔を上げると、ゲラルマギナの姿が消えていた。

  空気中に微細な水分が浮いているだけの『普通の霧』なら、あの火炎放射で一気に蒸発して取り除けるが、実際はそうなっていないことからこれも普通の霧じゃないことがわかる。何より、極々短い時間で、しかも室内に発生する霧なんて聞いたことが無い。

 改めてすくい上げるように霧に触れると、わかりにくいが手が透けるのがわかる。立体映像の技術はトウオウでもまだ未発見だが、それに近しい何らかの技術だろうか。


(チッ、逃走用のカモフラージュか!騙された!)


 今のうちに培養層を破壊しようとも考えたが、どうせそれをやろうとすれば邪魔が入る。そう考えて、キマイラは再び電流を走らせる。

 追跡用の術式が頭に流れ込み、キマイラの優れた感覚の一部分がより鋭敏に強化されると、濃霧では騙しきれない情報が現れる。

 細い糸を手繰り寄せる感覚で、あとはそれを辿ればいい。


「コボルト」


 煙幕で視界を防げても『臭い』はカモフラージュ出来ない。

 猟犬の数倍の精度まで引き上げた嗅覚で捉えたゲラルマギナの臭いは、何もない部屋の壁でぷっつりと途切れていた。

 いいや違う。


(隠し扉。古臭い真似を...っ)


 臭いが途切れている壁を力いっぱい押すと、その先にまた別の空間が現れる。どうやらこの培養層の部屋は、下のフロアから続く研究棟の一部を切り取って造られたようで、隠し扉の先には下の階とあまり変わらない研究所のような廊下が続いていた。

 しかしこちらの方がより重要度の高い研究を行っているらしく、心なしかどこの研究室も下の階より設備が整っているように見える。医療関係の会社のはずが、中には人型のパワードスーツのようなものがケーブルでつながれている部屋まで見つかったくらいだ。この分では原子炉の模型が出てきてもおかしくないかもしれない。

 臭いを辿り、最終的に行き着いた先はまた異質な空間だった。

 サッカーグラウンドくらいの広さの空間には緑が溢れていた。ドーム型の天井は外の景色を映像として投影しているのか、深い闇と星空が人口の大地を見下ろしている。幅1メートル程度の人工川を境にした向こう側には木が生い茂り、よく見るとその上で小鳥が休んでいる。

 タイタンホエール号の屋上にも似た景色だが、向こうは『人の手が加わった自然』でこちらは『本来あるがままの自然』といった感じだ。

 どこか遠い国から切り取って持ってきたかのような自然の向こうに、奴はいた。


「リラックスルームの一つだ。文明に囲まれて生きることに疲弊する者も少なくない、社員は会社の宝なのでな。......もっとも、皆文明にどっぷり浸かっているが故か、普段からここを利用しているのは我くらいだが」

「まずは社員や民の意見を聞いてから作った方がいいと思いますよ神様」

「こうなってはもう仕方ない。君にもしばらく眠ってもらう、夢が覚めればその先はもう楽園だ」

「地獄の間違いじゃないっすか?例え神様だろうが人様の未来を勝手に決めていいはずがない、あたしの未来はあたしが決める」

「......我は『神』などではない」

 

 瞳の中に揺れめく炎にも似た決意を見た。

 悔いるような、恥じるような、しかし諦めきれぬような表情で、ゲラルマギナは口にした。


「我は、博徒ばくとだ」


 そして、賽子さいころが転がった。



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