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終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
一章
174/265

善悪の境界線



 突然だが、トウオウは大陸から大きく離れた島国に存在する他にはない文化と特徴を持つ国家である。

 例えば、この世界で衛星通信を採用しているのはトウオウだけと言えば、その特異性がよくわかるだろう。

 魔力主流のこの世界において、敢えてそれを使わず他に並ぼうとする。

 他国にはない独自性を培うことで、強大な力を保有する強国に並び立っているわけだ。さながら、クラスに一人はいる『勉強はまるでダメでも研ぎ澄ました特技を持つクラスメート』みたいに。出来ないことを無理に伸ばすのではなく、出来ることで補う形。言うは易く行うは難し、同じことをしようとして、しかし志半ばで強国に滅ぼされた国は少なくない。

 故に一部の軍事国家から興味以上の視線を向けられていることは当然とも言える。何しろ、このちっぽけな島国一つを制圧するだけで、世界中探しても他にない特異な技術と、トウオウが保護した数多くの『異界人』、そして彼らが持ち込んだ技術や知識が手に入るのだ。軍事国家からすればトウオウはさぞかし眩い宝の山のように映るはずだ。

 では、そんなトウオウを守っているのは何だろう?

 大きく分けて、三つある。

 一つは先述した通り、圧倒的かつ特異とも言える技術力。未知の兵器の存在を定期的にちらつかせるだけで他国に対する抑止力だ。先ほど述べた衛星(しか)り、とある他国の技術都市と共同開発中のパワードスーツしかり、落ちてた血痕まみれのナイフを触ろうとする者がいないように、トウオウは他国からある意味ブラックボックスのような扱いを受けている国と言える。

 二つ目はその立地、つまり島国という特性そのものを指す。トウオウは島国だが、その四方をある特殊な海流に囲まれている。海にドでかい台風が埋まっていて、その台風の目の中に島が浮かんでいる様子を想像してもらうとわかりやすい。流石に現物はそこまで都合よくはないが、この海流が船での領海侵犯を防いでいるのは紛れもない事実。当然侵入経路は空一択となり、そして現時点で飛行船などの空中移動手段を保有しているのは()()()()()()()()。これが、二つ目の抑止力。

 では最後、三つ目は?

 それは『技術』でも『立地』でもなく、『人物』

 神人ゲラルマギナである。


「むぅ......」


 パソコンのモニターに表示された文章は、どこぞの戦場カメラマンブロガーが記した国家間摩擦に関するレポートだった。途中までそれを読み進めて、ヘッドホンをかぶった白銀髪少女ラミル・オー・メイゲルは、無料のドリンクサーバーから得たホットココアを片手に小さく息を漏らしていた。

 病院からそう離れていない、とある建物の中。個室と呼んでいいのか分からない薄っぺらな壁で囲まれた部屋の中には簡易的な布団や椅子、そしてテーブルの上には最新機種のパソコンが乗っかっている。つまるところネットカフェという奴だった。ラミルが見た目からしてこんな似合わない場所に居座っているのにも理由がある。

 置いていかれたのだ。二人に。危険だから、と。本来金銭的問題で入れないであろう場所ネカフェに入れたのも、キマイラがアルラの寝室に残していった申し訳程度の小遣いがあったためだ。

 納得がいかない。

 少なくとも、アルラに危険を語る資格は無いと、ラミルはそう思う。何故かって?常に危険の渦中に居るのは彼だからだ。そしてキマイラに至っては(ああ見えて)年下。本来彼女を心配する立場なのは私のはずなのに......。


(あっちがその気ならこっちも死ぬ気で食らいつくまでです。アルラさんとは別の角度から神人を攻略します!)


 置いていかれたなら、現地にいる彼らとは違う行動をするまで。実はアルラが聞かされるより早い時点でキマイラから情報を引き出していたラミルは、情報収集に打って出た。

 故のネットカフェ、つまり情報収集というわけだ。もしこの先どこかで彼らと連絡を取ることが出来れば得た情報を共有することが出来るだろうし、そうなれば二人を見返すことにもなるはずだ。

 かたかたかたと、キーボードを指でなぞる。

 電子の海には膨大な情報が眠っているとされるが、今現在ネットの話題を攫っているのは今晩発生が予測されている地震についてだった。今はそんな検索トップの話題に興味を示さず、ラミルは検索ボックスに先程とは違った単語をいくつか入力して検索を掛けてみる。

 神人ゲラルマギナは以外にも自身の情報を公にしているようで、情報自体は割とあっさりと出てきた。しかしそれは『ダンディー神人ゲラルマギナは何者?配偶者は?詳しく調べてみました!!』とか『神人の趣味はギャンブル!?話題のあの人を徹底リサーチ!!』とか『話題性抜群の神人社長!今までの経歴は!?』とか、とにかくその手の役に立ちそうもない情報ばかりだ。仮に彼らと合流した時に伝えられる情報が『神人は未婚らしいです!!』とかでは見返すもくそも無い。

 せめて彼が戦闘している瞬間の映像や、扱う異能や魔法の弱点がわかればと思うが、『社長』としての映像は出てきても、そう簡単にゲラルマギナの『神人』としての映像は出てこなかった。

 ブルーライトを直浴びして疲れてきた瞳をいったん閉じて、僅かに落胆の息を吐く。

 ぐぐぐと伸びをして、安物の椅子の背もたれに大きく寄りかかる。


(当然と言えば当然ですね)


 魔法使いも咎人も人にはない特異な能力を扱うが万能ではない。その辺は『世界編集ワールドエディット』を操る咎人である彼女も当然理解していることだが、どうやら神人にもそれは当てはまるようだ。

 天井を眺めながら、ぽつりと呟いた。


「......よく考えてみたら、検索したら出てくる程度の情報なんてアルラさんはともかく、キマイラさんが知らないわけないじゃないですか」


 もう検索ボックスに何を入れればいいかもわからなくなった頃、それでもカチカチというマウスの音は彼女の手元で鳴り続けていた。

 世にも珍しい、()()()()()()()()は人一倍慎重というわけか。私生活の情報はあちこちにばら撒かれていても、戦闘のことは秘匿が貫かれている。

 存在するだけで他国への抑止力として働く神人の手の内はどれだけ調べても出てくるものじゃない。頭の中では理解していても、ラミルは手を休めようとはしない。慣れないパソコンを操作して一心不乱に探し続ける。

 今現場で戦っているだろう二人の役に立ちたい一心で。

 しかしどうしてもだめだった。

 ならばと考え、今度はブリッツコーポレーションのウェブサイトへ飛んでみる。社長商会のページを下へスライドして出てきた男の画像に、ラミルは眉をひそめる。


「む、これって...」


 年齢不詳。経歴不詳。

 国内最大手の医療系会社の社長にしては不明点が多すぎる。こんなことで社員たちが付いてくるのかは怪しいところだが、事実ブリッツコーポレーションは国内医療系でも最も功績をあげている。旧体制を完全に捨て去った新たな医療制度の確立に始まり、新型医療器具の開発、普及。積極的にメディア露出もしているし、そのせいもあってトウオウでは知らない人はいないくらいの有名人扱いだ。誰もこの人物が今世間をにぎわせている暴動事件の黒幕とは思わないだろう。


(やけにボランティア活動に積極的ですね。戦争孤児の保護、各国の貧民層への医療支援、募金活動...)


 URLを踏んで飛ばされた先で流れ始めた動画を眺めて、ラミルはすぐに苦虫を嚙み潰したような表情になった。

 見なければよかったと、そう思った。

 動画の中の神人は、薄汚れた布切れ一枚を羽織るように身にまとった少年少女たちに、粉塵の中で自ら食事を振舞っていた。ちっとも似合っていないエプロンを身に着けて、しかし料理にはあまり慣れていないのか、汗だくになりながら肉と野菜のスープを調理している。

 無論、これらの活動は全てただのイメージ戦略の一環という可能性はある。『社長』としての良い面をこのブログに書き記すためだけに撮った映像かもしれないし、実際にそういう側面はどこかしらに存在しているのだろう。だがどうしてか、ラミルの目に映る『神人』は、心の底から彼らに寄り添って笑い合っているようにしか見えなかった。

 本当に、『悪人』なのだろうか。

 己の中に定めた芯がぐらりと揺れ動くのを感じる。

 頭の中の神人の『悪人』のイメージが、端からじわりと侵食されていく。


『時には疑って掛かることも重要だよ』


 頭の中で、どこかの誰か(本心)が呟いた。

 いつかの悩みの中で苦しんでいた時に現れたもう一人の自分、ほとんど反射ではっとなって振り返るが、しかしそこに以前のような幻覚の姿は無い。

 こっちが何か言う前に消えたのか、勘違いだったのか。

 振り返った時の動いた手に弾かれ、テーブルの上にココアのコップが倒れそうになるのを慌てて抑えつけた瞬間、隣にあったマウスには意識が向いていなかったらしく、触れた瞬間不意に机上から落下する。パソコンに繋がるワイヤーはぴんと張っても机から床までの距離より長かったのか、がつんとカーペットにさかさまに落ちてぶつかった。

 落下の衝撃でクリックの判定が発生したらしく、これ以上見たくも無い動画の続きが再生されてしまう。

 落ちたマウスを拾おうとしてしゃがみ込み、横目に視界に入った動画の内容は、神人ゲラルマギナが列に並ぶ子供たちにおもちゃを配っているというものだった。女の子には人形を、男の子には変形ロボットを、活発な子にはボールを、控えめな子にはパズルを。

 やはり、見たくは無かった。

 キマイラから真犯人としての事実を聞かされるより前にこれを見ていたら、正直どちらをの情報を信用していたか分からないほどには揺らいでしまっている。

 子供たちがおもちゃで遊んでいるのに対して、映像の中の神人は手の中の小さな物体を使った遊びをレクチャーしているようだった。

 からんころんと転がるそれは、誰しもが知る立方体で、特段不自然というわけではなかったのだが、不思議と少女の目を惹いた。

 不思議に思って、少女は首を傾げて、疑問はぽろりと口から零れ出る。


「......サイコロ?」



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