表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
一章
172/265

開運



 飢えた猛獣と対峙しているかのような威圧感があった。

 口元からだらだらと唾液を垂らし、こちらを睨みつける獣のような...。

 いいや、これが獣だったならどれだけ安心できただろうか。

 そう考えて、少女はごくりと喉を鳴らす。


(っ...。アルラさんの言ってたことがようやく分かったっす)


 奴は何もしていない。ただこちらの眼前に立ち、見下ろしているだけだ。それだけでこれだけの威圧感を放つ存在を、キマイラは知らない。

 『猫』と『獅子』は同じ猫科だが、体格から凶暴性まで全てが異なる。猫に愛くるしさを感じる人の大半は、獅子を見た時同様の愛くるしさを感じることはないだろう。同じ猫科でも獅子の場合、イメージするのは野生に対する『恐怖』か、男児の場合は風貌から覚える『憧憬しょうけい』が大半だ。

 それと同じ。

 『ゲラルマギナ』と魔王を除く『その他の人類』は共に『人』。だがしかし、奴は人で在りながら神の領域に方足を突っ込んだ別の生き物。自身と変わらない『人』のはずなのに、覚えるのは『恐怖』でしかない。

 そして奴自身もそれを当然のように受け入れている。

 奴は、『恐れられる』ことに慣れていた。


「...はは、この局面でご本人様の登場っすか。部下がやられた途端に焦りだすとは思ったより人臭いんすね?」

「我は元より『ヒト』だ。それ以上でも以下でもない。ただほんの少し...ほんの少しだけ他者より長く生きただけの」


 奴の手がこちらへ伸びた。

 次の瞬間、膝で押さえつけていたカララ・オフィウクスの姿が消える。がくんっ!?と足下に空間が生まれ、その分だけキマイラの体は床に近づいた。

 見上げると、カララ・オフィウクスはゲラルマギナに意識を失った状態で抱かれていた。

 何が起こったのかわからず、思わず口を開きそうになる。

 パチンッ!!とゲラルマギナが指を鳴らしたその瞬間、カララ・オフィウクスは虚空に消えた。


「君に、見せたいものがある」

「嫌と言ったら?」

「先の戦いの勝者は君だ。となると、選択肢は君にある。が、君にも目的があるだろう。ならば得策は何か考えるべきだと思うのだが」

「チッ。これじゃ実質強制じゃないっすか」


 キマイラは舌打ちして立ち上がる。

 今からどうにかこの場から逃れようとしたところで相手は『神人』、恐らく直ぐに追いつかれ捕まってしまうだろう。

 もしかしたらこの男は、ジェット機の数倍の速度で移動するかもしれない。

 もしかしたらこの男は、空き缶を踵で潰すような感覚で鉄筋ビルを畳んでしまうかもしれない。

 もしかしたらこの男は、何かとんでもない超能力を扱うかもしれない。

 この男に限って、キマイラの妄想の全ては『大袈裟』と呼べなくなる。

 不確定。

 得体の知れない底知れなさが何よりも不気味だった。

 終わりの見えない穴を覗き込んでいるかのような、そんな感覚すらあった。

 キマイラは誘導されるがままにエレベーターに乗りこみ、ゲラルマギナは堂々と彼女と扉の中間の位置に立つ。

 少なくとも奴は、自分の部下に対してあれだけの戦闘能力を見せつけたはずの少女に背中を見せる余裕があるということだ。

 その事実を突きつけられて、少女はゲラルマギナを後ろから襲う気になれなかった。

 不意にゲラルマギナが口を開いた。


「聞くが君、()は元気かい」


 メリィッッ!!と。

 殺意が迸った。

 万力の込められた少女の拳が目の前の男の顔面目掛けて放たれ、しかしあまりの速度に音が追い付かなかったのか、パァンッ!という乾いた音が後から鳴り響く。

 それでも神人は振り向きもせず、一見年相応に見える少女の怪物じみた腕力を受け止める。

 少女の形相に鬼神が宿る。

 

「...................どこで知った」

「知ったも何も我と彼は古い付き合いだ」

「あたしの前で糞親父の話題を出すな。殺すぞ」

「随分恨んでいるのだな、世間話にと思ったのだが」


 片腕を受け止められたまま、少女は空いた手に持つスタンガンを己の脳に突き当てた。

 ようやく地雷を踏んだとゲラルマギナが気付き振り返り、少女の手を離す。お構いなしにエレベーターの内壁から飛び出した骨の棘は、瞬きの次の瞬間には粉々の骨粉と化した。

 だが止まらない。

 キマイラの戦闘スタイル、他人の術式を電流の形式に変換&保存し自由に引き出し組み合わせる力。一度の『インプット』で術式を借りれる時間は十数秒程度だが、彼女は複数の術式を組み合わせて使うことが出来るのだ。つまり同時に複数の術式を脳に『インプット』し、別のタイミングで使い分けることだって出来る。


「死に晒せ」


 ジャバウォック×スケルトン×ガーゴイル。

 先程の骨の棘に気を取られている隙に、ゲラルマギナの足元をタコ足のような触手が抑えつけていた。質感的には『骨』だが、硬度は『岩』、柔軟性はまるで人の『舌』のそれは数十本単位で神人の腰元まで覆い尽くした直後、灼熱を帯びたキマイラの回し蹴りが神人の左頬めがけて炸裂した。

 ゲラルマギナが難なく左腕でガードし、キマイラはからんころんという音を聞く。

 触手が上から押しつぶされたように潰れて、エレベーターの床にへばりついた。

 2メートル四方×縦3メートル。極小の空間内での肉弾戦が始まる。

 柔軟な肉体を生かしたキマイラの足払いを、ゲラルマギナただ突っ立ってるだけで受け止める。当てた側のキマイラからすると、地面に突き刺さった鉄柱に蹴りを加えたような感触だっただろう。すかさず態勢を整えると、すぐさま狙いを下半身から上半身の急所へと切り替えた。

 ガガガガガガガッッ!!と。

 時間にして十秒にも満たない僅かな時間。無数の拳のやり取りが生まれる。時には壁や天井までも足場として利用するキマイラに対して、ゲラルマギナはその場から一切動くことなくそのすべての攻撃を捌き切る。

 上から振り下ろす形の手刀に、敢えて頭をぶつけることで軌道を反らす。

 遠心力を添えられた鈍重な後ろ回し蹴りは、腕を顔の横に添えて受け止める。

 みしりと、少女の頭に血管が浮かび上がった。

 ()()()()()()()()()()の話題を出されたのもそうだが、今それ同様に許せないのは、奴が一切反撃してこないことだ。

 完全に、舐められている。

 そう思うと、余計に虫唾が奔る。

 冷静を保つ気にすらなれない。


「......理由は分からぬが彼を話題に挙げたことが原因だとするなら謝ろう。ここで暴れられるのは少々困る」

「謝るくらいなら死ね、そーすりゃ依頼も達成だッ!!」


 二人を乗せたエレベーターの動きが止まる。

 到着を知らせるランプが点灯し、いざ扉が開こうとしていた直前になって。ドゴオオォォォンッッ!!という爆音と共に、エレベーターの扉が破られた。

 キマイラの渾身の一撃を正面から受け止めたものの、エレベーターの狭い空間内では勢いが殺しきれなかったのだ。最初に現れたのはゲラルマギナの背中、続いて鬼神の形相で四肢にそれぞれ電撃、火炎、冷気、瘴気を纏わせたキマイラが飛び出した。

 どれか一つにでも触れれば深刻なダメージを負うはずの攻撃を受けつつ、しかし『神人』は余裕を崩さない。

 ただ一言だけ、男は呟いた。


「開運」


 何かが変わった気配があった。

 感じ取ってはいたが、それを踏まえた上でも少女は止まろうとしない。ここでこいつを倒しきれれば、今キマイラが抱えている問題は全て片付くから。

 炎を纏わせた拳を、奴の顔面目掛けて放った、その次の瞬間の出来事だった。

 ()()()()()

 最新の免震装置を導入しているはずの建物でも、ほんの少しだけ床が振動した。そのほんの少しが、拳の照準を狂わせる。分かっていたかのように不動を貫くゲラルマギナの頬をかすめて、炎の拳が壁を叩く。

 粉砕された壁の中、制御しきれない拳を引っ込める間もなく、少女は認識した。

 埋め込まれていたのは極太のケーブル。

 恐らくは電気系統、ビル内へ地下の発電機で生み出した電気を供給するためのケーブルだ。人の腕ほどの太さのそれに、自身の拳が直撃していたのだ。

 まずい、と闇の中で鍛えた直感が告げる。


(ケーブルの被覆!?熱で溶け...!?)


 ズバチィッッッ!!!と。

 伸ばしきったゴムを千切ったかのような音が爆散した。

 飛び散った火花の熱を感じるよりも早く、熱で被覆が溶け剥き出しになった電線から浴びた高圧電流が少女の体を駆け巡ったのだ。

 ケーブルに対するアクションが『殴る』だったのは不幸中の幸いと言える。例えばこれが『握る』だったなら、感電した彼女の体は反射的にケーブルを握り続けてしまっていた。

 キマイラが普段から電流を扱っているとはいえ、脳内へ信号として外部から送り込む電流とビルの一フロアを動かすための高圧電流ではそもそもの規模が違う。触れ続けていたのなら、十秒もしないうちにこんがり真っ黒にローストされていた。


「かっ......はっ!?」


 キマイラは自分の身に何が起こったのか、しばらく理解できなかった。

 拳がケーブルに接触した直後に見た電光が視界すらも真っ白に染めてしまった。全身の...特に上半身の筋肉が痺れてしまったらしく、意識していなければ呼吸すらままならない。辛うじて動く左腕で上半身を起こそうとするも、体重を支え切れない。

 どうにか繋ぎ止めた意識の淵で、キマイラの思考は混乱に染まる。


(なに、が......おこった...?)


 口元がうまく回らない。

 この身に、一体何が起こったというのだ。何をされたというのだ。

 地震?

 何故、このタイミングで...?

 確かに、DFアラートは数日前から、今晩発生するとされる大規模な地震を予測していたが、それは深夜二時過ぎの真夜中だったはずだ。トウオウの技術力の一端ともあろう技術が、そう簡単に予測を外すわけがない。かといってゲラルマギナ本人が何かアクションを起こしたというわけでもなさそうだった。

 ということは、さっきのアレは......。


「前震だな」


 前震は、本震より早いタイミングで訪れる地震のこと。本震の数時間前に発生することもあれば数分前に発生することもある。まちまちなのは発生のタイミングだけでなく、時には本震よりずっと大規模な震度の前震が発生することもある。免震装置込みであの程度の揺れ、震度換算でざっと3くらいか。この街は海に近いが、この程度なら津波等二次災害の心配もないだろう。

 天井を見上げていたゲラルマギナはそう結論付けた。


「しかし高圧電流か。普段微弱な電流を用いた戦法を扱う分、ある程度の耐性が生まれていたのだろう。普通は即死だ」


 呆れたように言うと、未だ痙攣の止むことのないキマイラをそっと抱き上げ、巨漢は歩き出す。こんなにもうれしくないお姫様抱っこは見たことが無い。ましてやこいつは仕事のターゲットだというのに。


「く、そが......。どこ、へ」

「君に見せたいものがある。我が計画の核心と言えば断る道理もないだろう」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ