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終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
一章
171/265

彼、神にして神に非ず



 砂嵐が舞っていた。

 もちろん現実リアルにではなく、彼の目の前の無数のモニターの中で。最後の大規模マ素爆発の衝撃は、簡単な攻撃くらいものともしないドローンの映像処理回りの機能をすべてにお釈迦にしてしまうほどの威力だったということだろう。そう考えると、あのバカ高いドローンを十何台犠牲にしたいう事実を考慮しても、損した気分にもならなかった。大切なのは『金』ではなく『信頼』であるという()()()の言葉を忠実に守ったとも言える。

 破損されたドローンは全部で二十台にもなるだろう。とある民間軍事会社が開発したプロトタイプを大量に譲り受けたモノとは言え、金がかかってないわけではない。しかし、計画が根本から崩れるよりは遥かに良い。

 ドローンは所詮、甘い果実に集る虫を取り除くための備品に過ぎない。

 カララ・オフィウクスは組んだ足を解き、無数の画面光に照らされながら立ち上がると、部屋を後にする。

 もちろん、戦場となったフロアへ降りて、自らの目で『確証』を得るために。


「彼女、窒息死していなければよいのですが」


 あれだけ激しい戦闘を繰り広げたのにもかかわらず彼がこんなことを呟いたのは理由がある。

 カララ・オフィウクスは、キマイラを殺せない。

 正確には、殺すことを許されていない。

 例え敵であろうが仇であろうが彼の上司...『神人』ゲラルマギナは殺生を許さない。社内で最も彼の傍で行動しているカララ・オフィウクスでさえその信念の理由は知らないが、きっと長い年月を生きる『神人』だからこそ辿り着いた考え方なのだろう。

 甘いとは時々思いこそすれど、そこに口を挟もうなどとは思わなかった。

 彼こそが絶対で、彼についていけば救われる。そう信じているから。

 エレベーターのボタンを押し、扉が開くのを待つ。


(さて、()()()()はどうなりましたかね。大人しく帰ってくれてれば一番、そうでなければ......)


 チーンという電子音。廊下に対して照明が生きているエレベーター内に乗り込み、少女が倒れているであろうフロアの階層へ降下を開始する。

 建物が縦に長いだけあって移動には少し時間がかかるだろう。

 監視カメラの操作権を与えられた携帯を取り出すと、最後の爆破現場付近にまだ生きた画面が残っていないかどうかを探し始める。

 期待はしていなかったが、やはり半径50メートル内のカメラは固定していた機具ごとごっそり破壊されたらしい。自分がやったこととは言え、この損害は給料から差し引かれるのではないか?と想像した彼は一人静かに身を震わせた。


「ん」


 ピカピカと現在の階層を示す数字の表記がみるみる小さくなっていく。

 目に見える数字とは別に、数字では全く見えない変化を感じ取り、視線を下へ移す。

 魔法ではなく、呪術を扱う彼だからこそ気が付く違和感があった。

 エレベーターが止まって体に僅かなGが加わる。


(...マ素濃度が濃くなった?彼女が気を失ったことで私の術式は自動的に解除されるはず......)


 直後に。

 エレベーターの扉が開いた。

 そして、声を聞いた。


八戒ハッカイ


 ッッッッッッッッ!!!と。

 八度目の発動。爆発。音と光と見えない質量の壁が一気に雪崩れ込み、カララ・オフィウクスの体は一瞬にしてエレベーターの壁にへばりつかされる。

 べぎめぎめぎっ!!?という歪な音が体内で発生したのを知覚するが、痛みよりも早く喉奥を締め付ける窒息感があった。


「ぅっ...がっ、は、あぁぁぁぁ...!?」


 この感覚には覚えがある。

 というより、これは......。


(わっ、私の、『コトリバコ』の術式!?何故、それよりまずいっ、八回目はっ、()()の数字!!)


 七方チッポウまでは無力化で済むが、今自分自身で喰らっている『八回目』は完全な殺害用、続けば術者であっても命は無い。

 縄で強く首を絞めつけられているかのような感覚に彼は喉元へと手をやるが、当然そこに実物があるわけではない。これは自分の呪術で、何かしらの要因が加わりそれが術者である自分自身へと跳ね返ってきているのだ。

 意識が沼の底まで沈みかけていた。

 そうなっては、もはや自分一人でどうすることも出来なくなる。意識を失った後も呼吸を封じ続けられて、脳が目覚めることは二度となくなるだろう。


(そうなる前に...っ)


 追い詰められた彼が取る行動は一つしかなかった。


「ぉ...コッ、『コトリバコ』...かぃ、じょォ...ッ!!」


 手動解除。

 瞬間、首元の強烈な圧迫感が消え失せて、呼吸の自由が戻る。うつ伏せにエレベーターの中で倒れたまま、大きくせき込んだ後に大量の空気を取り入れようと息を吸おうとして、しかし今度は体内から強烈な痛みが全身を駆け抜け、思い出したかのように吐血した。


(一体何が...何が起こった..?)


 体もろくに動かせず、口内にたまった血液を吐き出すことしか出来ず、カララ・オフィウクスはようやく考え始めようとする。

 が。

 敵を倒すことで自動解除する術式がまだ発動しているということはどういうことか、直後に思い出させられた。

 ゴッ!と。

 再び、しかし今度は明らかに物理的な感触で、首に力が加わった。

 辛うじて動く範囲で首と目を動かして、首に膝で体重を加え続ける者の顔を見るとそこには、黄土色に近い髪色のショートヘアに整った顔立ち。加えて服の上からわかるほどの巨乳の少女。

 『コトリバコ』で倒したはずのキマイラが余裕の表情で鎮座している。


「いや~、解除してくれた助かったっす。もう数分遅かったらあたしの意識も持たなかったでしょうし?」

「どういうことだ、何故意識を保っていられる!?コトリバコは確かに―――」

「確かに発動してたっすよ。計七回、それより......」


 ピッ、と。

 少女は片手の人差し指を口元に当てて。


調()、乱れてますよ?」

「なっ......」


 簡単に忠告し、その言葉を受けたカララ・オフィウクスの背筋に冷たいものが奔る。

 思いもよらなかった少女の言葉に、思わず、表情が濁った。

 知られている。

 呪術の代償に捧げたモノ。カララ・オフィウクスと『コトリバコ』の場合、『他人に対する乱暴な口調』。

 この情報は、直属の上司で在り主でもある『神人』ゲラルマギナさえも知りえない情報のはずだ。

 呪術の代償を知られるということはつまり、術者が捧げたモノの『重み』を知られるということ。矢印で繋がり、最終的にはその術式の『底』......つまり術式で出来ることの限界まで知られてしまうということになる。

 外目にビニールの中の水を見て、そこからどの程度の容器であればすっぽり収まるのかを考えるようなものだとすれば随分とわかりやすいか。故に呪術師は基本的に、己が支払った代償を何よりも守り通すのだ。

 それが出来なかった場合、()()なってしまうから。


(彼女が八回目の呪言を知っていたのは、私の『代償』の底を把握したからか!!)

「反応的に間違いなさそうっすね」


 膝で首裏を圧迫し続けながら、キマイラはクスクスと笑う。


「あんたの術式は二つのキーワードで成り立っていた。一つは『空間』、もひとつは『扉』。逆に言えばそれさえ崩せば術式は機能しなくなる。土台を抜かれた積み木遊びみたいに、簡単に崩れ落ちる。あんたの言葉は丁寧でしたが、内に秘めた感情は悪意たらたらでわかりやすかったすよ」

「あり得、ない。この短時間で、私の術式の根本を見抜いたとでも...!?」

「見抜くことは出来なくても観察し尽くせば観えるモノはあるってことすね。ってか七回目のマ素爆発に関してはあんたの真似をしただけっすよ」

「真似、だって...?」


 少女の言葉にカララ・オフィウクスの表情が曇る。

 思い当たる場面を画面越しに覗き込んでいた記憶の中から探ろうとして、全身のむち打ちのような痛みに苦しみながらもそれらしい場面を思い浮かべることが出来た。


「そう、ですか......。爆発に合わせて、完全に同規模の魔力をぶつけて相殺したんですね...ッ!?」


 ヒントになったのは戦闘開始から僅か数分後のあの出来事。

 キマイラが放った高周波攻撃に対して、事前に一度喰らっていたドローン側が逆位相の周波をぶつけることで封殺したあの場面。

 爆破に対して爆破を合わせる......とどのつまり『模倣』は、他人の術式を自分のモノのように扱うキマイラの十八番だ。ましてや術式の内部式に関係なく、相手が使っているモノがただのマ素爆発であるということが確定してさえいれば、術式そのものを即座に真似ずともその場でマ素爆発を発生させてしまえばいい。

 衝撃に対して衝撃を、目には目を歯には歯をと言うように。

 息が詰まる。

 物理的にもそうだが、精神的にもという意味でも、だ。

 言うは易く行うは難し、目の前で突如として発生した爆破に対して、コンマ一秒にも満たない速度でその規模を見極めて自身も同じ爆発を起こすというのは、たかが人間如きの手で発生しうる奇跡の規模に収まるのか。

 少なくとも、事前に爆破の規模くらいは知っておかねば、即座に反応だなんて......。


「空間の広さと爆破規模の比例関係、何度か喰らえばそりゃ予測も立てられるようになるっす」

「しかし、爆破に対応できたとしても、私の術式のメインは...ッ」

「そう、窒息。こればかりは我慢するしかなかったっすね。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?運と相性が悪かったっすね」


 何も。

 言葉が出なかった。

 自分が相手にしていたのは、本当に人間だったのかと疑うほどに。

 彼女を...いや、この『怪物』を育てた環境とやらは、いったいどれほどまでに凄まじいものだというのだ......?


「君、は。一体......?」

「ん?()()()


 あっけらかんと答えて、少女はにたりと微笑んだ。

 首から紐で下げたスタンガンを揺らし、ポケットから何かを取り出そうとしている少女を見て、彼はこれから自身の身に起こるであろう不幸に対して覚悟を固める。

 敗者の末路はいつだってどんな場合だって悲惨にしかならないのが世の常。

 そして彼女は『それ』を躊躇わないであろうということを、ついさっきのやり取りで思い知った。


「さ・て・と、お喋りはこれくらいに済ませときましょうか。敗者には敗者なりの待遇を、そろそろ喋ること喋ってもらいますよ」

「喋る?私が、この私があの方を裏切るようなことがあるとでも...ッ!!?」


 キマイラが自らの膝に加える圧を強め、カララ・オフィウクスの言葉が詰まる。

 みしみしみし!!とあまり聞きたくない生々しい骨の音が二人の接触部から発生していた。あと、ほんの少しでもキマイラが力を加えるだけで、彼の首の骨が奏でる悲鳴は絶叫に代わるだろう。 


「あんたの意思は関係ない」


 ぎりぎりと体の内側から聞こえる骨と骨をかち合わせるような音の次に、カララ・オフィウクスの体が宙を舞う。首根っこを取っつかまれてエレベーターの外へ投げ出されたと気付いた頃には、べしゃりと濡れた雑巾みたいに向かいの壁に叩きつけられた。

 そのまま重力に沿って床に落下して、割れた奥歯が床に転がった。

 少女の笑みの質が変わった。

 虫篭の中の蝉を弄ぶ子供のような、無邪気な悪意ともいうべき何か。本来、彼女くらいの年齢の少女が絶対に必要としない感情の一つを、しかし彼女は持っていた。

 生まれ育った環境がそうさせた。

 もはや抑える必要すらないと判断したのか、少女は床に這いつくばっているカララ・オフィウクスの目の前に立つと、どこかのデスクから拝借してきたであろう多色ボールペンを見せびらかすように摘まんで見せる。

 かたんと小首をかしげて、勝者は敗者に問う。


「『神人』ゲラルマギナの目的は?」

「............」


 こつんっ!!と。

 多色ボールペンから抜き取られた青色のインク軸が凄まじい速度で『発射』され、カララ・オフィウクスの左手の甲を貫いた音だった。

 覚悟を決めていたにも関わらず、迸るような激痛に声を出して悶えるしかなかった。


「ぐっ、うおあああああああああっ......」

「『神人』ゲラルマギナの目的は?」

「うっ、ぐっ、あ、」


 二色目が反対の手を貫く。

 発射された速度が桁違いだったのだろう。柔らかくてすぐ折れ曲がってしまうはずのインク軸は彼の手を貫通するどころか、その下の床にまで2センチほど突き刺さっているように見える。

 少女の笑みは崩れない。


「『神人』ゲラルマギナの目的は?」

「う、お、あああああ」


 こつん!!


「『神人』ゲラルマギナの目的は?」

「くっ、あ.........」


 こつん!!


「『神人』ゲラルマギナの目的は?」

「.........」


 もはや声すら出なくなった。

 たかが太さ数ミリのボールペンのインク軸とは言え、いちいち神経を貫くように狙って打ち付けるキマイラの技術力によって、実際に彼の脳に刻まれる痛みは計り知れない。

 意識をシャットダウンしようにも、瞼が落ちるたびに追加の激痛が打ち付けられるので、気絶する事すら許されない。

 手持ちのボールペン(ごうもんきぐ)が無くなり、他に使えそうなものはないかとあちこちポケットを探ってみる。

 少し考えてからぐったりしている男の方に一度視線をやると、これ以上はやっても無駄と判断し、キマイラは顔に手を当てながら大きなため息をついた。

 元から期待度は薄かったとはいえ、まさかここまで抵抗するとは思ってもいなかったのだ。ボールペンのインク軸から染み出したインクが体内に入ってしまったので、痛みの他に不快感や気分の悪化も加わって地獄のような思いだろうに。これだけやってもカララ・オフィウクスの揺るがない主への忠誠心は、敵とは言え呆れを通り越して尊敬にまで値する。

 と、その時だった。

 彼女だからこそ感じ取れた気配に、少女の背筋が凍った。

 ぎちぎちと首を動かして、振り返ると、そこには......。


「あまり彼をいじめないでくれ、大切な我の部下なのだ」


 ぶわっ!!と、氷水かと思うほど冷たい汗が吹きでて、生物としての危険を知らせるセンサーがけたたましく鳴り響いていた。

 アルラが彼を恐れる理由を、キマイラも眼前にしてようやく理解する。

 高級スーツの上からも分かるほど強調された筋肉。一回りも二回りも大きい巨躯からだ。逆立ち、天に立ち上るかのような白髪交じりの短髪黒髪。

 世界に僅か18人。

 神の領域へと片足を突っ込んだ、人類の到達点。

 『神人』ゲラルマギナが、両手を無造作にポケットへ突っ込みながら立っていた。



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