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終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
一章
168/265

轟く残響のバラード



(今、何か聞こえたような......?)


 何処からか爆発のような音が聞こえた気がして、『ウィア』とカメラの映像を使って探索を続けていたアルラはふと天井を見上げる。

 視界の先の高い位置にある真っ白な天井を見て、やっぱり思い過ごしかと考えてその場を後にする。フロア中のカメラの映像を無断借用して立体的に映し出しているウィアがぶるると振動すると、その映像は霧を掃うかのように空気へ溶けてなくなった。

 アルラはこんな便利な機能があるなら説明書をちゃんと読んでおくべきだったと考え、しかし直後に説明書なんて無かったことを思い出す。同時に、『そういや流れで持ってきちゃったけど「ウィア」って結局何なんだ?』とも考える。

 ウィアとの出会いは約2ヵ月前、ラミルの一件の最中だった。宗教団体『白の使い』内部に潜入していたとある男が教団から盗み出し、成り行きで自分の手に渡ったそれについて、よく考えたらアルラは何も知らなかった。

 ちょっと性能の良い携帯端末程度の認識だったが、どうやらそういうわけでもないのだろう。

 立体映像ホログラムなんてものは、トウオウに来てからも見たことが無い『技術』だ。この国の常識に慣れているキマイラの口からも、そんな技術については聞いていない。というか、キマイラは『ウィア』に対して初めて触れるような反応を示していたのを思い出す。

 となると、ウィア(こいつ)はこの国の現代技術でも手に余るオーパーツということになるが。


「......こいつについて今考えるのはよそう」


 何度も繰り返すようだが、余計な思考で今この時間を無駄にしてはいけない。

 この場に不必要な思考を後回しにして、アルラはウィアがカメラで見つけていた、アルラがキマイラと分かれた階段とは別の階段を下っていく。今までの階段が白を基調とした小奇麗なイメージなのに対して、鉄の扉の向こうにひっそりと隠れていた階段は一段一段が網目状の金属で、まるで工事現場の足場のように無駄が省かれている。

 可能な限りかつんかつんという金属質な足音を消して歩くように心掛けながら、少ししてまたも金属扉に辿り着く。

 いかにも厳重な扉の電子的なセキュリティは、壁に取り付けられた操作パネルにウィアを押し当てて、ハッキングで強引に突破する。ガチャッ!という扉内部の鍵が開く音を聞くと、そのまま扉に力を込めて押し開けた。

 先程まで探索していたフロアよりも更に真っ暗な、剥き出しのコンクリート床のフロアに侵入する。

 早速ウィアを使ってカメラの『目』を盗もうとするが、その必要は無いらしかった。


(...?カメラが何処にも見当たらない)


 それだけじゃない。

 今までアルラが探索していた地下二階に比べて、今いるこの空間は極端に狭かったのだ。そのうえ、フロアを仕切る壁の一つも見当たらない。

 さっきまでのフロアが仮に野球場ほどの広さだったとすると、ここは体育館くらいの広さしかないのがわかる。

 しかもこの小さな四角形の空間の大半が、中央にでんとそびえたつ巨大な円柱状の物体に割かれている。

 直径にして4、50メートルくらい。

 壁に手を当てつつフロアを一周してそれだけの情報を得たアルラは、ここが何のために存在する空間なのかわからない。

 自分が目指していた場所なのか、全くの無関係なのかさえも、だ。


「仕方なし、か」


 キマイラから預かった方の端末を手にすると、登録されていたたった一つの番号へと通話を繋ぐ。地下故に電波が届かないのでは?という危惧も片隅に置いてあったが、実際に電話をかけてみてその辺の制約は特にないらしいことがわかる。

 3コール後に向こうへ通話が繋がり、直後に少女の声が聞こえてくる。


『アルラさん!!そっちは大丈夫っすか!?』

「えっえっ、何をそんなに慌てんだ?」


 やけに焦ったようなキマイラの言葉に、思わずアルラはそう答える。

 そして、すぐに察せた。相手が『神人』だと分かっていてもキマイラが取り乱さなかったのは、『神人』と戦わないことが前提だからだ。

 つまり、もしかしたらキマイラは。

 怪訝な声色で尋ねる。


「まさか......奴に見つかったのか?」


 電話の向こうの短い無言はどういう意味を示しているのだろうか。

 勝手に危機的状況であると判断したアルラは画面の向こうには聞こえないように、顔を歪めて小さくチッと舌打ちする。

 『すぐそっちに向かう。場所を教えろ』と口に出そうとした、一歩手前で。


『まさか!あたしに限ってそんなわけないじゃないっすか!!アルラさんじゃあるまいし』

「......一言余計なんだよ」


 一変して茶化すような声色のキマイラに、今度は画面越しでも聞こえるように大きく息を吐く。

 どうやら心配するだけ無駄だったらしい。

 

『そりゃあ緊急用の携帯から着信があったら誰だって緊急時だと思うじゃないっすか?離れたとこから世間話をするために渡した端末じゃないんすから』


 なるほど、それはもっともだ。

 だが、普段から冷静な奴が画面越しにあれだけ取り乱していれば、こちらが相応に身構えるのも当然だとは思うのだが。

 『それで、要件は?』と急かすようにキマイラが尋ねる。

 余計な会話をするだけの時間がもったいないと考えて、視線を端末の画面から自分が今いる空間...特に中央ででんと構えている円柱に向けると、アルラはさっさと質問に移ることにする。


「言われた通りに地下を進んでいったら妙な部屋に辿り着いた。形は四角、広さは体育館くらいで他のフロアより狭い。見取り図にも記入されてなかったし、中央にはやたらゴツい円柱が天井から床までぶっ刺さってる」

『円柱?』

「直径50メートルはあるかな。円柱ってかもはや壁だけど、フロア内に目立つもんがこれしかないから余計に目立つ。何かしらの機械が組み込まれてるように見えるけど俺じゃよく分からない」

『写真送れます?』


 通話は繋いだまま、アルラは一度カメラアプリを起動してレンズを部屋の中央へ向ける。

 全体像が映るように部屋の入口近くまで下がり、撮った写真をそのままキマイラに送り付ける。

 画面の向こうで、キマイラは送られた写真を見て何かを思い出そうとしているようだった。うんうんと唸った後に、はっと何かを思い出したらしい。


『ああ、これはビルの免震装置っすね』

「めんしん?」

『一言で言うと、大規模な地震が起こった時に振動を緩和する衝撃材みたいなものっす』


 キマイラの言葉に勝手に反応したのか、ポケットの中のウィアがまた何かを訴えるように振動し始めた。

 手に取って画面を確認すると、触ってもいないのに画面の中に表示された文章やら何らかの写真が勝手にスクロールしていってるのがわかる。

 建物と地面の間に設置しておくことで、自身の衝撃を吸収して和らげる装置...ということだけが辛うじて見て取れた。


(そういえばトウオウは地震が多いって、最初にラミルが話してたな...)

『ここは製薬会社っすから、免震装置も最高級のモノが導入されてるはずっす。となるとそれは衛星連動事前災害感知型免震機構っす』

「......なんて?」

『「オオナマズ」とも呼ばれてますね。普通の免震装置なら何十個も設置する必要があるのを、それはたった一つで賄えてしまうっていう高性能な機械っす』

「つまり、俺たちが探してるモノとは全く関係ないんだな?」

『っすね』


 それを聞いて、アルラは額に手を当ててまた大きく息を吐いた。

 落胆か、もしくは焦燥。

 とにかく、アルラとキマイラが探しているモノはここには無かったのだ。

 失敗を引きずる時間すら惜しい今、立ち止まる選択肢はありえない。一度また上のフロアまで引き返して、最初の方の階段をまた下ろうかと考えて、しかしいったんキマイラと合流するという選択肢だってあることに気付く。

 実はアルラはウィアがあちこちの監視カメラを乗っ取った時に、残っていた既に地下最下層もあらかた調べてあるのだ。ただ最後のフロアだけ他の階層よりカメラが少なかったことで、探索不足という懸念もある。

 薄い可能性を捨てて合流を急ぐか、それとも細かいところまでしっかり詰めるべきか。

 考えていたその時、画面越しの反応があった。


『ああ、アルラさん』

「?」

『地下の探索が終わったら、あたしのことは構わず一足先に退散しててください。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「合流して二人で探した方が効率的じゃ...」

『じゃ、そういうことで!』

「聞けよ話を!」


 ぶつっ!!と、一方的に通話が切れる。

 また空間に静寂が満ちる。

 人の気配が完全に寸断されて、機械的な環境音が遠巻きに聞こえてくる気がした。

 研究棟の、どこかの実験室の壁にもたれかかったまま、キマイラは携帯電話型スタンガンを耳から離して戦闘用プログラムに置き換える。

 これで、()()()()()()()()()()


『仲間を逃がしましたか』


 キマイラがいるこの研究棟だけに響くアナウンスがあった。

 カララ・オフィウクスと名乗った男はあくまで態度を変えることなく、紳士然と言葉を投げかけた。

 

「この件に彼を巻き込んだのはあたしっす。あんたにあたしたちを殺す気が無い以上、自ら退場する彼を追跡するような真似はしないっすよね?」

『当然です。ですが、それだけでは足りませんね』


 どこでキマイラの声を拾っているのか、近くの監視カメラの操作権も全て奪ったはずだった。

 アナウンスが途切れることは無い。

 丁寧な口調ではあったが、機械越しの奴の言葉には『敵意』が含まれていた。

 ウィーン...というモーター音がどこからか現れて瞬間だった。


『貴方にも、帰っていただきます』


 ガガガガガガガッッ!!!と、キマイラがもたれかかっていた壁面に弾丸が吹き荒れる。

 気付けば、側面に二丁の機銃を装備した飛行物体が三機、キマイラの視界の中に浮遊していた。


「戦闘用ドローン...!?ダクトを通ってここまで...っ!!」


 二枚の大きな円盤でもう一枚の小さな円盤を挟み込んだようなデザインのそれは、一切の躊躇もない。ただ機械的に、外敵の排除という命令を実行するために動き続ける。

 挟み込まれた真ん中の円盤の側面に取り付けられた機銃が、再びキマイラへ向けられた。

 咄嗟に開けっ放しにしておいた実験室の扉を潜り抜けて弾丸を躱す。スタンガンを自分の頭に当てて、この局面を切り抜ける術式を即興で構成する。


「セイレーン×ゴースト...ッ!!」


 ゴーストはともかく、セイレーンとは美声を操る怪物の名だ。

 下半身は魚もしくは鳥。人魚と間違われることが多いが、セイレーンは人を喰らう。歌声で船を惑わし、引き寄せ、遭難させて食い殺すという。

 通り抜ける『ゴースト』と声を伝える『セイレーン』

 その二種類の怪物の特徴を併せ持った術式が出来上がる。

 しつこく追ってくるドローンの方へと体を向きなおし、キマイラは手をメガホンのような形にして口へ当てる。

 ッッッ!!!と。

 言葉や文章に表現することが出来ない、ある種の高周波が彼女の口から放たれた。

 回路系を一瞬で破壊したドローン三機がコントロールを失い、互いに衝突し、空中で勝手に爆ぜた。同時に、ドローンへ搭載したマイクを通してこちらの音を探っていたであろうカララ・オフィウクスが、ぐうっと苦痛を口から漏らした。

 機械を通り抜けて、姿を隠した敵本体へと『通り抜ける』音響爆弾はよく効いたらしかった。


『やはり、一筋縄では行きませんか...!!』



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