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終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
一章
166/265

夜に灯して



「ここからは別行動っす」

「......大丈夫かよ?」

「誰にモノ言ってるんすか、こちとら経験豊富なキマイラさんっすよ。むしろアルラさんがきちんと言われたことが出来るかあたしは心配っす」


 たわわに実った胸を張って、少女はそう豪語した。

 どこかの貧乳の誰かさんとの差異を感じつつ、アルラはふんと鼻で息を吐く。

 周囲を今一度観察して、自分たち以外にどこか異常が存在しないか確認しようとする。床に広げたコピー用紙、すぐ背後には二人が侵入してきた非常口。廊下は一本道で、突き当りまで左右にいくつかの扉が設置されているということ以外はやはり分からない。

 監視カメラの一つもなく、外と違って不自然すぎるほどに不用心なことがアルラの心に違和感として残った。

 最初から分かっていたことではあるが、一筋縄では行きそうにない。


「ってか、ここは言わば敵地だろ?二人纏まって行動したほうが...」

「確かにそっちの方が安全性は高いっすけど、効率が良いとは言えないすよ?なんせ、ビル全体くまなく探さなきゃならないかもしれないすから」

「うへえ......。このでっかいビル全体をぉ...?無理ありすぎないか...」

「だからこそ二手に分かれて効率化するんす。ある程度の階層までの見取り図なら、依頼人が送ってきたモノが携帯これに入ってるので、必然的にあたしが広い範囲を担当することになるっすね」


 首からぶら下げた携帯型スタンガンを手に取り、キマイラは言う。


「前も聞いたな『依頼人』。そいつの情報ってそんなに確かなもんなのか?いまいち信用ならないんだけど」

「『依頼人』っていうより『協力者』すかね?。現にこうやってあたしとアルラさんがすんなり侵入できたのは依頼人のおかげでもあるっす。正確なビル内の見取り図を送り付けてきたのは依頼人すからね」

「ふーん...」


 何者なんだろう、とアルラは僅かに首を傾けた。

 『裏』の世界で仕事をこなしているというキマイラの立場上、画面越しの依頼人について詮索するのはご法度はっとなのだろう。彼女はそれ以上依頼人について何かを語ろうとすることはなかった。

 もう一度床に広げられたコピー用紙に手書きの地図を確認しようと視線を落とす。

 乱雑に記された地図には今いるこのフロアの侵入口やカメラの位置が記されている。廊下突き当りから右に進んだ位置にあるエレベータールームにも、当然二台ほどのカメラが設置されているらしかった。

 改めてどうやってここから先へ進むのかを尋ねようとして、しかしその前にキマイラが何かを差し出してきた。


「これって...」

「あたしの予備の携帯っす。無くさないでくださいね」

「まあ二手に分かれて行動するなら連絡手段は必要だよな。傍受される危険は?」

「無いように細工してあるっすよ。トウオウではデジタル方式無線の傍受手段は確立されてるっすけど、同時に対策方も確立されたっすから。具体的には―――」

「いい、いい。危険が無いならそれでいい。分からない話されてもこんがらがるだけだよ」


 鬱陶し気にそう言って、キマイラに渡されたスマートフォンをポケットへねじ込むと、直後に聞こえてくる大量の足音に、二人はその場でそっと息をひそめる。

 ゆっくりと壁を背中にしながら廊下を進み、突き当りのT字に開けた通路まで辿り着くと、ちょうど二人の真上辺りから聞こえる足音は、どうやら上の階からこの階へと大人数が降りてきているためだということがわかった。

 キマイラが小声で言うには、この場所は正面入り口のちょうど反対側に位置するので、社員たちが上の階から降りて入り口へ向かうときの音が聞こえやすくなっているとのことだった。

 多少の足音くらいは社員たちの音にかき消されるだろう。無言で頷き合ったアルラとキマイラは角を右に曲がり、緩やかなカーブを描く廊下を駆け足で進んでいく。

 進み続けて少しすると、学校の教室くらいの広さを持つエレベータールームへ辿り着いた。あるのは横に並んだ三つの扉とスイッチ。それらから一歩遠ざかるような場所に存在する階段の踊り場へ出られる開けっ放しの扉だけという小奇麗な空間だった。

 キマイラは隣接する壁に素早くドライバーのような道具をねじ込むと、指先で開いた穴からコードのようなものを引っ張り出し、それを自らのスタンガンに繋げた。

 ががっ!!と言う雑音の直後、エレベータールームを見張っていた監視カメラの映像が最後の瞬間を映したまま一時停止する。コードで繋げたスタンガンの画面からそれを確認すると、キマイラのジェスチャーを合図に二人で踊り場へ雪崩れ込んだ。

 緊張がほどける。

 このわずかな時間に、一体どれだけの集中力を注いだか、アルラ自身あまり理解していないようだった。

 『もう喋ってもいい』と受け取ったスマホに届いたメッセージを開いて、ほっと胸をなでおろす。


「生きた心地がしねー...!」

「カメラの映像が急に途切れたりしたら不自然っすからね。こちらから干渉して最後に映像のままストップをかけてやれば、モニタールームに映る映像は異常なしってわけっす」


 有線接続を切ってもある程度の時間なら無線ワイヤレスの操作を受け付けるようにしてあったのか、かちゃかちゃと指先で画面を操作するキマイラが額の汗をぬぐう。

 二人が駆け足で入り込んだ階段の踊り場は、カメラの向き的に映像には映らないだろう。確認するとやはりここも白を基調にした簡素なつくりになっており、上下へとそれぞれ階段が伸びているのがわかる。灯りは消えているので、上も下もどれだけ続いているのか確認できない。


「あたしが上を担当します。アルラさんは地下をお願いするっす。分かる範囲の見取り図はそっちの携帯にも入れてあるんで!」

「聞き忘れてたがお前の言う『計画書』ってのをゲラルマギナ本人が持ってたらどうすんだ?手の出しようがないぞ」

「いつもいつでも『最悪のケース』ってのばかり考えてたら前になんか進めないっすよ。でもまあ、そん時はそん時っす、一番手っ取り早いのが『計画書』ってだけで悪事の証拠が何かしらつかめればそれでいいんす!」

「なるほど」

「アルラさんもそれっぽい物見つけたら出来れば画像付きメールで報告してください。それじゃあ」


 そういうと、少女は音も無く階段を上っていく。

 少しの間彼女の背中を見送りながら、アルラは一言だけ。


「気を付けろよ」

「そっちこそ」


 短い激励を掛け合って、二人は別々の道を行く。

 キマイラと完全に分かれたアルラは、一人階段を下る。

 暗闇は特に問題にならない。10年もの間を真っ暗闇の洞窟で暮らしたアルラにとってこの程度の暗がりは、外灯の下にいるのと大して変わらない。

 もうここから先、キマイラの知識と経験は頼れない。そして何より、今のアルラは『神花之心アルストロメリア』を万全に扱うだけの寿命が残されていない。

 病院からここまでの道のりはほとんど一直線だ。『補給』の相手も簡単に見つかるわけではないし、時間もなかった。

 『異能』()頼れない。

 敵は強大で得体の知れない奴だが、なるようになったことだから仕方がない。

 そんな風にアルラは考えて、吹っ切れた。


「なるようになれってんだ...!!」


 発破をかけて、階段を下り続けた先に映る踊り場の壁の扉をくぐる。

 駐車場になっている地下一階を飛ばして地下二階。

 ゴウンゴウンと何処からか聞きなれない音が聞こえるのは気のせいではないだろう。

 早速キマイラのスマホを手に取り見取り図を開くと、どうやらここ地下二階はこの建物や周囲の建物全域の電気を賄う『発電室』だということがわかった。

 施設全体がデカすぎて電気を買うには莫大過ぎるのか、それともただ単にケチりたいだけなのか。

 この六角ナットをいくつも上に積み上げたような形の『本社』は、上から見た時直径にして300メートル程ほどの広さを持つ。その直径300メートルを地下の1フロア分丸々発電に割いているとすると相当な電力消費量だろう。


(となるとこの音は発電機のモーターの音ってわけか)


 どうでもいいなと頭の中では切り捨てつつ、念のためにフロアを探索することにする。

 フロア自体がとてつもない広さであるため、一部屋一部屋探していてはきりがない。見取り図から確認した位置に適当な()()を付けると、カメラを気にしながらアルラは移動を開始した。

 いざ探索を開始しようとした、その時だった。


「ん?」


 ブブーッ!!と、ポケットの中で何かが鳴っていた。

 音を聞かれることを恐れて慌てて取り出すと、だ。


「『ウィア』?なんで急に...」


 疑問を口にしながら、黒い円形の端末を操作しようと指先で降れた瞬間だった。

 ぶわっ!!と、液晶画面が光を放つ。

 カメラのフラッシュを焚くように連続して放たれた光に思わず目を手で覆い隠す。目を閉じていても貫通するような光量がどこかのカメラに捉えられないかと心配して、慌てて物陰にしゃがみ隠れた。

 少しだけ待った後、ゆっくりと閉じた瞳を開けて『ウィア』に向けたアルラは、己の目を疑った。

 黒い円形タブレット端末『ウィア』の液晶から、立体的な映像が飛び出していたのだ。


立体映像ホログラムって奴か...?でもなんで急に」


 空中に映し出された映像に触れようとした指が空を切る。画面をタップするみたいに映像に触れようとしてもスカスカと通り抜けて触れられない当たり、どうやら本物らしい。

 と、そこで気付いた。

 四角く空中を切り抜いたような映像は、縦横に更に線が加わって四等分されている。右上左上右下左下の四画面に映し出された映像は、それぞれが全く異なる部屋を上から見下ろしているようだった。

 ついさっき、アルラはこれと似たような形式の映像をすぐ間近で見ていたはずだ。

 キマイラの隣で、彼女がジャックしたカメラ映像。画面付きスタンガンに映っていた映像も、ちょうどこんな形だったはず......。


「まさか。()()()()()()()()()()()()か...!?」


 その言葉をきっかけに、四角く投影された画面を区切る線が増え始める。みるみる内に一つ一つの映像に与えられたスペースが小さくなり、最終的には30を超えるカメラ映像が空中に切り取られる。

 ご丁寧なことに、立体映像ホログラムの右上にはこの世界の言葉でLIVE(生中継)を意味する言葉まで表示されていた。


(すげえ...これを使えばカメラの包囲網をすり抜けるどころか、逆にカメラを利用してフロアを遠隔探査できる!!)


 ブブッブブッ!と手の中でバイブレーションしている『ウィア』は、まるで褒めて褒めてと求めているようだった。

 近頃の人工知能の進歩をその身で体感しつつ、アルラ・ラーファはにやりと笑う。恐らくは聞こえていない、聞こえていてもその意味までは伝わらないであろう機械に対して、『よくやった』と小さく賛美の言葉を贈り、壁を背に立ち上がった。

 もうすぐ夜が来る。

 灯りに灯された国で生き残るための、()が始まる。



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