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終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
序章
15/265

煉瓦と水の街



「見えてきましたよ。あれが私達の街です」


 アルラ・ラーファは馬車に揺られていた。途中で休憩をはさんで一日半ほど、やることもなくずっとそうして過ごしていた。その手に握られているのはルービックキューブ。あまりにも暇すぎて、道の途中でお金を払って馬車を引く小太り商人のファンタから購入したものだ。

 赤、青、緑、黄色、白、オレンジ、多彩な色がごちゃごちゃと混ざりあい、それに気を滅入らせたアルラがやる気のない返事をファンタへ帰す。


 アルラが訪れたのは多種族国家トルカス、そのさらに最南端の街"ニミセト"


 高い外壁が草原の魔獣から街を守り、草原の反対方向にはまた広大な湖が広がる。草原と湖に挟まれた街だ。


 草原の緩い土の地面から整備された石の道路に馬車の車輪がのると、小刻みな揺れが台車の椅子に寝そべるアルラを揺さぶる。


「門番さん、私だよ」


 やがて馬が止まると小太り商人が下り、高い壁で囲まれた街唯一の陸の出入り口を守る門番と話し始めた。


「これはこれはファンタさん。お疲れ様です!」

「入国者がいるんだ。手続きをお願いできるかい?」

「分かりました。本人の確認が必要ですが」

「アルラくん、出てきてくれるかい」


 呼ばれて馬車から降りると、アルラは首に手を当てて骨を鳴らしながら門番に近づく。


「これからいくつかの質問をするから、正直に答えてくれ」

「わかった」


 入国の審査だろうか。不審人物を街に入れないように門には十数名の同じ服装の門番がいた。何かあっても力づくで抑えられるように、その門番たちはどれも屈強な体を持っている。特にアルラに話しかけた(門番は毎日日サロ通ってんのかっ!?)というくらいの色黒てかてか肌にガチムチの男だった。

 しかも頭に犬のような耳を付けて腰のあたりに尻尾をフリフリさせてる。


「出身地は?」

「チェルリビーの西。"獣巣の森"に囲まれた村だ」

「少し待て、確認する」


 そう言うとガチムチのタンクトップが似合いそうな色黒門番は門の横の扉の向こうへと消えていく。しばらくルービックキューブをいじくり、何とか全面をそろえようとしていると、扉から先程のガチムチ(以下略)門番が手に書類を持って現れた。


「確認したが、"獣巣の森"に村なんてないぞ?本当は何処出身なんだ?」

「村はちょうど10年前に魔王軍に滅ぼされた。生き残りは俺だけだ」

「なっ!」

「『強欲の魔王軍』が攻めてきてな、目の前で幼馴染を焼かれて両親も殺された」


 あまりにも突然語られたアルラの聞くも悲惨な過去に、その場にいたアルラを除く全ての者が固まる。というよりも、平然と語れるアルラのほうがおかしいのだ。あれだけ忘れてしまいたいと思った記憶をこうも簡単に人前にさらけ出せるようになったのは。成長したというべきか、精神がおかしくなったというべきか。


「分かった...、再確認しよう」

「頼んだぜい」


 同情するような静かな声に、やけにあっさり答えたアルラはルービックキューブを再びいじくりだす。数分待つと先程のガチム(以下略)門番があっさりとアルラに入国の許可をくれた。


 中に入るとそこは


「うおぉぉぉ...」


 アルラは思わずその景色に見入っていた。


 煉瓦造りの建物の隣には石のタイルで埋め尽くされた地面、さらにその隣には道よりも幅広い水路が張り巡らされているそれも入り口付近だけの話ではなく、町全体が。

 その姿は中世のヨーロッパをと彷彿させる。しっかし決定的に違うのは煉瓦の街に組み込まれた『魔法』

 馬車の隣の席でファンタが言った。


「ようこそ。煉瓦と水に彩られたニミセト最南端にして最先端の街、トカルスへ」


 最南端にして最先端。

 その言葉が示す通りだった。

 科学において、魔法において、この国でこの街ほど先を征く場所はない。水路には3メートルごとポールのような魔道具が感覚を開けて立ち上がり、水路の水底から気泡が浮かぶ。

 その正体は超高度な魔法技術によって生み出された浄水装置。草原とは反対方向に位置する湖から絶え間なく水をくみ取り、電力へと変換して街の一部に組み込む。口で言う、文に起こすだけならば誰でもできる。この街ならではの『技術』がある。世界中の国々が実験と失敗を無数に繰り返し、それでもなおたどり着けない領域

 ()()()()()()()()()だ。


 世界で唯一、マ素を水に、ではなく

 ()()()()と変換する魔道ろ過装置。『セルキーロッド』街中に張り巡らされた水路へ等間隔に置かれたそれである。マ素を物質へと変換するのは簡単だ。物質とは言えども、それは属性に固定されるものの、体内で魔力としてマ素を変換、魔力を空間のあちこちに散らばる水素と酸素を強制的に結び付ける『紐』とする。

 これはアリサスネイルでは一昔前の理屈だ。


 現在は魔力そのものを水素と酸素の結びつき、すなわち水へと直接変換しているという。となれば当然『探究者』たちは思いつく。()()()()()?と

 その探究の結末が『セルキーロッド』

 故に最先端。


「アルラさんはこれからどうするおつもりで?」


 小太りの商人が青年に尋ねた。


「金集めだな。まずはそこから、宿も探さないとな」

「宿でしたらこの先をまっすぐ行くとある6番水十字路を右に曲がったところにある『まんまる河豚亭』がおすすめですよ。安くて料理もおいしいし部屋もいいです(稀に食中毒で死にかける人がいますが)」


 アルラの耳は最後の恐ろしく小さい追加情報も聞き逃さなかった。が今回ばかりは聞き逃したかったと震えるアルラだったが、他に当てもないのでとりあえず『まんまる河豚亭』を訪ねることを決定する。


「それとこの街は景観を何よりも大切にしています。ゴミのポイ捨てなどは厳罰になるので注意してくださいね」

「こんな美しい街を汚したりなんてしないさ」

「自分の街を褒められると嬉しいものですね、それでは私はここで...、ぜひ私の店にも立ち寄ってください」


 ファンタと別れたアルラは入口で渡された観光パンフレットを読みながらぶらぶらと街を歩くと、水路と水路の間を繋ぐ橋が見えその手すりには大きく「6」と彫られていた。


 それにしても、だ

 あちこちに様々な種族の姿が見える。先程の門番もそうだが、獣人が中でもかなり目立つ。異世界にやってきたなら日本男児の誰もが夢見るケモ耳美少女がいる。心は復讐一色に染まってるとは言えどもアルラも日本男児。顔には出なくとも、アルラの中の思春期という化物モンスターがその片鱗を見せ始めたのは言うまでもあるまい。流石は"多種族国家"見事なまでに人間と他種族の共生を歩んでいる。

 獣人のほかにも、耳のあたりに魚のえらのような器官が生えている海人族や筋骨隆々の角付き尻尾付き悪魔族などの姿も。


 二度目の思春期を意図せず満喫するアルラの肩が大きく揺れたのは向かい側から歩いてきたおかしな格好の少女と肩がぶつかったからだ。尻もちをつく少女にアルラは慌てて手を差し出すと、それを掴んで少女が立ち上がった。どうやら怪我はなさそうだ。


「すまない。よそ見していた」

「いえ、アタシこそすみませんでした」


 軽く謝罪を交わすと何もなかったように歩を進める。少女は行列が賑わう今この街で話題のスイーツ店へ。アルラは偶然知り合った商人に紹介された宿へ。


 少しして辿り着いた建物のドアを開けると、20台前半くらいに見える質素なお姉さんが出迎えてくれた。いかにも街の娘という風貌でおっとりした雰囲気に、日本男児の血(通ってない)が騒ぎかけるが、なんとか堪えた。


「いらっしゃいませ、ご宿泊ですか?」

「しばらく部屋を借りたいんだが、具体的な日数は決まっていなくても借りれるか?」

「はい。朝夜2食付き1日で4000リクスになります。日数分お支払いいただければ何日でも部屋をお貸しできます!」


 なるほど、確かに安い。

 普通観光地の宿泊となると一泊食事なしでもその倍は下らないハズだが、2食付きでこの値段とは。

もしかして紹介してくれた商人が最後に残した言葉が関係するのかもしれないが、そこは都合が悪いことは忘れる人間であるアルラ。頭の端の端に無理やり押し込めてとりあえず三日分の料金を払うと、部屋の鍵を受け取りロビーの階段を上がる。


 部屋のドアの先には一人用のベッドが2つとテーブル、それと壁に掛かったハンガーが見えた。奥の窓からは美しいテカルスの水の街が広がっていた。あまりにもいいことだらけなのでそれがまた逆に怖い。

 衝動的に取った行動は一つ。飛び降り台からプールへ入水する飛込競技の選手のように、美しいフォームでベッドへダイブする。

 十年ぶりのふかふかベッドが、アルラのごつごつの岩の寝床に慣れ切った体を包み込む。


「ふあぁ~...」


 間抜けな声が思わず口から洩れる。何せ10年間固い岩の上え震えて眠っていたアルラだ。そのまま掛け布団の上で眠りにつくまでは早かった。目が覚めたのは数時間後、夕食を知らせに来たロビーのお姉さんの声に呼ばれて。


 階段を降りロビー横の扉を抜けると、定食屋のような自分で料理を取りに行くタイプの食堂があった。アルラの他にも勇ましい冒険者風の男性や、観光帰りのケモ耳観光客(男)や海人族の女性などが、テーブルで白みを帯びた半透明の刺身を楽しんでいる。


 今日の料理は宿の名前にもあったフグの刺身、それと大盛りに盛られたご飯。これまた10年ぶりのまともで美味な食事に舌鼓を打つ。


「美味い!フグなんて日本でもほとんど食べなかったからなあ」


 子供のような感想だが、これが精一杯でした。


 テーブルの上に置いてあった曜日ごとのメニューを書き記された紙を眼に入れると、そこには

『食事は自己責任でお願いします』という通常宿にはありえないような表記が小さく書いてあったがアルラは何も見なかった。

 額に嫌な汗が浮かぶが、見なかったことにしようではないか。万が一当たった(・・・・)としてもアルラには『神花之心アルストロメリア』がある。きっとなんとかなるだろう。結局何事もなく夕食を食べ終わり満足するとアルラは、空が黒く染まる頃には再びベッドに潜り込み、死んだように眠りについた。




 そして同じ夜。アルラの泊まる宿より数段格式の高い旅館の一室で、虚無に向かって話しかける少女がいた。正しくは虚無に、ではなくその小さい耳に当てられた魔法陣が彫り込まれた腕輪に。

 その細い腕に巻きつく腕輪から、力強い男性の声が響く。


『そちらの状況はどうだ』

「キシシシシシ...、ええ、ええ、『種』はあらかた撒き終わりました。後は水と日光を与えて発芽を待つだけですよ」

『種の数は』

「軽く三万は越えてますね、はい」


 気味の悪い笑い声を上げるとんがり帽子を被ったゆるふわパーマ少女は、ベッドに座って両足を交互に動かしているベッドの上に雑に置かれているのは子供が花壇で花を育てるのに使うような可愛らしいゾウを模したジョウロ。

 緑色ベースで大きな目と鼻の先から水を出すような作りの子供向けのそれだ。


「明日にでも水撒きを開始するので、兵隊を使います。はい」

『主はその街の技術も欲しがっておられる。全員を発芽させてはダメだ。研究者をいくらか残せ』

「わかっていますよ。キシシシシシシシ...」


 プツッという音と共に男の声が途切れると、紺色とんがり帽子の少女は茶髪の前髪を指でくるくるといじりながら、煩わしそうに口を咎らせる。


 ガシャンと金属がこすれる音があった。

 地面から()()()()()()現れたのは、黒い甲冑を纏った人のような何か。手には買い物袋と財布が握られている。


「おつかいご苦労様です。戻ってていいですよ」


 地面に溺れるように沈む黒甲冑を他所に、少女は袋の中から黒い液体が入ったペットボトルを一本取りだして、キャップを開ける。プシュウ、と弾けるような容器の中の炭酸が抜け出る音。少女は一気に口を付けて飲み干すと、


「ぷっはぁ!やっぱり甘いものを食べた後はコーラに限りますねえ。キシ!」


 とんがり帽子の少女は愉悦に口角を思い切り釣り上げて、部屋の隅のゴミ箱に空になったペットボトルを投げ入れる。


 フランシスカ・ドーナッツホール・ホーリー


 『()()()()()()の呪術師。巻き角の戦将シュタール・ホルボリウスと同格の存在。世界に名を馳せる魔王の忠臣であり、そのシュタールと並ぶ強欲の魔王軍最高戦力の一人。

その規格外の少女は、ジョウロの持ち手を手に取るとハンガーに掛けてあったぶかぶかローブを纏い、夜の街へ消えてゆく。


 夜の街は静かに、少女の姿を闇に隠した。



最近寝不足ですが私は元気です

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