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終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
序章
14/265

草原の旅人


 夜露が草を濡らし踏みしめるたびにパラパラとこぼれる夏の夜。

 星々が祝福するかのように夜空を彩り、虫や鳥が見事なコーラスを奏でている。


 アルラ・ラーファは夏の夜の平原を歩いていた。上半身は裸に腰から下に布を巻きつけただけのおかしな格好で。なにせ10年間も暗い洞窟に閉じこもっていたので着る衣服がない。洞窟内に転移したころに着ていた衣服は発揮している腰に巻かれた布として最低限の機能を果たしている。


(やっぱり夜を選んで正解だったな)


 彼が出発に夜を選んだのにも明確な理由があった。

 一つに陽の光。

 暗闇の世界で10年間も過ごしたアルラの視力と聴力は、『神花之心アルストロメリア』を使わずとも人間を遥かに超えるそれとなっていた。しかし目も慣らさずいきなり外で太陽の元に立てば、最悪失明すら考えれる。

 二つに魔獣。

 この平原は人が通ることは滅多になく、手懐けられていない自然の状態なので多くの魔獣が生息する。

肉食で大型のカバ的なのとかさらにそれを集団で襲うネコ科のライオン的な奴がいるらしい。師匠からその情報を聞いたときの「普通ライオンの獲物ってシマウマとかじゃないの?何でカバ?」という疑問は胸にしまっておいた。どうやらどちらも昼行性らしく、夜は大体寝ているとのこと。


10年ぶりの外の世界だが感傷に浸っている時間はない。アルラの目的は早いところ近くの街へ到着することだ。衣服や食料、情報といった必要なものを手に入れ()()()()()()の準()()をすることも重要だ。一番近い街の場所は師匠から出発前に教えられているので、問題はない。そう...距離以外は。


 この草原はアホみたいに広いらしく、近くの街まであの洞窟をスタートと置くと60キロは下らないそうだ。

 『神花之心アルストロメリア』で脚力と体力を強化すればかなり早く街に着くことはできるが、寿命がもったいない。アルラが洞窟から川につながるという水たまりを潜って外に出た時

周りは木々が生い茂る森だったのだが、少し歩くとすぐ平原。平原の端から端を横断する道のりだった。


 遠い地平線の向こうから、10年ぶりの太陽が昇り始めた。美しい朝焼けがアルラの瞳を差す。


「っつ...、もう眩しい。これ昼スタートだったらやばかったな...」


 目を細めてうめく。


「このまま何もないといいが」


 この時のアルラは、自分の発言の意味を理解していなかった。もう少し早く気づけば、危機は去っていたかもしれない


 数時間後、アルラは数時間前の自分を心から殴りとばしたいと思っていた。あんなフラグめいた発言がトラブルを呼ばないわけがないのだ。草原を風のように疾走するアルラのすぐ後ろ。


 ドドドドドドドドドッッッ!!!と重なり大地を揺らす音があった。

見えるのは頭にサイのような角を生やした一体が全長3メートルはあるカバ。

 しかもその口の中に収まらない歯は草食獣が草をすりつぶすためのその形ではなく肉を切り裂くための鋭い犬歯を持っていた。それが軽く三百頭以上。逃げ惑うアルラを追って大地を地震のように揺らしている。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


 灰を被ったような頭の青年の悲痛な叫びが草原に響く。振動が体を揺らし、急所を辛うじて隠している布が今にもはらりとはだけてしまいそうだ。サイのような角を持つ肉食カバの荒い鼻息がいくつも重なり、アルラの頬を嫌な汗が垂れる。


「こうなったらっ、仕方ねえ!!」


 距離を十分に取り、青年は諦めたように背後に向き直り拳を握る。対象との距離約60メートル。

 アルラの固く握られた拳に淡い緑を帯びた光がオーロラのように揺らめき纏いつく。


「せぇーのぉッ!!」


 ゴッッッッッッ!!!という砕くような音と共に。

 アルラの拳が正確に群れの先頭のサイ似のカバの角を貫いた。ボウリングのピンのように、吹き飛ばされた先頭の体が後ろのサイカバに衝突し、次々と連鎖し他を薙ぎ倒す。


「無駄な力使わせやがって...、()()頂くからな」


 煩わしいものを振り切るように、アルラが小さく呟く。既にその拳の光は空気に溶け込むように消えていた。砕き折れた角を両手で拾い上げると、倒れたサイカバの額に叩きつけてとどめを刺す。


 【憎悪】の罪の異能『神花之心アルストロメリア』の副能力。殺した生物の寿命を奪い取る(・・・・)

 殺された者の怨念を受け継ぐように、殺した命を更なる力に変えるその力の糧とするため。一匹ずつ正確に、その命を奪う。

誰かが見たら鬼とか悪魔とか言われるかもしれないがそんなことこの青年は知ったこっちゃない。自分が全てだといわんばかりの所業。すっかり血だらけになって、はたしてこれは食べれるのだろうか、とうんうん唸る青年はぞっとする光景だろう。


 直後だった。アルラの異常発達した聴覚がバカラッ、バカラッ!という、

さらに背後から迫る馬のひづめのような音を捉えた。またか!?と慌てて後ろを見れば、視界の奥に映ったのは、巨大な馬車とそれに括り付けられた荷車を引く二頭の馬とその奥の人影だった。

 ひとまず安心したものの警戒は解かない。馬車に乗ってやってきたのは恰幅が良く、ちょび髭が目に付く中年男性。


「はぁっ...はぁっ...、やっと追いついた...」


 自分を追ってきたのか?と首を傾け疑問を浮かべるアルラだが、それをよそに恰幅のいいちょび髭親父が話し出す。


「先程ヒポポランクスの群れに追われる貴方を見かけまして、お助けにと追ってきたのですが、いやはやあの群れを仕留めてしまうとは」

「アンタは?」

「いや失礼。私はファンタ・グレムリルと申します。この先数十キロ先の街で商人をしておりまして、今はその仕入れの帰りというわけでございます。」

「仕入れに人を使わないんだな」

「私は自分で売る物は自分の目で見て決める主義でして」


 ほっほっほと軽く笑うファンタと名乗った男は、ポケットからハンカチを取り出して額の汗をぬぐっていた。


「それにしても、どうしてそのような無防備な恰好で?」

「金が無くてね。服も買えやしない」

「それはそれは」


 誤魔化すように短い言葉を急がす。別にばれてまずいことがあるわけではないが、出会ったばかりの男を信用するほどアルラの心はまっすぐではなかった。いや、もとは道でうずくまっていたおばあさんがいれば学校仕事を欲ポリ出して病院に担ぎ込むほどのお人好しだったのだが、流石に経験が経験なので疑心の心くらいは身に着ける。

 ファンタはアルラが仕留めたヒポポランクス(?)をじっくり観察すると、その瞳は人のよい中年男性から商人の目となる。


「よろしければ、このヒポポランクスの角を私に売ってくださいませんか?この量でしたら...ざっと50万リクスでどうでしょう」

「50万?いいのかいそんなに」

「ヒポポランクスは数こそ多いのですが討伐がなかなかに困難でして、その角は薬の材料にもなるのです。よろしければ、衣服も一式揃えますよ?」


 リクスというのはアリサスネイルにおける通貨の単位だ。基本的に1円=1リクスといった感じだが、50万リクスと言ったら50万円、

 日本では月収18万円の暮らしをしていたアルラにとっては大金も大金。給料約三か月分を数分で稼いでしまった。

 何故だろう。あの一番輝いていたころの自分が惨めでならないのは。アルラはちょっと目尻に涙を壁手泣きそうになるも、こらえて小太りの商人へと質問を返す。


「それはありがたいけどアンタは衣服商?」

「いえ、私の商会は食料品から土地や貴金属まで、幅広く取り扱っていましてね」


 商会、ということはそこそこ偉い立場の人なのだろうか。それにしては服装は質素だ。思いついたように小太り商人は馬車の荷車にその体の割には軽く飛び乗ると、布に被せられた荷物をガサガサとあさり、何かを探し始めた。

 やがて探し物を見つけると、あったあったとアルラに見せるように広げる。


「これなんていかがでしょう」


 そういってファンタが取り出したのはいかにも冒険者用といった装備...ではなく動きやすそうな黒のシャツに羽織るタイプのカーディガン、濃い目の緑と黒基調の長ズボンそして革製のブーツ。

 どちらかと言うと現代日本のイケてるメンズたちが着るような服だった。


「前からこういうの着てみたかったけどまさかこっちで着ることになるとは」

「どうでしょうか?」

「サイズもよさそうだし貰おう。あっそうだあと鞄的なの貰える?」

「それでしたらこちらのベルトとポーチはいかがでしょうか」


 再び荷台から取り出されたのは大きめの腰に巻く、いわゆるウエストポーチと呼ばれるもの(最近は腰じゃなくて肩によくかけられる)となにやら革のベルトに円筒状の試験管がちょうど入るような入れ物が両サイドに3つずつ付いたもの。


「このベルトのは?」

「ポーションケースでございます。それとこちら、ヒポポランクスの角の分の50万リクスでございます」

「札束...」


 こちらに来てから初めて手にする紙幣。どうしてだろうかあっち(・・・)の紙幣よりも重く感じる。


 アルラは故郷の村では基本的に自給自足の生活だったので、通貨を手にする機会など全くなかった。たまに行商人が通りかかることもあったが、その時は野菜や野獣の肉などとの等価交換。

 やはり通貨は使わない。


 だが今はアルラに最も必要なもののひとつでもある。すなわち情報。情報は金で買える。食料なんかも、狩りをしたり無理に自給自足をするよりも買ってしまうほうがいいだろう。


「そういえば忘れていた。俺はアルラ・ラーファ。同じ街を目指していたんだ」

「おお!そうでしたか!ならばもう一つ提案があるのですが...」

「提案?」

「良ければ馬車の護衛として貴方を雇いたいのです。最近この辺りに賊が出ると噂が広まっていまして...、なにせ私はただの商人。戦うにも豆鉄砲が一つではどうしようもなく」


 そう言ってリボルバー式の拳銃を腰から抜くと、かちゃかちゃと弾を抜いて自分で背負った鞄に無造作に放り込む。もしかしてこの商人、最初から護衛が狙いで追ってきたのか?

 色々考えすぎな青年は、じろりと商人を確認するように覗くが、考えすぎだろうと首を振る。


「よく人を助けようなんて思ったな」

「ほっほっほっ...」


 今度はファンタが誤魔化すように目線を少し横にずらして笑う。

 考えなしだったようだ。


(いい話だ。こちらも楽に街まで行けるし、族が出ても特に問題はないだろう)


「そういえば普通商人は護衛を付けるものだと思っているがなんであんたは護衛を一人もつれてないんだ?」

「お恥ずかしい話...雇ってはいたのですが、いくつかの商品を持って逃げられてしまいまして。捕まったらしいのですが帰りの護衛が誰一人いないことに」

「もっと人を疑うことを覚えたほうがいいぜ」


 呆れた顔でアルラが忠告すると、小太り商人ファンタは「おっしゃる通りで...」と恥ずかしそうに頭を掻いた。

 人がいいのか馬鹿なだけか、よくわからない人物だ。

 アルラは首に右手を当ててコキリと鳴らすと、ゆったりとサイもどきカバの角を剥ぎ取っていく。




 夏の風吹く草原の一角。

 一面の緑の中に赤い点が一つ。

 南アフリカなどの動物を愛するレンジャー隊員が見たら絶叫と共に失神しそうなグロテスクな光景、そこには三百頭余りの、角なんて生えてない至って普通の肉食カバの死体が転がっていた。

 正確にはサイのような角が生えていたが丸ごと切り取られたヒポポランクスの死体。その死体に群がっているのはこの草原に生息するヒポポランクスの天敵生物のネコ科の魔獣


 それまたさらに遠方から、馬車の荷車の後ろに取り付けられた座席に揺られながら右手を水平に目の上に当てる青年が、左手は真新しい服のポケットに突っ込んで観察している。

 馬車から赤の点までの距離は約4キロ。


 目指すのは煉瓦と石の街ニミセト

 多種族国家トルカス最南端の街


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