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終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
少年編
12/265

契約成立



『まあぶっちゃけ小僧が失った50年分の寿命なんて、その【憎悪】さえあれば関係ないがな』

「は?」


 ぶっちゃけるにはあまりにも唐突だ。

 暗闇の洞窟の中に、揺らめく光がある。相手は世界にごく少数存在する神人と名乗る得体のしれない光のカタマリ。

 嘘か真か魔法を極めるに極めたと語るその光の球体は、洞窟の古い祠の中に封印されながらも、世界中をいつでもる事が可能だという。世界中の胡散臭さを一つに集めてこねて固めて生まれたかの如く、胡散臭い。日本の怪しい宗教団体だってもう少しくらい相手に自分を信用させるように努力するものだが、これからはそういった心掛けが全く感じ取れない、そんなレベルだ。

 そんな存在に頼ってしまった力なき少年も、今ではすっかり『異常』な存在となってしまった。全てを失い復讐を望む少年は、ごつごつと固い岩にあぐらをかいて一心不乱に魚を貪っている。怪しい光の玉の魔法によって少しだけ確保された視界が、川とつながっているという水たまりの中に魚の姿を捉えたからだ。

 こうして暗い闇を彷徨う前、最後の夕食に食べたのと同じゼビという川魚。火は洞窟内に煙を充満させてしまう危険性が高いから使えない。生でその身を食いちぎり小骨を口からほじくりだしながら、味付けもせずに生魚を胃に放り込む。己の寿命50年を復讐のために捧げ、力を手に入れた少年はふざけた口調の自称神様にイライラをマッハで積み上げていた。


『ほら本当にその覚悟があるのかなーってさ、しかし小僧が寿命を50年分失ったというのは真実だが?今は見えないかもしれんが、毛髪の色素が抜けて白く変色しつつある。分かりやすい老化現象の片鱗と言うだけなので気にする必要もない。それ以外の見た目が変わらないのはそ【憎悪】の恩恵だな。よぼよぼの爺さんになったわけじゃないから安心しろって』

「この祠ぶっ壊したらあんたは消滅するのかな?それとも封印が解かれるだけか?」

『ちょっごめんって謝るから』

「その反応はもしかして消滅パターン?」


 少年の口調に本気の怒りが込められているのも仕方がないだろう。

 この自称神様の人をおちょくるような振る舞いは、聖人でも助走をつけて殴りかかりそうになるとおもう。


「というかいまいちその『罪』とか【憎悪】とかいうのが分からないんだけど、なんていうかその、本当俺は超常の力を手に入れたのか?」

『なんだそこからか』


 若干呆れたような声の光の球体は酷い暗闇の中でちかちかと明滅を繰り返す。目に悪そうだな。と眉をひそめた少年に、説明口調で話し始めた。

 そいつはまるで、疑問を抱えた生徒一人に対して親身に接してくれる大学の教授のように、


『まず【憎悪ぞうお】というのが俺が小僧に与えた『罪』の名前、言わば罪名だ。そして『罪』

これは異能の総称のこと。魔法でも科学でも呪術でもない、法則や概念を捻じ曲げ、勝手に作り変える力と言えばわかりやすいか』

「魔法も法則や概念を無視した異能の力じゃないのか?」

『違うな、()()()()()()()()()()()()。魔法も呪術もかつてはしっかりとこの言葉通りに当てはまっていた。『罪』と呼ばれる異能の力が現れてからはそうとも言えなくなったかもしれないが』

「うーん...」


 村の書庫で魔法についての知識はそこそこ得ていたものの、アルラはその核心にまでは触れていなかった不可解な部分を前世の異世界転生系ライトノベルの知識で補完していたからだ。

 マ素や魔力や属性といったモノも超自然的エネルギーに変換するだとか、精霊にお祈りしているだとか。不可解に勝手な理屈もない根拠を覆いかぶせて隠してしまっていた。

 しかしアルラがそんな思考にはしるのも無理はない。彼は生まれつき魔法が使えない。誰にでも近いはずの魔法という存在が、彼には遠かったのだ。使えないから、分からない。

 翼を持たない地上の生き物が、空を飛ぶ鳥の感覚を知らないように。この世界に在って、アルラ・ラーファには『魔法』という超常そのものに対する理解が決定的に足りないのは抗いがたい世界の運命によるものだから。

 それでも理解しようと努力はしてるのか、得体の知れない球体に尋ねる疑問は尽きなかった。

 暗闇の中で、両手を握ったり開いたりしながら、


「異能とか、全然実感ないんだけど」

『おいおい小僧、つい数分前に手に入れたばかりの力をまるで呼吸するように自然に使いこなせるとでも思っていたのか?重要なのは具体的なイメージだ。そうだなではその異能、そいつを今から『神花之心アルストロメリア』と呼ぶとしよう。適切なイメージは蝋燭と炎。頭の中でしっかりイメージしろ』


 突如として現れた新しいワードに、アルラの混乱気味だった脳がエンストを起こしかける。モクモクと煙を上げるアルラを察した自称神様は、分かりやすく説明に補足を入れてきた。


『一気にしゃべりすぎたか、『神花之心アルストロメリア』は【憎悪】の能力の名前だ。ありとあらゆる"力"を強化する能力。それが『神花之心アルストロメリア』だ。まずはイメージしろ。暗闇を照らす一本の蝋燭ろうそくを』

「蝋燭...」


 ま、命名は小僧の記憶から適当に漁ったものだがと奴は付け足して。

 目を閉じ、集中をを自分の空間の闇から意識の中の闇に切り替える。アルラが思い浮かべたのは何の変哲もない一本の蝋燭で、しかし今にもぽっきり折れてしまいそうなほどには細く弱々しい。

 しかも短い。その上に灯る炎は弱々しく、吹く風があればすぐにでもかき消されてしまいそうなほどに。


『イメージが完成したな?その心の蝋燭に灯る炎は『力』、蝋燭そのものが『命』だ。そしてお前の【憎悪】...『神花之心アルストロメリア』はその炎の大きさを自由に変える異能。イメージを重ねろ...力強く辺りを照らす大火を蝋燭に灯すんだ!』

「ンなこと言われたって...」


 蝋燭に灯る大火。必死にその姿を想像し、既に意識の中を照らす短い蝋燭に移そうと試みるが、少年の心に投射されるのは、村を焼き尽くし全てを灰に変える業火と前世ともいえる灯美薫の最期の記憶。

 何かと『炎』には痛い目...それどころか殺されかけてきたアルラはこびりついた忘れたい記憶に邪魔され、上手くイメージを定着できない。

 そして神を名乗る悪魔が再び囁いた。絶望と激憤を煽る禁忌の一言を。


『小僧の憎悪は、所詮その程度のモノなのか?友を焼かれた痛みは?父の死を察した時の感情は?母の最期の姿は?なんだ、ぜーーーんぶ嘘だったのか?』


 ゾッ!と、身を内側から焼き尽くすような感覚があった。憎悪は所詮その程度のモノなのかだと...?


「...」


 ()()()()()()()()()()()ッッッッ!!!


 目の前で生まれ育った故郷を焼かれた。目の前で多くの"最愛"を奪われた。誰が悪い?決まっている。巻き角の大男。それと...いいや、それ以上に『強欲の魔王』。平穏な生活さえあればよかったのに、ただ生きたかっただけなのに。頬にこびりついた涙の跡が消えない。

 いっそのことこんな理不尽な世界なら、ぶっ壊してやる。

 少年の中で、『何か』が変わった。復讐を誓う『異常』の少年は、悲しいまでに澄んでいた。

 澄み切っていた。

 手にした力の名は『神花之心アルストロメリア』。確かその名前は、前世のどこかで耳にした花の名前だったはずだ。純粋な、感情も知らないただの植物の名を冠した意図は理解できない。ひょっとしたら本当に適当なのだろう。

 重要なのは、手にした『力』の大きさだった。

 【憎悪】の罪にして、世界と理不尽に抗うための力。力という概念を歪め自在にその大きさを変える力。


『いいぞ...小僧、それでいいんだ』


 それは美しく、包み込むような光。あの時、母が生み出したオーロラのようだった。光を纏うのは少年。『異常』になってしまった、『普通』を願う少年。

 アルラは不思議と安堵した。母に抱かれて眠るような心地よさがそこにはあった。


「これは...」

『力だ』


 自分の体の変化を見つめて戸惑うアルラに、説明を続けよう、となにやら得意げな雰囲気を醸し出す自称神様。


『蝋燭に灯る炎が大きくなったということは当然、ろうが溶けるのも早くなるということ。

さっき俺が言ったことを覚えているか?』

「炎は力、蝋燭は命...」


 はっとした表情でアルラが何かに気付く。


「使えば使うほど命が擦り減っていくということか...!?」

『そゆこと』


 短い返答に、アルラが石造りの祠の開いた扉を両手で掴む。


「あんたに50年もくれてやったのは、残りの時間でもあのクソ野郎をぶっ殺すには十分だと判断したからだ。これ以上失ったらその前に老衰だ、俺にはもうほとんど寿命なんて残されてないんだぞ?まさかあんた、俺を嵌めたのか!!?」

『蝋燭はいくらでも継ぎ足し出来るさ。』


 重い石の扉を掴んだままその色を変化させる光の球体を睨みつける。

ピキッ!、という音が、その手の先の石造りの扉から響いた。アルラ自身は気付いていないが、石の扉を掴む自身の手からつー...と垂れる血液があった。力に体が追い付いていないということだ、当然と言えば当然だが。


『おい壊すなよ?お前の筋力は今凄まじいことになってんだからな。石なんて固まった泥みたいにぽろぽろ壊れちまうよ』

「黙れ、質問に答えろこの野郎」


 どこ吹く風の未確認浮遊球体は口笛でも吹くような調子だった。

 そんな風に見えて、実はよく観察している。


(調()()()()()()()()()()()()()。異能に人格が吞まれつつあるのか、まだまだ弱い。これじゃ()()にも耐えられんだろうな)


 人のような形は無いはずなのに、それでもおちゃらけるようなソレの態度がアルラの目に浮かぶ。

 弁解するように、ソレは説明を続ける。


『だから言っただろう。継ぎ足しが聞くと。『神花之心アルストロメリア』の本質的な能力は"寿命を使って力を強化する"ことだが、それを補助するための副機能もある。()()()()()()()()()()()()。殺した生き物の残りの命を奪う能力だ。最初に言っただろう。50年分の寿命なんて、【憎悪】さえあれば関係ない。と』

「信じていいんだな?」

『好きにすればいい。俺は面白そうだから力を与えたまでだ』


 扉を掴む手を離すと、アルラは確認するように拳を握り一点を見つめる。視線の先に映るのは薄汚れた祠の背後。冷たく佇む岩壁。


 オーロラに身を包み拳を大きく後ろに引くと、全力で、岩壁に叩きつけた。ボガァァァンッッ!!という轟音と共に崩れ落ちる岩の塊。破片がパラパラと飛散し、音は洞窟内で何度も反響する。


『今ので3年ってところか』

「?」

『今のパンチ一発で小僧は3年分死に近づいたってことさ』

「あまり乱用できないな」


 腕なんてないくせにぱちぱちと拍手のような音を発する自称神様を無視して光に包まれた拳をもう一度握ったり開いたり。


『これからどうするつもりだ?』

「どうするって?」

『復讐する力は手に入れた。ここから出ることも可能だろう。外へ出てどうするのかと聞いている」

「いや、外にはまだ出ない」


 ふざけた様子の自称神様とは違って、真面目な口調で返答するアルラの体から既に光のオーロラは消え、何か変化はないか、とアルラは全身の感覚を確かめている。


「今外に出たところで、当然アイツに勝てるわけがない。ましてや魔王なんてでたらめな存在、論外だ。

ならばどうする?外で力をつけるために旅にでも出る?いや違うな。ここには()()()がいる。世界をいつでも覗けるって自分で豪語してたよな?アンタの知識を極限まで吸い尽くしてやる。外に出るのはそれからだよ」

『神人たる俺が、たかが迷い込んだだけの小僧にそこまで協力すると思うか?』

「するさ」

「根拠は?」

「だって、アンタはただの暇つぶしで俺を助けたじゃないか。真っ暗な中で凍え死ぬのを待つだけの俺を。何の得も無いのに」


 少年のこの変わりようはどういうことか。度重なる心身への苦痛、ストレス、その他もろもろで、今までため込んでいたいろんなものが噴き出したのか。それとも或いは、最初から彼の本質はこちらよりだったのか。

 それとも、『異能』に呑まれたか。

 かつて『異常』を夢見た一人の少年は、あっさりと言いのけた。確信があるわけでもなし、たった今知り合っただけの未知数に。


「アンタは暇なんだろ?ただ暗闇の底で静かに世界を見ているだけの生活より、俺を鍛えて暇をつぶす方が何十倍もマシだと思わないか?」

『神人を利用するか、小僧』

「なんだって利用してやる。【憎悪】だって、『神花之心アルストロメリア』とやらだって、それにアンタもだ」


 ぺっ!!とアルラが吐き捨てた唾液は真っ赤に染まっていた。口を拭った腕にも付着して赤く染まる。思い出したかのように、全身の傷口が赤く滲み始める。

 ここに一つの奇妙な師弟関係が誕生する。

 胡散臭さのカタマリのような自称神様と、復讐を誓う『異常』となった少年。

 いつ簡単に終わってしまう関係かは分からない、それでも少年に居場所が、封印されし自称神様に理由が生まれた。


『確かに、そっちのほうが()()()()だ』

「よろしく頼むよ自称神様」

『師匠と呼べ』



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