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終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
少年編
10/265

憎悪



 青く澄んだいつも通りの平凡な空の下だった。空を駆ける小鳥がさえずり季節の到来を知らせるように温かく吹く春風に木々がざわめいている。

 どこにでもいるような村人Aの少年......アルラ・ラーファは一人いつも通り変わらぬ景色の村の中を歩いていた。

 まだまだ成長の途中、幼さが残る小さくも男らしい手の中には、やけに分厚い本があった。隣では生まれた時からよく知る少女が楽しそうに話しかけている。

 異質感。

 家に帰ってきて、軽く横になったと思ったら数時間が経過していた、あれに近い感覚。時間が飛んだような。


(......俺...僕は、あれ?多分、ていうか確かに洞窟で...)


 理解が追いつかず頭の中がこんがらがってる。

 ついさっきまで暗闇の中を彷徨っていたハズなのに。

 極低温に震えて死を待つだけだったハズなのに。


「ねえアル、聞いてるの?」


 聞き慣れた声が耳元で聞こえた。

 不思議そうにこちらの顔を覗く少女は、どう見てもあの夜に炎に包まれて死んだはずの幼馴染。

 最期の最期まで一言も発することなく散っていったはずのリーナだった。

 五体満足どころか、火傷の跡どころか、あの忌まわしい記憶の一切すらも失ったかのように無邪気な表情で、彼女はいつも通りにそこにいる。

 手を伸ばせば届く。

 頭の中の黒い何かが、溶け出すように抜けていく。


「リーナ、なんで...?」

「なんでって?」


 きょとんとした顔で首をかしげる幼馴染の少女は、口をへの字に曲げ、栗色の肩まで伸びた髪を風になびかせている。少女はくすりと笑うと、視界の奥へと駆け出し、村全体に聞こえるような大きな声で叫んだ。

 いつものように、お転婆に。

 いっそ笑っちまうくらい平和以外の何もかもを忘れ去ってしまったかのような顔と声で。


「アルが本の読みすぎでおかしくなったーっ!!」


 慌てたアルラが思わず少女の口をふさぎにかかるも少女はひょいと身をかわし手をメガホンの形にしてあちこちに声を振りまく。

 追いかけて一歩踏み出すたびに、見慣れた村の中を走り抜けるたびに何かが薄れていく。

 泥水をふちのぎりぎりまで溜め込んだバケツの底に穴をあけたような、スッと心が軽くなっていく感覚があった。抜けていく泥水の中に紛れた記憶も徐々に薄れ、何に泣いていたのかももう思い出せない。

 たまったもんじゃない、とアルラは額に汗を浮かべて追いかけるが、運動神経の差だろうか。前を走るリーナに追いつける気配がない。気が付けば遥か前方の見知った建物、村一番の大きな家の前で、少女はこちらに手を振っていた。

 みんなが居た。

 リーナの祖母で魔法使いのおばば、よく野菜を分けてくれた農家のお爺さん、勉強を見てくれたおばさん、意地悪だが子供好きな狩人のビーンおじさん、診療所のコロネロさん、

 みんなが手を振っている。

 どういうわけか、僕はそれをやめてほしかった。

 手なんて振らずに迎え入れてほしかった。

 駆け寄ろうとして、直後に言われた。


「またね!」


 漠然とした不安と焦燥、もうみんなの待つ向こう側には行ってはいけないという確信が入り混じってぐちゃぐちゃだ。

 向こうに行ってはいけないならこっちも手を振って見送るしかなかった。どうしてそうしたのかはちっともわからない癖に。

 手を振る影に小さく片手を揺らすアルラの後ろから、自分の名を呼ぶ声がする。振り返れば、そこに立つのはアルラの両親、エリナ・ラーファとダリル・ラーファ。相も変らぬにこにこと優しい笑みを浮かべる母と、その隣で腰に両手を当ててこちらに微笑を受けべる父

 その姿が少年の目に飛び込んだ。

 少年は飛びつくように二人の元へ走り寄ると、両手をいっぱいに広げて二人の腰元へ抱きつく。温かい、確かな感触。焼きつくような炎の温度ではなく、優しい人の温度だ。

 八年間、同じ屋根の下で過ごした両親を全身で感じていると、優しく頭をなでるように二人はアルラを受け止める。


「あら?アル、どうして泣いているの?」


 つーっと、自然に、アルラの瞳から雫が垂れていた。問われて初めて気が付いたアルラは、涙を受け止めるように両手を顔の下、胸の前に出すと、大きな、温かい雫がその手の平に垂れおちた。


「あれ...?ほんとだ、()()()()()()()()()()()?」


 瞳の奥、抑え込んでいた感情が溢れ出るように、涙が止まらない。だがその少年の表情は悲しみに染まっているわけではない。逆に、笑っていた。頬は赤く染まり、口角は若干上につりあがり、喜びを顔全体で表現したような、そんな幸せを前面に押し出した表情だった。

 とめどなく溢れ出る涙を腕で拭いあげ、両親を抱きしめる腕の力を強める。母はそっと愛する子を抱き寄せ、父は愛する子の頭に手を置く。

 ああ。

 何という幸せだろう。


「母さん!!」


 思わず叫んでいた。

 顔を上げるとそこに映ったのは、深い暗闇の天井。ぽかん、と口を開けて間の抜けた表情を浮かべるアルラの顔は、現実を理解すると再び暗黒に染まってゆく。

 再び訪れる殺人級の低温と暗闇。少し先も見えない、アルラの心をそのまま具現化したような暗黒の世界。なんだ、夢か、と。

 意図もあっけなく粉々に砕け割れた水晶のように澄んだ記憶の断面は残酷に。ただ無垢でいただけの少年とその心を暗闇の中へ容赦なく突き落とす。

 心の中で呪うように呟くアルラの胸を、極楽から地の底へ叩き落されたような重い痛みが刺した。

 だが同時に、さっきまで地獄にはなかった音が幼いアルラの鼓膜を叩く。


『目が覚めたか小僧』


 正しくは、声。

 年齢も性別もバラバラの十数人が同時に喋っているような、異常といえば異常、ただ重なった声といえばそれまで、とにかく不気味なまでに不自然な声が恐らく洞窟だと思われるこの空間に響く。

 だがそんなこと、少年にとっては文字通り()()()()()()()()のだ。

 何もかも終わってしまった少年にとっては些細な変化でしかない。現状や過去を変質させることなど叶うはずもなく、ありもしない希望へと縋りつくことすらやめた少年には。

 無気力に言葉を返すこともせず、夢の余韻に浸ろうとしてまた記憶に邪魔された。蝕むような痛みが脳みそに火傷のように刻まれていて動悸がする。

 荒い息を吐く。

 現実が圧し掛かり、少年の精神ではそれに耐えられない。

 涙と一緒に空っぽの胃袋がせり上がって吐きそうだ。

 吐くもの一つとして残っていないのに?ああそうだ、悲しみと感情を吐き出そうとしている。


「うっ...ゔぉあ......ぐぷっ......」

『なんだ無視か?つれないねえ。ちょっとさ、話しをしてくれてもいいんじゃないか?それとも初対面の相手は恥ずかしいか思春期め』


 ビチャビチャビチャッッ!!と撒き散らされた胃酸と血の混合物の味が口の残って気持ち悪く、話どころじゃない。気分は最悪で、現実はもっと最悪で、現状は更に最悪だ。

 鬱陶しい、が声の主に対する少年の第一印象だった。

 いくつもの異なる声が重なっているように聞こえるせいか、大勢の人に一度に喋りかけられたような気分だ。それとも本当に数十人がせーので声を合わせてこちらをからかっているだけなのか?

 第一、人(?)と話す。そんな気分じゃない。相変わらず絶望が少年の心を覆っていることに変わりはない。

 全部どうでもいい。

 もう何もかも、自分が生きていようが死んでいようがどうだっていい。

 何をどうやったって失った日々は帰らない。さっきの夢でそれを嫌というほど思い知らされた。


「......誰だよ」

『あー、あー、一度にそんなに聞かれても困るな。声はアレだが中身は一人なんだ。まずはそうだな...ここはお前が思っている通りとある川の下流の地下に存在する洞窟だ。今は見えないかもしれんがそこに深い水たまりがあってな、上の川とつながっている。たまに魚も紛れ込んでくるぜ。次に小僧が生きているのは俺のおかげだな。目の前で死なれても困るのでな、少しだけ洞窟内を暖めた。そうだな、この暗闇も小僧にはちときついか、ほんの少しだけ明るくしてやろう』

「.........そこまで聞いてない」


 投げやりにでも言葉を投げたのはきっと少年が無意識のうちに孤独を恐れたからだ。

 一人と二人は明確に異なる。少年はそれを知っていた。自覚は無いとしても。

 不思議な声の言葉の直後。ほんの少し、締め切った夜の個室程度の明るさが洞窟を満たす。本来であればこの暗闇も人の目で物体を捉えられる明るさではないが、闇に眼が慣れたアルラは難なく洞窟の隅々までをその目に写すことが出来た。

 岩壁、尖った地面、天井の高さも所々によってまちまちで、しかし確実に人の類が住みつけるような場所ではないということは理解した。

 目の前に現れたのは小汚い、アルラの腰までくらいの大きさのほこら

 どうしてこんなところにという疑問はいったん置いて観察してみると、祠の正面に見える石で造られた小さな扉が開ききり、中に黒であって白でもあるような、赤、緑、灰、黄、銀、とまばゆく色を変化させる球状のもやのようなものが見える。

 何処からともなく、というかがっつり目の前に祠から聞こえる声はそして、と言葉を繋げると―――


『俺がッ...この俺こそがッ!永劫に縛り付けられ輪廻を宿す暗澹たる魔法の神。名も無き神人しんじんであるッ!』


 さっきまでよりやや大きめの声でおもむろに名乗りを上げた。

 何言ってんだこいつ。と突然の告白を受けたアルラの反応はというと当然冷ややかで。

 というか目の前の恩人と思われる存在を確実に変人と見てるアルラは心と体が疲弊しきっているせいか、雑な口調で小さく、『へえ』、と冷たい反応を示すだけだった。

 むしろこっちの方が夢のように思えてくる。

 現実感が無い。

 『神人』?なんだそれは。こっちはまだ八つのガキなのに、知らない単語を次々並べられたってそれがどういうものかを把握できると思うのか。外国の料理名みたいなものだ、知らん意味の知らん言語が元になった知らん料理名だけはいどうぞと渡されて、どうやってそれを推察しろというのだ。


『オイオイオイオイ、反応が冷たいぜ小僧』

「.........誰だって...初対面で自己紹介を喰らったら第一印象がそう言う方向に逸れるのは当然だし、何よりこっちは子供だし明らかに悪魔とか邪悪な神とかのたぐいだと考えるのは当然だと思う。ほっといてくれ......」

『俺はいろんな手違いで封印されちまった可哀想な神人さんだぜ?』

「..................そもそも神人とかいうのを知らない」

『そこからかね、現代のガキの知識不足は嘆かわしいことだ。まあなんだ、神様みたいなものだ。そんだけ読書家なのに神人を知らぬとは、まだまだ勉強不足だな理不尽を嘆く少年。アルラ・ラーファよ』


 ほっとけ...と雑に口にしようとして、固まった。

 まだ明かしてもいない、明かそうとも思わなかった名前をどうして封印された自称神様が知っている?

 明らかに怪しすぎる。これは絶対人に崇められる神様とかそんな類じゃないだろ。とアルラが考えてしまうのも無理はない。しつこく玄関先でインターホンを連打してくる宗教勧誘に遭遇した感覚に近い。関わるだけろくな目に合わないとアルラ・ラーファと、その内側の灯美薫の本能が訴えかけている。

 しかしすぐに思い返した。

 今でも最悪の最悪なのに、それ以上の『ろくな目』とはいったいどうなるんだ?と。

 何をやったって変わりようがない現実への諦念が、そのろくでもなさそうな自称神様の話を聞くという判断を選択した。


『神人っていう言うのはな、人の身でありながら魔法や特定の技術といった『何か』を極めて神サマとやらの領域に片足突っ込んだ存在のことさ。だから、神人』

「.........どうして僕の名を」

『名を知ってるのかって?神人とは『何か』を極めた存在だと言ったろうが。俺は魔法を極めた存在さ、魔法を極めた、つまり魔法に関しては俺は神サマのレベルってことだ。基本属性七種と複合属性の基本的な属性魔法は自由自在、一度見た魔法はすぐに構造を理解して覚えちまう。まあ、お前が俺の目の前でぐっすりすやすやいい夢見てる間にお前の記憶を読み取っただけのことだ』

「.........羨ましいよ、魔法ってそんなこともできるんだね」

『何でもできるさ』


 何でもできるなら、神様ならばどうしてみんなを助けてくれなかったんだ、とは言えなかった。

 アルラ・ラーファには魔法の才能がない。生まれつきの病で空気中のマ素を体内で魔力として精製出来ない、魔力は魔法に使うエネルギー...電気無しに家電は動かないように、魔力なしに魔法を扱うことは不可能だ。

 仮にこの病を生まれ持たず、十分に魔法を学び扱うことに長けていたなら、みんなも村も、そして自分の結末すらも少しくらいは変化していたのだろうか。

 どうでもいい。

 心底どうでもいいのだ。たらればなんて意味がない。IFを考えたってNOWに変化があるはずも無い。奇跡で授かった二度目の生は一度目以上にクソったれで耐え難く、残忍で残酷で冷酷だったというだけだ。

 自称神様はどこか適当というか、投げやりというか、とにかくどうでもいいような口調で小さく呟いた。


『それにしても別の世界からの転生者とは。別世界の住民を強制的に連れてくる魔装の存在は知っているが、あっちで死んでこっちで生まれなおすなんて事例はなかなかないぞ。レアケースだ』

「ちょっと待って」

『どうした?』

「今、別世界から住民を連れてくるって言ったの?でもそれってもしかして」

『お前が元居た世界の言葉でいうところの異世界転移だな。よかったじゃないか流行りに乗っかれて。さぞうれしかっただろう?二度目の生は』


 アルラの質問を遮るように、自称神様は先に結論を述べる。しかし口調は変わらずどうでもよさげに。

 自称神様はまるで鼻をほじりながらしゃべっているような適当さを含む口ぶりは、未だに心は絶望の淵を彷徨っているアルラの感情の中にイラつきをはらませてしまったようだ。目に見えて普段はとっても穏やかな少年の態度が変貌していく。

 しかし、当の胡散臭さ全開自称神様は特に気にした様子もなく。


『ちょっと前に気味の悪い鐘が鳴っただろう?あれこそが『始まりの導鐘』さ。今回アレが鳴ったのも小僧のちっぽけな村がとばっちり喰らったのも、東の帝国がお前の元居た世界から勇者を数十人ほど呼び寄せたのが発端ほったんだ』

「ま、待ってくれ、あんたここに封印されてるって自分で言った。どうして外の状況を知ってるんだ?」

『封印されているとはいえ神サマの領域に片足突っ込んでいることに変わりはないんだからな。その気になれば今からでも世界中の生き物の記憶を読み取れるさ。世界の情勢は常に更新されているんだ、悠久をここで過ごす俺の暇つぶしにもなる』

「暇...つぶし?ってか、発端って」

『ああ暇つぶし。ところで小僧、口調が変わったか?面白いな、急激なショックで精神の安定性が崩れたのか、二つの自我の混濁が―――」

「なん、だよ。発端って...その魔王って奴が、魔王っていうからにはそういう奴なんだろ......。悪の権化っていうかさ...」


 心の奥底から湧き上がってくる激憤に、意図せずアルラの口調は強くなる。

 真実を。何が少年をこんな目に遭わせたのか、みんなをあんな目に遭わせたのか、この幼い少年には知る必要がある。知る権利がある。いや...むしろ義務とすら言い切れる。


『お前の村を襲った不幸の元凶も、元を辿ればあの鐘に行きつく』

「鐘...?」

『複数の勇者が現れたことによって、この世界の均衡は音を立てて崩れ去った。いいか小僧。この世界にはな、『大罪の魔王』と呼ばれる存在が七人存在する。一人で国ひとつを簡単に滅ぼすほどの力を持った化物共だ。そいつに対抗するために『勇者』が呼び出された』

「わざわざ遠い世界から呼び出す必要があるのか?自分の世界で調達すればいいものの」

()()()から召喚された勇者ってのは大概たいがい"咎人"なのさ。異世界に呼び出されて浮かれてる勇者どもはいくらでも替えが聞く上に言いつけをしっかり守る国家の犬としては優秀なんだろう』


 呆れたような口調でものを言う自称神様は、不規則にその揺らぎの色と形を変化させている。

 感情が読み取れない、何を想って口にした言葉なのかが一切感じ取れない。


『まあ、()()()勇者に魔王を打ち滅ぼすことなんてできないがな、たとえ何十人集まろうとも。『大罪の魔王』はそれほどの化物ってことだ。しかし勇者にやられはしないと言っても、配下の兵隊はそうもいかない。軍事力の低下は魔王としてもいただけないんだろう。『大罪の魔王』は互いに争い合ってるからな。自軍の力が弱まっているときに他の魔王が攻め込んできたら、どちらが不利かなんて目に見える』


 そんなことが聞きたいわけじゃない、とアルラがかすも彼(?)は全く考慮する気はないようだ。むしろ逆にのんびりしているようにも取れる態度は激情に全身を徐々に蝕まれつつあるアルラの感情を激化させる一因となる。


『おっと話がれた。つまり簡潔に言うとだな、大量の勇者が呼び出されたことによって均衡が崩れ、自軍の強化のために『強欲の魔王』が"咎人"を軍に大量に組み入れようと画策、お前の村、正しくはお前の母親を襲撃したってワケだ』

「...どうして...母さんが...」

『小僧だって気づいていただろう?自分の母親が『異常』だってこと』

「それは...」

『お前の母親は【逃避】の咎人だった。あまりにもリスキーな能力だがその母親のおかげで小僧は今ここにいる』


思い出すだけではらわたが煮えくり返りそうだ。

身に覚えのない理不尽が巡り巡ってアルラたちを襲った。

ただ平穏でいたかっただけなのに、普通の暮らしさえできればよかったのに。


『そして、だ。小僧、()()()()()()()?』


 神を名乗る虹の球体が、その姿形を目まぐるしく変化させながら静かに問いかけた。何処かの誰かさんの心の内でも表現しているのか、主に赤から黒にかけて発光が変化する。生物なのかというそもそもの疑問すら完全に肯定も否定もしない存在の言葉の質が明らかに変化した。


「何が......言いたい?」

『俺たちが出会ったのも何かの縁...運命だと思わないか?』

「望むだけで手に入るなら...はこんな目にあっちゃいないよ。期待させるのはやめてくれ」

『いーやお前なら手に入る。俺が何者か忘れたか?例えば、俺が俺の中に残る力の一部を切り貼りして、組み替えて、『異能』として貸し与えることが()()()()()()


 ドッドッドッドッドッ!!と心拍数が跳ね上がっている。

 多分、瞳孔も開いている。もう縋るものすら残ってないと心の底から諦めていた。差し出された救いの太さと長さが分からないくらいに摩耗した精神だとしても、それでも掴みたいと、今この瞬間そう思った。

 毛糸程でもいい。

 それこそ蜘蛛の意図でも構わない。

 天国から地獄へと垂れ落とされた一本の糸、その両端を掴む存在が今この場に揃っている。

 そう言う今ある確かな現実の話を神人は改めて突きつけるように言い放った。


『小僧に俺の力の一部をくれてやってもいい。と言っているのさ』


 目の前の悪魔がにやりと笑った。ような気がした。もはや正常な判断能力すら失ってしまったアルラの心に付け込んで。何を考えているのか古ぼけた祠に封印されし神人を名乗る光の球体。祠の奥でぐるりと一回転して、何かを差し出した。

 復讐を望む少年の瞳がギラリと輝き、その傷だらけの両拳を固く握る。


「ちか、ら......」

『50年だ』


 人なのか、あるいは妖か。魅力的な語を次々並べて見せつける祠の光は、思わせぶりな口調がこの時はとてつもなく恐ろしく、しかし反面では何よりも魅力的に。

 囁く。

 悪魔の囁きでもあり天使の励ましでもある。どう転ぶかは今後のアルラ・ラーファが決める。そういう力の譲渡、代償を伴うのは当然として、だとしてもそれが何よりも魅力的に感じてしまうのだ。

 だって無力だから。

 力を欲するのはいつだって力のない奴だから。

 先進国で蛇口をひねればいくらでも出てくる水の価値は国が違えば金より高い。泥水をも有難がるような環境を知らない者は水の一滴の重みさえ知り得ない。

 無いからこそありがたみがわかるのだ。


『お前の命、それを50年貰う。代わりにお前に相応しい『罪』を......【憎悪】を与えよう』


 囁く。


『いつか訪れる終焉にびくびく怯えながら一生を終えるか。かたきを討つため戦って死ぬか。どちらでも好きな方を選ぶがいい』

「かた、き......僕、が?」

『コンテニューだよアルラ・ラーファ。俺は追加のコインを入れただけ、選択するのはお前だ!!誰が幸福で誰が死ぬ?ハッピーエンドかバッドエンドか。お前は、ちっぽけで無力なお前は、愛した者の死に目に何もできなかったお前が何を選ぶのか、俺はそれが知りたい!』


 アルラの眼前に石造りの扉の奥に揺らめく自称神様とよく似た形状の光が現れる。

 その光は黒、灰、白、灰、そしてまた黒と、ぐらりとそのまばゆかしい色を変え、全てを吸いこんでしまうような引力を感じさせた。


『さあ!貴様は何を望む!?』


 悪魔のような神の言葉、神託とでもいうべきか。

 それがこの瞬間に少年の運命を決定した。

 いいや、決めたのは少年自身だ。


「決まってる」


 口を閉じ、黙って悪魔のような神様の話を聞いていた少年は、重たい唇を震わせ、確かな決意を眼に宿す。その言葉が意味するのはどんな結末か、そればかりは目の前でほくそ笑む自称神様にも分からない。


「もう、もう何も残っちゃいない。全部盗られた、家族も友達も故郷も思い出も...全部盗られた。そいつがこの世に居るだけでこれまでも、きっとこれからもたくさん踏みにじられる、みんなみたいに、俺みたいに。そんな奴がこの世に存在するって知って、それだけで俺は...俺は、腸が煮えくり返って堪らない。きっと...きっと今もそいつは自分が踏みにじった命のことなんてちっとも知ろうとしないまま生きてるんだろ?」

『それをお前はどう思う?』

()()()

『なら今一度訊こう、()()()?』


 何を望むかだと?

 決まってる。

 もうは幸せじゃなくていい。ただ俺から幸せを奪った奴がのうのうと幸せに生きていることは耐え難い、恨めしい、呪わしい、憎くてしょうがない。

 ずっと不幸でも構わない。俺の幸せは今この瞬間、みんなの仇を出来るだけ悍ましい形で晴らすことでしか得られないモノに移ろいだ。

 序章から狂いに狂って終わってしまったのだ。もうどうやったってハッピーエンドには変わらない、変われない。

 『強欲の魔王』...貴様が生きているのが赦せない。

 呪っても呪っても呪いきれないこの憎しみはきっとたった一つの結末でしか満たせない。

 ならば、俺が望むのは――――――。


「最高に幸せなバッドエンドだ...!」


 少年は静かに握りこんだ拳を開き、差し出された新しい路線を掴み取った。

 瞳の奥底に真っ暗な炎のように燃えるそれを宿し、正体不明の神はほくそ笑むように彼の運命の手綱を握りしめる。


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