オーガン「船長がバニーガールだと……ふざけおって!」
不精ひげは船を売った金をマリーに渡そうとしていた。
少しでも高く船を売りたいと考えていた不精ひげを苦しめていたのは、彼を疑い一刻も早く街を去ろうとするマリーだったのだ。
最後は三人称で御送り致します。
肩を落としてリトルマリー号に戻った不精ひげニックを待っていたのは、オーガンとその手下達だった。
「やあ! 良い商談はありましたかな?」
ニックはかぶりを振る。
「それは残念。仕方ないですな、こんなボロ船では! さて……どうしますかな?」
「オーガンさん。御願いだ……もう少しでいい、色をつけてくれないか」
ニックは甲板に膝をつき、平伏する。
「この通りだ……せめて金貨2000……いや1500で……」
「1500ねえ! このボロ板の山が1500!」
オーガンはせせら笑う。手下達も声を合わせて笑った。
ニックとその仲間の三人の水夫は、ただ俯いていた。
「ま、いいでしょう! 他ならぬ親友、フォルコンの船だ! この船に即金で金貨1500枚払えるのは、レッドポーチでは私だけでしょうな! 結構! この船を買い取る事にしましょう! 金貨……1550枚でね!」
おおー、と、オーガンの手下達が大袈裟に驚いたフリをして、拍手をする。
「ありがとう……オーガンさん」
その言葉とは裏腹に、ニックの表情はさえなかった。結局、随分と買い叩かれてしまったのだ。
「さて……と。申し訳ありませんが、貴方達にはこの船から降りていただきますぞ……当家には当家の、優秀で働き者の水夫が大勢おりますからな! まさか不服は……ございませぬな?」
オーガンはリトルマリー号の水夫達を、ジロリと睨みまわす。
「無いわけ無いでしょ」
男達が振り返る。
リトルマリー号のそう高くない船首に、いつの間にか立ちはだかっていたのは……白金魔法商会謹製、船酔い知らずの黒のバニースーツに身を包み、不機嫌そうに眉をしかめたマリー・パスファインダーだった。
「何で私の船、そんなはした金で売っ払おうとしてるの? この船の船長、私なんですけど」
「ええええーっ!?」「な……何ィ!?」
「こんな所まで来ていただいて悪いわね、オーガンさん。でももう売却話は無くなったから」
マリーは腕組みを解き、紙切れを一枚ヒラヒラと振り回し、それを不精ひげ……ニックに押し付ける。
「はい、出航許可証」
ニックが押し付けられた紙を、彼の三人の仲間達も覗き込む。
きちんとレッドポーチ水運組合の判も押してある。
マリー・パスファインダーを船長として出航を許可すると。
四人は一斉に顔を上げマリーを見る。
「訳あって陸には居辛くなったの。半年でいいわ、そしたら家に戻れるから。私が船長ですからね! 皆、私の言う事聞くのよ?」
「了解、マリー船長!」
四人は一斉に応える。
ニックが続ける。
「でも……船酔いは大丈夫なのか?」
「凄いわこの服、本当に全く揺れてないし全然気持ち悪くならない。このデザインさえなけりゃねえ……」
マリーは溜息をついてから、オーガンの方に向き直る。
「そういうわけで、そろそろ出航するから、下船して下さる?」
「な……な……」
オーガンは怒りに唇を震わせていたが、それをどうにか抑え、邪悪な笑みを浮かべて言った。
「おやめなさい……おやめなさいマリー嬢、貴女はその男達にそそのかされているのですぞ……男所帯の船上に、貴女のような小娘……御婦人が一人で乗るなんて、ましてそのような……破廉恥な格好で!」
「……オーガン」
ニックが一歩、前に出て言った。
「マリーが……船長が桟橋に現れた時、俺にはすぐに解った。前に見たのは2歳くらいの頃、もう13年も前だったが」
そこで仲間達を見回し、続ける。
「俺だけじゃない。ロイ爺さんも、アレクも、ウラドも……みんなすぐ、一目見てあれはマリーだと解ったよ。フォルコンは暇さえあれば娘さんの自慢話をしていて、俺たちは散々聞かされた。帰る度に一生懸命服を縫ってくれるとか、じゃれついて離れないとか、夜中まで冒険譚をせがむとか……どんな姿に育ったとか。俺達は15年間、彼女の成長を見守って来たのも同然だった」
ニックはもう一度仲間を見渡し、少し声を張って言った。
「俺達の中には断じて、マリーに危害を加える者も命令に逆らう者も居ない。それにな……」
ニックは今度は、マリーの顔を見て言った。
「俺達四人は、誰もフォルコンが本当に死んだなんて思っていない。新しい王国令のせいで、行方不明なのを死んだ事にされただけだ。フォルコンは生きている」
◇◇◇
桟橋に降ろされたオーガンは憤懣やる方ないといった様子で唇を震わせていたが、やがて一味を連れ立ち去って行った。
その背中が遠ざかるのを見届けてから、マリーは。出航の準備を急ぐ水夫達に言った。
「ちょっといい? けじめをつけなくちゃならない問題が一つあるんだけど」
水夫達は訝しみながら、皆それぞれに手を止めてマリーの方を向いた。
「疑ってすみませんでした」
マリーはいきなり、四人に向かって土下座した。
水夫達は慌ててマリーの周りに集まる。
「特に不精ひげ。貴方は船を売って自分のお金にしようとしているんだと思ってました。あの時は失礼な事を言って本当にごめんなさい」
「やめてくれ船長、ちゃんと説明出来ない俺が悪かったんだから」
「そうよ!」
土下座から跳ね起きたマリーは、不精ひげに詰め寄る。
「わかんないわよ! 私の為に船を売ろうとしていた? 大きなお世話ですよ! 私、ちゃんと仕事して、一人ででも生きてたんだから! しかも自分達は全員失業するの解っててやったの? バカじゃないの!」
マリーはまくしたてる。謝罪はどこへ行ったのだろう。
「船を取り上げたオーガンは間違いなく、貴方達、父の仲間を失業させて侮辱する、そんなの解りきってたんでしょ! 何でそんな事したのよ!」
「フォルコンは実際、半年前から行方不明だったから、代わりにマリー……船長に仕送りをしたかったんだけど、新しい王国令は無許可で親戚でもない未成年者に金を与えて養育する事を禁止しているから。皆で相談して決めた」
マリーはがっくりと肩を落とす。
「全く……そんなお人好しばっかりでやって行けるもんなの? 海って……」
マリーはまた土下座に戻る。忙しい娘である。
「本当にありがとう」
「だから、やめてくれって」
「ちゃんと説明したら、私が止めると思ってたんでしょ? だから説明せずお金に換えて私に渡そうとしたのね。このお人好し共」
上げたり下げたりも忙しい。
「もういいよ……」
「もう一つ」
マリーは顔を上げた。
「父が生きてるって……本当?」
その言葉を合図に。四人の水夫達は……それぞれの仕事に戻る。
「ちょっと待ちなさいって! どうなの! 髭のじいちゃん!」
「ああー、ロイじゃよ、そっちのでぶっちはアレク、青鬼みたいなのがウラド、それからその不精ひげの男はニックで」
「どうなの!?」
「生きとるよ、多分な、まあ……パンツ一丁でサメの群れの只中に飛び込んだけど、多分……」
レッドポーチの港を、一隻のバルシャ船が出港して行く。船名はリトルマリー号、船長はマリー・パスファインダー。
出航許可証に書かれていた積荷は干葡萄、小麦粉、岩塩、オリーブ油、麻製品など。
リトルマリー号は内海と呼ばれる比較的穏やかな海に点在する離島や沿岸都市を結び、沿岸都市からは生活物資を、離島からは特産品を運ぶ事を主な生業としていた。
大都市間の航路と違い大きな利益は無いのだが、その分大手が手掛けないので、フォルコンのような一人親方やオーガンのような中規模業者に仕事が回って来る。
「季節外れのいい風が吹いてるな。今日は楽が出来そうだ」
不精ひげニックは、あくびをしながら舷側にもたれて座り込む。
「新しい船長は海に好かれているようじゃな。これはわしらにもツキが回って来たのかもしれんのう。ホッホ」
ロイはポケットからフラスクを出して一口飲み、日陰のハンモックに横たわる。
港を出た途端ダラダラし始めた二人の水夫達を見て、マリーは溜息をつく。本当に自分の判断は正しかったのだろうか。
「これどこへ向かってるの?」
「バタフライ諸島です……明後日には着きますかね、この調子だと」
マリーの問いに、控え目に声を掛けて来たのは、他の水夫からは太っちょと呼ばれているアレクだ。ちょっといつも自信が無さそうにしている、小太りの青年である。マリーの目には、彼はとても器用そうに見えた。
「顧客を随分待たせてしまった。この風が吹き続けてくれたらいいが」
もう一人の水夫ウラドは、明らかに亜人の血が混ざっていた。下歯茎から突き出るように伸びた二本の牙と青黒い肌。確かにまるで青鬼のようだ。船では主に操舵を担当しているらしい。マリーの勘は、彼がこの船の良心だと告げた。
こっちの二人は何とか仕事をしてくれそうである。
「まあいいわ……だいたいいつも、私の味方なんて天気くらいだったし」
波と船体の間から飛び跳ねる水飛沫が風に舞い上がり、僅かにマリーの頬に触れる。
リトルマリー号はレッドポーチ港を背に、程好い順風を受けて南へと帆走して行く。





