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オーガン「貧しい小娘など、美味い物でも少し御馳走すれば……すぐに誤解を解いてくれるだろう」

船を売り払おうと暗躍する不精ひげ。

泣かない誓いを立てたマリー。

今もどこかを走り回っているトライダーと風紀兵団。


 私は今度は港ではなく山手方面から水運組合を目指す。

 港を見下ろせる高い丘の上は、富裕層の居住区域になっているようだ。立派な屋敷や教会などが並んでいる……あまり長い時間歩きたくない場所だ。

 私はお針子なので経済力の割にはきちんとした服を着ている方だとは思うが、生地の差を補う事は出来ない。

 国王陛下。貧富の差を補うつもりは無いのでしょうか。



 山手地区の屋敷街から見ると、水運組合の建物も眼下に見える。

 この地区からは港も一望出来るんだな……

 私の家も、こんな所にあったら良かったのに。

 それで母も居て、父の船が入港して来るのが見えたりして……

 だめだめ。つまらない妄想もうそうに耽ってしまった。


 そんな事を考えていた時だ。

 ふと顔を上げると……数メートル先の屋敷の門から出て来る男は、例のオーガンとかいう男ではないだろうか。


 次の瞬間。その男も私の方を見た。オーガンの他にも付き人らしき男が出て来る。まずい!? この男は私を知っていて、トライダーのように、何らかの保護をすべきと考えていたはず……


 だけど。オーガンはただ、つい彼本人を凝視してしまった私に対し、愛想笑いを浮かべて会釈した。


 それだけだった。知らない小娘だけどこっちを見てるから会釈くらいしようかという感じ。

 街の有名人としての自覚とか、そんな感じだろうか。

 オーガンはすぐ視線を逸らすと、付き人らしき男に荷物を持たせ、港の方へと歩き出す。


 オーガンさんは私の顔を知らないんだな。

 父の親友とか言ってたけど……まあ……普通は知らないよね。めったに港に帰らない船乗りの、そのまた娘の顔なんか。

 不精ひげとその一味がおかしいだけだよ。


 ここが……虎穴かもしれない。

 昨夜旅籠に現れたオーガンさんは正直、芝居がかってて感じが悪かったけれど、もしかすると今回の事件の関係者の中では一番まともな人かもしれない。


 他の関係者は、まずろくに家に帰って来なかったくそ親父。

 その部下で勝手に船を売っ払おうとしてる不精ひげ。

 不精ひげの一味。水運組合の役人と……破廉恥はれんちな航海道具売り!

 ついでに独善野郎のトライダー。


 そういう人々と比べると、真っ赤なジャケットはどうかと思うだけのオーガンさんは一番まともな人物に見える気もする。

 行くべきだろうか。行くべきだ。



「あの」


 私は遠慮がちに声をかけた……けれど、自分でもその声は小さ過ぎると思った。

 案の定、オーガンさんには聞こえなかったようだ。


「あの! 私、フォルコンの娘のマリーです!」


 あっ。


 失敗した。今私は失敗した。

 それが解った。


 振り向いたオーガンが浮かべた笑みに潜んだ邪悪な気配を、私は見逃さなかった。

 他ならぬオーガン自身、その事に気付いたか、修正を試みて来る。


「な、なんと……貴女が我が親友の忘れ形見! お会いしとうございました!」


 私は私で、大急ぎで計画を修正した。


「その忘れ形見とか保護されるべきとか、方々で言いふらすのをやめて下さい! 迷惑してるんです! 私、父の他にも保護者が居るし、きちんと生活してますから! それだけ! さよならっ」


 私は出来るだけ大声でそれだけ言い、振り向いて駆け出した。


「待ち給え! マリー嬢……追え! 追うんだ!」


 背後ではっきり、そう聞こえた。

 また鬼ごっこですかーっ!



   ◇◇◇



 もはや太陽は頭上近くまで昇っている。そして状況は悪くなる一方だ……


 オーガン自身は追い掛けて来る事はなかった。

 その手下はオーガンの荷物を持ったまま追い掛けて来たので、簡単に振り切る事が出来た。


 だけど……自分達以外に頼る事をしないトライダーと違い、オーガンは自分の持つ、町の有力者という地位を存分に活用して来た。


「オーガンさんがマリーという15歳くらいの女の子を探しているらしい」

「髪は濃い栗毛で身長は155cmくらい、緑色の上着にベージュのズボン……目鼻の整った可愛い子らしいぞ」

「有力情報には金貨1枚だって」


 道行く暇人共の、そんな噂話が聞こえて来る。

 もうだめだ。帰ろう。こんな港町になんか来るんじゃなかった。


 だけど帰りの街道なんか風紀兵団が見張ってないわけが無いような気もする。

 森の中を抜けて帰ろうか……改めてトライダーが現れる前に、家に寄って大事な物だけ持ち出して、どこかに逃げよう。


 どこへ?



 どうしてこうなったのか。

 全部父のせいだ。あの船のせいだ。


 あんな船……

 あんな船……


 私は古びた樽の中から顔を出す。

 建物と建物の隙間から、ちょうどあの……丘の上の水運組合の建物がちらりと見える。


 あれがこんな難攻不落の大要塞だとは思わなかった。

 あそこへ行くのは……もう諦めよう。


 ……


 いやだ。諦めたくない。

 この先どうなるのか、本当に解らなくなって来たけど、私は、何か一つでもいい、自分で選びたい。

 あの船をどうするのか? 自分がどうなるのか?

 実際に何かをどうにか出来るのか、それは解らないけれど……全部が全部、何でもかんでも、他人の手に委ねたまま、運命が変わって行くのは嫌だ。

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マリー・パスファインダーの冒険と航海
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[良い点] 実際に何かをどうにか出来るのか、それは解らないけれど……全部が全部、何でもかんでも、他人の手に委ねたまま、運命が変わって行くのは嫌だ。 既にマリーちゃんの心底には、船と人を率いて前へ進ん…
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