事務官「かか閣下! マリー船長がショートカットになっててふにゅって心配顔でだけどやっぱり滅法可愛いのです!」ラズピエール「……来たのだな?」
海軍に呼び出されたリトルマリー号。
勿論気の乗らないマリー。
天気はいつも、ヒロインの味方です……
「船長! 勘弁してくれよ、もう一週間連続で0時の風だぞ! みんな朝から晩、いや朝から朝までタッキングタッキングでへとへとだ!」
不精ひげが叫んだ。だから知らないわよ! 私が風吹かせてる訳ないでしょ!
「行きたくない気持ちは解るがのう……」
ロイ爺まで!
船の揺れも酷いので、私はやけくそでバニーガールになって過ごしていた。キャプテンマリーもたまには洗濯しないといけないし。
アイリも最初の三日ぐらいは行きたくないとゴネていたが、観念したようで最近は静かになった。
逆風が酷く航海が捗らないので、アレクの提案でリトルマリーは二日前に手近な港に寄り、陸路で配達される手紙を出しておいた。
手紙を受け取ったリトルマリーは直ちにロングストーンを出航し、パルキアへ真っ直ぐ向かっております、お上に逆らう気は毛頭ございません、と。
1000km少しの、逆風の航海。それは結局9日もかかった。
気が進まない二度目のパルキア。
アイリはわざわざこの港から密航したというのに。ブルマリンでは大変な思いをして連れ戻したのに。結局私自身が、アイリをここに連れ戻してしまった。
ただ……ウラドが言うのだ。
「船長。この手紙は司法局の手紙ではないし、海軍幹部の署名がある」
「じゃ、じゃあ何だと思う?」
「解らない。だがこの署名をした人物は、個人的案件として、この一件に関わる意思があるという事だ」
二度目の海軍司令部……前回はロイ爺と来たな……今日のお供はアイリ本人だ。
今日の装いは黒のズボン、白のブラウスに黒いリボンタイ。精一杯の恭順を示す装いである。
「行きたくないよぉ……」アイリ。
「お姉さん、観念して下さい」
出頭とはいえ、どこに行けばいいのだろう。前回と同じ事務棟でいいのだろうか。
何と言えばいいのだろう? 自首しに来ましたと?
あ……前見たのと同じ、事務方の軍人さんが居る。
向こうもこちらを、横目でチラリと見た。
「何か?」
「退役中将……ラズピエール閣下に御呼び出し頂いたのですが」
「……お名前は?」
顔も名前も覚えてくれてないか……そりゃそうだ。
「マリー・パスファインダー、リトルマリー号船長です」
「こちらで少々お待ち下さい」
事務方さんはそれだけ言って立ち上がってどこかへ行った。
「帰りたい帰りたい帰りたい」
ベンチでアイリが下を向いて呟いている。私も隣に座る。
前回は結構待たされたよな……
あ、でももう戻って来た。
「本棟一階の105号室へ行って下さい。行けば解りますので」
事務方さんはそれだけ言って、元の仕事に戻ってしまった。
また巨大な会議室でも出て来るかと思いきや、105号室は町の宿屋の寝室ぐらいの狭い部屋だった。
勿論、天井の高さや内装や調度品は全く違うけど……またその磨かれ方が凄い。
壁に大きな、使い込んだ操舵輪が掛けてある。
「リトルマリー号のマリー・パスファインダーです」
「ああ、お待ちしていた」
大きな執務机の向こうで、窓をバックにして、中将は座っていた……ただでさえオーラの凄い人なのに、威圧感が半端無い。
「結論から申し上げよう。アイリ・フェヌグリークにかかっていた嫌疑は晴れた。詐欺罪での提訴は取り下げられたようだ。おめでとう」
―― バタン!
背後で誰かが倒れたような音がした。
「大丈夫かね……? 正式な知らせは司法局から追って下されるだろう」
嬉しいけど……何でそれをわざわざ呼び出して伝えるかな。それこそ手紙でいいじゃないか、鳩で。嫌疑晴れた、逃げなくてよしと……
「しかし、市民が持つ正当な債権までが消えた訳ではない」
中将は続ける。一体、この件に海軍がどう関わると言うのか?
あっ、アイリに海軍服を作って貰ったらいいんだ! 金貨7万枚分なんかすぐだよアイリ!
ただ……本人が一番作りたくない服になるだろうな……
「白金魔法商会の再建は難しいのかね?」
私は振り向いて、白金魔法商会の商会長を助け起こす。
「……困難です。あの、提督。私からお伺いしても宜しいでしょうか? 何故海軍が今回の事態に介入して下さるのですか?」
「何から説明したものか。まず……先日のブルマリンでの事件が国王陛下の耳に入ったのだ。最初は国王直属の私兵がアイリ君の逃亡を助けたという訴えだった。恐れ多くも、陛下の責任を追及する声だ」
えー……ブルマリンでの事件とリトルマリーは無関係でして……
私共は謎の貴公子に頼まれて、アイリさんという女性を、ブルマリンから、船に乗せただけでして……
駄目だ、言い出せない。
「名前は何だったかな……その陛下の私兵の男は司直に堂々と訴えた。内容は中々に衝撃的なものだった。最初は荒唐無稽と笑う者も居たが、他の関係者が続々と証言し、その男の論拠を補強して行った。グラナダ侯まで証言されて居られる。白金魔法商会の破綻は、前商会長で魔術師のトリスタンによる自作自演の陰謀劇だと。私は政治家ではなく軍人なので、細部については触れないが」
「閣下」
あっ、喋るな私……
「単刀直入に御願い致します。何がリトルマリー号と関わっているのでしょう?」
中将が……椅子から立ち上がり、窓辺へ進み背を向けた。
「フレデリク・ヨアキム・グランクヴィスト……ストーク王国の貴族。関係者が口を揃える、今回の事件の鍵を握る男らしいが、ブルマリンでは仮面をしていて誰も素顔を見ていない」
え、私カリーヌ夫人には普通に顔を……
あっ、そうか、秘密にされたんだ、きっと。秘密に。
「マリー船長。君は彼に会ったのだね? そしてアイリ君を託されたと?」
○と×。
1と2。アルファとベータ……
「君はグランクヴィスト氏の信頼を得ているのかね? 危険を冒して助け出したアイリ君を託すのだ。それ相応の信頼が無ければ出来ないだろう」
そうなるの? ヤバい……
どどどどうしよう喋るな私何か言え私あわわわ……
「閣下。私は一市民としてなるべく海軍の御用命にはお応えしたいと望んでおります。しかし、どうしても申し上げられない事もあるのです。申し訳ありません」
「否定はしない……と受け取っていいのだな? それで十分だ……ああ、待ち給え」
うわっ。もう帰っていいですかと聞こうと思ったのに。
「白金魔法商会の借財の事だが。私は財務に疎いが簡単に申し上げよう。商会の建物と土地は海軍で買い取る事になった。金貨3万枚なら相場以上だろう?」
アイリさんが驚いて前に出る。
「……閣下!? それは……本当でしょうか?」
「それから、ブルマリン男爵は担保の差し戻しに同意したそうだ。金貨2万2千枚分だな……船上カジノ事業を売却した資金らしい。今後は宿泊事業に専念するとあるが、これは何かの意味があるのかね」
中将が読んでいるのは何かの報告書のようだ……
ヴァレリアンさん、今度はホテルの支配人でもやるのかな。
「残り金貨1万8千枚についてだが、現在、司直が債権者達を虱潰しに当たっている。狼藉をして商会の財産を持ち去った輩も居るようだからな、その分は差し引かねばならん。それでも金貨1万枚以上は残ると思うが……この債務は私が」
私は中将が拾い上げる前に、テーブルからその債務の計算書を取り懐にしまう。
「いや、それはしかし……」
「これ以上閣下に御迷惑は掛けられません。白金魔法商会はパスファインダー商会が引き継ぎます」
「……そうか……解った」
「様々な御配慮に感謝します。それでは」
私は今度こそ立ち去ろうとした。
「待ち給え、先程の話が終わっていない。今回の事態に海軍が介入する本当の理由は二つ。一つは……陛下の勅命が下ったのだ。フレデリク・ヨアキム・グランクヴィスト氏を探し出すべしと」
「彼に関しては……本当に私共も何も知らないのです。確かに私共は彼の仕事を請け負いました。我々にも契約上の守秘義務があります。それにブルマリンでは、本当に我々はアイリの身柄を預かっただけなのです」
「……私はブルマリンでの事件の報告を聞き、事件後に出港した船の名前をリストにして送って貰った。その中にリトルマリーの名前を見つけた時から確信していたよ。アイリ嬢は間違いなくリトルマリーに乗っているとね」
何ですかその負の信頼感は……うちの船そんなにヤクザなんですか?
「何故でしょうか……」
「偶然と考える方が不自然だろう。パンツ一丁のフォルコン船長とフレデリク・ヨアキム・グランクヴィスト氏。どう繋がるのかは解らないが、アイビスの英雄はどちらも同じ船に関わって居たのだ」
「何か情報があれば必ず閣下にもお知らせします。では失礼します」
それ以上「パンツ一丁」を繰り返される前に、慌しく105号室を出た私は、早足に海軍司令部本棟一階を突っ切り、外に出た。
「ちょっと、ろくに挨拶もせずにいいの!? そ、それより……どうするのその借用書! あの船で金貨1万枚は無理でしょ!?」
この辺りからはパルキア港が一望出来る。相変わらずいい天気だ。空が真っ青。
いつだって私の味方は天気だけだ。そう思ってた。
「もういいッ! 新世界にでも何でも行こう! ね! アイリも一緒に! そしたらいざとなればアイリさんに死ぬ程働いて貰えばいいし! あっこれ本音だった」
だけどそんな事なかった。世界には私の味方もたくさん居た。
まあ敵も居るのは仕方がないか。
「よく言うわよ……もう……いいわよ。死ぬ気で働いて返すから。だからこれからも乗せてよね。船」
思えば水夫達は父の遺産だけど、アイリは私が自分で捕まえた味方だ。
魔法使いの乗組員が乗ってる船なんて、中々ないと思う。
「ええ行きましょう、何なら私達二人だけで行っちゃえ! さあ早く帰ろう!」
「そうね……リトルマリーにね!」
ちょっと爽やかな感じで、私達はパルキアの南向きの坂道を駆け下りて行く。
真っ青な空の彼方に、夏らしい勇壮な入道雲が浮かんでいる。
「やりますよ! リトルマリー号に乗ってじゃんじゃん稼いで、借金なんかあっという間に返しちゃうんだから!!」
◇◇◇
私達が波止場に戻ると、リトルマリー号は差し押さえられていた。





