カリーヌ夫人「絵本の中から出て来たような騎士様ね」メイド「ええ奥様」
カリーヌ夫人に本当に会ってしまった謎の貴公子フレデリクことマリー船長。
嘘から出た誠! ヨハンとの友情の行方や如何に!
「トリスタンは生きている。ヴァレリアンが匿っている。正確には匿わされている。奴は何らかの弱みを掴み、ヴァレリアンを強請っていた」
昼間、トライダーと話したサロン。時刻はまだ約束の時間には1時間近く早かった。
「カリーヌ夫人はブルマリン家に起きた事態の殆どを把握していた。聡明な女性だ。彼女は夫がアイリ嬢と深い友人関係にある事も知っていたし、多額の借金に悩んでいた事も、それが全て白金魔法商会に押し付けられた事も知っていた」
私の前には白ワインが入った小さめのグラスがある。
傍らの小皿には貝の干物が数切れ……店のサービスらしい。
「さて、トリスタンとアルベルト卿は旧知の仲だ。それはただの偶然かもしれないね。トリスタンはかつて宮廷魔術師として、アルベルト卿は参議として王宮に仕えていた。彼らが王宮を離れたのはロマンシア公が失脚した頃らしい。偶然にも」
トライダーの方が後から来たが、やはり約束の時間より随分早かった。
「ロマンシア公の失脚に深く関与していたのはグラナダ侯だが……勿論これも偶然だろう」
「待ってくれ、フレデリク……」
トライダーの方は大きめのグラスで赤ワインを飲んでいる。
鎧兜もサーコートもどこかに仕舞って来たトライダーにも、店のサービスの少々の干し肉が小皿で提供されていた。
「君は一体……何をどうやってそこまで調べたのだ……」
「だから最初に言ったじゃないか、御伽噺と思って聞いてくれって。全部僕の作り話かもしれないんだぞ?」
私は一口ワインを飲む。お酒は別に好きじゃないし強くもないんだけど、暑い日によく冷えた甘い白ワインを少しだけ飲むのは嫌いじゃない……なんてね。お針子の時はこんなの贅沢な物飲めなかったな……
「カリーヌ夫人、ヴァレリアン、アイリ嬢。これは愛の物語だったよ……夫人もアイリ嬢もヴァレリアンを愛した。そして今……夫人はヴァレリアンを愛しているアイリ嬢と、その為に彼女が陥った窮状に理解を示し、彼女の事も救って欲しいと依頼して来た……ヨハン。あんなに優しい奥方が居ても、男というのは浮気をするのだな」
実の所、カリーヌ夫人の対応については少し脚色してるのだが……
「僕は違うぞ!」
不意にトライダーが急に大声を出すので、周りの視線が少し集まってしまった。
「……どうしたんだ? 急に」
「いや……すまない、続けてくれ」
「そんな夫人も今窮地に陥っている。姿無き脅迫者からメッセージを受けている。ヴァレリアンと借金と浮気、勘当、それらの醜聞を世間に広められたくなければ、夫婦の縁を切り侯爵家に帰れと。これは実物を預かっている。ほら」
私はポケットから黒い便箋を取り出し、テーブルに置いた。
トライダーはそれを慌しく開く。
「……どう見る? ヨハン」
「……卑劣だ……今回の一件、夫人にどんな非があると言うんだ」
「君らしい視点だ。勿論僕も同感だが……この手紙は脅迫状にしては具体性に欠けると思わないか?」
ああ……これ以上謎の貴公子ごっこに深入りするのはやめようと思ったのに。
「確かに。証拠の提示も具体的提案も無い。この脅迫は本命ではないという事か」
「明察だな。これは揺さぶりだ、本当に夫人が家を出る事を望んでる訳ではない。勿論、夫人は本気で悩んでいたが……いっそ自分が死んだ方が楽だと思う程に」
いちいち表情を変えるトライダーを見ているだけでも楽しいわ。こっちはアイマスクなのに。自分の中にこんな獣が眠っていたとは思わなかった。
「では脅迫者の本命は……これからもヴァレリアンを脅迫し続けて、ブルマリン家の財産をさらに奪う事だと?」
「脅迫者は……もっと恐ろしい物を奪おうとしているのだと思う」
私……いや僕、謎の貴公子フレデリクは、残りの白ワインを一気に飲み干した……
「関係者を狂わせ、より大きな事件を起こさせようとしていたんだ。夫人の嫉妬と猜疑心を煽り、アイリ嬢を手酷く包囲し……恐らくヴァレリアンも何らかの圧迫を受けているのだろうな。関係者の中で何かが壊れ、誰かが誰かを殺めるような。そこまでやって、初めてグラナダ侯にまで累が及ぶというような、大きな事件を起こさせようとしているのだろう」
トライダーが、静かにテーブルを叩いた。
「何と言う事だ……全部……全部解ったよ……君と出会う前の僕も、その企みの一部だった! 三人を圧迫する為の走狗だった!」
あの、わかんないですよ? 私ちょっと物事を大袈裟に考えるタイプですし、正直誇大妄想癖があるし、話半分で聞いて下さいね?
「全て繋がったぞフレデリク! 今度は僕の成果を話す!」
そう言ってトライダーは、まず大きなグラスに半分は残っていた赤ワインを一気に飲み干した。
「アイリ嬢はブルーローズに乗っていない、それは話したな」
「そう言えば、その論拠は聞いていなかったな」
「君が昼間、ランチの後でブルーローズを見張るように言っただろう?」
え? そんな事言ってなくない?
「僕が?」
「この町で有名な金に汚い美男は誰かと。謎掛けだったんだろう……? それはヴァレリアンの事だと。君は賭けの話もしていた。それはブルーローズだと。そこまでは僕でもすぐ辿りつけた」
あれはその……それっぽく謎めいた事が言いたくて言っただけで……
「ブルーローズには見張りをつけておいた。あの船には女性はコンパニオンしか乗れない。コンパニオンは一目で解る姿をしているから、アイリ嬢が乗ろうとしていれば見張りも気付いたはずだ」
あっ……それは……その……まあ後にしようか……
「あの時点では、僕はアイリ嬢を探しているわけではなかったが……どうかしたのか?」
「いや、続けてくれ」
「次に僕はヴァレリアンの評判と、アイリ嬢との繋がりを調べた。これも君が白金魔法商会とその借金について教えてくれていたから簡単だった。トリスタンの名前もすぐに出て来たよ。奴は表向きはヴァレリアンの怒りを買って罷免された、惨めな元会長を装っていた……またしても君だ、君の調査が無ければ僕は騙されたままだったろう……僕はさっきまで、彼はヴァレリアンに消されたと考えていた」
「トリスタンは実際、経験豊富な魔術師らしい……厄介だな」
私の話の推理の部分はだいたい妄想だけど、情報の部分はカリーヌ夫人の話なので概ね合ってるとは思う。
「さて、午後に港の公園で君に会い、新しいヒントを貰った僕は時間を周辺調査に費やした。アイリ嬢の追跡は僕には無理だと解ったのでね」
私何か言ったっけ?
「ヴァレリアンの追跡は簡単だったよ。何時にブルーローズに乗り何時に戻って来てどこで休憩して何時の馬車で屋敷に帰るか、その経路と周辺の路地の全てを調べた。ここにアイリ嬢が現れるかどうかは解らないが可能性は高い。そうだな?」
「多分ね……そして恐らく彼女はヴァレリアンに別れを告げる」
これはもう……フレデリク君ではなくマリーの勘だ。
アイリはヴァレリアンの事は諦めているし、自分が消えるのが一番だと考えている。それでも一目会いたいんだろう。
「だが、その動きをトリスタン達が掴んでいて、何らかの邪魔をしようと考えていたら、何か起こるかもしれない……そうだな? フレデリク」
「ブルーローズが戻るのは何時だろう?」
「午後9時頃だな」
謎の貴公子ごっこ……本物になってしまったんだろうか。
9時かー。時間あるな。
いや、これで港でブルーローズを待っていて、船は帰って来たけどアイリが来なくて仕方なくリトルマリーに戻ったらアイリがちゃっかり帰ってたなんて展開でも……私はいいんだけど。
あと、さっきの話だとアイリがバニーガールになってブルーローズに乗った可能性もあるんだけど……
あのお姉さんこそ、バニーガールになったら綺麗だろうな……
「何を考えている? フレデリク」
ごめん、すっごいくだらない事考えてたよ、トライダー……
「なあフレデリク。昼間の話に戻るんだが……僕等は同じ道を歩いているか?僕は友情に足る人物である事を君に示せただろうか」
トライダーが真っ直ぐに、私のアイマスクを見つめて来る。ど、どうしよう……また何かそれっぽい事言わなきゃ。
「アイリ嬢が現れたとして、君はどうする?」
「僕は僕の判断で、今回の一件を始末する。アイリ嬢が現れたらヴァレリアンに会わせる。ヴァレリアンが嫌がるなら説得する。トリスタンだろうが街の衛兵だろうが邪魔はさせない。アイリ嬢がアイビス王国から逃亡したいというのならそれを助ける。そして誰かが誰かを傷付けようとするのは許さない」
私は思わず息を飲む……貴方本当にあのトライダー?
誰にたぶらかされてるの? それ……
「だが……君は風紀兵団の」
「言わないでくれ。今回の一件にもう風紀兵団は無関係だ……いや……本当は風紀兵団のトライダーとしてアイリ嬢を助けたいのだが……さすがに僕の職掌でそんな事は出来ない。今の僕は一人の男として振舞うつもりだ」
へー、かっこいいじゃん。
「ありがとう。結局君を深く巻き込んでしまった。すまない」
だけど、こんな事しちゃったらトライダーも陸に居辛くなるんじゃないかなあ。
いいのかな、港の乱闘事件に続いて……
……
良くない。私はそこまでワルにはなれない。
「だが……アイリ嬢の手助けと衛兵の邪魔は駄目だ、君を咎人にする事は出来ない」
「フレデリク」
「ヴァレリアンの説得やトリスタンの牽制、君に頼みたい事は色々あるから」
「無駄だフレデリク、僕は僕の判断でやる、君の手駒じゃないぞ」
トライダーはじっと私を見つめたまま、そう言って笑った。
「何故だヨハン! そこまでする必要が無いだけなんだ、アイリ嬢がヴァレリアンに挨拶をして海に出ればいいだけなんだよ、風紀兵団だって君を失っては……」
「フレデリク、初めて僕の前で感情を見せてくれたね……だけど僕は二度と後悔したくないんだ。半月前……」
今その話すんなッ……だってそれされたら黙るしかないじゃん……解ってて言ってんのかこいつ……
私は確かにあんたに助けてと言ったよ、それであんた馬鹿共に暴力を振るって、そのせいで降格させられたんでしょう? 知ってるよッ……
「僕は想い人を失った。兵としての規則ごときを乗り越えられなかった僕は、彼女を守る事が出来なかった。彼女は船乗り共に連れ去られた……今はただ……どこかで生きている事を願う事しか出来ない……僕は兵団に自らの降格を願い出た」
あ……今日もほぼ満月なんだ……
外、まだ少し明るいけど、大きな月が出てる。
「変な意味に取らないで欲しい。僕は正常な男子だ。だが君の面影は彼女にとても似ているんだ。君の姿を見れば見る程、今度こそ後悔したくないという思いが強まる。アイリ嬢を助ければ咎人になるのは、君も同じだろう。フレデリク。君が何と言おうと、僕は今度こそ自分の意思を貫く」





