フレデリク「さらしが……ずれたよちょっと……」
謎の美少年ごっこにだだハマりするマリー。
気付けトライダー。
トライダーはヴァレリアンとカリーヌ夫人の居場所にも言及していた。
ヴァレリアンは顧客と会う為今まさにあのブルーローズ号に乗っていて、カリーヌ夫人は今夜の夜会の為に街の仕立て屋に居るはずだと言う。
その仕立て屋はどうも私が先程指をくわえて見ていた店らしい。
おかしな話になったなあ。困った……今夜ロングストーンに出航出来るの? 私。
アイリさんは……あの人、小娘の私から見ててもフワフワしたとこあったし。
悪い男、だめな男を好きになって、とことん尽くしてしまうとか、そういうタイプかって言ったらそういうタイプに見えるなあ……
だめだ、こういう事を考えてると赤面してしまう。
そして何故私は適当にカリーヌ夫人の方を当たると言ってしまったのだろう。
トライダーの推理の通りなら(何一つ私の手柄ではない)、アイリはヴァレリアンに会う為、港近くに潜伏しているかもしれない。そして司直に追われる立場の彼女にはあまり時間がない。捜索範囲はかなり狭まったのではないか。
一方で、アイリがカリーヌ夫人の近くに居る可能性は限りなくゼロに近い。
では、今私がカリーヌ夫人に会う理由があるとすれば何だ? 本気でこの事件の全容を解明するつもりなら、まあそうするべきなんだろう。
いや、待て待て、謎の貴公子フレデリク君はあくまでトライダーの為の被り物であって、その秘密のヒーローは実在しないのだ。単純なトライダーはともかく、本物の侯爵令嬢のカリーヌ夫人の前で、こんなの演じ続けられるわけがない。
……でもなあ。
そんなフレデリク君を信じて、トライダーは健気に頑張ってるんだよなあ……
謎の貴公子ごっこ、少しやり過ぎてしまった。
そんな事を考えながら歩いていたせいか。私はもう仕立て屋の近くに来ていた。
店の両開きの大きな扉は開かれていたが、一階には広く大きな階段しか見えない。マネキンが一つだけ置いてあって、シンプルな白い外套が一つ掛けてある。
店は二階なのかな……
そう思ってほんの少し上を向きかけた瞬間……帽子の鍔の向こうで、仕立て屋の二階から……一人の女性がじっとこちらを見下ろしているのが見えた。
アイリより少し年上くらいの……綺麗な女性だ。私は帽子の鍔を下げる。
お店の人かな。でも何かそういう雰囲気じゃなかったな。
ともかくここを立ち去ろう。ここでの収穫はなかった。アイリの捜索に加わろう。
そういう事で。
「お待ち下さい!」
誰かが後ろで何か言ってる……まさか私じゃないよな。
「あの、どうかお待ちを!」
足早に歩み去ろうとしていた私の前に、私と同じくらいの年頃の女の子が回り込んで来た。黒いワンピースと白いエプロン……
この季節にそれは暑くないですか? あまり人の事は言えないけど。
「奥様が……私共の女主人が、貴方とお話しをしたいと申しております、どうか御願いします、私めと一緒にお越し下さい!」
私は心の中で叫ぶ。
ぎゃああああたーすけてー!!
仕立て屋の二階は大邸宅のリビングのような装飾と、作業台や材料棚、裁縫の為の道具棚が混在する不思議な空間だった。見た事もない豪華な部屋の装飾を見ていると落ち着かない気持ちになるけど、見慣れた裁縫道具を見ていると落ち着く。
女主人はやはり、先程窓から私を見ていた人だった。今はアームチェアに座って、こちらを見ていた。
「どうぞ、帯剣のままで……こちらにいらして」
彼女は大きな憂いを含んだような声で、そう言った。助けてトライダー。
私は……彼女から離れた所で一度帽子とマスクを取り、片膝をついて頭を下げ、マスクと帽子を戻す。それから近づく。
「着帽の無礼をお許し下さい」
「いえ……素顔を見せていただけるとは思っておりませんでしたわ……思ったよりずっとお優しい顔をしてらっしゃるのね」
「今は名前を名乗れませんので、せめて」
「まあ」
あんまり深く考えていなかった。いいのかな。
「私……貴方が私を殺めに来て下さったのだと思いましたの……一思いにそうしていただけたら、どんなに楽になるか……」
大変な事をさらりと仰る……この人が侯爵令嬢にしてヴァレリアンの奥方、カリーヌ夫人。その夫ヴァレリアンの……深いお友達だった可能性があるのがアイリ……合ってるかな。
ていうか、私、この人の前ではマリー船長で良かったんじゃ……? トライダーも居ないし……まあいいか。急に女の子に戻るのも変ですし。
「私は決して貴女の敵ではありません。貴女のお役に立てる事が無いようであれば、潔く身を引きます」
つまり、不審者としての疑いが晴れたら帰して下さい、という意味です、奥様。
「本当に……あの……貴方は……ああ……どうしてもお名前を伺ってはいけないのね……助けて下さい! 私、毎日その事ばかりを願っていたのです! どうかお助け下さい!」
ええええええええ!?
「何もかも御存知なのね? 主人が多くの女性に惹かれるのはもう良いのです、初めから解っておりましたし、それでも、私は主人を愛しているのです」
待って下さい、私それ聞かないと駄目なんですか……ちょっと! いつの間にか人払いされてるじゃないですか! さっきのメイドさんもどっか行ったよ!
「ですが、今度の事はそれでは済みません、主人は……とても人につけ込まれ易いのです、トリスタンが……あの男が、あの女を使って……」
「アイリ・フェヌグリーク?」
「あの女は……魔女なのでしょう?」
どどど、どうするの私、ていうか! 御付きの皆さん! こんな不審者と女主人を二人きりにしていいの!?
「多少なり魔法術を扱う事が出来る人間を魔女と呼ぶのならそうでしょう。彼女が出来るのはグラスの水を凍らせる程度の事です」
「……」
「彼女の立場は貴女とは正反対です。正規の夫人ではないし貴族でもない。そして今や金貨7万枚の負債を負わされ、指名手配までされている。そこまでして貴女のご主人に近づいて……彼女にどんなメリットがあると思われますか」
「正直に申し上げて……全く……解りません! 何故こんな事になりましたの……」
さすがに次の台詞を堂々と言う経験値は私には無かった。私は彼女から離れた窓際まで移動し、真っ赤になるのを隠す為、背中を向けたまま言う。
「彼女も愛してしまったのです。そこだけは貴女と同じですよ。貴女と同じようにその優しさも頼りなさも含めて、ヴァレリアン氏を愛してしまったのです」
決まったかな。ちょっと決まったはず。フレデリク君かっこ良くない?
そうでもないか……ちょっと臭過ぎるか……
次の瞬間。私は背中からタックルを受けた! いや、抱きつかれた!? ちょ、待って、だめです胸はだめ、
「何故……! 何故救われるのかしら! 私……貴方の言葉に……救われました!」
は、はい?
私の背中で泣きじゃくる、侯爵令嬢にしてブルマリン男爵家三男ヴァレリアン氏の妻、カリーヌ夫人……
こっ、腰もだめだったら! 離して! ほら!
「奥様、窓辺には人目もございます」
「ごめんなさい! 私、つい……」
夫人の手から逃れた私は、上着を整え直す。
夫人は膝をつき、両掌で顔を抑えて慟哭していた。
「アイリ嬢の話は済みました。貴女の番です。教えて下さい、奥様……貴女の身に起きた事を、貴女の憂いを。そして私には何が出来ますか?」
今度こそ決まったかな、フレデリク君。
「思ったより……」
……はい?
「華奢でいらっしゃるのね……」
そこはいいから!





