トライダー「あり得ない……僕は到って正常な男子のはずだ」
ブルマリンで野放しになってしまったキャプテン・マリー。
そこに居たのはかつての天敵、風紀兵団のトライダーだった。
トライダーは今日は一人だった。普段はだいたい二人ばかり部下を連れていたのだが……まさか降格したのだろうか。
そして役人も言ってたけど、何故風紀兵団のトライダーがアイリの消息を尋ねて回っているのか?
トライダーは街の大きな交差点の角にあるサロンに入って行く。
私は懐中時計を取り出す……そろそろ正午か。単に食事でもするのかな。
さて私が被っているこの帽子。不精ひげもアレクも、この大きな羽根付きの鍔の広い帽子が特におかしいと言っていたが……この帽子、ただの帽子ではない。
この帽子、内側にアイマスクが隠してあるのだ! 私から外への視界は確保しつつ、外からは私の目元が見えなくなる、このマスクを付ければこの通り。謎の貴公子みたいになれるのだ!
完璧だ。
故郷からは700km以上離れている。服装は豪華な布を贅沢に使った男装。鞘に彫金の施されたサーベルを下げ、ブーツのおかげで5cmくらい背も高くなってる。そしてアイマスク。髪もバッサリ切ってある。
もしトライダーがこっちを見たとしても、私があの貧しく、いつもおどおどしているチビのお針子マリーだと解るものだろうか?
私はトライダーが入ったサロンに堂々と入って行く。
ブルマリンは貴族と富裕層の為の保養地だ。
人の入れ替わりも激しいのだと思う。だからサロンも開放的な感じがする。
トライダーはカウンターに近づいて行っていた。回りの客の数人がトライダーを見ている。やっぱり異物感があるのだろう。
私は回りをちらりと見る。私も異物だろうか……そうでもないらしい。
この店では風紀兵団の制服に鎧兜のトライダーは異物、どこかの貴族の子弟っぽい私は風景、そんな感じのようだ。
「食べ物が欲しい。今日は何があるだろうか」
「……この港は麺ですよ。海鮮はすぐ出来ますが」
「それを頼む」
「はい」
トライダーとバーテンダーが短い会話をした。私は……トライダーから少し離れて、カウンターに近づいた。
「はらぺこだ!」
少し低い声で私は言った。
「今日はいいソフトシェルクラブがありますよ」
さっきトライダーと話したバーテンが近づいて来て、笑顔でそう言った。
ソフトシェルクラブ?なんだろう……
「そいつがいいや、お願いするよ、あと、白ワイン適当に」
「はい、旦那様」
私はマスクで目元を隠している。ここがレッドポーチならそれは不審人物だろう。だけどここはブルマリンで、貴族達の世界ではそれほど珍しい物ではない。
ソフトシェルクラブは脱皮したばかりの貴重なカニの蒸し身だった。殻ごと食べられるのだ。これは贅沢だ。一緒に出て来たフォカッチャも美味い。白ワインも完璧だ。高いんだろうなあ……だけど今はお金に余裕がある。
添えられた青チーズがまた美味い。フォカッチャに塗っても美味いし、白ワインの付け合せにも完璧だ。
私が頼んだ物が全部出て来てから、トライダーの為の麺料理は出て来た……それはそれで美味そうではあった。
ここに至ってようやくトライダーは兜を取った。全く武骨な奴だ。初めて来た私でさえこんなにこの街に馴染んでいるのに。
ただ……兜を取ったトライダーは濃い目の金髪を持つ、軽く腹が立つレベルの繊細な容貌の美男子である。
周囲のトライダーに対する異物感を含んだ視線が、少し和らいだ気がする。
私の方は食事が終わっていたので、残りの白ワインを味わいつつ……トライダーの食事を見ていた。
ずいぶん急いでかき込んでるな。味わって食べたらいいのに。
迷惑な人ではあるけど……真面目なんだな。知ってたけど。
さて。奴が食べ終わる前に行ってみようか。
「ねえ、君。司法局でアイリ・フェヌグリークの事を聞いていたね」
我ながら大胆だ。多少声は作っているけれど。私は思い切り、トライダーに話しかけていた。
大丈夫かな……私は奴の反応を待つ。
憂鬱そうに麺をすすっていたトライダーは顔を跳ね上げた。
私を見る、トライダー。アイマスクをつけた私と、目が合う……
「君は彼女を追っているの?」
私はそう続けた。低い声で。
「……貴公は?」
トライダーが、低くつぶやいた……よし! バレてない。
えーと……
「フレデリク・ヨアキム・グランクヴィスト。北のストーク王国の留学生で子爵家の四男坊さ」
「失礼した。私はアイビス王国、風紀兵団のヨハン・トライダー……グランクヴィスト家……どこかで聞き覚えがある……」
えっ……読んでた? 女の子向けの恋愛物語に出て来る主人公の友達の名前だったんだけど……まずかっただろうか。
「訳あってアイリ・フェヌグリークを探している……彼女は我が国の手配人だ」
大丈夫そうだ……このアイマスクは助かる。こちらの表情の変化を読まれにくい。
さて、知ってる限りの事を、さも重大な事を知っているかのような口調で話してみよう。私はトライダーの台詞に続けて言った。
「そして白金魔法商会の商会長だが……彼女が商会に入ったのはほんの二年前だ。金貨7万枚の借金を負うには、彼女はあまりに若過ぎるように見えるけどね」
私は意味ありげにカウンターにもたれる。
トライダーは完全に私に向かって居住まいを正した。
「驚いた……君は……どこまで知っているんだ?」
「話してもいいけど、僕は君の身の上にも興味があるんだよ。君が着ているのはアイビス国王陛下直属の、風紀兵団のサーコートだろう?その君がアイリ嬢を探しているという事、大っぴらに喧伝しても大丈夫なのか?」
トライダーが息をのみ込む。「どういう事だろう」
「君は国王陛下の私兵とも言える。その君が声を上げて誰かを探すなら、それは国王陛下がその人を探しているという事になる……僕ならもう少し、声を落とすな」
「……感服した」
え?
「君はその……僕よりだいぶ若く見えるが……何ということだ、僕には君の半分も物事の道理が見えて居なかった。こんな事だから僕は……いや、それはいい、ともかく忠告に感謝する。そして今の今まで僕……私は自分すら見失っていた」
トライダーは。半月程前に大変不名誉な事件を起こし、自ら責任を取って降格を願い出たという。
その話はいきなり私を動揺させた。それってあの……港の乱闘事件ですか? だとしたら私のせいじゃん……天敵トライダーの身上とは言え胸が痛む。
道を見失ったトライダーに、風紀兵団のスポンサーの一人のアルベルト男爵が声を掛けた。ちなみに風紀兵団の活動資金を国王は一銭も出しておらず、それは忠誠心と寄付だけで賄われているらしい。
トライダーは今までにもアルベルト氏の依頼を受けて働く事が何度かあったという。アルベルト氏が支払う褒賞は、風紀兵団の貴重な活動資金となっていた。
引き受ける依頼は王国の治安活動に関する物に限られる。例えば、今回のような手配人の捜索などだ。依頼を達成すれば正規の報酬の他に、アルベルト氏からその倍以上の褒賞が支払われるという。
食事を終えてしまった私達は、港付近の公園を散策しながら話し続けていた。トライダー君は私の忠告通り、この町では兜の着用を控える事にしたようだ。
「ただ……いくら王国内での治安活動とは言え、賞金稼ぎの真似事をするのは、気の引ける部分もあった。勿論どこへ行っても正規の衛兵にはいい顔をされない」
海でも陸でも、縄張り争いは尽きないんだなあ。私もいつか新世界に行きたい。そこには広大で豊かな空き地がいくらでもあるそうだ。
「だが風紀兵団の財務も深刻なんだ。皆下級騎士の末弟だったり、貧しい歩兵の長男だったり……そういう無役端役の男達が、国王陛下の私兵になれるという夢に望みを託して志願して来るんだ。僕のように家に資産がある者は稀だ」
ふーん。資産あるのか、トライダー。
「なあ、ヨハン」
目上相手であるにも関わらず、私はため口で話しかける。この方が貴族の家の生意気小僧の風情が出るだろう……丁寧語だと素のマリーの声が出そうだし。
「この一件には裏があるよ。それを知らずに彼女を捕縛し、引き渡して良いものだろうか。ましてやアイビス国王陛下の私兵たる君がね」
「頼む、教えてくれフレデリク、君は何を知っているんだ?」
「さっきも言ったじゃないか。若い女が一人、新たに務めた商会で、たった二年で商会長になった上、金貨7万枚もの借金を作る事が出来るか? 無理な話さ」
わかりません。本当はぜんぜんわかりません。お金なんて使おうと思ったら使えるし……でもこの場は、この男を上手く利用する環境を整える事が先決です。
私はただアイリをリトルマリーに乗せて出港出来ればいいんです。それだけ。
「では何故、彼女はそんな事を……」
知りません。聞いてません。
「君も知っての通り、彼女は再三再四この街を訪れていた。だから君もここに来たんだと思う。ちなみに君はその情報を誰から聞いた?」
知ってる風に言ってるが、アイリがこの街に何度か来てたという情報だって、私はついさっきこのトライダー自身から聞いたばかりだなんだけど。
「私はそれをアルベルト男爵の使いから聞いた。この情報も役に立つのか?」
トライダーはさっきから自分の呼び方をコロコロ変えている。不安定な時期なんだろうか。確か年はもう二十歳を過ぎてると思ったけど。
さて、そろそろ潮時かな……いつまでもつきまとわれても困る。
「役に立たない情報などないさ。さて……僕らは協力しあえると思うか?」
「もちろんだ! 僕は助力を惜しまない! なあ、一つ聞いて欲しい事があるんだ、半月前、僕の身に起こった、いや僕が成し遂げられなかった事について」
それだけは勘弁! 私は自分の唇に指を当てた。
「やめようヨハン、出会ったばかりの男が二人、そう簡単に馴れ合う物ではないよ。我らがお互いを友情に足る人物だと認め合えたら、その時は存分に語り合おう」
少し納得の行かない顔をしているトライダー。
じゃあ何か大きなハッタリを仕掛けるか……
「何かあればさっきの店で落ち合おう。そうだな、少なくとも午後7時にはもう一度会おうじゃないか。さあ、手分けして探そう」
「アイリ嬢をか? しかし、手掛かりが……」
「いや、アイリ嬢と交際していた男を探すのさ。この街に居ない訳がない。賭けてもいいよ。アイリ嬢は大変な美人だ、君はこの街の金に汚い美男を探すといい」
私は適当に思いついた事を言って、トライダーに背を向けて立ち去る。
うーん。やっぱりあまり役に立ちそうにないや。





