マリー「パエリア? 何の事かしら」アレク「夢でも見たんですよきっと」
アイリは本当に魔法使いだった! (一匙の水を10秒で凍らせる程度の)
エイリスではロイ爺が少しばかりのロングストーン向け配達荷物を取って来た。手紙とか小荷物の類だけど、これも大事な仕事ですよね。
アイリは依然としてリトルマリー号に乗っている……だんだん共犯関係が深まって行くような……
でもあの手配書、似顔絵も無かったし、仕方ない、仕方ない。
「リーヤさん」
「えー、綴り入れ替えただけじゃない……いいの? そんなので」
私はアイリに偽名を使うようにと交渉していた。
だってもう手配書を見ちゃったから、彼女がアイリ・フェヌグリーク28歳だと知った上で船に乗せている事は、アイビス王国内に於いては違法という事になる。
「最悪よね手配書って……何で年齢書くわけ? はあ……」
お姉さんが何でダメージを受けたのかは知らないが、とにかく今後は偽名を名乗っていただくしかない。それなら私達に累が及ぶ事もあるまい。
「解りましたか? 貴女は25歳のリーヤさんですからね? 私達はそうとしか聞いてないですからね? 皆もいいわね!」
「了解、マリー船長!」
「……船長って、意外とワルよね……」
こうなるとブルマリンもロングストーンもとっとと行ってしまいたい。
その後は南大陸のどこかの町でアイリ……リーヤを降ろして、後は知らないという事で。もう少しスピード出ないかなあ、この船……
「風が変わったぞ! 5時方向だ!」
「それに……募って来たのう、帆を小さいのに替えるかの、船長……船長?」
「船長室へ飛んで行ったようだ」
甲板でアレクとロイ爺とウラドが話しているのが聞こえた。その辺りの判断はプロの皆さんでお願いします。
揺れそうなので早く着替えないと……結局これだ。
その日は終日いい風が吹いて、船は結構揺れたようだ。私はバニーガールなのでもう平気です。
でもアイリも平気なんだよなあ……お姉さんズルしてませんか? 本当はその御洒落なチュニックとスカート、魔法掛かってませんか?
◇◇◇
「金貨7万枚も借金する方法?」
「うん。例えば私がそんなの借りようとしても、誰も貸さないよね?」
「うーん。船長がお金借りようとしたら金貨2千枚くらいまでかな……もちろん船を担保に入れる前提で」
夜。私はアレクと会食室に居た。
アイリはこの時間は寝ているはず。テーブルの鍋には彼女がこんな狭くて不便な場所で作ってしまった、貝と野菜たっぷりの焼きご飯が入っていた。
煮汁にサフランを使ったらしく、とても香りがいい……貝の火加減も完璧で、弾力と潮の香りを十分楽しめる。よくこんな小さな竈でここまで。
干し鱈は使わなかったのかなと思っていたら、ご飯の層の中に隠してあった。一度干物になったやつとは思えないくらいフワフワになっている……魔法みたい。
「それと、何で潰れたんだろうって。だって債権者さんからしても、店が潰れたら困るわけでしょ? お金返せなくなるし」
「うーん、つまり」
太っちょアレクは言うまでもなく良く食べる。
だけど成長期の私も負けじと良く食べる。少なくともロイ爺よりずっと食べる。
食べ物に貴賤は無いとは思うけど、こういう良い物を食べた後はリバースしたくないなあ。今日はバニーガールで居よう。
「最後に何かあったって事だよ。あくまで例えだよ? リーヤさんがそうだっていうんじゃなくて。いい?」
「うん」
「例えば、返す気が無いのがバレた。残りの財産を持って逃げようとしたとかね」
「ああ……」
「返せないのがバレたもある。僕らの世界に多いけど、船が沈んじゃったとかね」
「そっかー」
鍋の底まで掘り進むと、もう一波乱が待ち受けていた。鍋底の米の焦げた部分が目茶苦茶美味いのだ。先に発見したアレクがやたら焦げた所を持って行くので、私も気づいた。そこからは奪い合いである。
魚と貝の旨味をたっぷりと吸い、焦がされた事で香りを倍増させた米の美味さと言ったら……ぱりぱりとした食感もたまらない。
「でも実際にリーヤさんが何をしたのかは解らないよ……自分で借金をしたのか、他人の借金を負わされたのか、自分が逃げて事件になったのか、他人に逃げられて事件になったのか……」
「あの人、不精ひげと一緒で、肝心な事は何一つ言わないのよね……」
鍋が空になってしまった。綺麗につるんと……焦げつぶ一つ残っていない。
「これ……全員分だったのかな……」
「そうかも……」
◇◇◇
次の寄港地ブルマリンはエイリスから500km近く離れている。途中にも港がいくつもあり、寄っても良かったのだが、あまりいい商売にはならないらしいし先途の事情もある。
エイリスを出て二晩目の夜は見事な満月になった。陸上でも満月の夜は明るいが、小娘が夜中に歩き回るものではないので、こんなに満月と仲良くするのは初めてだった。
「海の上の満月って凄いわよねー! 陸で見るのとまた全然違うわ」
「お気に召しましたか、お嬢さん」
月を見上げるアイリ……いや、リーヤに、私は少し気取ってそんな事を言ってみた。本当は私も海上で満月を見るのは初めてである。
あの新月の夜から半月経ったのね……私も一端の海の男か……ふふ。アレクめ。
「ワシらは海の上の満月はあまり好きではなかったのう……」
「満月の夜は昼間と同じように働かされるからな……」
ロイ爺と不精ひげはそんな話をしている。なるほど、一端の海の男とはそういうもんですか。
◇◇◇
ブルマリン港は翌朝には見えて来た。これまた今まで来たどんな港とも違う風情の港だ。まず、停泊している船の毛色が違う。赤や白に塗装され、ぴかぴかに磨かれている。ああいうのは皆、貴族や金持ちの物だそうだ。
50mを超えるようなガレオン船も一隻見える。あれが軍艦でも新世界への輸送船でもなく、侯爵家の海上別荘ですと……
港を見下ろす高台には大きな屋敷が点々と。波止場にも荷揚げ場やドッグなど無い……いや、あるにはあるが……本当に片隅に追いやられている……
ブルマリンは貴族や金持ちの為の保養地だそうだ。
例の国王陛下の別荘もあるとの事。
今日こそキャプテンマリーの服で上陸するぞ。
私は朝から頑張っていた。でももう少し近づいてから着替えれば良かった……
リトルマリー号は当然、港の片隅の荷揚げ場近くの桟橋に誘導された。
でもさすが金持ちの港、貨物船スペースにも跳ね上げブリッジがついてる。これで徒歩で乗り降り出来る。
さあ上陸ですよ……という所で、私は帽子を忘れた事に気づき、船長室に戻る。
船長室の扉の鍵は閉まっていた。ありゃ、リーヤが使用中ですか。
何してるんだろう。まさか……あのお天気なお姉さんの事だから、この楽しそうな街に遊びに行くつもり?
いや私もちょっと散歩してみたいとは思ってるんだけど、リーヤはまずいでしょ、司直の手も伸びてるかもしれないし、今はアイビス王国の町には降りない方が……そこへ。
「あっ、ごめんなさい、ノックしてくれれば良かったのにー」
扉を開けて、リーヤが笑顔で出て来た……密航して来た時に樽の中に一緒に入ってた鞄を持ってるけど、まさか本当に遊びに行く気では。
「あの……どこかへ出掛けるんですか?」
「マリー船長。短い間だけど、お世話になりました。正直、妹が出来たみたいで楽しかったわ。船賃もお支払いしたいけど、どうせ断るんでしょ?」
そう言ってまた笑って、リーヤは……船の出入り口、舷門の方へと歩いて行く。えっ……お別れ!?
「あの! 今ロイ爺もアレクも不精ひげも手続きとか荷捌きとかに行ってるから」
「いいのよ、お別れとかって苦手なの、私」
私は慌てて追いかける。
「ウラド、貴方もありがとう。航海の幸運を祈るわね」
「行くのか……達者でな」
私はウラドとリーヤ……アイリさんを……見比べる。
ウラドは腕組みをして、ただ見送っていた。
アイリさんは、振り返る事もなく……跳ね上げブリッジを降りて行った。





