ウラド「わ、解った! 脱ぐ、脱ぐからやめてくれ」
密航者が! ついにこの船にも密航者が!
嗚呼、航海冒険浪漫には欠かせない、密航者!
私が乗船を許可した途端、アイリと名乗るその女性は崩れるように眠りに落ちてしまった。勿論皆驚いた。余程疲れていたのだろうか。
とりあえず私は彼女を船長室のベッドに運び込んだ。同じ女なので仕方がない。
さて……
「皆、なんで何も言わないのよ。大丈夫なの? こんな判断まで私一人に任せて」
上甲板に戻った私は皆に尋ねた。
「船長が決めた事に従うのが水夫だぞ」
「勿論だ。不服などない」
不精ひげとウラド。この二人は船長には何でも服従派か。
「船長はそうするだろうなって思ったし」
「フォルコンでもこうしたじゃろうな」
アレクとロイ爺。こっちは船長ならそうすると思った派……
ただ……皆は知らないだろうけど、今回のは今までのマリーちゃんのワガママとは色合いが違う。私はうしろめたい気持ちから、彼女を受け入れる事にしたのだ。
私の中の天使と悪魔の戦争の結果なのである。
「ごめんね……あと、あの人の処遇について何かいいアイデアがあったら教えてね、遠慮なく」
私はそれだけ言って意味もなくマストに登る。
パルキアの灯火はまだ遠くに見えていた。もちろん灯台の明かりも……灯台ってありがたいなあ。
私は普段は夜は眠るようにしていた。
船長が規則正しく寝起きしていないと水夫が困る。まあ……普通の船では。
うちはその船長が素人だから別に寝てても誰も困らないだろうけど……とにかくなるべく規則的に寝起きするようにしていた。
だけど今日は明け方近くまで船長室を占領されてしまった。
まあ、たまには夜直もいいけどね……これも金貨7枚の負い目だ。
「おはよう、って……まだ夜、明けてなかったわ……二度寝しようかしら……」
「アイリ……さん!」
「あら船長! さん付けなんて要らないわ、私は乗組員、貴女は船長でしょ」
調子が狂う……バタフライ諸島であの母娘を乗せたのを除けば、初めての新規の乗員だ……私も困惑しているが、皆も困惑しているに違いない。
「アイリ……は昨日すぐ寝ちゃったから皆を紹介してないでしょ。今アレクとロイは寝てるけど、とりあえずウラドと不精……ニックに紹介するから」
私はアイリにウラドと不精ひげを紹介した。
アイリがウラドを見て思いっきり「キャー私オークって初めて見た」と言ってしまったのは少々ドキッとしたが、ウラドは別に気にしていないようだった。
その後は私はすぐに船長室に入った。ああ、眠い……ほぼ徹夜になっちゃったし昨日のパルキア入りから色々あった。私だって疲れていたのだ。
寝床がまだ温かいな……仕方ない、私とアイリはこの部屋を交代で使う事になると思う。まあ二、三日か……長くてもロングストーンまでだろう。
◇◇◇
目が覚めて、私は懐中時計を探る。ちょうど正午近くのようだ。
小窓を開けて外も確認……あまり波も高くない。じゃあ今日も訓練しようか。今日は家から着てきた普段着にするか……
それとも「爆笑もののキャプテンマリーの服」にするか。アイリもこれを見たら笑うんだろうか……それとも解ってもらえるだろうか。ちょっと試してみたいのでそうしよう。
「早くないけどおはようー」
私は妙な挨拶をしながら下甲板に出る。ちょうど上からウラドが降りて来る所だった。
「ああ、船長。午前は何事も無かった。南東風で船足はまずまずだ」
「……あの……アイリはどう……?」
そう言い掛けて私は気付く。あれ? ウラド、着てる服がさっきと違うんだけど。
「これか……いや、例の彼女が、洗うから着替えろと言ってだな……」
私は狼狽した。あの女ッ……そこまで出来るのか?
私も水夫達には着替えは私が洗う、破れたりボタンが取れたりした服も持って来い、そう言っている。
確かに皆少しは裁縫も出来るようだが、私に言わせれば彼らの技術は幼稚だ。針仕事はこっちがプロなのだ。
それなのに水夫達は、海の男は自分の面倒は自分で見るとか言って、誰も持って来ない。何度も言ってるのに。私に出来た事は、ずぼらな彼らが会食室に突っ込んで溜めていた洗濯物を洗う事くらいだった。
それなのに! あの女はもう……船で一番遠慮しいのウラドの服を着替えさせる事が出来るくらい、深く懐に入ってしまったというのか!?
「船長もそうだが……私の種族は、他人、特に女性からそういう風に親切にされる事に慣れていない……正直、困惑している」
上甲板にはロープが張られ、たくさんの洗濯物が干されていた。
「アイリ……! これはッ!?」
「船長さんおはようー! あらいいじゃないそれ、お人形さんみたい」
その感想もあまり耳に入って来ない。
「何で……洗濯してるんですか」
「何でって、この船は客船じゃないから乗るなら仕事しろって言ったの船長よ。あっ、あのバニーコートも洗う?」
「いえ……いいです……自分で出来ますから……」
「だーめよー、それじゃ私の仕事がなくなるもの。さっき会食室のかまども使わせてもらったからね! そうそう、鍋の中にポトフが出来てるから、良かったら食べてみて」
私は二、三歩、後ずさる。格の違いを見せつけられてしまった。このお姉さんは女として私より何もかも格上なのだ。
アイリは問題なく船内の景色の中に馴染んでしまった。
元々人懐っこいお姉さんのようで、皆に分け隔てなく接するし、お節介焼きも程好いようで好感が持てる。
まあ短い間でも一緒に船に乗る人が、いい人っぽくて良かった。
私はと言えば、殆どの時間を気合と根性で船長服のまま艦尾の手摺りと抱き合って過ごしていた。
「あの……船長さん?」
アイリは最初、私に声を掛けようとして不精ひげに止められていた。
不精ひげはあれは船長の戦いなので邪魔をしてはいけないと言っていた。
いや、そうだけど、他人に言われると少し腹が立つ。
「な゛んでしょう」
「そんなに気持ち悪いんだったら……無理しないでバニーコート着た方がいいんじゃないの? あれはその為の服なんだし……だから着てたんでしょ?」
「い゛いんです」
「……洗い替えが無いから?」
半分当たっている。一応あれも脱いだ時にはメンテナンスをしている。
もう半分は……一着しか無い物なので、なるべく何かの時の為に長持ちさせたいのだ。例えば今は天気が良いので普通の服でも生きていられるが、嵐の中でこの服だと私は多分30分で死ぬ。
「ごめんね……つい最近までは商品が残ってたんだけど……ちょうど昨日の朝、残らず持って行かれちゃったのよね」
私は常々感じていた疑問をぶつけてみる事にした。
「あ゛の。何でバニーガール……だったんですか」
「何でって?」
「普通の……水兵の服とか……何で無いのかな゛って」
「それは作れないからよ」
そうなのか……って。何で??
魔法の神様か何かが居て、その神様がバニーガールが好きでそれ以外作りたくないからとか?
何故なんだろう。
「私が作った服を着た人が戦争で死ぬとか。そういうのは絶対嫌なの」
私は振り向き、アイリを見上げた。
「貴女も絶対死んじゃだめよ?」
アイリ……さんは笑った。
アイリさんは笑った。彼女はそれでいいのかもしれないけれど、私には私の事情があった。この人は私の神様なのかもしれないのである。
「待って下さい、作ったって……あの、あのバニー……コートですか、あれは……アイリさんが作ってたんですか!?」
などと、急に立ち上がったものだから!
「びゃっ☆△×●□▲○! ぐえええ○◎××★△●×~」
間一髪、手摺りの向こうに顔を出せたものの……豪快にリバースしてしまった。
「はぁ゛、はぁ゛……」
「だ……大丈夫?」
「でけどッ……!」
私はアイリさんに抱きつこうとしたが、彼女が一歩後ずさる方が先になった。
「ま、待って、口の周り拭いてあげるから、ね?」
そんなの自分で拭ける。拭けるッ。
「じゃ、じゃあっ! この゛服、例えばこの服を゛っ……船酔いしない服に変える事も出来るんですかっ!?」
「ご、ごめん……そんなに簡単じゃないのよ……」
私は這いずって前進する。アイリさんはどんどん後ずさる。
「アイリさんは魔法使いなんですかっ!?」
「少しよ、少し、たいした魔法使いじゃないのよ」
「あのバニースーツすごいですッ! あれが無いと私船長続けらんないッ!」
「わかった! あれ作ってあげる! 何色がいい? 赤? 青? 白も出来るのよ?」
私は拳を握って立ち上がる。
「何でっ……バニーガールしかだめなんですかっ!!」
アイリは……ただ笑って、言った。
「ごめんねぇー。そこは頑固よ、私」





