ラズピエール「……凛とした!」ジャンドット「手も足も出ませんでしたな」
再び内海を渡り、北大陸に戻ったリトルマリー号。
やって来たのはアイビス海軍の大拠点の一つ、パルキア港。
ロイ爺を伴い、その司令部を訪れたマリー。
事務棟の二階……待合室か食堂でもあるのかと思って階段を上がった私が見たのは、左右を完全武装の衛兵が固める、重厚な両開きの扉だった。
―― カン、カン!
「あ……」
思わずポカンと口を開けてしまった私の前で、衛兵の一人は鐘を鳴らし、
「リトルマリー号、キャプテン・マリー・パスファインダー、来訪!」
もう一人はそう叫んだ。
「御通り願え」
そして室内からそう答える声がするや否や、衛兵は左右の扉を開ける。
中はきちんと絨毯の敷かれた、だだ広く天井の高い部屋だった。事務棟の二階は丸ごとこの部屋らしい。
磨き上げられた作りつけの、長い長いテーブル……左右に並ぶ重厚な椅子。
その向こうには、煌びやかな軍服に身を包んだ、いずれも年配だが嫌に背筋の伸びた体格のいい紳士が、五人、いや六人……
衛兵さんに船長って呼んで貰えて嬉しいな、などという高揚感は一瞬で消し飛んだ。
私は歯車仕掛けの人形のようになって前進する。
何でしょうあの方々は。私を待っていた? いやいくらなんでもそんなはずは無い……
まさかロイ爺、また扉の外で待っていたりしてないだろうか。御願いついて来て。後ろを向いて確認したいけど、首も腰も回せそうにない。
私は長い長いテーブルの前で立ち止まる。五十人は同時に列席出来そうだ……そう考えれば紳士達が六人のみだというのはまだ助かる。
威圧感が凄い。偉い人オーラに潰されそう。
どうかここで勘弁して下さい……
あああ……でもこのテーブル長過ぎるし絶対もっとこっち来いとか言われる……
「まず……文書配送の足労に感謝する。ベルヘリアル艦長の報告によれば、海戦の見分まで引き受けてくれたようだな……民間でそこまでしてくれる船長は珍しい」
六人の紳士の中でも、間違いなく最上席に居ると思われる……この長い長い机の反対側の重厚なアームチェアに座っている白髪の紳士が、そう私に語り掛けて来た。
何と重々しい声だろう。こんなに離れているのにはっきりと聞こえる。
「恐縮です」
私はもっと近くに来いと言われないように、なるべくはっきりと答え、45度腰を折る。三、二、一、なおれ。
「だが来ていただいたのは報告書の件ではない。フォルコン氏の件だ……我々も様々な探りを入れているが、全容が解らない……あれはどういう事だったのか、君の知っている事をお聞かせ願えないだろうか」
これは……窮地?
私今、窮地に居るんですか?
ロイ爺? ロイ爺助けてッ!
ああ……こんな事なら不精ひげ連れてくれば良かった、あいつなら口車で何とか……
「私が船を引き継いだのは父の訃報を受け取ってからですので、全て伝聞になりますが」
かっ、勝手に喋るな私! 黙れッ! 黙りなさい私ッ!
「父がレイヴン海軍の軍用船を乗っ取った事、それを操船して港を出た事は間違い無いでしょう。結局の所あまり遠くには行けず、翌日には付近の海岸で発見されたそうですが……私の考えでは、その時点で父の意図は達成されていたのだと思います」
ななな何普通に自信満々話してるの私何も知らないじゃん、だめだめだめだめ!
あ……そうか私、自分の知ってる事を、それっぽく話してるんだ……
何も知らない時は、知ってる限りの事をそれっぽく話せばいいんだ。
自分にこんな機能がついていたとは知らなかった。
「そして、誓って申し上げます、リトルマリー号の乗組員も私も、父が何故そのような事をしたのか全く解りません。父は一人でそれを思い立ち、一人で実行致しました。私が知っているのは、それだけです」
紳士の一人が……謎の溜息をつき、窓際の方へと歩いて行く。そして閉じていたカーテンの一つを、ほんの少し開く。
「パンツ一丁のフォルコン……」
私は言葉を失った。その紳士が窓の外の海を見つめ、そう、重々しく呟いたのだ。
「パンツ一丁の……」
「そうだ、最後はサメの群れの只中へ飛び込んだ、パンツ一丁のフォルコン」
「パンツ一丁……」
他の紳士もめいめいに呟く。
あ、あのあのあの……私、そのフォルコンの実の娘なんですが……私は15歳の、いや年齢は秘密なんですがとにかく多感で傷付きやすい年頃の娘なんです、実の父の事をそのようなあだ名で繰り返し言上するのはどうかやめて下さい……
「その二つ名が今、外洋艦隊を中心とした将兵の間に広まりつつある……フォルコン氏の死亡を知らせる官報が引き金となったか……それまではごく一部の事情通と君達当事者しか知らなかったのだが」
そうですか……それは困った……って!
海軍の偉そうな紳士の皆さん! 貴方達、可哀想な小娘をからかう為に! 午後のお茶会の余興に! こんな所に呼び出したんですか!
「水兵達は彼を勇士と称えるが……海軍としては表面上彼を賞賛する訳には行かん。各艦の将兵にもそう伝えねば。マリー殿。リトルマリー号はだいぶ、彼の消息を探していたようだな……」
「我々が事態に気付くのがもう少し早ければ。すまない」
「致し方あるまい……我々も立場上、表立ってパスファインダー商会を支援する訳にも行かなかった」
「私共の問題ですから、お気持ちだけで結構です」
もう帰ってもいいですか。
父の酷い二つ名のおかげで、当初の緊張も無くなってしまった。
やっぱり海なんか嫌いだ。船乗りも船長も海軍も居なくなってしまえ。
「マリー殿」
「はい」
「フォルコン氏がパンツ一丁でしでかした事は、ただの悪戯ではすまない。レイヴンはタルカシュコーンとの独占同盟を目論んでいたのだ。我々との条約に違反してな。同盟に成功していれば、レイヴンはいつでもタルカシュコーンから我が国の船を締め出す事が出来るようになっていただろう……あの港は新世界への貿易航路の最重要拠点と言っていい」
だからもうパンツ一丁はやめて下さい!
年頃の娘がこんなに恥ずかしがっているのに解らないんですか!
「フォルコン氏の行動にどんな意味があったのか、我々にもまだ解らん。だが事件以降タルカシュコーンは何故かレイヴンへの態度を硬化させ同盟は破談になり、その分アイビスには少し好意的になった。これが偶然でなどあるものか。フォルコン氏は間違いなく自分の意志でアイビスを救ったのだ」
「そんな勇士を英雄と呼ぶ事が出来ないのは歯がゆい限りだ」
「この一件でレイヴンがどれだけ猛り狂っているか。想像に難くあるまい? 実際、我々もレイヴンから弁明を求められた。勿論、フォルコン氏は民間人だし我々は関係無い、海賊行為は我等共通の敵だと伝えた」
「我々が公式にフォルコン氏を賞賛する動きを見せれば、レイヴンも黙ってはおるまい」
「そんな訳で……すまない、マリー殿。現状、フォルコン氏の行動がアイビスにどんな恩恵をもたらしたとしても、我々は彼に褒賞を与える事が出来ないのだ」
いらないわよッ! どうせパンツ一丁の銅像でも作るつもりでしょう!
「しかし妙な事になった」
「レイヴンはレイヴンで我々をこれ以上追及出来ない。レイヴンがタルカシュコーンと結ぼうとしていた同盟は、先程も言った通り明らかにアイビスとの条約に反する」
「だからレイヴンもアイビスも、この件を単にパンツ一丁の男が船を盗んで逃げただけの事件として扱うしかない」
盛るな! 話を微妙に盛るな! もういいわ!
「閣下。繰り返しになりますが私共も父が何故そういう行動に出たのか解りません。父は官報の死亡者リストに掲載され、私共は気遣いを求めていません。それだけです。恐れ入りますが、もう失礼させていただいて宜しいでしょうか」





