ミゲル「ワシ、かのフォルコン氏の娘の女船長とも懇意でね…(キリッ」ホステス「キャー素敵」
マリーの父フォルコンは、他国の軍艦を一人で奪って逃げた上、サメだらけの海にパンツ一丁で飛び込み姿を消したという。
夜明け前。
「労働者の皆さま! おはようございます!」
バニーガール姿で、私は明るく元気な声で土下座する。三、二、一……終わり。
立ち上がってマストへ登って行く私。目の前でアレクがかなりびっくりしてたけど気にしない。
「……おはよう、船長」
舵はウラドが執っていた。
ウラドは昨日は静かだったな。多分ウラドはいつでも船を守る係なんだと思う。マトバフ港でも街へ行こうと誘ってみたが降りなかった。
今日はバトラ港に着かないと。私は望遠鏡を手に陸地をくまなく観察する。今回はずっと沿岸に沿った航路を進んでいるので、陸地は早くから見えていた。
「あれかしら? ねーバトラって、白いー?」
私は甲板のアレクに大声で訪ねる。
「白いよー! 建物はだいたい白い壁で出来てる!」
「じゃあ、見えたー!」
だんだん町が大きく見えて来る。なるほど白い。高台の上の古い要塞まで白壁で出来ている。
港には大小様々な船が停泊している……だけど建物も船も、レッドポーチのそれとはどこか雰囲気が違う。マトバフもそうだったけど、これが異国なんだ。
港が近づいて来ると、私は船長室に戻って着替える。いつも通り。船長になってから10日目の記念すべき日です。
という事は訃報を受け取ってからちょうど二週間……
いや、あれの話は無し! 今は父……あの男の事は忘れるのだ。
今日は陸での仕事になるので、正式なキャプテンの服を着る。誰が笑おうと着る。
私は今朝生まれ変わったのだ。泣き虫の小さなマリーではない。
「船長、今日は相当暑いぞ」
船長室を出て、下甲板から上に上がろうとした私に、不精ひげが声を掛けて来る。
暑い? そんなの気合いで何とかする……そう思った矢先。
「あと、これ……隠しててごめん」
不精ひげが何かを差し出して来る。何それ?
ああ、別の航海日誌ね。もう必要ないけど受け取ろう。
「あの、ほんとに……」
「結構。ありがとう」
私は一応それを受け取り、踵を返す。船長室の箱の中にでも置いて来るか。
水運組合への荷物の引き渡しはアレクと不精ひげに任せる事にする。
私はお出掛けだ。こういう場合のお供はロイ爺がいい。私が若過ぎる分バランスが取れると思う。
ヒューゴ艦長から、もう一つ依頼を受けているのだ。
ロットワイラー号がマトバフを拠点に哨戒活動をしていたように、ボルゾイ号という軍艦がバトラ港を拠点として活動しているという。
彼らが港に居れば彼らに直接、居なければ港の連絡事務所に、いくつかの書類や手紙を届けて欲しいという事である。パルキアへ向かうのはその後でいいと。
「この街からパルキアへは直行するのかの?」
歩きがてら、私にそうロイ爺は訪ねて来た。
私は少し考えてから答える。
「どう思いますか、ロイ君」
私はそう言って、三歩歩いてから振り返る。何で止まるのよロイ爺。
「もしかして、まだ怒っとるのかの……」
「怒る? 誰が何に? ハハハ、おかしな事をおっしゃいますね」
季節風が普段通りに戻ったのなら、バトラからパルキアへ直行するのは簡単だと思う。南風を受けて北へ行くだけだ。
海軍の依頼通り、最優先で配達するのならそうすべきだ。
だけどヒューゴ艦長はこれを定期報告書だと言っていたし、私達はせっかくバトラに来ているのだから、内海沿岸の都市を渡り、商売をしながら行った方が利益は多くなるだろう。
「……まさか余所行きの言葉使いかの、それは」
「今日の会談相手は王国の軍人です。折り目を正して参りたいと思います」
「普段通りでええと思うがのう……」
バトラ港もマトバフ港と同じニスル朝の港で、アイビスとの関係は良好らしい。
アイビス王国の海軍は自国と友好国の航路の安全を確保する為、各地に艦艇を派遣し哨戒しているという。
この辺りの事はヒューゴ艦長が教えてくれた。
「パスファインダー商会、リトルマリー号船長のマリーです。ベルヘリアル艦長からの書状をお持ち致しました」
「どうも。お若いのにたいしたものだ……」
アイビス王国の連絡事務所は、港湾の一角に建つごく普通の白壁の屋敷だ。
奥に通された私達を待っていたのは、口髭を綺麗に整えた赤毛の紳士だった。この人がボルゾイ号の艦長だろうか。
簡単な挨拶だけして、もう書状に夢中になっている。
少々残念だ……ヒューゴ艦長はすぐ名乗って握手もしてくれたのに。
あの人は見た目によらず親切だったな……あれで見た目によらずあんなに賄賂に弱くさえなければ……
運命は時々、諦めた瞬間に諦めた物を押し付けて来る。
「……パスファインダー!? 君今パスファインダーと言ったね!? リトルマリー号か! タルカシュコーンの!」
赤毛のおじさんは突然そう叫び、書状も放り出して興奮した様子で大きな執務机を迂回して駆け寄って来た。
「どうなの? ん? ん?」
「は、はい、私は……マリー・パスファインダー、リトルマリー号の船長です」
次の瞬間、私はいきなり両手を捕まれ、それを激しく揺さぶられた。
「あのカラス共のケツの皮をひん剥いてやったパスファインダーかハーッハッハッハ! 光栄だ! 会えて光栄だよ! シスク! シースク! 勇敢な船長がまだ朝食を済ませていないそうだ! まだだよね? まだじゃなくてもちょっと付き合ってよぉん! クククッ、アハハハ、シスク! マリー・パスファインダー船長と、私の朝食だよ!」
正直に言って。船長として豪華な屋敷で食事に招待される、というのは私の密かな野望の一つだった。
立派な船長は貴族のお屋敷で食事に呼ばれて、冒険話を聞かせるのだ。御伽噺ではそういうシーンがよくある。
だけど私にはまだ早いと思っていた。船長になって10日しか経ってないし。
このおじさんが知りたがってる話を、恐らく私は全知らない。私はそう思っていた。
ロイ爺は今ここに居ない。おじさんは優しい人らしく、シスクという名の執事に、一緒に来た老水夫にも食事をとは命じていたが、港を見下ろすテラスでの朝食会に呼ばれたのは私一人だった。
南大陸風のパンは柔らかさには欠けるが香りは良い。なんだろう、この心地よい酸味。
朝からちょっと重いような気がするが、山羊のローストと山羊のチーズをスライスしてキャベツで挟んだ物に赤いソースがかかっている。すりおろした赤カブかな……食べてみたら意外とさっぱりしている。
山芋の冷製スープは少し辛く味付けされている。どうやってこんなにひんやり作れるのか。酸味のあるパンとの相性は最高だ。贅沢だなあ……
「フォルコン氏でしたかな、彼は貴女の……?」
「父……でした」
「おお、父君でしたか!! 驚いた!! ではリトルマリー号はフォルコン氏の娘のうら若き乙女が継いだと! なんだもう、もしかして今これ知ってるのワシだけじゃないの? ワシきっと、モテモテよモテモテ」
このおじさんの方が、父に関する私の知らない事を山ほど知ってそうだ。水夫達が話してくれなかった事も。
つーかあの不精ひげ、まだ何か隠してるな……まあ私も聞かなかったんだけど。
「フォルコン氏の事は私も事件があるまであまり知りませんでしてな! どんな方だったんです? 娘さんの貴女から見て?」
「……船乗りの常で、家には殆ど戻りませんでしたが……娘にはとことん甘い父でした……」
「おおおお! いやあ~これ知ってるのワシだけだろうなぁー! たまりませんなぁー!」
なんなんだこの人は。
私は。バトラ港という異国で、アイビス王国の為に働いている人の為に、私に出来る事があれば何でもするつもりではあった。
だけど私は何も知らない。父がしでかした事も、その動機も。
だからせめて、どんな下らない質問にでも、一生懸命答えようとは思ったのだけど。
「父君の好物は何でしたかな? 食べ物ですぞ、何が好きでした?」
「えぇ……オレンジが好きでした……」
「オレンジですか! そう言えばバトラに来てからずっと食べてない! オレンジかぁー! オレンジは解るなあー! 食べたいなあオレンジ!」
私にはこの下らない質問の何がこのおじさんを満足させているのかも解らなかった。
名前も教えてくれないおじさん……こっちも聞くタイミングを逃したので、今さら聞けない。
このおじさんが知りたがってる話を、恐らく私は全く知らない。私はそう思っていた。しかし父に関するくだらない質問の山とその回答は、おじさんを大いに満足させたらしい。
私は……意地になっていた。もう父の話は誰にも聞かないと心に決めていた。それなのに。
聞いてもいないのにおじさんが語ってくれた話によると、父の奇行は最近アイビス海軍の一部の将兵の間で、パンツ一丁でサメだらけの海に飛び込んだという所までをセットにして、噂になりつつあるらしい。
最後の最後にやっと聞き出したミゲル氏という名前とボルゾイ号の分の定期報告書を土産に、私は帰路に着いた。





