表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
少女マリーと父の形見の帆船  作者: 堂道形人
真の船長への道
21/44

フォルコン「爽やかに! はっきりと発音しながら頭を下げ、心の中で三つ数えるんだ!」

私を船長だと認めるというのなら、いつまで前船長たる父の身に起きた事を黙秘し続けるのか。

マリーはついに、水夫達に秘密を明かすよう迫った。

 まず、全員がその瞬間不精ひげを見た。

 他の水夫達は不精ひげに何とか誤魔化ごまかして欲しいと思って見たのだろう。

 私は「誤魔化ごまかすなよ不精ひげ」という意思を込めて見た。


 私は腕組みをする。


「じゃあ自分で気付いた事から言うわ。まず、父はろくに航海日誌もつけられないダメ船長で、この船は過去どこに居たかも解らないの?」

「船長、それは違……」


 アレクが言い掛けた。言い掛けて罠と気づいたみたいだけど……観念したようだ。


「……違うよ。フォルコンさんはちゃんと寄港先と日付を記録してた」


 私はアレクに近づく。


「やっぱり。本物の航海日誌、あるのね? どこかに隠してるの?」


 アレクは助けを求めるように他の水夫を見渡す。

 ロイ爺がうなだれて言った。


「船長室にあるのも本物じゃよ……フォルコンは二冊つけてたんじゃ。ちゃんと寄港地や出来事を書いたものもある」

「じゃあそっちは、船員室にあるのね?」


 不精ひげやロイ爺が、私が船員室に入るのを執拗に拒んでいたのはその為か。

 わりとどうでもいい謎が一つ解けた。


「まあ……船の寄港先については出納帳簿の方で推理出来たからいいけどね……この船はだいたい、冬は外洋の沿岸を南へ降り、春は外洋沿岸を北へ、外洋が荒れる夏になると内海に戻って秋まで周回して、冬にはまた外洋を南へ行く……」


 私は一旦言葉を切り、どうだ! という風に皆を見回す。

 どうだ。私だってちゃんと調べているのだ。


「そうね? 少なくとも一年前までは毎年そうしてた」

「……うむ」

「商売は……去年の秋ぐらいまでは順調で、皆もちゃんと給料を貰ってた。だけど冬に入ると何故か……寄港回数がすごく増えてて、売り買いが滞ってて……ある時期なんか一ヶ月も商売してないわね」


 父が行方不明になったのは去年の十二月中頃。私に訃報が届いた六ヶ月前だろう。

 そしてリトルマリーは一月に入る頃から、ろくに商売もせず、いろんな港に入出港を繰り返している……丸一ヶ月もの間。

 二月頃からは商いを再開しているが、普段と違う所でやっているせいか、ほとんど成果を挙げていない。


「その後も……普段の春は外洋を北に進んでたのに、今年はそのまま南に居た。今年の一月から四月までの間に、どんどんお金が無くなって借金をする羽目になった」

「それは……やっぱりフォルコンさんが居ないと上手く行かなくて……」


 アレクは目を逸らす。アレクは元々ウソをつくのがあまり好きじゃないみたいだ。


「帳簿の字、元々全部太っちょのじゃん。この船は太っちょさえ居れば商売には困らないんでしょ、本来は」


「太っちょの言う通りなんだ。フォルコン船長は顔が利く人で、うちはそれでもっていた部分が大きい。フォルコンが居ないと出来ない商売も多くて、その穴埋めをしようと思って色々な所に顔を出すようになったんだよ」


 不精ひげが口を挟む。こっちは真顔でウソをつく男なのでそれはそれで解りやすい。


「まともに答える気はないのね」

「いや……そんな事は……」


 このままだと、今回も逃げられるような気がして来た。

 私は別に人の秘密を暴くのが好きな訳ではない。だけどこれは他ならぬ私の父の話なのだ。娘の私には知る権利があると思う。

 秘密を隠す彼らが憎い訳でもない。むしろこんなお人好し共が隠している秘密だから余計に気になる。


 ここが勝負の中の勝負か。

 本当は何も解らない。だけど私がそう言ってしまったら彼らは秘密を明かさず誤魔化し続けるだろう。

 もう知ってるけど貴方達の口から聞きたいと、そういう風に匂わせないと。


「じゃあ手間を省いてあげる。この質問に、皆がまともに答えられるなら諦めるわ」


 さあ行くわよ。


「父はパンツ一丁でサメの居る海に飛び込んだ。それはロイ爺から聞いたわ。最初はジョークか何かの比喩かと思ったんだけど」


 私はロイ爺の視線を追う。

 ロイ爺は一瞬私の方を見たけど、私の視線に気づいて目を逸らす。


「それは事実なのね。だから隠しててもどこかで耳にする可能性があるから、明かした……その事件が起きたのが十二月半ば。正確な日付も解るわよ。その後のリトルマリーの行動も。そこで……」


 私は一旦言葉を切って皆を見る。

 アレクとロイ爺は目を逸らしている。ウラドと不精ひげは私を見ている。

 少し自信が無くなった……いや行け私。


「父がパンツ一丁でサメがウヨウヨいる海に飛び込む所を見た人が、本当にこの中に居るのなら、手を挙げて?」



「……船長」


 ロイ爺が口を開いた。


「もう……気付いてるんじゃないかね? ニック、太っちょ……悪いが、わしらはそろそろ降参した方が良いのではないか」


 不精ひげは黙って頭を掻く。アレクは空を仰いだ。

 私は頷いて、言った。


「居ないのね?」


 それが私の出した答えだ。この帳簿が意味する事。

 父が行方不明になったのが十二月。その後しばらくの間リトルマリー号は、見失った船長を見つけようとして迷走していたのだ。



 ウラドが下からエールを持って来て、皆に配った……私だけマトバフの甘いお茶なのが少々気になるけど。エールくらい飲めるわよ私。


「そうじゃ。わしらは誰もフォルコンが海に飛び込む所を見ていない。見られなかった。後日、その場に立ち会った水夫やら傭兵から聞いたんじゃ……察しの通り、春までの間わしらが闇雲やみくもに探しておったのは、消えたフォルコンの行方じゃ」

「爺さん、俺から話させてくれないか」

「そうじゃな……いいかな船長? ニックに話させてやってくれんか」

「話して欲しいわよ、本当の事なら」


 不精ひげはエールで喉を潤すと、おもむろに語り出した。


「もう嘘はつかないよ。すまん。ただ……これを聞いた後で船長がどう考えるか、それが心配だったんで」

「話して」

「俺達にとっても突然だったんだ……南大陸の外洋の都市でタルカシュコーンという街がある。俺達は何て事の無い取り引きの為にその港に入った。いつも通り、フォルコンは一人で商談に出掛けて行ったが……夜になっても戻って来ない」


 不精ひげは憂鬱ゆううつそうにエールをすする。


「翌日、俺達はフォルコンを探そうと上陸しようとしたが……街の衛兵に止められた。夜中に海賊が出たというんだ。しかも海賊は港内に停泊していたレイヴンの軍用船を盗んで出航したという……レイヴンは知ってるな? 北の外洋に浮かぶ島国だ」


「あの……」


 おかしな話になって来た。ウソじゃないよね?

 いや、何なら、ウソでいいような気さえして来た。


「信じて欲しい。俺達にも本当に訳がわからないんだ。実際にその船はタルカシュコーンとゼイトゥーンの間の、人里離れた名も無き入り江でレイヴン海軍の追っ手に見つかった。船にはフォルコンが一人で乗っていて、そのフォルコンは海兵達に捕まる前に海に飛び込んだと。現場にはサメがウヨウヨ居て、陸地も断崖絶壁だんがいぜっぺきが連なっており、とても生きては居ないだろうと……実際、レイヴン海軍も被疑者ひぎしゃ死亡として処理したらしい。これらは全部後から他人づてに聞いた話だというのは、さっき爺さんが話したな……だが」


 私は他の水夫達を見回す。不精ひげは冗談を言ってる訳じゃないよね?

 ……皆の表情を見る限り、全く冗談ではないらしい。


「その話に辿たどりつくのにさえ、長い時間がかかったんだよ……リトルマリーはタルカシュコーンで十二月一杯拘束されていて、俺達は何も教えて貰えなかった。ただ船長が居なくなっただけだ……一月に入ると今度は出て行けと言われた。今後は入港も禁止だと。一体何が起きたのか、それを知るためだけに一月中、俺達は周囲の港に出入りしていた」


 不精ひげはまだ手に持っていたエールを、一気に飲み干した。


「船長? 大丈夫か船長……これだけは聞いてくれ。前にも言った通り、俺達はフォルコンが死んだとは思ってない。あの人は勝算のない博打は打たない……これはアイビスもレイヴンも知らない事さ」



 解った。解らない。解らないという事が解った? 違う……違う。

 解ったこと。父は本当に行方不明。


 リトルマリー号と乗組員は父の行方を探し数か月の間南洋を彷徨さまよった。

 様々な港を巡りようやくある場所で、レイヴンの追手に加わる為に雇われた船の水夫や傭兵達から話を聞く事が出来た。フォルコンと思われる男は、海兵の手をすり抜け、素早く服を脱ぐとパンツ一丁で海に飛び込んだと。

 勇敢な海兵が何人か、服を脱いで飛び込んで追いかけたが、すぐに大慌てで戻って来た。ギリギリでボートに上がった海兵の後ろを、体長3mくらいのサメが二頭、通り過ぎたと……


 父が何故そんな事をしたのか。それは皆何度も話し合ったそうだ。しかしそれはついに解らなかった。

 やがて資金が尽きたリトルマリー号は、内海に戻る事となった。そして事件から六か月後、フォルコン・パスファインダーは死亡扱いとなり船長資格を喪失、船長の居なくなった船は出港不能となった。


 現在。レイヴン王国とその関係者はパスファインダーをよく思ってる訳がないので、私もリトルマリー号もあまり近づかない方がいい。


 仮に生きていたとして……父が再び現れる事は、本当に皆にとって幸福な事になるのだろうか?

 私も人間の娘なので、父の奇行にも何かちゃんとした訳があったんだと信じたい。信じたいけれど……


 大人が子供に隠してる事を、無理やり聞き出すもんじゃないなあ。

 お父さん……意味が解りません……お父さん……くそ親父!!



 レイヴン……花の栽培が盛んな綺麗な所だって聞いてたし、一度行ってみたかったんだけどなあ……

 そこでは私は犯罪者の娘という扱いになるわけだ。

 とほほ……


 ある意味幸いなのは、アイビス王国とレイヴン王国の関係はあまりよくないという事である。

 現在は小康状態を保っているが、過去には何度も戦争をした仲だ。レイヴンで何かやらかしたからと言って、アイビスでも手配されるという事は無いらしい。

 まあ、アイビスはアイビスで、六ヶ月以上行方不明の者は死亡扱いという妙な王国令を出して、父を書類上葬ってしまった訳だけど。


 ……


 私は結局、それ以上聞かずに船長室に篭ってしまっていた。

 父がものすごく迷惑をかけた人達に、ものすごく偉そうに父の事を聞いてしまった。

 ものすごく迷惑をかけた父を一生懸命探してくれた人達なのに。


 すみません皆様。少し時間を下さい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ご来場誠にありがとうございます。
この作品は完結作品となっておりますが、シリーズ作品は現在も連載が続いております。
宜しければ是非、続きも御覧下さい。
そして、ご感想を! ご感想をいただけますと大変励みになります!
短いものでも途中まででも結構です、ご感想をいただければ幸いです!

何卒宜しく御願い致します!


シリーズ全体の目次ページはこちら
マリー・パスファインダーの冒険と航海
― 新着の感想 ―
何か理由はあるに違いない。あとは愛の力でw父親を信じきれるかどうかだ。 まあ、いつかは知らなければいけない話だったのですから。立ち直りが早いといいですね。
[良い点] えええええ……お父さん…… 何だどうした一体何をどうしてそうなった…… というか軍用船舶一人で動かしちゃうお父さんの凄さもすごい(喪失する語彙力)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ