ニック「ブヒャッ!? ぶっ……ひゃあぁははぁはぁはははははあはぁぁはははは」
オレンジの急送は大当たり。意気揚々とマトバフ港を出港して行くリトルマリー号。
海軍の文書輸送の仕事も請け負ったし、借金も返せそうだ。
しかしそう全部が全部上手く行くものだろうか。
「いつまで笑ってるのよ」
「もう笑ってないじゃないか」
いつも無表情な不精ひげにまで大笑いされた。
そして私は自信をもって製作したキャプテン・マリーの服を、船長室の衣装箱の中にしまい込んだ。
ロイ爺もアレクさえも笑っているのに、ウラドが全く笑わなかったのは余計に堪えたなあ。
何がおかしいんだ。笑うならバニーガールの時に笑え。
サーベルも短銃も重くて疲れるので、結局船長室の壁の金具に掛けておく事にした。
とりあえず、新しく作ったシンプルな白いシャツと黒いズボンを着て、甲板に出る。
陸から吹く熱風……これが本来のこの時期のこの辺りの風か。
私達を連れて来てくれた季節外れの北風は、私達が港に入った直後に止んだ。ギリギリだったんだな、私達。
南風を受けて西に向かうので、船は結構揺れる。
帆走には申し分の無い風だが……
「うぷ……」
吐き気が込み上げる……
「だいぶ慣れて来たようじゃな」
「……ありがと……頑張る……」
マトバフ港が遠ざかって行く。
私はふと、波止場で見かけた仲の良さそうな兄妹の事を思い出す。
あの子達は今朝出会ったヒーローの事を末永く覚えていてくれるだろうか。
そのヒーローは結局こうして不意のリバースで甲板を汚さぬよう、船尾の手摺りにもたれかかっている訳ですが。
夕方。私はバニースーツでマストに登る。
今下甲板に積んでいる荷物は、全部マトバフ港の水運組合で貰った仕事の荷物だ。これをバトラ港まで運び、運賃を貰う。
本当は何か珍しい商品でも買ってみたかったんだけど……こういう地味な仕事も覚えないといけないし。
マリー船長は慎重派なのだ。ゆっくりじっくり、安全を確保しつつ自分を育てて行きたい。
……ん?
私って、ずっと船長やるつもりなの?
私は見張り台に座り、腕組みをして考える。
船長になって何日経ったっけ……今日でまだほんの9日目か。
皆はどうか。船長が小娘のままでいいのか。
オレンジが売れなくて困っていた離島の村人達と、オレンジが欲しくても買えなかった砂漠の商業都市の商人達。彼らの間を繋ぐ事が出来たのはなぜか。
それは私が情に流されてオレンジを買い、この季節にこの海域を南下する事が困難である事を知らない、素人だったからだ。
プロには出来ない芸当である。
結果的に奇跡の風が吹き続けて成功したものの……私は何ら、水夫からの信用を得るに値する手柄を立てていない。
……
水夫達からしても、いつまでも素人が船長のままでいい訳がない。本当は今すぐにでも代わって欲しいんだろうなあ。
今朝。
新作のキャプテン・マリーの制服を着て船に戻って来た私を、ウラド以外の水夫達は爆笑で迎えてくれた。
私はマトバフで手に入れた懐中時計を手に取る。
例えばこういう物を身につけるだけで、立派な船長になれると思ってたんだな、私。
皆、それがおかしくて笑ったんだ。
今後、どうなるのが一番いいのか。間違いない。父が生きて帰って来る事だ。
そうすれば私は孤児ではなくなるので、トライダーに何を言われようがあの家にしがみついて生きる事が出来るはず。バニーガールに身をやつしてまで船に乗る必要もない。
この船にもベテラン船長が戻り、皆も一安心だ。
一体父はどうなっているのか。
この点に関しては、既に水夫全員に何度も聞いている。だけど、誰もまともな答えはくれなかった。
……
様々な考えや迷いが、一筋の道へとまとまって行く。
よし、勝負だマリー。
「あのね、船長って」
日が落ちて。マストから降りた私は、全員を上甲板に集め、尋ねた。
「本当に私でいいの?」
「いまさら何を言い出すんじゃ」
「船長のおかげで大儲けしたばかりだよ? 当分資金繰りには困らないし海軍の仕事は貰って来るし凄いじゃない」
ロイ爺とアレクは、少し困惑したようにそう答える。
「でも皆、今朝私がキャプテン・マリーの服……自分が船長っぽく見えるようにと思って作った服を着て現れたら大爆笑したよね……」
私は皆から目を逸らす。数秒の静寂が流れる。
「船長、それは思い違いだ、誤解させたのならごめん、俺は船長の健気な気持ちを笑ったんじゃない、純粋にあの格好がお祭りの道化師みたいで面白かったから笑ったんだ、信じてくれ、この通り」
不精ひげは両手を合わせペコペコと頭を下げた。
「わしもじゃ、船長の覚悟を笑ったりするものか、わしが笑ったのは船長がサーベルと短銃を下げた姿が玩具の兵隊みたいで可笑しかったからじゃ、他意は無いんじゃ」
ロイ爺も眉をハの字にして弁明する。
「本当だよ! 僕も、ああ船長が目指す船長像ってこういうのなんだなって思ったら、なんだか猿回しのサルを見ている時のような気分になって……ち、違うんだ、見ていると皆が幸せな気分になれるっていう意味で!」
アレクも脂汗を流しながら弁解した。
「お前達、そのくらいにしておけ……船長が泣くぞ……」
ウラドが静かに言った。
私は。空を見上げた。
こらえろこらえろこらえろ……こらえて……よし。
「のう、船長……」
不意にロイ爺が、思慮深げな控えめの声で言った。
「何をそんなに……浮き足立っておる? わしらは皆、船長に船長を続けてもらいたいと思っておるぞ? 何がそんなに船長を不安に陥れてるんじゃ?」
「いや、だって……オレンジで大儲けしたのなんて、まぐれもまぐれでしょ。本当はあんな事有り得なくて……そこはもういいや」
私は一度、全員の顔を見渡す。
「今はチャンスだよ? 今、船にはお金がある。貴方達が私を心配してくれるなら、そうね……レッドポーチでしようとしたように、私にまとまったお金を渡す事も出来るのよ?」
私がこの方向から打って来るとは思っていなかったのだろう。四人は互いの顔を見合わせていた。
「そしたら私は船を降りるわ。訳あってすぐには戻れないから、どこかの街で半年くらい遊んで暮らしてから故郷に帰る。でもね、オーガンに船を売った場合と違って、貴方達にも船と運転資金が残るの。私は貴方達の誰かを船長に指名して、陸で船のオーナーとして暮らす。貴方達は素人船長抜きで海で暮らす……気が向いたら時々配当でも送ってくれると嬉しいな。割と皆幸せになれる選択なんだけど」
今度はロイ爺が、他の三人の顔を見回していた。そして頷いて……言った。
「船長。いや敢えてマリーちゃんと言わせて貰おうか。その選択肢には、マリーちゃんの気持ちが抜けておる」
私はぴくりと震えた。
「マリーちゃんは、それでいいのかね? 良くないんじゃないかね? わしの思い違いかね?」
ここで軽々しく答えるのは失礼だと思ったので、私はきちんと、目を閉じて暫く考えてから答えた。
「うん……それがサーベルで短銃で懐中時計であの服なんだと思う。この船の、船長を続けたい……子供の遊びに見えるかもしれないけど」
「遊びなもんか。それにロットワイラー号の件!」
アレクが口を挟んだ。
「命令通りパルキアに進路を変えてたらオレンジは全損、命令に逆らってたらロットワイラー号が護衛してくれなくて海賊に襲われてた。あれは船長が居なかったらどうにもならなかったよ!」
えっ……そうだ、あれは私の手柄じゃん! 忘れてた。
「ありがとう、太っちょ、そしてみんな……」
私は微笑んで皆を見渡した。
「私が船長を続けていいというのなら……今日こそ! 四人とも! 父の行方について知っている事を残らず全部話しなさい! 嘘も誤魔化しもなし! それでも話せないって言うのなら、私は船を降りるわよ!」





