海賊「ちきしょうめ! 何なんだこの悪魔みてえな北風はよォォ!」
軍艦に停船させられ、伝令をやらされそうになったリトルマリー号。
マリーは商売が台無しになる危機を乗り切り、軍艦の護衛まで得た。
だけど良い子の皆はこのお姉さんの真似をしてはいけないよ!
贈賄、ダメ、ゼッタイ。
ロットワイラー号との邂逅からわずか4時間後の事だった。
「船長、ロットワイラー号が旗信号を揚げてます、『敵艦見ゆ』だって!」
望遠鏡を手にアレクが叫ぶ。
船酔いの限界だった私は船長室に戻り、バニースーツに着替えていた。
ロットワイラー号は400mくらい前方に居るので、あまり甲板に出たくはなかったが、この状況で外に出ないのも無責任だろう。
風はやはり北風、よく吹いている。私はアレクから望遠鏡を受け取り、マストを駆け上る。
先行するロットワイラー号のマストに王国軍旗が上がって行く。敵船? は私にも見えた。北へ行こうとしていた船が慌てて回頭しているように見える。
まさかこんな場面にお供する事になるとは。
船は賊徒に乗っ取られている上、既に数件の海賊行為を働いていたとか。
あの出会いが無かったら私達はどうなっていたのだろう。
ロットワイラー号はそのままパルキアへ向かい、リトルマリーは海賊船にそれと知らず近づき、餌食にされていたかもしれない。
「船長、離れていた方が良くないかの、わしら何も出来んぞ」
ロイ爺。そうよね。
リトルマリー号の戦闘力はゼロ。礼砲用の空筒一つ積んでないし戦闘員も居ない。
ただ、ロットワイラー号が私達の前で戦ってくれるのに、遁走するのも不義理な気はする。
「このまま風上で見届けたらどうかしら」
風上に居ればいざという時はすぐ逃げられるだろう。ロットワイラー号の邪魔にもなるまい。
戦いは1km先で始まった。だいぶ離れての見物だからでもあるけれど、近くに居たとしても私には何が起きているか解りそうもない。
何となく、ロットワイラー号の方が上手く立ち回っているようには見える。
轟音が鳴り響き、海賊船の周りで水柱が上がる……そして早くも、海賊船のマストの三本のうち一本が傾き、海面へと崩れ落ちて行く。
「海賊船の方が少し大きいみたいだけど……大丈夫なのかな」
「まあ、元商船らしいからの……本物の軍艦には敵わんよ」
「……なんか爺が言うとまた逆になりそうな」
「……わし、そんなに信用無くしたんか……」
「うそうそ、そんな事ないです、信用してます」
短い砲撃戦と接舷戦の後、ロットワイラー号は問題なく、反乱者に乗っ取られ海賊船と化していた大型商船を制圧した。接収は小一時間で終わり、海賊船のマストには王国海軍旗が上がった。
ロットワイラー号、反乱者の手から取り戻された商船、それにリトルマリー号は、そのまま一隊の船団となって、南へ進んだ。
軍人達も訝しむような北風は、最後まで吹き続けていた。
あとで聞いた所によると、賊徒達は大変悔しがっていたらしい。本来この時期この辺りでは南風しか吹かないはずで、南風に乗って航路の無い内海中央部を逃げれば、難なく海軍の追跡を振り切り、西の外洋も超えて、新世界へ行けたはずだと。
しかし実際に吹いたのは季節外れのしつこい北風だった。
そして南風を待ちながら北へ進もうともがいていたら、軍艦が現れた。
まあ、賊になるのが悪いのだから気の毒とは思わないが、運の悪い人ってそういうものですよね。
◇◇◇
会食室のテーブル。
オレンジを一つ剥いてみる。皮はまだ少し緑色を帯びているが、そろそろ食べられるだろうか。
一粒口に運んでみる……甘い。果汁が溢れる。香りも最高だ。
「あっ、つまみぐいはいけないぞ船長」
不精ひげが甲板の窓から覗き込んで言う。
「下甲板の隅っこに落ちてたやつだもん……きれいなオレンジは荷物に戻してるわよ」
「積んだ時よりは少し色づいて来たかな?」
「そうねー。食べ頃はまだみたい……いや全然今でも食べられるけど、もっと熟すって意味で」
美味しい。南の都市の人々もオレンジは好きだろうか?
喜んでもらえるといいなあ。
「船長! 見えたぞ! 大陸じゃ!」
見張り台のロイ爺が声を上げた。
「やり遂げたな! 俺の読み通りだ!」
不精ひげは船首に駆けて行く。
私はどうしよう。
バニーガール姿は出来ればいろんな人には見られたくないので、この姿では上甲板には上がらないようにしていたけれど……
まあいいや、見に行こう。
「船長! その格好で上甲板はだめだよ! 海軍さん達に見られたら僕等も恥ずかしいから!」
会食室を出た私はすぐ、アレクに見つかった。アレクも上甲板を見に行く所だった。
ようやく打ち解けてくれたアレク。何故時間がかかったのか? それはどうやら、私の方に遠慮があったかららしい。
「解ったわよ……太っちょ!」
私は思い切って、いたずらっぽく言った。
アレクがにっこり笑った。
「なんだよー、船長までその呼び名!」
確かにアレクのお腹は出ている。私はそれが嫌いじゃないけど、本人は嫌がるかもと思い込み、そう呼ぶのを避けて、本名で呼んでいた。
でもアレクはそう呼ばれるのが嫌いじゃないらしい。これで良かったんだ。
仕方ない、着替えようか。
初めて見た時は戦慄したし、こんなの着る人も着せる人もヘンタイだと思ったし、着ざるを得ない運命に気付いた時は結構悩んだけれど……
このスーツが私をキャプテン・マリーにしてくれた事は間違いない。
それは認めないとね。
私が船長になれて良かったという事は、思い切ってこれを着てみて良かったという事だ。
ロイ爺は、船酔いは慣れる事が出来ると言っていた。あてにならない爺ちゃんだけど、それはウソではないと思う。最近の私は、普段着でも短い時間なら何とかなるようになって来た。
でも、まだまだこれの力は必要かな……もう暫く付き合ってもらいますよ、バニーさん。





