ニック「お前も新米の頃、自分でも出来る仕事を見つけたら嬉しかったろ?」
出航してから知らされた借金の話。
こんな船なので、無いはずがなかったとも言える。
「何故話したんじゃ……」
「何故話さずに済ませられると思うのか……」
ロイ爺とウラドは俯いて呟き、不精ひげが揉み手をする。
「あの……訳を聞いてはもらえないか?」
「知ってるわよ! 船乗りの頭の中には酒と女と言い訳しか入って無いって! 何で黙ってたの!」
「船長が船長で居るのは半年の間だけで、16歳になったら船を降りると聞いたから……そのくらいの間なら知らなくてもいい事だと思ってだな」
「解った。不精ひげはしばらく発言禁止! ウラドは本当の事言ってくれるわよね?」
ウラドはアレクに預けていた操舵輪を取り返す。
「ありがとう、アレク……すまないが、方位を読み上げてくれないか」
「誤魔化すなー!!」
私はウラドの頬を両手で挟んで振り回す。
「危ないっ、舵が狂うから、よすんじゃ船長」
「わ、わかった……話すから、話すから離してくれ」
「どうという事は無い……商売だから、上手く行く時もあれば、そうでない時もある……なあ、アレク」
「……うん。最近天候不順が続いたり、相場を読み違えたりして、損失がかさんだんで……」
アレクが続けた。
「あの、誤魔化すわけじゃないけど、聞いてもらえたら」
「うん、続けて?」
「僕らが積む船荷には二種類あって……ひとつは他の会社や個人の依頼で積んでいる荷物。依頼されて届けるだけの荷物だ」
「うん、うん」
「二つめはパスファインダー商会が所有する荷物……今積んでるのは全部それ。これを売却すれば現金は手に入る」
「……なーんだ、簡単じゃない」
「そ、そうだね……」
目を反らすアレク。
私はアレクが視線を向けた方へ回り込む。
「もしかして、ここまでは誤魔化してないけど、ここから先は誤魔化そうとしてない?」
アレクはさらに視線を反らす。私はその先に回り込む。
「全部売ってもまだ借金? そうね?」
「そ……そうです……」
そういう大事な事を何で教えてくれないのか。
あー。でも解る解る。
可哀想にこの人達は15歳の小娘を船長として担がされている。
小娘はまるっきりの素人な上、普段は人間ですらない格好をしている。
たまに人間らしい格好をしているかと思えば船尾でげろげろ言ってるし、何の役にも立ちそうにない。
こんな私に話しても無駄なのだ。
それどころか、さっきの会食室の騒ぎのように、余計な命令を出してきて足まで引っ張るかもしれない。
「解りました。念の為……不精ひげ、さっきの禁止終わり。何かある?」
「いや……そうだな。心配は要らないとだけ。海を走らせられれば、この船は赤字にはならない。ちゃんと稼ぐ事は出来るよ」
なるほど。このままではずっと赤字という事か。
この不精ひげは悪人ではなさそうだけど、なかなか本当の事を言わないという事は解っているのだ。
「それじゃあ一刻も早く目的地につかないとね。もっと風が強くなればいいのに」
「ホッホ、風なんてそう都合よく吹いてはくれんよ。まあどんな風でも何とかするのがワシらの仕事じゃ」
ベテラン然としたロイ爺。やっぱり老水夫って頼りになるなあ。おとぎ話の中でもそうだもん。
小一時間後。
「帆を換えるんじゃ! マストがへし折れるぞ!」
爺ちゃんあてになんないじゃん……リトルマリー号は突風の中に居た。
空も曇って来た。すごい勢いで千切れた雲が飛んで行く。
「7時方向から吹いてる……」
「ふとっちょ、そっちを持つんじゃ!」
不精ひげとアレクとロイが必死で帆の掛け替えをしている。
先程までのまともな帆は姿を消し、継ぎ接ぎだらけの古びた小さい帆がかかる。
汚れ仕事用の服みたいなもんですかね?
「船長は部屋に戻った方がいい」
とりあえず、洗濯物の取り込みだけ終えた私に、重そうな舵を支えるウラドが言った。風が強いと舵取りも大変になるんだな。
私にも船の仕事、何か出来たらいいのになあ。
そうだ、マストに登ってみようか?
「何をする! よすんだ!」
「あのね、服の魔法のせいだと思うんだけど、私だけ全然揺れてないしこの風もそよ風にしか感じないの」
皆が一瞬私の方を見る。だってそうなのだ。この突風の中、髪だってほとんど揺れてないはず。
そして皆は船の揺れに合わせ、体を垂直に保とうと頑張っているけれど、私の体は甲板から垂直に立っている。
とても変な感じだけど、そうなのだ。
「解った……だが無理だと感じたらすぐに戻るのだ」
ウラドはそう言うけれど、マストの縄梯子だって、全く何て事はない。するする登れる。
難なく見張り台にたどり着いた私はそこに腰掛ける。マストにしがみつく必要も無い。ただ椅子に座ってるだけのような感触。
みんな大変そうなのに何だか申し訳ない。
「水平線の方は晴れてるけど……行く手の」
私は甲板に向けてそう言ったけど、甲板の不精ひげは聞こえないという仕草を見せる。風が強いから?
私は大声で繰り返した。
「行く手は晴れてるよ!!」
「解ったー、そのまま頼むわー」
「ニック! 彼女にもう降りるよう言うべきだ」
甲板でウラドが不精ひげにそう抗議する声が、私の耳には普通に聞こえる……ほとんど風が無い時と同じように。
だけど不精ひげがウラドに返した言葉は聞こえなかった。小声で何を言ったんだろう。ウラドはそれで納得したようだが……船長に任せてやれって言ってくれたのかしら。
そうですよ、私に任せたらいいじゃん。
私にも出来る船の仕事、やっと見つかったんだから。
◇◇◇
ようやく風が弱まった頃には、日が暮れかかっていた。西の空が真っ赤だ……
凄い景色。遮るもののない海と水平線、これ以上なく広い空の、不思議な色を海面が映して……凄いや。船乗りって毎日こんな景色を見れるんだ。
「船長、何か見えるかー?」
不精ひげが呼んでいる。
私はずっと見張り台に居たわけじゃないけど、今日はかなりの時間をここで過ごした。今ここに登ったのは、もしかするとそろそろ陸が見えるかもしれないと言われたからだ。
私の手には、父も覗いていたと思われる小さな望遠鏡がある。その胴体にはニーナからフォルコンへ、なんて刻印もしてある……きっついわ。
望遠鏡を覗き、私は南の水平線をくまなく探す。
「あるある! 11時方向と……1時方向に一つずつ! 島が見えたよー!」
島影が南に見えた! 西日を受けて赤く輝いているから間違いない。
マリー・パスファインダー船長は、最初の冒険をやり遂げたのだ。
ちゃんと航海日誌につけなきゃ。