マリー「家族ごっこに巻き込んじゃった」
結局の所、船長になったマリー。
どうも16歳になるまでは郷土に帰らない方がいいようなので仕方ない向きもある。
結局四人しか居なかった水夫もいい人揃いみたいだし、悪くないじゃないか。
しかし……船出の興奮が冷めて来ると、徐々におぼつかない足元が見えて来た……
いくらなんでも24時間こんな格好で居たくない。
せめて寝る時ぐらいは人間に戻りたいし、出来れば船酔いに慣れてしまいたい。
ロイ爺さんが言うには、船酔いは慣れで克服する事が出来るらしい。
では慣れればいい。そうすればこんなもの着ないで済む。
「やっぱりダメだ……」
狭い船長室のベッドに普段着で横たわっていた私は起き上がる。
一時間も眠れなかった。
結局私は普段着を脱ぎ、ストッキングを履き、バニースーツを着て、カラーとカフスをつけ、カチューシャもつける……
そして、もう一度横たわる。
今度はよく眠れた。
◇◇◇
「☆△×●○□▲! おえええ○◎××★△●×~」
早朝。再び普段着に着替えた私は、船縁にもたれかかっていた。
「朝から勘弁してくれ」
歩きながらパンをかじっていた不精ひげが、遠慮もへったくれもなくそう言って通り過ぎる。
今の私には反論する気力も無い。
訓練はこのくらいにしよう……私はまたまた着替える為、船室に戻る。
少なくとも私は自分の運命を、自分で選ぶ事が出来た。
もしかしたらただ追い込まれて罠にかかっただけかもしれないけれど、自分で選んだという実感はあるのだからこれでいい。
リトルマリー号は古い小さな船で、立派な船尾楼や船首楼など無いが、船体中央部は甲板を外して下層にも荷物が積めるようになっている。
そこから船尾側には船長室と海図室、船で使う物が入ってる倉庫などがあり、船首側には船員室と……会食室が、あるんだけど……
「これが会食室ですって!? ゴミ溜めじゃないの!」
不精ひげとロイ爺は黙って頭を掻く……情けない……小娘に叱られて恥ずかしくないんですか。
「まさかと思うけど、船員室も。ちょっと見せなさい」
「だっ、だめだ、いくら船長でもこっちはだめなんだ」
不精ひげが抵抗する。船長命令には逆らわないという約束はどこへ行ったのか。
「後生だ、見逃してくれ、あの、水夫にだって心身を休められる場所が必要なんだ、上司に見咎められずにだな、その」
「そうそう、それが統率と言うものですぞ船長」
今の私は魔法のスーツのおかげで元気一杯だ。これを着ていたら本当に全く揺れを感じない。むしろ他の水夫がよろけるような波が来て、船が大きく揺れても、私だけ何ともないのだ。
これ、凄いんじゃないの? 何でバニーガールなの? 普通の水夫の服じゃいけないの?
私は船尾倉庫から暫く使われた跡の無いほうきを見つけて来た。
上甲板ではぐうたら共が仕方なさそうにモップ掛けをしている。さすがにモップの方は時々は使っているようだ。
「あ、あの……船長、何を……」
アレクが恐る恐る声を掛けて来る。
「会食室を片付けます。そして! 上甲板は今後飲食禁止! 食事は会食室で全員一緒に!」
「えー」「えー」「……」
方々で控え目な抗議の声が上がった。
会食室の片付けは午後までかかった。
山積みの洗濯物は全部洗った。上甲板は物干し畑と化した。
放置された食器も全部洗う。いつから洗ってなかったのよ……
数々のガラクタは要る物と要らない物に分類、工具は倉庫へ、道具の整頓って職人の仕事の基本中の基本でしょう。
全てを片付けると、会食室には狭いけど全員座れるテーブルと椅子が、片隅には小さな竈まで存在していた事が解った。
◇◇◇
「……無理言ってごめんなさい。さっきの命令は撤回します。すみませんでした」
こうして綺麗になった会食室だが、五人一緒になるとやはりぎゅうぎゅうだ。
それに、こうして集まってしまうと上甲板は無人になってしまう。
「いや、まあ……こうしてマリーちゃん……船長が片付けてくれたから、久しぶりにこの部屋が使えるわけで……そういえば竈もあったのう。冬場は重宝するんじゃが」
今は六月。無理に煮炊きしなくても何なと食べられる。
パンは積み込んだのが数日前ということで、少しカビが出ている。これに似たようなカビの生えたチーズを塗りつけ、口に押し込む、妙な香りもするけど意外と嫌いじゃない。
野菜は新鮮な物が買ってあったので、人参と大根を棒状に切ってビネガーに漬けてみた。簡単な物だけど、皆つまんでくれているようだ。
ベーコンは塩辛い……何ヶ月も続けて航海する訳でもないのに、何故こんな深漬かりのを積んでいるのか。野菜同様、こまめに買い足せばいいのに。
「あの」
会食の最中、アレクがまた遠慮がちに声を掛けてくれる。もっと普通に喋ってくれたらいいのに、私よりかなり年上なんだし。
「それを着るのは……嫌じゃないの?」
ですよね。
「好きなわけないけど……私はこれじゃないと船尾でげろげろ言ってるだけの足手まとい以下の存在になるし」
「ご、ごめんなさい、そういう……」
「船の仕事だって何も知らないもの。今だって私がおかしな事言うから、帆をたたんで舵も放して皆集まってくれたんでしょ? 順調な航海をしていたのに」
「……」
だめだだめだ、皆黙ってしまった。
「まあまあ、船の仕事も追々覚えるから! あと掃除洗濯くらいは出来るし、そうだ、針仕事は得意だから! 知ってた?」
「そりゃあもう、フォルコンがいつも自慢しておったよ」
ロイ爺はにこにこしている事が多く、いつも皆をよく見てくれている。勿論船では一番の年長者だが、そういう所は全く態度に出さない。
「じゃあいい? この船でボタンが取れた服、破れたままの服を着るのは禁止! 私の所に持って来て下さい! 全部縫うから!」
「いや……それは、その」
「針仕事は私の本業だから、そこは譲れません! 私の船の水夫には、きちんとした服を着ていただきます!」
「えー」「えー」「でも……」「うむ……」
皆から控え目な抗議の声が上がる。
食事の後。皆は甲板に出て行く。
船は帆を緩め舵を放し、流れに任せたまま小一時間漂っていたのだ。
方位測りなおして、帆を張って舵を回して……
交代で休めばそういう手間は省けるし、そもそも今食べたような食事なら上甲板で仕事ついでにつまんだっていいのだろう。
まあ日々、反省を忘れずに次に生かしていけばいいか。図太くなれ私。
でも会食室は綺麗に保たせてもらいます。片付け開始!
「一つ、いいだろうか……」
声を掛けて来たのはウラド。背が高く筋骨隆々で青鬼のような外見とは裏腹に、真面目で勤勉な人と私は見ている。
「恐らく……これを言うのは私の使命だと思えるので」
「うん?」
「……気をしっかり持って、聞いて欲しい」
私は帳簿の前で絶句していた。
「ここには船とは別にパスファインダー商会という会社がある。この船の船長になるという事は、その会社の商会長にもなるという事なのだが……」
「なにこの……毎月増えて行く数字は……」
「かっ……」
ウラドが口ごもる。
「借入金だ……」





