第8話 貧乏貴族の侍女 ~姫様は厚顔無恥です~
恥ずかしい事に私の実家は貧乏です。
父も母もいずれ我が家は爵位を失うだろうから、今のうちに働き口を探せといって私を家から追い出しました。母の実家のアルシア王国と違って土地が無ければ貴族ではないのです。
土地を売り払って生活の足しにせざるをえなかった我が家はもうおしまいです。
兄妹が10人以上いるので大変なのです。
うちの母は恋愛婚で父を捕まえました。年を取ってもまだまだ熱愛状態です。
家から出すとき、母は私にこの国は男も女も悲恋に酔って、さんざんその気にさせておいて身を引く傾向があるからこれだ、と思ったら完全に退路を断って離さないようにと忠告してくれました。
私は銀礼祭を終えていますので、貴族の子女なら早い者はもう結婚し始めるものも出てくる年ごろです。ですが我が家は娘の持参金を出せず、没落貴族でいずれ爵位も失おうという状態では手ごろな夫候補もいません。
このままでは勤め先の商人の愛人となって花を散らされるかと覚悟していた時に、お城のお姫様の侍女を捜しているのどうかと紹介がありました。
ああ、なんという天の配剤でしょうか。
しかし勤めにいって、理由が分かりました。
侍女達はこれまで非常にたくさんいたのです、当然ですが。
この地方の女性達の憧れの的、エドヴァルド様は早くに結婚されましたが、奥様は産後の肥立ちが悪くそのまま亡くなってしまい、未だに後添えがありません。
男性も女性も再婚して多くの子をなす事が奨励されているというのに、10年近くも独り身なのです。
何とかエドヴァルド様の目に留まろうと、ラリサの城へ近隣領主たちがこぞって娘たちを行儀見習いとして侍女に差し出しました。
ですが、皆次々と辞めていきました。
エドヴァルド様の侍女ではなく、新しく養女とされた平民の娘の侍女を必要とされていたのです。私にはもう既に大勢辞めた後だったので最初から知らされていましたが。
これが、もう酷いのです。
本取って、この食器はいや、これは食べたくない、水を汲んできて、庭に水撒いてきて、体洗って、体拭いて、香油塗って・・・体揉んで、服着せて・・・あれして頂戴、それが済んだらあっちもお願いってどこのお姫様ですか!
・・・ああ、お姫様でしたね!でも元平民でしょう!!
「わたくし、もう耐えられません!グリセルダさんは頑張ってくださいね?貴女は帰る所がないのでしょうし」
ああ、姉のかたき討ちとじゃじゃ馬をならしてやるとやってきた伯爵令嬢までついに根負けして出ていってしまいました。
私達の希望の星でしたのに、残っていた者たちも後に続いてなし崩しに辞めて行ってしまいました。
もう駄目です、私の意思もくじけそうです。
痩せっぽっちのこのお姫様の体を拭いて服を着せてやりながら思います。
もう10歳でしょう?少々年齢にしては小さい気がしますが、着てからさらに縫い付けるような王都の社交界にでるドレスならともかく子供向けの簡易な普段着衣装です。妹のエーヴェリーン様だってこれくらい自分でやりますよ!
「はい、お嬢様。脚を上げてくださいね~」
「ん」
機嫌よさそうにハンネが姫様のお着換えを手伝っています。
大体この女が甘やかすからいけないのです!!
昔からの侍女だそうですが、こんな性格に育ったのはずっと側で世話を焼いていたこの女のせいじゃないですかね!!!
あれが気に入らない、これも駄目、と。
とても我儘です、というか大事なところも丸見えですよ、いくらお姫様とはいえ恥ずかしくないのですかね。ジュディッタ様が耐えきれずに辞めてしまうのも無理はありません。
あの方の家、エールエイデ伯爵家は実際のところエドヴァルド様よりも領地が広く今までこの地方最大の権力者として振る舞ってきました。
エドヴァルド様がひとたび軍を起こしたらかの家に勝ち目があるとは思いませんが。その為王の命令とはいえ早々に当主は旗下の領主としてお仕えし協力することを誓いました。
私の意思はくじけそうですが、元の暮らしを思うとジュディッタ様のおっしゃる通りここで辞めるわけにはいきません。
勤め先で強引に奪われて、一方的な被害者だとしても、貴族の子女が一度評判に傷がついたらもう終わりです。どこかの神殿にでも入って一生神の名でも称えて暮らすしかありません。まあそばかすだらけで、手も荒れ放題で貴族らしくもない私に手を出すものはそうはいないでしょうが、男は獣です、戯れに何をするかわかりません。
まあ、そうですね。商人の小間使いよりは我儘でもお姫様の侍女の方がマシですね。
下級使用人達と違って城外からの通いや地下住みでなく、とうとう個室も与えられましたから。他の侍女達が辞めたおかげです。
実戦用のこのお城には使用人に与える部屋などほとんどないのです。
どうせ何百年も敵を迎えた事はないのですからいっそ改築してしまえばいいと思うのですがね。・・・そんな予算もありませんか。
何はともあれ私には姫様に従って仕事をこなすしかありません。
あの怖い目に逆らうなんて無理ですし、ハンネは平民ですが、私より年上で物知りで高級品の取り扱いになれています。他にもいちおう侍女はいるのですが、あまり出仕してきません、恐らくエドヴァルド様の不興を買うことを恐れて様子見しているのでしょう。
相手が平民でも私もほとんど貴族とはいえないような出ですし、母は他国出身で私もまだあと一つ成人の儀を残しています。ハンネはもう完全な成人です、先輩として立てるしかありません。他の貴族の子女のような後ろ盾の無い身ではそうするべきでしょう。
それに、ですよ。
この下着や衣装に使われている糸や素材は最高級品です。
身の回りの品々もそうです。
不用品は主人から下僕に下げ渡されるのが世の習い。
そのせいで主人と下僕と見た目で区別がつかない例も出てくるので、下僕の証とするような小物を着ける事が義務化されている家もあるくらいです。ハンネが亜麻色の髪を抑えて頭につけているカチューシャがそうでしょう。
エドヴァルド様が大変このお姫様を甘やかしていらっしゃるので、これらの高級品がもしかしたらいずれ私に下賜されるかもしれないのです。
長年仕えているというハンネも下賜品をたくさん持っているようですのでお勤めを続ければいつかきっと。
売れば、実家の家計も少しは助かるでしょう。
父や母は私を家から追い出しましたが、両親共に野良仕事にせいをだすような状態です。
年ごろの娘に野良仕事をさせるのを不憫に思って外に働きに出したのでしょうが、結局お姫様の指示で研究棟の外にある庭仕事をさせられてますがね。
まあこれくらい実家で慣れていますから容易いことです。
その辺も重宝されてますます侍女使いが荒くなりました。
「グリセルダ、三巻と五巻を取ってくださる?」
「少々お待ちください」
はあ、またあの重い本を取るのか・・・暗澹とした気分になります。
一冊で家数件が建つという高価で重い本、まだページをめくれといわれないだけマシですが。こんな本が何十冊とあります。どれも印刷された量産品ではなく一品ものです。
一冊で魔導騎士の軍馬くらいの値段ですかね、普通の騎士なら5年分くらいの俸給でしょうか。うちには騎士が一人もいませんでしたから世界が違い過ぎます。
はあ・・・。
「グリセルダ、それとそこの7巻の542ページを開いておいて」
「もう!それくらい自分で開いてください!!」
ああ、ついに言ってしまった。
言ってしまいました。
ハンネが時々エドヴァルド様に呼ばれていなくなることがあり、他の侍女達も姿をみせなくなって私の負担が重くなりすぎて、いい加減うんざりしていました。
それでもこのお仕事を手放すわけにはいかなかったのです。
やってしまいました。
「?わかりました」
あれ、意外と素直です。
いってみるものです。背中を向けていてあの瞳を見ずに済んだため、言い捨てた感じになったのが功をそうしたのでしょうか。
子供用に階段がついた椅子によいしょよいしょとよじ登り大きな本をめくっています。
「姫様いったいなぜ、同時にそんなにたくさんの本を用意する必要があるのですか?」
「トレイボーン様やイーデンディオスコリデ・・・ス?様達と行っている研究の一環です。これらから同じ成分を抽出できるようなら大陸中で同じ薬や染料が量産できる可能性が出てくるのです。サンプルを取り寄せましょう」
長い名前にとちりましたね。あの大賢者とその高弟は名前長すぎますからね、わかりますがくすりと来ましたよ。
研究棟には併設された共用部以外私は入場許可が下りませんのでほんとにそんな御大層な研究をしているのか判断つきませんが、このお姫様は城外裏手の聖なる森との間にある大賢者の研究棟に出入りが許されているのです。
中には女性研究者もいるとはいえ、側仕え無しで高位の貴族が男ばかりの施設で活動するのはよくないと思います。
姫様がめくりやすい低い机に本を置いてやってから7巻も移動させてやります。
「ありがとう、グリセルダ」
おや、お礼もいえるのですね。




