第40話 ある魔術師の迷い・・・終
さて、北か南か。
この状況で北にある自由都市方面に行くとは思えないが、少し迷って町の北側の街門へ向かうことにした。
風を作り体を浮かべ、北へと押し出す。
くっ、やはり目を守る保護眼鏡が無いと飛行術は辛いな、目を守る為にさらに魔術を使うと疲労が余計激しくなる。
街門前に着地の為に風の膜を作り、その上に着地して速度を落とす。
ふぅ。これだけでも疲れるわい。
「男爵の一行を見たか?至急話がある、儂は帝国の魔術師イザスネストアスじゃ」
街門の衛士はびっくりしたままあっさり北へ向かったと指さした。
まあ田舎の小領主の兵などこんなものか、ここの衛士にまで領主が指示を飛ばしていなかったのかどうかわからんが、自分の主に不利になるかもしれんというのにあっさり答えるとは練度が低いのう。
また飛行術を使い北を目指して飛びながら、予感はあったとはいえ意外だった。
この状況で北とは何かアテがあっての事じゃろう。
さらわれてから既に鐘2,3つ分は過ぎたか。不味いな、馬車であればまだ少し時間はあるが、速度を上げねば追いつけまい。
速度を上げるにはより先方にあるマナを手繰り寄せておかねばならず、自らの消耗も激しくなる。途中に森が見えたところでギィエッヒンゲンとの中間あたりの筈、そろそろ見える頃合いか。
騎士の真似事で視力を強化し目を凝らす、・・・いたな。
速度を落として着地の準備をする。
段々豆粒のようだった人がはっきり見えてくる。
・・・思ったより多い。
レベッカが追い付いてイルン嬢をどうやってか馬車から引きずりだしたが、落馬させられたようじゃな。
男爵らしき男がひとり、取り巻く騎士が6人。そして魔術師かの、4人とは多い、全て男爵の旗下か?従士らが10人以上いるが、レベッカの相手ではないの、蹴散らされておる。
昔優れた拳闘家だったとは聞いたが、この腕なら医者なんぞよりよほど良い仕事につけたろうに。
儂はこの疲労では到着しても何もできん、今少し速度を緩めて回復せねば。
秘薬なり霊媒があればのう。
道楽で来たからあまり魔術道具を用意してこなかったのが仇となったか。
業を煮やしたのか魔術師が何か魔術を使ったが、あっさりイルン嬢が右腕を振るっただけで打ち消しおった。左腕は怪我をしているのか、肩からだらん、と下がっておる。
敵の魔術師が寄せ集めなだけかもしれんが、解除に特化して教え込んだとはいえ大したものよ。
そしてこれまでは女子供相手に剣を振るうのを躊躇っていたのか、様子を見ていた騎士のひとりが馬を降りてレベッカに向かった、さすがに不味いな。
魔術で待て、と声を届けようとしたが疲労で構成がなかなか練れぬ、まだ遠すぎる。
騎士は従士らを下がらせて、レベッカに勝負を挑み、
一瞬で距離を詰めてきたレベッカに対し慌てることなく肩から腹まで斬り裂き、まだ抵抗しようとした彼女に剣を突き刺し、その剣は貫通して背中から大きく飛び出した。
引き抜いた剣からおびただしい血が流れる。
イルン嬢が悲鳴を上げてレベッカに泣いて縋っている。
騎士がそのイルン嬢に手を伸ばそうとするところでようやく魔術の行使圏内に入った。
全力で騎士を吹き飛ばし、着地して男爵らに向き合う。
「オルステンド男爵じゃな、幼子を攫ってどうするつもりじゃ。オイゲンはどうした?」
男爵は何か言おうとするが、その前に狐顔の側近に止められ馬に乗り直し北へ駆けて行った。
中で侍女が取り押さえられたままの馬車も続いて動き出す。
「お爺さん!レベッカ先生か!ハンネが!助けて・・・!お願い!!」
イルン嬢に悲痛な叫び声で助けを求められるが、状況は詰んでおる。
レベッカは致命傷じゃ、助からん。近づいてからわかったが、相手にしたのはただの騎士ではなく魔導騎士じゃ、本人ばかりか身に着けている鎧や剣からもかなりの魔力が感じられる。
ハンネを助けに行けばイルン嬢は捕えられる。
イルン嬢を見捨てて男爵を捕えれば交渉の余地はあるか?
いや騎士が2名着いていった、従士らも数人追っている、追いかけて行って戦いになってもすぐこやつらも応援に来るじゃろうし相手が増えるだけか。
仕方ない、儂はかぶりを振って騎士らに話しかけた。
「そなた等は名誉を重んじる東方騎士だろう。このような幼子を拉致するとはどういう料簡じゃ。この子は儂の弟子、帝国に弓引くつもりかの」
「老師のご高名は聞き及んでおりますが、現在は公職についていない事も伺っております。帝国の名を騙るのは却って御名に傷がつきましょう」
レベッカを斬り捨てた騎士が代表として答え、痛いところをつく。
だが、館を強引に制圧しなかったのはこちらと正面から対決するのを避けたのだろう。
しかし、こんな田舎の男爵風情が、か?
「公職がなくとも、魔術評議会の評議員の席は死ぬまで剥奪されぬ。ここは白の街道、街道上での争いごとを起こしたお主らは帝国が裁く、男爵もだ。お主らは下がっておれ」
「男爵は御自分の正当な財産を取り戻しただけ、そこを襲われ自衛したのです。貴方こそ引き下がるべきだ」
その間もずっとイルン嬢の救けを求める悲痛な泣き声が続いていて、騎士達も渋面を浮かべている。彼女がいつ激発するかと恐れていたが、暴走してレベッカを巻き込む事を恐れてか、制御しているのか、今はまだ嘆き続けているだけだ。
帝国に仕えていた頃には儂も随分無慈悲な行いをしてきたものじゃが、さすがに幼子に泣き声を聞き続けるのはちと堪えるの。
睨み合いを続けていると、レベッカに叩きのめされていた従士達の数人が起き上がり始め、包囲の輪に加わっていく。他の騎士達も馬を降りた。
イルン嬢の小ささでしゃがまれると馬上ではやりにくいのだろうな。
空を飛んで逃げようにも、イルン嬢がレベッカに固く縋りついていて、引き離す前に後ろから斬られてしまうだろう。
魔力は未だ回復していない、自分も周囲のマナも。
もっと手繰り寄せなければならぬ。
時間を稼ぎたかったが、魔術師の一人が騎士に声をかけた。
「ヘルマン!もういい!魔力を回復されるぞ。飛行術は消耗が激しい。今のうちに殺してしまうべきだ」
儂と話していた騎士が頷き、号令をかけた。
他の騎士3人も盾を構え、従士達がこちらに槍を構えて近づき包囲の輪を縮める。
手繰り寄せようとしていたマナを敵の魔術師が使おうとした為、先に行使し魔術師の顔と喉を切り刻み、近づいて来た従士達を吹き飛ばす。
ちっ、やはりマナの密度が薄く大した効果がえられん。
一息つく間もなく突進してきた騎士を同じように魔術で吹き飛ばそうとするが、騎士自身の力か盾に込められた魔力か、抵抗され効果が発現せずに霧散する。
「ぐはっ」
「お爺さん!?」
盾に弾き飛ばされ、圧力に胸を潰され苦悶の声を上げる儂に、イルン嬢が我に返る。
ヘルマンとやらが儂の杖を蹴り飛ばし、剣を構え直す。
他の騎士達も距離を詰めてきている。絶体絶命じゃな。
魔術師が護衛も、魔術装具も無しに前線に出るからこのザマよ。
「・・・ゃぁ、やだ、やだぁ、もうやめてよ。わたしなら大人しくついていったじゃない。
いい加減にしてよぉ・・・」
イルン嬢が泣きながら命乞いするが、駄目じゃろうな。
魔術師は生きている限り脅威じゃ。
杖がなかろうが、声が出せなかろうが、目が見えなかろうが。
手が縛られていようと、時間さえかければ儂はここにいる人間を全員灼き尽くす事ができる。
儂を倒した騎士が無慈悲に剣を振り上げる。
・・・無念。




