第31話 来訪者③
ナジェスタとは今後もお友達としてお手紙を送りあう約束をした。
遊牧生活を送っている彼女達の所まで届けるのは難しいかと思ったけど、都市間は帝国の軍の郵送部隊やオイゲン父さんが所属しているような東方行政区、商工会の郵便組合やらいろんな組織が配達を請け負っているそうで、そこから先の高原地帯はラマ族のひと達が結構行き来しているので誰かしら適当に受け取って届けてくれるんだそうな。
ナジェスタ達が北国へ旅立つと、わたしは染料の開発を再開した。製法を秘匿しなければならないので、彼女たちがいるとできなかったのだ。
狩人達の森での狩りは上手くいっていないようだ。大怪我をして帰ってくることもあり、レベッカ先生も忙しい。
そんなわけで相変わらず森への立ち入りは許可されていないのでしょんぼり。
父さんがいろいろ取り寄せてくれてるので開発素材の種類はたくさんあるけど、樹液が足りないので森に行けないのが痛い。
無い物は仕方ない、手持ちの材料でどれだけ出来るかわからないけど、赤紫の染料が欲しい。赤と紫はより鮮やかであるほど高価らしく面倒なことになるので、薄暗い感じに仕上がれば高級品にはならずに済むはずだ。二の姉様のイメージにも近くなる。
せっかくナジェスタに舞うのに向いた綺麗な衣装を貰ったので裏庭に祭壇を作って奉納と神楽舞のお稽古もする。憧れの巫女様達のように色鮮やかな布がたなびく様子を見るのが好き、出来ればお手本が近くにいればいいんだけど、記憶を頼りに練習しよう。
もっとうまく綺麗に裾がなびくようにしないとなあ・・・。
祭壇はアンナマリーさんに小さな神像を分けて貰い誂えた。
早朝のレベッカ先生との型の稽古に加えて舞のお稽古も始めたので日課も増えてきた。
と、いうと立派に体を動かしているようだけど、実の所非常にゆっくり動きをなぞっているだけなので柔軟体操しているみたいなものです。
日課を再開したので、アンナマリーさんの神殿への訪問も再開した。
いつものように坂道を下ってハンネと海岸の村へ向かう。
行ってみると神殿脇の水瓶のひとつに水でなく何故か人が入っている。
ソレは髭もじゃで白髪だらけのお爺さんのようだ。
なに、あれ。アンナマリーさんも承知しているのだろうか。
最近いろんな人が男爵領に集まってきたみたいだけど、あんな変なひとは初めて見た。
「お爺さん、そんなところで何をしているの?」
「世を憂いておるのだ」
・・・?
「なんで・・・です?」
「うむ、社会には拝金主義がまかり通っておる。人々は知識に敬意を払わぬのだ、嘆かわしいことよ」
「・・・それで、なんでそんなところで嘆く必要が?」
「うむ、あの坂道の上の町で宿にいたのだが、金が無ければ部屋は貸せぬ、とな」
そりゃ、そうでしょうねえ。
「まったく愚かな。金銭なんぞの代わりにこの二百年並ぶ者のいなかった希代の大魔術師、イザスネストアスの弟子にしてやろうというのに」
「ハンネ・・・魔術師ってしってる?」
「さぁ・・・、呪術師みたいなものじゃないでしょうか」
うぇええ、羊や馬の頭を被って踊り狂ったり、動物の骨を砕いて明日の天気を占って悦に浸ったり、可哀想な動物の腸引きずりだして首に巻いて恍惚にひたる人たちのことだろうか。
「そんなことせんわっ!」
老人が声を荒げて怒って、水瓶から出てくる。半裸だ。
ひぇえっ。
ハンネが警戒して前に出る。
あら、そんなことしなくてもいいのに。
ハンネも来年には完全な成人を迎える。実家は大きな農園を経営しているお嬢さんだ。
そろそろ家に帰ってお婿さんを貰うんだろうか。
母さんも凄く優しくていろいろ世話をしてくれるし、母さんがわたしを養子にしようと思わなければ今のわたしはないけど、ハンネがいなかったら日常生活を送れる気がしない。
ハンネを危険に巻き込むくらいなら、家に帰って幸せになって欲しいけど、一番側にいてくれて年が近くて優しくて頼りになるお姉さんがいなくなったらどうしよう・・・・・・。
「神殿の外であまり騒がないでください・・・・・・あら?」
声が中まで聞こえたのか、アンナマリーさんが神殿から出てきて様子を見てはっとした。
「イザスネストスさん、わたくしは過ちを犯しました。町で宿を追い出され広場でも衛士に立ち退きを命令されていた貴方を神殿で引き取った事です。彼らは正しかったのです。さあ大人しく牢に入り裁きを受けてください、さもなければ・・・・・・」
冷たい目でアンナマリーさんはお爺さんをみやり、右手で何かを掴みシュッと引き抜く動作をする、なんだろう、あれ。
「まっ、待て!儂は何もしておらん!誤解じゃ!!」
「そんな恰好で棍棒を持って妙齢の女性と幼子に迫っておいて誤解もありません、現在起こっている事実そのままではありませんか。」
ハンネに抱き着いて泣いているわたしを指さして、アンナマリーさんは有罪を宣告した。
「棍棒ではない!由緒ある魔術師の杖じゃ!」
誤解じゃ、違うのじゃ、と弁解を繰り返し由緒ある魔術師の杖とやらを放り捨てて手を上げて全面降伏を宣言。
優しいアンナマリーさんは、この不審な老人に神殿で余っていた布を貸して上半身に被せてとりあえず事情聴取をした。
「まったく誤解ではなかったでありませんか!」
神殿内の応接室で事情を再確認してアンナマリーさんは再度断罪した。
老人は小さくなって・・・小声で危害を加えようなどとはしておらぬとまだ弁解してるけど、ハンネはアンナマリーさんに同調している。
「そうです、この男が半裸で飛び出してきて怒声を浴びせ、棍棒を掴んだ所でお嬢様は怯えて泣きじゃくってしまわれました」
ああ、いやハンネがいなくなってしまったことを思ったら、つい・・・・・・ん、黙ってよう。
アンナマリーさんは細い目をさらに細く険しくしていいつのる。
「大体上着はどうしたのですか、広場でも衛士に注意されていたでしょう。地面にしかずに羽織れと」
「暖かくなってきたので売って酒にした」
「もう駄目ですね、この方。衛士に引き渡しましょう」
な、何の罪でじゃ、儂が実際に何をしたというのじゃ、いくら弁解しても聞き入れない女性陣相手に老人は弁解を諦めて開き直り始めた。
「無銭飲食、公共施設不法占拠、公然わいせつ、脅迫罪です」
衛士からは神殿で預かることを条件に執行猶予されているだけです、とアンナマリーさんはきっぱり宣告した。
「ぐっ、しかしじゃな・・・儂が本当に悪人じゃったら女神官しかおらぬ神殿に世話になるのを遠慮せず招かれるままに泊まったじゃろう・・・?美人で妙齢の女神官殿に迷惑をかけぬよう軒下で風に当たらぬよう瓶の中で甘んじたのじゃ」
あら、意外と紳士的な理由でアンナマリーさんに配慮してくれたのか、じゃあそんなに悪い人じゃないのかな?
「わたしは実害あったわけじゃないから・・・もういいよ、アンナマリーさんも許してあげて・・・、ね?」
優しいアンナマリーさんが一度は許しを与えた事なのにわたしのせいで怒る事はない、聖女アンナマリーにはいつも慈悲の微笑みを浮かべて欲しい。
両手をあわせて必死におねだりすると、悪に許しを与える事を葛藤しているらしく顔を背けて少し考えて同意した。まだ頬が少し紅潮している、やはり怒りは解けていないのだろうか。
でも軽犯罪みたいだし、どうか許してあげて。
「それで、魔術師というのはなんなんですか」
若干冷たい口調でハンネが口を開く。
「ふむ・・・これじゃ」
といって杖をかざすと、赤い光が薪に収束し簡単に暖炉に火がついた。
わお。
「凄いですね!物語の魔法使いみたい!!」
「おお、今時素直な嬢ちゃんじゃのう。しかしのう、昨今は火をつけようと思えば、発火器具使った方が早いし誰でも扱えるからのう。あれは凄いな、西方から出回り始めたが指一本で簡単に発火させられる。わしらが何十年も必死に修行して得たものをあっさり超えていくんじゃ・・・・・・儂らはもう用済みなのじゃ」
お爺さんかわいそう・・・・・・、肩を落とす傷心の老人をわたしはなぐさめた。
アンナマリーさんは、もう暖かいのに暖炉に火なんかつけないでくださいと抗議しつつちょうどいいからとお茶を入れに行った。
お爺さんは、これじゃよと嘆きつつわたしに向き直った。
「おうおう、ほんに素直で優しい嬢ちゃんじゃ、どれ、儂の弟子にしてやろう」
「いえ、結構です。イザネストン・・・さん、わたし結構いま忙しいので」
即答した。
これ以上やること増えたら死んじゃう。
そんなに便利な発火器具あるなら父さんが買ってくれるだろうし。
「イザスネストアスじゃ・・・・・・・おぬしいま名前適当でいいや、と思い出すの放棄しなかったか?明らかに短いじゃろう」
しらをきろう。
「まあよい、魔術なんぞどうでもよいわ。重要なのは知識じゃ」
いいんだ・・・さっきの同情を返してよ。
知識に自信があるらしいので聞いてみた。
「じゃあ、木曜日の由来はどこからきたの」
「木星と樹木の神じゃ」
うん、そうなの?
「じゃあ北方と東方で神話が食い違うのは?」
「どういうことじゃ?」
前にラマ族から聞いた話をぼかして説明した。
「なんじゃ、それか。帝国が大陸を制覇した時、最後まで東方領域は屈服せなんだ。帝国の神話が森林地帯が多い東方で盛んに信仰されておった樹木の神々を貶めておったからじゃ」
それだけじゃよくわからない。
「帝国側の神話では世界樹の根元にあるという泉の女神ゲリアや樹木を加護する女神達が多くの神々を誑し込んで、神々に争いを引き起こし、始まりの時代を崩壊させたという。東方領域に伝わる神話では大地の大神の眷属のひとりアイラクーンディア達がゲリアらに嫉妬から毒を盛って父なる神の怒りを煽り神々の戦争に発展したという」
「それでどうなったの?」
「帝国と東方領域の戦いは長引いた為、既に征服されていた北も西も南も不穏な動きが出始めた。東側の神話を擁護し始めたのじゃ、それで帝国は神話を編纂しなおす事を条件に出して東方を懐柔させることにした」
それじゃ、覇権国家の帝国が譲り過ぎているみたいだけど、権威が失墜しちゃわないだろうか。
「むろん、東側も神話の編纂が要求された。大神を樹木の神から風の神へ変更したのじゃ。
帝国側はアイラクーンディアとその姉アイラカーラが首謀者であり、つまり大地の神の眷属とは関係ない嫉妬と怨恨を司る女神と地獄の女神が主犯ということになった」
北や南や西の地域にも要求されたけど、他の地域はもともと自分達の守護神とは関係ない話だからあっさり従ったという。わたしたちが知っているのはこの編纂されたあとのものだ。
「お爺さん、物知りなんですね!」
凄いや、この神殿の古い本にも昔話に詳しい族長さんや大図書館があるギィエッヒンゲンで調べても分からなかったのに。
「なんじゃ、信じたのか。ほんに素直じゃのう。将来が心配になるわい」
えええ、作り話なの?
「はん!こんなもの印刷技術もない何千年も前の話で神話自体が確立されておらん筈。書きたいものの都合の良いようにいくらでも書ける。わしも口伝で聞いただけで、そいつが面白おかしく作り話をでっちあげたのかもしれん。真実を知っていそうなのは現世を守護する時と契約の神ウィッデンプーセくらいなものじゃな」
めんどくさいお爺さんの相手は嫌になってきた。
とりあえず後でメモは写本に貼って置くけど。
「それで、結局こんなところに偉大な魔術師ともあろうお人がいったい何をしにきたのです」
お茶を飲んでいたアンナマリーさんが話に区切りがついたのを見計らって尋ねた。
「むう、おぬしが一番こういった話には興味を持つべきであろうに、どうでもよさげじゃのう」
「むしろ警戒します。このような場でそこまで話した真意はなにかと。異端審問にでも来たのですか?」
おお、さすがアンナマリーさん。敬虔な聖女であるアンナマリーさんならわたしより興味深く話を聞いているかと思ったのに。
「まだ儂を不審人物と思っておったのか・・・それにしてもよく異端審問のことなんぞ知っておったのう。あれは100年も前ではないか。おぬしの歳では関係あるまい」
「アンナマリーさん異端審問ってなんですか?」
初耳の言葉に意味を問う。
「わたくしの祖父から聞いた事件ですが、唯一信教なるものが世にはびこって争いを起こしたのです。鎮圧されてからも生き残りがいないか帝国は内偵しているとか。イルンさんも絶対に関わってはなりませんよ。特に女性を目の敵にしていたと聞きます」
続けて唯一信教とは神とは全知全能の神一柱のみを信じていて、他の神話を全て否定していたと説明してくれた。
「なにか無理があるように聞こえます・・・、こちらでも北方でもたくさんの神話や民間伝承が残ってるし・・・さきほどの話がある程度嘘だとしても他の神々を否定するのは無理なんじゃ?」
「お嬢ちゃんのいうことはもっともじゃが、一時期は危なかったのじゃ。昔、各神殿は人々から高い税を貪って私腹を肥やしておってな。もともと世間から信仰は失われて神聖な儀式もただの文化的な慣習になっておったし。儂としては大歓迎だったんじゃが各神殿には美人さんがおって平民たちも足しげく通ってどの神聖しょ・・・あたっ、げふんごほんっ」
「どうしたの、お爺さん?・・・アンナマリーさん?」
何でもありませんよとにっこりアンナマリーさんは微笑んだ。
ああ、いつみてもアンナマリーさんは微笑みが似合うなあ。
添い寝してくれるときしか顔の両脇を覆うベール脱いでる所見たことないけど、アンナマリーさんはもっとこんな素敵な素顔を見せれば旦那様もよりどりみどりだろうにもったいない。彼女のお父さんやお爺さんも神殿で奥さん娶ったというし、そろそろアンナマリーさんは結婚しないのだろうか。誰かに取られてしまう前にめいっぱい甘えておこう。
「あたた・・・まったく乱暴じゃのう・・・。昔、女神官が神殿勢力を潰すダシに使われ魔女狩りが起こった事を思えば警戒するのもわかるが、今の帝国がそんなことをしておる話は聞いたことはないわい」
ふわわ、もう眠い・・・。お爺さんはまだしゃべっている。
「・・・ともかく、色々あって神殿の権威は失墜し唯一信教が入り込んで、人々の信仰を乗っ取ったのじゃ。皇后まで信徒として連中は影響力を拡大し皇帝に他の神殿を廃止し自らを唯一の国教に認定させようとしたが、そこで皇后を麻薬付けにしたりして信徒を増やしていた事が判明してな。混乱のさなか近衛騎士が皇帝を惨殺したり酷い物じゃった」
暖炉につけた火が消えかける頃になってもお爺さんはえんえんと歴史の講義を続けていた。




