第10話 冬が来た
自宅の補強も何とか終わり、雪がちらつき始めいよいよ冬到来。
ある日珍しく、巫女長がやってきた。
「久しぶりですね、ノーファ。元気にしていますか」
「はい、おかげさまで」
常識的な返答だった筈だけど、皮肉になってしまっただろうか。
特に何もして貰っていないしね。
それは何よりです、と返答内容を意に返さず巫女長は答えた。
ま、どうでもいいんだろうね。
「巫女のひとりがマリーナだけ奉仕を免除されていて不公平だと訴えがありました」
だから、何?わたしには関係ない。
「彼女には貴女の世話をさせる代わりに一部の奉仕を免除させていましたが、もうあなたに世話は必要ないようですね」
軒下にぶら下がっている干した秋の果実や、山小屋の様子をみてそう言った。
「随分前からここには来ていません」
「そのようですね、貴方に持っていくように命じたものも届いていないようです。冬支度で足りないものはありませんか?」
ちょっと意外だ、そこまで踏み込んで来るなんてほんとにどうしたのだろう。
「今年は近隣一体が不作でしたので、神殿の巫女達にも収穫祭の儀式の依頼がほとんどありませんでした」
そういえば前にそんな話が聞こえてきた。準備が無駄に終わったって。
そんなことより今日は一体何なんだろう。
「つまり神殿にも、寄進された食料が少ない、という話です。そんな中貴方の分の食料をマリーナが取っているので、今年は巫女の不満が切実なようです」
はぁ、結局わたしが何かしようがしまいが、絡んで来るんだね。
「わたしには関係ないです。構わないでください」
「相変わらず舞殿や奥宮の辺りには出没しているようですが」
う、構わないで欲しいなら姿を現すなって?
「巫女達は奉公期間が終われば実家に帰されます。マリーナには彼女の主人が問題でもう帰れる実家はありません」
いよいよ関係ない。
「幼いあなたを労働力として必要としている所にまっとうな人間はいません。ですが、成人すれば、他の神殿を経由して普通の一般社会に戻すことができます。二人ともここにおくことはできません。10年は先の話ですが、身の振り方を考えねばならない時が来ます。貴方が目立つような事をすればそれは早まるでしょう、よく考えなさい」
むむ、む?今までと違って親身な忠告だろうか。
顔を上げて、随分白髪が増えた巫女長をみやる。
彼女はこの神殿は、貴方以外にも多くのひとに必要とされているのです、と言い残し立ち去ろうとする。
わたしはそんな巫女長に以前習った別れの挨拶を送った。
自分の所から不浄を持ち運んでしまわないよう、貴方の身を清め給え。
巫女長様も、ふっと微笑んで返しの儀礼を取った。
今の巫女長様はわたしに優しくない。正直好きじゃない。
けど、彼女は大勢の生活に困った女性の面倒を見なくちゃいけない。
わたしはお姉様達のおかげで自分の面倒は大分みられるようになった。
だんだん彼女にも彼女の苦労があるのがわかるようになってきた。
わたしにとっては立派な人じゃないけれど、世間一般的には彼女は立派な人で辛い立場にあるようだ。
お姉様達にそんな事があった事を話し、ここに来れなくなったらどうしよう、と相談した。
お姉様達は笑って、今までにも会えない事はあったし、私たちもいつかはここを出ていくからいずれ会える。心配は要らない、それにまだまだずっと先なんでしょ、と。
それもそうだ。
冬場はやれることが少ないので、勉学に励み、お薬の調合や礼法を中心に学んだ。
使う機会はなさそうだけど、四の姉様にはお裁縫とか家庭的?らしいことも教わった。
お裁縫の時キゾク?の人がやるような不可思議な力を籠める方法も教わった。
五の姉様からはわたしが皆の教育でよく育っているが、周囲の影響を受けやすいので自分のマナスをしっかと固めておくよう忠告してきた。
5番目の姉のエイダーナ姉様は体育会系だが脳筋ではないのだ。
彼女は今まで唯一の妹だったエーゲリーエ姉とたいそう仲が良く、さらに下の妹が出来た事で姉風を吹かせられる事が嬉しいらしい。
姉妹の中でも特にわたしともよく3人で遊んでくれている。
遊ぶとき霊木や香木のあてっこが最近のお気に入りだ。
時々他のお姉様達も交えて色んな遊戯で遊ぶけれど、一番強いのはエーゲリーエ姉、存外駆け引きが上手い。
エイダーナ姉様がわたしの身の守り方について、講義しているとエーゲリーエ姉も参戦してきて、体を鍛えるより女の武器を使って周囲に守ってもらえばいいという。
「貴女はまた、そんなことを。それでは厄介ごとを招きますよ」
「それもなんとかしてもらう!この子は可愛いんだから守られるのがお仕事よ!守る方もきっとやり甲斐があって喜びを得るでしょう。お互い様よ、ギブアンドテイクよ!」
エーゲリーエ姉はそういってわきの下に手を入れて、わたしを上に軽く放ってはキャッチを繰り返す。むぐぐ、これ最初は楽しくても目を回しそう。
「はぁ・・・・・・懲りませんね。イルンスールは真似をしてはいけませんよ。ちゃんと身を守れるように奥の手は隠し持っておきなさい。普通にやってもあなたでは自分の身を守れないでしょうからね」
四の姉様の家事教育の一環で縫製も教えてくれることになったが、これも難易度が高い。染料の原材料の提供は三の姉様、何気に大樹の前でいつも暇そうにしている一の姉様が喜々として糸車で糸を紡ぎ、機織りを伝授してくれる。できた織物は二の姉様がデザインし四の姉様がみんなの服を縫製する。
お姉様達とこの森の万能っぷりにはほとほと感服した。
「ビルビッセ姉様、エイメナース姉様、ほんとに森で何でも揃っちゃうんですねえ」
「ええ、ちなみに糸の提供はこの樹の上にいる蜘蛛達です」
「そうですよ、イルンスール。貴方も日々森の恵みに感謝するのですよ」
「はい!毎日感謝を忘れません!!」
まあ、なんて素直な子、と一の姉様が珍しく感激を露わにしてわたしを抱きしめてしばらく離さなかった。
お姉様のペットらしい蜘蛛さん達は挨拶してみると、あちこちの木の枝からわたしの頭くらいある大きな体を覗かせて脚をわさわささせていた。あれは彼らなりの挨拶なんだろうか。
それはそれとして、前から薄々気づいていたけど、やっぱり持ち込んだものしか持ち帰れないみたいで、山小屋では相変わらずばっちいボロ切れを身にまとっている。
石鹸や髪油の類は森の素材から自力で作れるようになり、他にもいろいろ生活用品の作り方を教わった。生糸から絹織物の作り方まで、、、これはいくら教えて貰ってもさすがに自作は無理!
だけど皆で協力してものを作るのは楽しかった。
これからは同年代のお友達と一緒に、こんな時間を過ごせるって期待に胸を膨らませながら冬が終わるのを待ち、
春が来て、フィオとの約束を果たしに麓近くのいつもの遊び場へうきうきしながら降りて行った。




