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露草がみていた私の孤独

 花を飾りたいと思ったことがあった。

 川辺に咲いてる露草つゆくさだったと思う。


 上手く言えないけれど、その花も私のことを呼んでる見つめてるって気がしたから。ずっとしゃがんで見ていたら私は笑っていて、それが欲しくなったんだった。ポチッと手でとって自分の机の上に飾ろうって、何に入れていいかわからなくてコップに入れてる漫画の場面を思い出して入れた。

 四つ葉のクローバーみたいに幸せになれるかどうかわからなかったけれど、そんなことは関係なかった。青紫の小さな花はとても可愛らしくて色が綺麗で、玄関に飾ればみんな喜ぶと思って自分の机から置きかえた。


 仕事から帰宅した母は、

「みっともないもの、やめてっ!」

 私は、また自分の机の上に戻したけれど、花を見ることが誰にでも嬉しいことじゃないのかと本当に不思議だった。

 小さくて売ってるようなちゃんとしたものじゃないけれど、私はこんな花も好きだったのだ。

「メアリー、きれいでしょう?」

「うん。気分が明るくなっちゃうよね。」

「川で見つけて。でも、玄関においたけど誰も気がつかなかった。お母さんはおこるし」

「きれいって思ってもらいたかったね。」

 次の日の朝に水を変えようと思ったらコップはなかった。夜の間か早朝に母がコップに入れるのは汚いと捨ててしまったからだ。


 ******


 母は三人姉弟の長子でしっかり者、そして、昔は学校の成績も良いし算盤の大会でも賞を獲っていたらしい。

 彼女は当然、進学するつもりでいた。だけど、祖父が「女性に学問はいらない」と叶わぬ夢となったと聞かされた。弟だけが進学を許されて、その不満話について私はいつも聞かされていた。

 会社で上司から何か言われた時や同僚と何かあった時には「本当なら私はこんな小さな所で働く人間じゃないのに」「あんな馬鹿な上司から叱られるはずなんてなかった」と顔を赤くして怒っていた。

 そして、自分がこうなったのは彼女の父親が学校に行かせてくれなかったからだと不貞腐ふてくされた顔で娘の私にブツブツぶつけるのだ。

 お盆や元旦に彼女の実家に行って皆と談笑してるのを見ると、私はそのギャップに違和感を感じてしまう。帰宅すれば文句が始まるから、母って人は裏表がかなりあるのか、それとも女優のように演技するのが上手いのかわからなかった。



 両親は見合い結婚をした。

 母はなぜだか、その言葉が嫌いで「紹介結婚」と言っていたが。

 小さな町では見合いが多かったけれど、当時でも恋愛結婚する人は少なくはないようだったしテレビで見て恋愛への憧れがあったのかもしれない。決められたようなものではなく自由意志で結婚したと思いたがったというか。


 父は長子だったから、当然、両親は結婚して父側の両親と同居が始まった。

 それによって、母は嫁の立場になり家族の中で一番下の地位になった。

 朝、新聞をとりに行くのは母だったが読むのは皆が読み終わった後。お風呂に入るのも子供よりも後、最後だったらしい。

「らしい」というのは、私は見てはいなくて物心ついた頃に文句を聞かされたからだ。

 嫁舅よめしゅうとしゅうとめ問題には、父は母の味方をしない。穏やかで物静かすぎる性格というのもあったが彼にも「嫁とはそういうものだ」という固定観念があったんだろう。


 味方をしてくれない父への不満も私に話すようになるが、幼い私に彼女を癒すことなど出来ないし母が父の悪口を言うのは本当に苦痛だった。存在感のない父でも私の父だったから。

 母は彼や誰かへ癒されることを求めることなど諦めてたんだろう。私が何も言えないってことを良いことに、自分の父親、夫、会社、祖父母、近所の人とのつき合いの中で起こったあらゆる不満を容赦なくぶつけていたんだと思う。



 いつの頃からか、嫁の立場が逆転した。

 母が祖父母をいじめるようになったのだ、仕返し。


 特に祖父への嫌悪はひどく彼が食べた後の食器は最後に洗う。それらを指で摘まむようにしてみんなのとは別に洗い場に運ぶ。

「ああ、汚い。汚い、洗いたくない。」

 と言いながら家族とは別に洗う。水をたくさん出してしっかり「バイ菌」を流してからスポンジで洗うのだ。もしも当時、除菌スプレーを見つけていたら彼女はきっとスプレーした後に洗い、洗った後に自分の手を除菌していたろう。


 お茶をいれる時にも、こっそりと雑巾を絞ったものを何滴か湯のみ茶碗にたらしていた。

 そうやって見えない所で陰湿なことをして過去の鬱憤うっぷんをはらすのを見る、聞かされるのはどうして私だけだったのだろう。私はその頃から思っていた、母のようには絶対になりたくないと。


 メアリーに話しかけた。

「もう、こんな家はイヤ。」

「そうだね、イヤだよね。ひどい。」

「押し入れに行こうかなぁ。」

「それがいいよ」


 私は押し入れに入ると自分の性器を触った。いつから触るようになったか覚えてない。ただ指で触れて匂いをかぐ。

 いわゆる、自慰行為のように中に指を入れて気持ちよさを求めることはしない。なぜだか、匂いをかぎたかったような記憶もあるけれど。

 押し入れの中だけでなくて、布団の中で朝起きた時や寝る前にも触るようになっていた。パジャマのズボンをおろすから誰かに見つかったら大変だと性教育を受ける前の私にもわかっていた。だから、緊張してドキドキしながら恐る恐るだ。


 私はその頃、祖父母の部屋で寝起きしていたけれど、ある朝、祖母に見つかってしまった。「いいかげんに起きないと布団たためないから」と掛け布団をバッとめくられた時に。

 祖母はズボンをおろして手を入れてる私に何をしてるか目を細めて聞いた。お腹がかゆいからと嘘をついてその場をしのいだと思う。母に叱られたら大変なことになりそうだからと、もう、それからは布団の中では触らなくなった。



 後に教えられたリ自分で心理学の本を読んで知ったのは、愛情を受けてない小さな子供は性器に触れたり小さな万引きをしたり、やましいと思われることをするんだってこと。いけないことと知っていながらするのは、自分を見て欲しいというサインらしい。

 幼い頃に私がそうしてたのは関心を持ってもらいたくてしていたということのようだ。叱られるかもしれないけれど無関心や無視されるのよりはマシ。何も言われないよりは「叱られるという関心を持ってもらえる」方を選んでいたってみたいだ。



 父の弟が結婚して家を出た頃からは、両親が寝て引き戸のある隣りの部屋で弟と私が寝ることになった。

 ある夜、私はお腹が痛くなり顔に汗をかいていた。でも、母に言っても何もしてもらえないか叱られるだけだと思って我慢していた。

「メアリー、お腹がいたい。」

「お母さんに言うのよ。すごい汗。」

「でも、おこすなってしかられたら・・・。」

「すごく苦しそうだから、言ったほうがいいわ。」

「う・・・ん。」


 メアリーとやり取りして、彼女は母に伝えるべきだと言ったけれど私は躊躇ちゅうちょしていた。痛くて自然にうなってしまったのが母に聞こえてしまったらしい。

 彼女は「うるさい」と引き戸をガタガタ大きな音をたてながら開けた。

「こんなに夜おそく・・・。」

 叱りかけて、私の顔の脂汗を見て様子がおかしいと気づいたようだ。


 病院に電話して連れて行かれた。

 トイレに行く処置をされて便を出したら痛みが軽くなって汗もひいた。医師は「ガスがたまっていたんでしょう。念のために明日は胃の方もバリウム飲みましょう」と帰宅した。

 結局、何か病気らしいものではなくて母は私のことを「金食かねくい虫」「こんな迷惑な子はいらない」と言っただけでなく、皆の笑いものにした。

「便やおならがたまってたんだって。あはは。」

 そんな風に彼女は笑いながら、家族の前でも近所の人にも親戚の人が来た時にもおかしい話でしょう、と私をさらし者にする。


 私は涙は出なかった。自分も笑うしかなかった気がしてたし、泣きたかったという感覚がなかったかもしれない。恥ずかしさと悲しさで苦しかったんだろうけれど、あの時の自分の感情がよくわからない。

 脳裏には映像のように母親が皆に話して笑い、私は縮こまって横にいた記憶はある。


 メアリーに話す。

「心配なんかしてくれないね。いらない子なんだって。どこか行っちゃいたい。」

「ひどすぎるね。でも、行くって、どこに? まさか・・・?」

「うん。死ぬのはこわいよ。こわくて出来ない。」

「そう、ダメよ! あなたがいなくなったら私が悲しいわ。あなたが好きだから。」

「だけど、ここにいるのもイヤだしね。」

「もう少しよ。きっと助けてくれる人がいるから。大きくなったらここから出て学校に行ったり仕事も出来るから。」


 母の口から私が、ダメな子、恥ずかしい子、汚い、くさい・・・そんな言葉が多くなって私はお風呂でゴシゴシしっかり体を洗って、自分の匂いを確かめていたこともあった。

 メアリーは、

「くさくなんかないよ。せっけんのいい香りがする。」

「ダメなんかじゃない。すっごくがんばってる。」

 気にしたり落ちこむ度に慰めてくれていた。


 ******


 小学校の低学年の時は夏休みに学校のプールに行っていた。

 体力作りのためにと行くとスタンプを貰っていた。行きたいわけじゃなかったけれど家にいるのも嫌で出かけてた。誰と行ったかプールで何したか覚えてない。水の中にはいたんだろうけれど。

 帰る時に空が暗くなり、既にアスファルトは雨の前の独特の湿った匂いがしていた。「早くかえろう」と走って行くと、近所に咲いてる向日葵ひまわりが私の顔より大きく誇るように咲いていた。種がたくさん詰まっていて、その日は触った時に花びらが少し縮んだ気がする。突然の夕立。プールバッグを頭にして家に入った。祖母でもいい。「服がぬれてるよ」と着替えるのを教えて欲しかった。


 家で押し入れしか居場所のない私はメアリーと話すことで発散していた。

 でも、学校でも私の居場所がなくなった。

 小学校四年生の時にクラスでいじめにあったのだ。


 クラスにはいくつかの仲良しグループが出来るものだ。仲良しといっても、大体みな誰かと群れてるだけなんだけれど。

 リーダー格の女の子が突然、ある子が来るのが遅くてその子を無視しないかと言った。その子が来て挨拶しても誰も返事をしない。

 いじめのターゲットがリーダー格の気分によって変わる。変わる度にいじめの内容はエスカレートしていった。仲間から外れたくても、そうするとターゲットになることは皆わかっているから従うしかなかった。

 私は怯えながら学校に行っていた。教室に入る前には、その日も自分が順番になってなくて、いじめ自体がなくなってることを祈りながら。


 だけど、「その日」がきてしまった。

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