第二話「難敵」
どうも、涼風てくのと申します。コンキスタドールってかっこいいですよね。……そう思うのは僕だけなんでしょうか。
熱く降り注ぐ陽光を遮る砂埃を跳ねのけながら、車両でしばらく移動をすると、様相は一気に変化した。岬には未だかつて経験したことの無い程の、生き死にの乱れる壮絶な光景が広がっていた。それだけ敵の戦力が格段に強力で大規模なのだった。
そしてそれは、自分が戦い始めてより一層感じられた。いつもならば軽快に敵を倒していける所を、一人二人倒すのにも労を要した。数さえいつもの比ではない。それでも、調整された頭の中の電極と周りの援護に助けられつつ、何とか前線を押し上げる。
しかしこの調子でいけば埒が明かないようにも思える。倒しても倒しても敵の数が一向に減らない。敵の牙城から五月雨式に支援が投入されているのだ。そんな現実を注視しながら、岬は研究室の面々の事を頭に浮かべた。今自分に求められていることは何か、自分がすべきことは何か、――
その時、インカムから合図が聞こえる。いったん前線を引いて通信を受けた。
「あー、聞こえるかな、俺だ」
研究室の空也からの通信だ。
「はい、聞こえていますが」
「敵の根拠地に行けって命令だよ、上からのね。ああ、一人でだって」
「一人で? 折角援護がいるのに、ですか」
「そこは取り合ってみたんだけどねえ、いまいち明瞭な答えが得られなかった。今はとにかくそういう事だ、済まないね」
「はあ」
命令とあれば拒否のしようは無かったが、単身敵の本拠地に乗り込めとは一体どういう風の吹き回しだろう。岬は根拠のない不安駆られはしたものの、今はただ従うことしか出来なかった。
大地に吹きすさぶ風が強まり、舞い散る砂の量も少しづつ増えて行く。岬は誰にも告げずに行くことを決意し、飛び交う騒音の中を縫うように進んでいった。一度は誰かに告げることも考えはしたが、思い直してやめた。
ときには流れ矢に当たりそうになり、剣がかすめもしたが、そんなものなど意に帰さずとばかりに長い髪をはためかせ、猛進し、やがて戦火の交わらぬ所に走り出た。一人で来たからには誰の助けも借りられない。
岬は何時間と走り続けた。その内に、ただ走る事にも飽きて、考え事を始めた。
さしたる疲れも感じずに数キロ数十キロと走り続け、丁度一週間前の事を思い出した。その日の朝早い内に来た。端的に言ってしまえば、人体実験に関するそれである、――電極を頭に埋めるとか何とかの。それを許諾するのに何のためらいも必要なく、被験する旨を伝えた。聞くところによれば、自分はその三人目だか四人目だかの依頼者だそうで、自分より前の人達には悉断られていたそうだ。人体の実験というものが自らの身をもって行われる以上、なんらかのリスクを恐れるのは当然だ。それこそ恐れない方がおかしいのだ。
それから話はとんとん拍子だった。手術は大した規模の物ではなかったため、その日の内に終わった。その後の準備も終了済みだったようで、次の日からは試験を繰り返した。空也や綴の他の研究室のメンバーと出会ったのはその日から。試験を繰り返す日々が今日に至るまで続いた。
そこでふと、思い至った。研究室のメンバーは男だけというわけではない。それなのにもかかわらず、同室は空也だったのだ。誰かしらと同棲するというのは研究上、あり得るとしてもその先の理由が分からない。だがぐるぐると回る思考は一向に答えを見つけられなかった。
ぼんやりと遠くを眺めていると、地平線の果て、砂舞う荒野のその先に建物がじわりと見え始めた。地上に見えている建物の大部分は崩れ去っていた。
岬が、あれが敵の牙城だろうかと思案していると、
「んあ、あれで間違いないねえ。見えてる部分は大分崩れてるけど、地下には立派な都市があるそうだよ」と空也の声が聞こえてきた。
岬の見ている風景は、常にコンタクトレンズ型カメラが送信しているため、リアルタイムで空也も同じ風景を見られる。そして音声に関してもインカムで同じことが言えた。
「では地下に入った方がよろしいですか」
岬が建物をねめつけながら問うと、
「うん、入口がどこかにあるはずだから、敵に遭遇する前に」
「了解しました」
建物はおおよそ三キロ弱先のあたりだろうから、十分と経たぬうちに着くだろう。あたりに少しずつ見え始めた緑が、すぐに視界に入っては引っ込んでいくのを、少しばかり心地よく感じていた。
「建物正面の地面に大穴がありますね。あそこから入りましょうか」
「うん。入ってからは気を付けて探すんだよ、無理はしないように」
すっと暗がりの大穴に飛び込んだ。
「……少し埃っぽいですね。ちょっと暗い」
「懐中電灯は必要そうかい?」
「壁伝いにたいまつがあるので必須というわけではなさそうです」
「そんならよかった、充電波が届いてないから迂闊に使って切らさないように」
「はい。……正面の方に通路があります。まずはあそこに行ってみますね」
「了解。映像は見づらかったら赤外線に変えるから御心配なく」
そのまままだらに会話を続けながら、岬が左右の遺跡の間を再び走り始め、通路をずんずん突き抜けて行くと、先に大広間らしきものが見えた。
「あそこへ入ってみますね」
「……ん、思ったより映像が乱れてる。どうも映像は駄目そうだ。ここからは音声に絞ってみる。……もう入ったかい、大広間」
岬はおずおずといった風に、
「入りましたけど……、奥の方に細めの通路があります。音声はまだ入りそうですか」
「入るね。それで、どんな感じだい」
「壁は石造りの重々しい造りです。砂埃がだいぶ舞っているようです」
つと、岬は走る足を止めた。
「あと数十メートルは細長い通路が続いているようです。……なんだか吸い込まれるような感じがしますね。通路には変化は無さそうですが」
「高さは?」
「二メートルくらいでしょう。手が届きます」
「そうか」
「天井がどうかしました?」
「天井はどうもしないけどさ」
「はあ、何でこんな無駄に通路が長いんでしょう。出入りに不便です」
「ううん、あんまり出入りする必要が無い場所だったって可能性は、あるだろうね」
岬は目をすぼめ、通路の終わりを見据えた。
「たいまつが奥の壁に付いていますから、あの部屋が突き当りのようです、空也さん」
「はいはい。んじゃ、気を付けて入ってみて」
「わかってますってば……」少しだけ気を落とした。
今までに比べ小さ目の、窓のない部屋から生ぬるい風が吹き出している。荘厳なつくりの部屋に入ると、次第に部屋の様子が明瞭になってくる。
そこに一人の少女がポツンと後ろを向いて立ちつくしていた。
「居ます……」
「手強そうかい」
「一見はそうでもありませんが」
「それはまた、めんどくさいかもしれないね」
その時、岬はにわかによろめいて、長い髪を揺らしながら危うく倒れそうになった。
「大丈夫かい? 何かあった?」」
後ろを向いて立ちすくんでいた少女が徐に、俯きながらこちらを向いた。一見すると何の変哲も無い少女だった。
「ちょっと……、近づくほど、強いモスキート音が……」
「モスキート音? 不快音波かい」
「わかりませんが……、ちょっと近づき難い。……あっ」
「どうしたんだ」
空也が尋ねているタイミングで、俯いていた少女は後ろ手に、二メートルは優にあるロングソードを引き抜いた。
「いつの間に、そんなものが……、っ!」
少女は無言のまま長剣を両手に握りしめ、一気に間合いを詰めてくる。
岬は正面を見据えながら、モスキート音の中、目に涙をためつつ、咄嗟に背中の剣を両手で構えた。気が狂いそうな程に不快な音波が膨れ上がった。
「うぅっ……」無意識に岬は呻く。
「おいっ、いったん引いた方が」
「反響が……」
広くない部屋の中が、不快な音波をまくしたてるように反響させた。
このまま通路に吹き飛ばされてしまえば、その反響で気が狂ってしまうだろう。
だがしかし、敵はもう目の前だ。
岬は、剣で受け身をとった。歯を食いしばりながら不快音波に耐える。それでも、せめて飛ばされる方向だけは変えなければ。
「ぐ……っ!」
重々しい金属音と共に、岬は思いっきり後方に吹き飛ばされていった。
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