悪役令嬢(♂)の受難
ふと思いついたネタを気付いたら書いていた
本日は学園の卒業式があり、今はその卒業パーティーだった。うん、ほんの少し前まではそんな感じだったよ。今はもう私や目の前の奴に周りが注目しちゃってるけど
「ユリア・シグルーン!貴様との婚約を破棄する!そして私はアリシア・フィアノート男爵令嬢との婚約を宣言する!」
「え、えっと神リザリスの名の下にそれを承認します」
頭が真っ白になった。一体何故そのような話になったのだろう?私の名は………ユリア・シグルーン、ノースタイア王国の宰相であるミスマ・シグルーン侯爵を父に持つ。そして目の前の男性はルーファス・ノースタイア第一王子、そしてその腕に抱かれているのは今年転校してきたフィアノート男爵の庶子だというアリシア嬢だった。いろいろ忠告してきたのに結局、何もかも無駄だったようだ。
そして続けざまに現れたのは学園近くの修道院の幼い神官見習いだ。状況はよく理解していないようだが、とりあえず見習いとはいえ神官として承認を出した。なんか無理やり巻き込まれたっぽいな、可哀想に。
「加えてユリア!貴様がアリシアに行った非道の数々、言い逃れはできないぞ!」
「非道とは一体何のことでしょうか?」
全く覚えがないのだ。そもそも殿下とその周りにいる奴らとその中心にいる男爵令嬢は一体何を考えている?このような公共の場、更に陛下やその他多数の有力貴族がいるというのに。
「此の期に及んで、見苦しい女だ。」
「本当、性格が破綻してるよ」
「あれだけのことをして即死刑に処されないだけ温情をかけられているというのに」
そう口にするのは王国の財務長であるレード公爵の息子のシェイド・レードと司法長であるアイン侯爵の息子のクルス・アイン、騎士団長カリフォス伯爵の息子ガルシア・カリフォスだ。
「とは言われましても覚えがありませんので」
そう口にすると「証拠は上がっている!」と叫びながら私に突きつけたのは被害者の証言ばかりで、物的価値のあるものは私の持っていた装飾品の類だ。しかし別に世界に一つとかのものなど持ってないので、私のとは限らない。なんにせよ何故そんなくだらないことをしなければならないのか。私は横目である場所を見る。そこには何人もの男性が頭を抱えたり、顔を真っ赤に染めて怒りの表情を浮かべていたりしている。その中心にいる二人の方々に目をやると疲れた表情をしながら二人とも首を縦にふる。どうやら色々と暴露して良いようだ。
「殿下、一つ間違いがございます」
「此の期に及んで………良いだろう、貴様のくだらない弁明を聞かせてみろ」
随分と尊大な態度だな、私としては言いやすいので構わないが
「まず第一に私と殿下は婚約関係にはありません。あなたの婚約者はそちらのシェイド・レード殿の五つ歳の離れた妹にあられるミスティ様です」
私の言葉に会場の貴族の子弟がざわめく。
「そ、そんな馬鹿な!私はそんなこと聞いていないぞ!?」
「私もだ!デタラメを言うな!?」
「それは仕方ありません。このノースタイア王国の伝統として王と王妃、専属の選ばれた侍女2名、相手方の両親、そしてある役割に選ばれた一人とその侍女一人のみが十年にわたる王妃教育の終えるよりも前に教えられることなのです。
それは王太子や王女様、そして相手のご兄弟でも例外ではございません」
本当に変な伝統だよ。それが原因で………いやこの場合は違うか。仮にミスティ様が婚約者だと伝えていたとしても変わらないだろう
「だ、だがそれと貴様のこととは何の関係もない!ミスティ殿には悪いが彼女には改めて断りを入れる。だが、貴様がやったことは許されん!」
「そ、その通りです。大方ミスティには手を出せないから身近で殿下と仲の良いアリシアを嫉妬に狂い狙ったのでしょう!」
まだ変わらないか。どうしたものかね。正直ここでシグルーン家が断罪されるなどもってのほかだ。完全に冤罪だからこの暴挙をなんとしてもこの場で納めなければならない。もしここで私が受け入れて牢に入り、後々回収されたとして、それは事情を知っている貴族の方々に王家は自身の失態をシグルーン家に押し付けたような扱いになるだろう。
私が私のまま所持している証拠を突きつけたとしても私のアリバイの証明ができないのが問題だ。
私はもう一度陛下の方を見る。
………顔面蒼白で泡を吹きそうな状態だ。陛下、すみませんが私の所為ではないですよ?
私は息を深く吐き出す。
これ言うの嫌だなぁ。何でこんなことになったんだろう。これさえなければ何事もなく解放されたのに。これからの行動は私にとって人生最大最悪の汚点だよ。
「貴様、何だその顔は!?」
ガルシアがアホみたいに激昂し、拳を振り上げたのでそれをさらりと回避する。あぁ私も残念だよ。お前達をかつては友だと思っていたなんて恥ずかしい。
「あまりに愚かでね………そもそもユリア・シグルーンなんて人物は最初からいませんよ」
私は本来の声と元友人達に向けて友人用の口調に戻し、前髪を掻き上げるように手を動かし、ヅラを取る。
「シグルーン侯爵家の子は兄のリアン・シグルーンと私、クリア・シグルーンの二人だけだ」
「は?」
「え?」
『ええぇぇぇーーー!!!』
私の宣言にアホどもは馬鹿面を晒し、他の貴族の娘息子は驚きのあまり叫び出す。
ちなみにユリアという名前は適当につけた名前だ。私ことクリアの妹という設定なのだから名前が似てても良いだろう。
「え、は?」
数瞬遅れてバカ王子と男爵令嬢が声を漏らす。
「まあ説明は陛下の方からしてくださるだろう。そのときは皆静聴するように」
私が陛下の方へ歩み寄りながらその前まで赴き、膝をつく
「陛下、王妃様、此度の任の失敗申し訳ありません」
「いや……むしろここまでよくやってくれた。当初は最悪伝統の十年を縮めてでもと思っていたのにな。
それに、バカ息子のせいで多くの苦労をかけたであろう」
「えぇ、複雑な気持ちでしょうけど見事な令嬢ぶりでした。本当に女性だったなら良かったと思ってしまうほどに」
「ご厚情痛み入ります。
父上、母上、そして兄上、シグルーン家の醜聞となりうるこの事態、申し訳ありません」
もはやいつ倒れるかといった状態だった陛下はそれでもお許しをくださった。
「いや、よく耐えた。そしてこの場で晒すというのがどういうことに繋がるのかを考えた上で行ったのだろう」
「その通りだ。クリア、お前はよくやったよ」
兄上がそう言いながら私の肩に手を置く。
「父上!」
どうやらようやく現実を飲み込めたらしい殿下が父である陛下を呼びながら駆け寄ってくる。取り巻きや男爵令嬢も共にきた。
「一体どういうことですか!?それになぜクリアがこのような格好を!?」
「黙れ、馬鹿者が!!!」
先ほどまで顔面蒼白だった人間とは思えない怒号が会場に響く。昔は巻き込まれてよく聞いたけど相変わらずすげぇ
「よくもまあこのような事をしてくれたな!王家の忠臣であるクリア・シグルーンがこのような形でユリアと同一人物だと知らせなければ我が王家の失態は拭いきれぬほどとなっただろう!
分かったか。ユリアはクリアだ。彼は男性なのだからお前を理由に嫉妬することもましてや他者を傷つけることもありえん」
「おまえもだ馬鹿者。なんだあの証拠は?全て一人の主観であろう。あんなのを証拠として提示するなど我が息子などと思いたくもない」
「この馬鹿息子が!確かにクリア殿は男性だが、あの段階で貴様の中では女性だったはずだ。
それに対し拳を振り上げるなど騎士として何を考えている!!!」
陛下の激昂に合わせて司法長、騎士団長が独自の視点で息子に怒りを示す。
「………………まずはクリアのことを話しましょう、陛下。諸君等も聞いておきなさい。我が国の伝統のことです」
いつまでも先へ進まない話に父上が提案する。うん、早くそうしてくれ。そして着替えさせてくれ。ドレス着ていたくないんだ
「………そうであるな。まず我が国伝統の王妃選定の話をしよう。
まず王妃は自国の伯爵以上、または友好国の王族の人間を迎え入れることが伝統となっておる」
「そんな!?愛があれば……「黙れ、いつ余が貴様に発言を許した」…す、すみません」
男爵令嬢が口を挟もうとして陛下の怒りを買う。こいつ空気読めよ。陛下キレると怖いんだよ。基本的に子煩悩なパパさんだから優しいんだけど、自分の子供が他者に取り返しのつかないほどの迷惑かけた時には本気でブチギレる。
「話を戻すぞ。さらにもう一つの伝統として十年の王妃教育を経て初めて王太子と目通りが叶うのだ。
しかしその期間の中で悪い虫がついては困る。そこでそれとなく虫除け用の壁として一人の人間が選ばれるのだ」
そうそこで選ばれたのが私だ。意味分からんだろ?普通女性がなるのが当然なんだがそれができない理由があった。
「しかしこの度は問題が生じた」
陛下は一度話をそこで切り一息ついてから言葉を続ける
「愚息のルーファスが生まれてから前後五年、その間に生まれた伯爵以上の貴族の女子がミスティ・レード公爵令嬢ただ一人だったのだ。それも五歳年下でな。そして他国の王家にもルーファスと同じ年頃の女子は誰もいなかった。
それ以下の貴族の家では虫除けの役割の中で王位に就くものやその伴侶に嫌悪感を抱かれた場合、取り潰そうとしかねないから虫除けを頼むわけにもいかぬ。それゆえに我らは一つの苦渋の選択をしたのだ。
その結果がユリア・シグルーンであり、此度の被害者ともいえるクリア・シグルーンだ」
「ちなみにだが、この話はおまえ達が幼少の頃に行われた話だ。つまりは成長した後の見た目と立場でこの場にいる四人の誰かになると最初決められ、最終的に容姿が中性的で男性にしては華奢、更に次男なので最悪何か不幸があって隠居しても兄がいるクリア・シグルーン殿が犠牲となったのだ。最終選考は馬鹿息子以外の三人で協議されていた」
騎士団長が言う。まあそりゃガルシアの見た目は彫り深いし、女に化けるのは無理だろうしな。
ちなみにここでいう不幸とは嫉妬に狂った女に刺されるということだ。過去に前例がある
「し、しかし!例えそうであってもアリシアを傷つけたことは許せません!」
王子はここまで馬鹿王子か。
「私が嫉妬するとでも?」
「だが、傷つける理由はあるだろう。私に近づいたアリシアを排除するために」
「傷つけた覚えなどありませんが、確かに近づくなと言った覚えはありますよ?
婚約者のおられる男性に近づくのは淑女としてあるまじき行為ではありませんか?と問うたことはありますね。それを傷つけたとおっしゃるのなら私は王命に従ったまでのことです。
それとも暴力を振るったとでも?そこの阿呆のように理由もなく」
「なっ!クリアおまえいい加減に……」
「そもそも、私はそこの男爵令嬢が突き落とされた時おまえ達と居たよな。叫び声が上がった時もその前後一時間は同行してたはずだが?さて、彼女は一体誰を見てユリアといったのだろうか?」
「うっ」
私の言葉に全員が言葉を詰まらせる。なんにせよ私の無実は確定なので言いたいことを言ってやろう
「もっと言うなら私は次男だ。領地経営関係の理由であんなにも欠席するはずがない。領地を賜るのは兄上だと知っていたのに、こんな簡単なことにも気づかなかったのか?
唯一クリアとユリアのいる日いない日に気づいたフィアノート男爵令嬢は実に滑稽だったぞ。私に縋り付きながら延々と実際にやってもいないユリアの悪口を言っているのだからな。その度に『間違いではないか?』と聞いても『絶対にユリア様です』と答えていたよな?あまりに何度も言ってくるから陛下直属の草の者に記録も取らせたぞ。ついでに監視していただいて自分で水を被ったり、衣類を破いているのもな。
なんらかの攻撃材料にしてくるのは予測がついたし、その時には私をそちらの愚かな集団の一員にするつもりだったのだろう?
本日も王命といってその権力を振りかざし、私を探させていたようだしな」
「っ!」
睨みつける男爵令嬢に気がつかないかのように振舞いながら言葉を続ける。
「確か私に向けた言葉は『あなたがユリアさんに虐められていることはわかっています。私が支えてみせますから共に闘いましょう』だったか?
あとは『あなたはユリアさんに怯えているだけです。あなたは強いのですからユリアさんに物申してもいいんです』だったな。
私が私自身であるユリアに虐げられているというだけでもおかしな話なのに、私が存在しないユリアと戦うとはどういうことなのか。いつ自分自身であるユリアに怯えたのか。いろいろと意味のわからない言動を繰り返しておられましたね。
あなたは一体なんなのですか?私に関しては見当違いもいいところでしたが他のに関しては見事に脆弱さをついておりましたね?
ルーファス殿はリアラ第一王女様へのコンプレックス、シェイドは内心の孤独、クルスは正義の在り方、ガルシアはお父上への萎縮といったところでしょう?」
こいつらにクリアとして登校した時にやれ、私は私なんだとか、どれだけやってもいなくならないとか、僕は僕の正義を貫くとか、親私は私のやり方で親父を越えるやらと聞いてもいないのにベラベラと聞かされたから大方そういう話をしたのだろう。
ちなみに私の当時の悩みは初見でユリアの正体に気づき、面白がってファンシーな衣装を送ってこられてクリアでもユリアでも構わず会うたびに「着てくれたかしら?」と笑みを浮かべながら聞いてくる第一王女のリアラ様くらいだった。
「で、そのお前らの答えが王家の名を失墜させかけ、大勢の前で断罪して一人を痛め付け、ロクに証拠も集めずにおまえの主観で人を裁き、結果私だったとはいえ女性に殴りかかることになったわけだ。
更に私は王命とはいえ女装して学園に入り、何年も周りを欺いて生活して続けていたという最悪な経歴を背負い、結婚することも難しいまま生きていくこととなる。
私にはそこの男爵令嬢が魔女だと言われた方が納得できるよ」
まだまだ言い足りないが陛下の前だしこのくらいにしておこう。
結婚無理だろうな。出来てもこのことを知らない随分と下の世代か、こんな私だから欲するほぼ同性愛者な女性なんだろう。私は女の格好は二度としないから後者はありえないがな。
「ひ、ひどいです!」
「貴様ぁ、私が王になり次第シグルーン家は取り潰しだァ!!!」
蔑む私に男爵令嬢はまるで泣き崩れたような演技で膝を折り、殿下は私に激昂する。馬鹿な奴だとは友人の頃から常々思ってきたがここまでダメに成り下がったか。陛下も怒りに顔真っ赤だし、王妃様は本当に倒れかけて母上に支えられてるよ。
「その言葉を口に出すとはな………」
煽ったのは確かに私だ。かつては友人だった奴らが変わり果てたのがよく分かる。私とて聖人君子ではない。いくらユリアとして虫除けの役割になれと言われても、あいつらには信頼されるように動いてきた。そもそもこんなこと王命だから仕方なくやっていただけのことだ。だから最低限のラインを超えない程度に令嬢達を窘めるだけにしてきたし、同じ男性として色々と考えて行動してきた。加えてクリアとしても窘めてきた。
なのにこのザマだ。こいつらには十五年以上の付き合いのクリアとして、そして私なりに献身的な女性像をもとに行動したユリアとしての私の両者ともに全否定されて黙っていられなかった。
「ここまで愚かになったとは」
「申し訳ありません、ついていながら私の力不足でした」
「いや、こやつがただ愚かなのだ。お前はよくやっていたと侍女を通した報告に来ている」
陛下の顔には失望や蔑みが見えている。
「ルーファスよ」
「は、父上。私と彼女の結婚を祝福してくださるのですね」
ほんとお前も空気読め。
「結婚は認める。いや、それ以前に見習いとはいえ神官の前で神リザリスの名の下にした婚姻は絶対だからだ。
そしてお前を廃嫡する。二度と我が血族を名乗るな」
「我らも同じ判断をした。シェイド、お前を廃嫡する。アイン侯爵とカリフォス伯爵も同意見のようだ」
陛下達もアッサリとその判断をなされたか。私が父親でもそうする自信があるけど
「なっ、ふざけないでください父上、我が王国の次期王である私を廃嫡などして国を潰すおつもりですか!?」
「本当にお前は何を学んできた。我が国家には過去にも多くはないが数名の女王が居た。
彼女達は立派に国を治め、発展させてきたのだ。我が国家は女王を認めている。王位継承権はリアラへ移譲する。
最初からこうしていればよかったのだ。リアラの方が優秀なのは目に見えていたが、親の情で第一子で長男のお前を継承者とし、愚かなお前の欠点をリアラやクリアに補えばいいなどと甘い考えを持っていた自分が恥ずかしい。
フィアノート男爵家はアリシア・フィアノートを廃嫡しなければ取り潰させてもらう。愚息は元男爵令嬢とともに平民として生きていくがいい」
「そ、そんな父上!」
絶望に染まったような顔になる元第一王子の背後にゆったりと近づく人が見える。
「思い人と結ばれたですからお喜びになってはいかがかしら、兄上?」
「っ!リ、リアラ」
目に見えて王子がたじろぐ。どんだけ苦手なんだか。私は私なんじゃなかったのか?
「お久しぶりです、リアラ様」
「ええ、ここ三年はロクに会いに来てくれないのだもの久し振りね、クリア」
そりゃあなたが服送ってきて着ろと笑顔で圧力かけてくるから避けてたんですよ。
「そうか………全て貴様のせいかリアラァ!お前がアリシアを傷つけ、私の起こす行動も見越していたのだな、この魔女め!!!」
徐々に憎悪に満ちた顔になりながら激昂してリアラ様に掴みかかろうとした元王子だがすぐにリアラ様の後ろについていた衛兵によって拘束される。
そしてその拘束された兄を見下ろしながらリアラ様が口を開いた。
「無理ですわ。だってお兄様ったらあまりに愚かで私に読めない行動しかとらないのですもの。チェスで罠を貼ってもその罠にかかる以上に酷い手をうつし、私が考えて父上に見せようとしていた農地改革案を取り上げたと思ったら改悪して自分の名で父上に提出するものだから私の予想よりも得られる結果が下がってしまいました。
そんなお兄様の先を読むなんて出来ませんわよ?」
あーまあそれは私も覚えがあるな。私も前に元第一王子がフィアノートと知り合い、デートの時間が惜しいという理由を伏せた状態で、時間がないからと頼まれて一度だけ課題を写させたのだが何故か点数が私のよりも遥かに低かった。
なんでこんなことになったのだろうかと思ったら私がニアリーイコールを用いて小数で答えていたものを分数で答えようとして思いっきり間違えていた。
あれには私も度肝を抜かれたな。まあそのおかげで全部丸写しにはならなかったから私の成績に影響が出なかったのでむしろ助かったのだけど。
しかしおそらく今回のことにリアラ様の関与はあるだろう。そして望んだ結果よりもひどい結果を示す王子はある意味流石である。
「衛兵、ひとまず王城の部屋に監視を立てて入れておけ。
皆の者、愚かな愚息達のせいで歓談の雰囲気を壊してすまなかった。君達が未来を担う若者として優秀な世代であると教師達やクリアにも聞いている。君達の飛躍を余も楽しみにしている」
陛下の言葉に従ってあの五人は喚き散らしながらも拘束されて連れて行かれた。そして陛下が全てを言い終えると私に向けて振り返る。
「クリア・シグルーン、此度は大変な目に合わせたようだ。何か欲するものはあるか?」
この会話が始まった時くらいには求める褒美なんて決まっている。
「カルヴァス辺境伯領内に暮らす家をください。隠居させていただきます」
実家ももう嫌だ。あそこに居ては常に気を使われる生活になる。いっそ誰一人私を知らない土地に行ってひっそりと生きたいのだ。
「あら、ダメよ。あなたほどの人材を遊ばせておく余裕などないもの」
リアラ様が横から口を挟む。
「私が臣下として心から信用できて、最も有能な人物は貴方だもの。それは認めないわ」
「リアラ、そうは言っても彼も大変なことをやらせていたのです。それに王宮に入れば心無い者達の言葉が彼を今後傷つけ続けるようになります。
それに私達のせいなのであまり言いたくはないのですが、息子も含めた友人達にはユリアとして、そしてクリアとしても裏切られて心身ともに疲れているでしょう。それにユリアは私の目から見てもほぼ完璧な完成度でしたから女性としての彼に嫁ぐ自信のあるものは恐らくいないわ。
そういったことも含めて彼には地方の穏やかな土地での療養が必要だと思いますよ?」
王妃様がここにきて母上に支えられながらも言葉を発し、まわりの令嬢方も首を縦にふる。おい君達な………
「あら?それなら問題ないわ。私が貰うもの」
再び会場に静寂が満ちる。そして次の瞬間には令嬢方の声で爆発する。
リアラ様が私を伴侶として欲した?いや、リアラ様ともかなり長い付き合いだがそんな素振りは見たことがない。自分で言うのもなんだが、優秀だから繋ぎ止めるためか?いや、それにしても何か違和感がある。
「ほう、リアラがクリアをな。なるほど幼い頃からの想いがあったからクリアの相手も見つからないうちは婚約を拒んでいたのか」
「まあ、それが理由だったのね。ずっと心配していたのよ?あなたったら有力貴族やフォルシア王国やメーカル皇国の王太子方に婚約を申し込まれても断固拒否するものだから」
「まあこのような事態のことを考えて婚姻を結ばせなかったことは正解だったな」
陛下と王妃様が和やかに話す。
フォルシア王国とメーカル皇国の王族といえばかなり容姿の優れた人物だったはずだ。フォルシア王国の王太子はワイルドな感じで男ですらカッコいいと思うほどに、メーカル皇国の皇太子は切れ長な目でいわゆるクール系なイケメンだったはず。それに二人とも優秀だということでも有名だ。それでも受け入れずに私を選んだ?そういえば昔のリアラ様は………あれ?まさか………
「リアラ様」
「何かしら?」
「あなたが欲しているのは………クリアではなく、ユリアではありませんか?」
再び空気が凍る。しかしその中でも口角を高く上げてにんまりと笑う人がいるのだ。
「やはりすぐにそこに至れるあなたは手放せないわね。その通り、これは私の業なのだけど物心ついてからずっと男性に興味が持てないのよね」
和やかに話している時の顔のまま陛下と王妃様がまっすぐ真後ろにバタリと倒れた。そしてうわごとのように「何処で育て方を間違えたのだ」と二人して同じ言葉を発している。
「お断りします」
「ダメよ認めないわ。あれほど欲したのは初めてよ。これまでは遠目で愛でたりするだけで満足だったというのにユリアを一目見た時に心が跳ねたの。クリアだというのは分かっていたのにね。
私の腕の中にいて欲しいとも思ったし、逆に私を包み込んで欲しいとも思ったわ。なによりユリアであるクリアの子供なら産んでも構わないと思ったのよ。
その後も役割なのだと気づいたけれど、あの兄に世話を焼く貴女を見ていつも嫉妬していたわ。せめてと思ってした贈り物も一度も身につけてくれないし、このまま役を終えて、ユリアが消えてしまうのが怖かった。
そんな今湧いて出た千載一遇のチャンスを逃してなるものですか」
こ、言葉を返せない。私の予想では、私への想いはあくまで昔の見た侍女を愛でているのと同じ程度で家格と能力を理由に立場を当てはめただけだと思ったのに、実際はかなりガチだった。これだとほぼ確実に二人きりの時は………いや、私のことは知れ渡ったし、リアラ様も業をたったいま暴露したから常に女装で生活させられるだろう。そんなことになってたまるか!?こうなったら………
「さらばだ、学友諸君!君達の飛翔を願っている!!!」
逃げた。全力で逃げ切ってみせる。もう国もシグルーン家も知ったことか、私は充分働いたはずだ!
会場を飛び出した私は馬車の中に衣類などを入れたカバンを肩にかけ、繋がれている馬の一頭を外して跨り、鞭を入れて逃亡した。
この後の私がどうなったのかはみなさんのご想像にお任せしよう。結局リアラ様に捕まってユリアの格好を強要され続けたのか、偶然廃嫡された奴らと出会って逆恨みで殺されるのか、異国で仕官してちょっとエリートくらいな幸せを掴んだのか。様々な未来が私の先には入り乱れているだろう。しかし………
「今はとりあえず逃げる!!!」
悪役令嬢(♂)の格好なんて二度としてたまるか!!!
キャラ紹介
クリア(ユリア)・シグルーン
王命で女装させられるという非常に不幸な侯爵家の次男。クリアの時は銀の短髪と泣きボクロが魅力的な美少年だが、ユリアの時は銀色のカツラを被って長髪にしている。またユリアの時は泣きボクロが美しさを、小柄で華奢な体躯が愛らしさを感じさせ、リアラの好みドンピシャになる。
男爵令嬢
野心は強いが意外と小心者。だから陛下がキレたら空気になった。本当の悪役令嬢がユリアのポジションにいたのなら怖くなって早々に諦めただろうが、うまくいっていたので調子に乗っていた。
バカ王子と他3名
男爵令嬢に落とされる前まではコンプレックスや弱みはそれぞれあったが、身の程をなんとなくだが知っていたのでまだマシだった。しかし半端に自分に自信をつけて暴走した。
リアラ王女
Sっ気のある王女様。男性よりも女性に心を惹かれる性格なので結婚相手を決めてこなかったが、ユリアに出会って覚醒。クリアの捜索は続けつつ、予備として婚約候補を募るも全て叩き切っている。
父、母、兄
クリアが逃げたことで少し地位が崩れる可能性を感じたがリアラがそうはしないと言ったことで一安心。時々行商人を通して送られるクリアの手紙で元気にやってるならいいかと判断し、「男性らしさが出てきたら帰ってこい」と伝える
陛下と王妃
息子のお頭も娘の性癖も産まれながらに等しいのだが、育て方が間違いだったのではと後悔することが増えた。
ミスティ元次期王子妃
王宮内に入っているとよく聞こえてくる王子の馬鹿さ加減に嫁がなくなって良かったと安堵している。協力者であり、当時は兄と友人だったクリアが気にかけて偶に会いに来ていた。その度に王妃教育の厳しさを理由に彼に泣きつき、優しくありながらも友人のように接してくれるクリアを兄のように、そして女装した姿のユリアを姉のように慕っていた。
現在は王妃教育で学んできた外交面を活かして欲しいとリアラに頼まれて外交官の下について勉強中
未来を担う若者達
彼らの中で頭脳明晰なユリアとクリアに異性として憧れた者も多くいた。そのため男性は同性に惚れていたという黒歴史となり、女性は慕っていたユリアが男性だったという事実に自尊心を粉々に打ち砕かれた。