とある冒険者の物語・後
夜中すぎにクレアと火の番を代わり、日が昇り始めてきたところで水場に出て顔を洗う。雪解け水はまだ冷たく、意識がすっきりとする。
「これを使ってください」
適当に袖で顔を拭おうとすると、ルイーゼがタオルを差し出してきた。一瞬汚しても悪いから断ろうかと思ったが、何を子供みたいなと思い直し、素直に借りることにした。
「ありがとう、粗雑なところを見られたな」
ルイーゼはにっこり微笑むと、座り込み自分も顔を洗い始めた。にっこり微笑むだけですべての答えになるというのはクレアにも見習って欲しいものだ。
「よろしいですか?」
「あ、あぁ、すまない」
借りたタオルを返す。それを躊躇うことなく使い、お辞儀をして戻っていく。
品があり、粗野なところが少しもない。使用人と思ったのは間違いか。雇い主のことをいろいろ聞くわけにもいかなかったので勝手に思っていたが、聞いておいたほうが良いかもしれないな。使用人と思っていたら、無意識下で勝手にそういう態度をとってしまうかもしれない。
俺が戻り、クレアを起こした頃には全員が起きていた。
商人の朝は早いほうだが、日が長くなってきたこの時期になればもう少しゆっくりしているのが普通だ。
「あぁ、まだすぐに出るわけじゃないから、しばらく休んでいてくれていい。
頼めるなら昨日の鍋に火を通しておいてくれると助かる」
「それくらいはお安い御用だ」
自分の分もあるとなれば不満の一つもないというものだ。
しばらくすると後方で鉄を打ち付けるような音が響いた。丁度そちらを見ていたクレアが眼と口を大きく開いて半ば放心していた。
釣られるように振り返った俺もおそらくクレアと同じような表情をしただろう。それほど驚くようなことが行われていた。
アキトとマリオンが真剣を片手に打ち合いをしていた。驚くのはそれだけでなく、その技量だった。速度、技、駆け引き。そのどれをとっても俺を上回り、想像の中でさえ二人の動きに俺が敵うとは思えなかった。
そして何より本気が伺えた。真剣を用いての本気など余程技量に差がない限りはありえない、それが常識だ。同格の者同士が本気でやりあえば怪我では済まない可能性がある。
でも目の前の二人の動きが本気じゃないとしたら、どれだけの技量を持っているというのか。商人なんかより冒険者としてやっていた方がはるかに稼げるだろうし、あれだけ動けるなら士官の道もあるだろう。
剣戟が一段と激しさを増し、その一撃一撃が相手をとらえたなら致命傷に至るだろう攻撃の中、マリオンの伸びきった腕を引き込むようアキトが体を入れ背負ったかと思うと、次の瞬間にはマリオンがまるで空中を飛ぶかのように舞い上がり、そのまま草原に打ち付けられた。その首元にアキトの剣が押さえつけられ、マリオンの降参の声が上がる。
「ルーネス、私まだ夢を見ているみたい。
ご飯ができたら起こしてね」
「いやクレア、俺の方が眠っているみたいだ、早く起こしてくれないか」
俺は駆け出す。近づいてみれば気のせいかもしれないと、そんな訳のわからない気持ちに押されて。
「ルーネス、もう出来たのか。
もう少し待ってくれ、鍛錬がまだ残っているから」
今度の相手はルイーゼだった。
おとなしめで少しおっとりした感じもあるルイーゼが馬鹿みたいにでかいメイスと、同じく馬鹿みたいにでかい盾を持って立っていた。持ったところで扱えるわけがない。それほどルイーゼに対して異様な大きさだった。
さっきは戦いの異常さに気付かなかったが、見れば三人共しっかりと防具まで着込んでいた。
それらは俺達の持つような皮製の物ではなく、しっかりと作られた鉄あるいは甲殻系の魔物の素材を使ったもので、決して安くはない。アキトはどこかの御曹司で、買い与えられたものかと思ったが、それも違うだろう。使い込まれた装備は激しい戦いの跡を思い起こさせ、見栄で用意したような物じゃ無かった。
何者なんだ?
そう問う前にアキトとルイーゼの鍛錬という名の戦いが始まった。それはマリオンとの戦いとはまた違った物で、アキトの素早い攻撃を確実に盾で捌き、隙を見てはルイーゼが反撃をするというものだった。
圧倒的な手数、そしてフェイントを取り込んだ技、見た目の細さから想像もつかないアキトの強烈な攻撃。
それらをしっかりと見極め、ある攻撃は受け流し、ある攻撃は受け止め、そしてある攻撃には盾その物を使ってカウンターを返す。
そして圧倒的なアキトの手数に対して、時折隙を見て振られるルイーゼのメイスによる一撃は比喩ではなく本当に小さな岩ならば砕く程の威力を秘めていた。
受けること不可能のその攻撃は同時に唯一の隙であり、それに合わせてアキトは後ろ回し蹴りを放つ。回避と攻撃を併せ持つ攻撃をルイーゼは躱し切れず、脇腹を蹴られて体勢を崩す。そこに詰め寄ったアキトが首元に剣を突き立てルイーゼの降参の声が上がる。
そしてアキトの前にモモが小枝を構えて立つ。
流石にありえないだろうと思ったが、アキトはきちんとモモの相手もしていた。もちろんモモの攻撃はマリオンやルイーゼとは違い、年相応のものだった。いや、そもそもアキトを相手に戦いになっていることが間違っているとも言えるが。
最後にアキトがモモを抱え上げて終了だ。
「まさかあれほど動けるとは思わなかった。
正直、護衛なんか申し出たのが恥ずかしいくらいだ」
「いや、そうでもないさ。
浅瀬の魔物くらいなら問題ないけれど、山賊となれば話は違う。
俺たちは魔物相手ならそれなりに戦えるけれど、人と戦う経験は多くないんだ。
だから山賊のように搦め手を使ってくるような相手は、知識もある人に任せるのが一番だ」
慎重だと考えれば悪いことじゃなかった。確かに技量では俺に勝るだろうが、勘や経験的なもので言えば年相応なのだろう。それを自覚しているだけでも立派なものだ。
もっとも、それらの全てを跳ね返すだけの技量を持っていると思えるが、わざわざ言うことでもない。
圧倒的な技量を見せられた俺たちだが、聞けば全ては鍛錬の積み重ねという地道なものだった。
翌日からの鍛錬には俺も混ぜてもらったが、正直技量の差がありすぎて練習にならなかった。クレアも魔法以外に槍を使うため一緒に混ざってはみたが、早々にお手上げ状態だ。
正直鍛錬なんかする時間があるなら狩りに出て、一匹でも多く魔物を狩ったほうが良いと思っていた。狩りをしていればそれ自体が鍛錬のようなもので、体も鍛えられるしお金にもなる。同じ魔物を狩ることが多いので慣れてくるし、癖を掴めば楽に狩れるようになる。だから鍛錬をしないこと自体を不思議に思ったこともなく、いずれは少しずつ強い魔物を倒せるようになっていくだろうと、漠然と考えていた。
だが彼らは常に強い敵と戦うことを想定して鍛えていた。正直これではどちらが先輩なのかもわからない。
そもそも――
「商人じゃなかったのか?」
「商人だよ。ほら」
差し出してきた認証プレートは確かに商人ギルドのEランクとなっていた。Eランクとなれば食べていけるだけの稼ぎがあることを意味している。つまり、本当に商人だった。世界最強の商人とまでは言い切れないが、俺の知っている限り彼らに敵う商人は思い当たらない。ぶっちゃけバレンシア遺跡に潜っている冒険者の中でも何人が勝てることか。
「家も商売やっているんだけれど、アキトは扱う商品は塩と香辛料がメインかぁ。
結構手堅いんだね。悪くは無いけれど、余り儲からないんじゃ無い?」
「まぁ、これは移動のついでだな。
本職は飲食業だから、バレンシアに付いたらそっちの準備に入るつもりだ」
「だから食事があんなに美味しいんだ。
バレンシアにお店を開いたら必ず行くよ!」
「どれくらい滞在するかわからないけれど、よろしく頼むよ」
「あれ? お店を持つんじゃ無いの?」
「この荷車を改良して移動式の店を作る予定だ。
それでこうして気ままに旅をしながら売って回る」
「えぇっ! 何それ面白い!」
「別に行商と大して変わらないだろ。
扱うのが食べ物だと言うだけで」
「全然違うよ! 確かに日持ちする物なら行商でも扱うし、街中なら偶に見掛けるけれど、それを外でやるというのが違う。
でも三人とも強いし、多少のゴタゴタは自分達で解決出来そうよね」
「いざとなれば逃げるさ。逃げるのは得意なんだ」
逃げるのが得意というのは悪くないな。強いのに少し臆病。臆病だから強くなろうとするのか。どちらにせよ賢い生き方だろう。
◇
それから四日。心配された山賊の襲撃も、魔物の襲撃も無く俺たちはバレンシアの町に辿り着いた。
バレンシアの町はバレンシア遺跡の一部だが元は廃墟だ。初めは遺跡に向かう冒険者に向けて商売をしていた商人が集まり、出来上がった町だった。魔物の住む遺跡に近いこともあって木材を打ち込んで作られた塀で覆われているが、魔物の被害を受けたことはまだ無かった。それも住民の多くが冒険者という特殊性の為だろう。
遺跡その物は粗方探索済で、近年はめぼしい魔道具や魔法具が見付かったという話を聞かない。その為、年々町の人口は減少傾向にあった。それでも魔物を狩るのであれば狩り場も近く、狩った獲物の売買もスムーズなことから一定の人気は保っている。
「これが約束の報酬だ」
「悪いな何もしていないどころか飯を奢って貰う形になって」
「別に構わないさ。護衛が仕事をしないで済むならそれに越したことは無いだろ」
「それはそうかもしれないが。
まぁ、気持ちはありがたく頂いておくよ。実はいま余裕が無くてな。
代わりに安くて良い宿を紹介する」
「それは助かる」
俺は最も安いというわけではないが、人当たりの良い老夫婦のやっている宿を紹介し、そこでアキトたちと別れた。この街で商売をするというなら、また会うこともあるだろう。その時は約束通り食事を頂くとしよう。
「わたし、自信をなくしたよ」
俺たちは質も悪いが値段も安いといういつもの宿に向かっていた。その道中でクレアがため息とともにそんなことを口にする。
「言いたいことはわかるが、ここで折れたらあいつとの結婚が待っているんだろ」
「うわぁ、考えたくないよ」
「アキトたちの性格が悪かったらそんなことも思わなかったんだろうけどな」
「そしたら怒りをやる気に変えられたかもね。
よく生きてこられたってくらいお人好しだったから、他人のことながら心配よ」
確かに人が良すぎる。大人がいない旅というのも目立つし、何よりルイーゼとマリオンは人目を引かずにはいられないほどの美人だ。
心配ではあるが、それでもアキトたちなら何とかしてしまうのだろう。どちらかと言えば俺たちの方が心配だ。
「どちらにしろ、一週間で稼ぎを戻さないと宿を追い出されるからな。
明日からは早速遺跡に行って、魔物の何匹かは狩るぞ」
「はぁ、どこかに良いお金持ちはいないかな」
「いい男はすでに予約済みだよ」
「アキトがもう少し大人だったよかったのに」
「その頃には両脇に良い女が二人いるんだ、諦めろ」
「この際、美味しいものがいっぱい食べられるなら三人目でも構わないよ」
「俺なら食べるだけの奴なんかゴメンだがな」
「ルイーゼもマリオンもなんで完璧なのよ、あんな子がいたら私が結婚出来ないよ!」
結局、宿までクレアの愚痴を聞いて帰ることになった。
◇
グレイウルフ。
体長八〇センチほどで、その名の通り灰色の毛を持つ狼だ。
「クレア!」
「右のグレイウルフを狙うよ!」
クレアが呪文を詠唱すると茶色の魔法陣の中心に土矢が発生し、グレイウルフ目掛けて放たれる。
『土矢』は二匹いる内、狙い通り右のグレイウルフの後ろ足に突き刺さった。
俺はそれを確認してから飛び出し、もう一匹のグレウルフに斬り付ける。攻撃自体はグレイウルフがバックステップで躱したが、そこでグレイウルフの胴体にクレアの『土矢』が突き刺さる。
「きゃっ!」
二匹のグレイウルフに止めを刺したところで振り返ると、クレアにどこからか現れた三匹目のグレイウルフが襲いかかっていた。
クレアは槍に持ち替える暇もなく、杖を振り回してグレイウルフを牽制していた。
そのグレイウルフがクレアに跳びかかった瞬間、突き出すように伸ばした両手剣の先端がグレイウルフの首元を捉える。
そのまま地面に落ちたグレイウルフが藻掻くように暴れるが、クレアが槍に持ち替えてその先を心臓に突き立てると、しばらくして動きを止めた。
「怪我はないな?」
「ハァハァ、ないよ、大丈夫。
自分でも驚いたけれど、四日鍛錬したくらいでも身を守るのに役に立ったよ」
クレアの場合、近接戦をする時は短槍を使っていた。
だが、とっさの場合に身を守るのは杖になるんじゃないかというアキトの提案で、鍛錬では杖で相手を牽制する練習をしていた。
「良かったじゃないか、身を守れたってことは強くなったってことだ」
「持ち替えるのにあせらないで済むから、余裕ができたらもっと戦闘向きの杖に変えたほうがいいかも」
今使っているのは木を削り出した物だが、それを鉄で補強した物であれば攻撃力だけでなく防御にも向くだろう。
多少値は張るが、その方が戦いやすいならそうした方がいい。掛けているのは命なのだから身を守ることが最優先だ。
ともあれ午前中の収穫としてはまずまずだった。
グレイウルフ三匹なら銀貨一枚位にはなるだろう。
それで二、三日は過ごせる。その間に同じくらい稼げれば食い繋ぐことができる。
心にゆとりを持てれば、戦いにも余裕が生まれる。
一時は飢え死にするかと思ったが、なんとか良い方向に動き始めたことに安堵した。
「アキトたちには勉強させられるな」
「私たちも朝の鍛錬でもする?」
「そうだな。クレアが身を守れるように成れば俺ももう少し大胆に動ける」
「魔法のコツも教わったから『土矢』も詠唱が早くなって、それだけ隙も減ったから結構余裕があると思う」
「剣だけじゃ無く魔法まで詳しいとは恐れ入るよ」
「ほんとだよねぇ」
冒険者なら名を残すほどに成長するだろうに、もったいないな。だけどそんなことは望んでいないのだろう。馬車を牽いて店を出しながら旅をすると言っていた時の四人はとても幸せそうだった。
「羨ましいな。俺も食べる為以外に目標を持ってみるか」
「へぇ、羨ましいんだ。ルーネスはルイーゼとマリオンのどっちが好みだったの?」
「何を言ってるんだ」
「えっ、やだ、それは駄目よ。いくら何でも幼女は駄目よ?」
「馬鹿なこと言っていないで、もう何匹か倒して帰るぞ」
「はいはい」
まったくわかっていない。お前が冒険者とは結婚したくないとか言わなければ、俺だって素直に求婚出来るって言うのに。
俺も金を貯めて商売を始めるか。好きな女の為なら剣を捨てるのも悪くない。
実は閑話と言いつつ1万文字オーバーでした。