とある冒険者の物語・前
随分前に書いていたのですが、本編で閑話を止めたので眠っていた話になります。
折角なのでここで公開することに。
今週は更新が無いので、これでお茶を濁す!
時は続編にてアキトたちがバレンシアの町に向かうまでの間です。
町の外れをくたびれた様子の二人が歩いている。
一人は二〇代前半の青年で、日焼けした肌に赤褐色の髪、革製の防具に身を包み、背嚢と共に両手持ち剣を背負っていた。
もう一人は同じ年頃の女性で、少し紫がかった銀色の髪を胸のあたりまで伸ばし、革の胸当てとグローブとブーツを身に着け、その上から短いローブを着こんでいた。手には槍を持っているが、腰には魔術の杖を持つことから魔術師と思われた。
共に冒険者の二人は空腹にお腹をさすりながら、なんとか北のクリミナ山岳にあるバレンシア遺跡を目指し、この町を立つところだった。
もともとバレンシア遺跡を中心に活動していた二人だが、たまには外に出てみようと護衛の話を受けたものの、初めて見る海に興奮し思ったよりも長居してしまった。
懐も寒くなった頃、帰りも護衛をしながら戻ればいいと思っていたが、タイミングが悪かったのか仕事にありつけず、かといって魔物も出ないこの町では冒険者が稼げる当てもなかった。
仕方なしに、道中動物でも狩りながら飢えをしのいでバレンシア遺跡に戻ろうと言うのが二人の出した結論だった。
◇
「ねぇ、ルーネス。
私たち飢えて死ぬのかしら。死ぬ時は魔物に殺されると思っていたのに」
「バレンシアに行けば多少は顔が利く、少しお金を借りて体力さえ戻せば何とかなるだろ。
それにクレアは最悪実家に戻ればいいじゃないか」
「そしたら絶対結婚させらせるから嫌よ。
少なくてもあの男のところは嫌、絶対に戻りたくないよ」
「まぁ、あいつは俺もどうかと思うが、お金は持っているからなぁ」
「お金と結婚するつもりはないの!」
クレアは両腕を組みそっぽを向いて答える。
だが俺はクレアの相手より、前方で門を出ようとしていた荷馬車に気を取られていた。
見た感じ護衛はいない。少年が一人、少女が二人といった感じだ。荷が満載であることから、その辺の農家から出荷に来たわけでもない。だとすればここから北に向かうはずだ。
いささか奇妙な組み合わせとも思えたが、仕事にありつくチャンスだった。
俺はそっぽを向くクレアを置いて、交渉に向かう。
「なぁ、もし北に向かうなら護衛として俺たちを雇わないか?」
俺は御者と思える少年に声を掛ける。
近づくまで気づかなかったが、もう一人一〇歳に満たない幼女もいた。
しかし声を掛けたはいいが、三人の少年少女が持つ雰囲気に思わずたじろいだ。
見た感じはどこにでもいる街人といった感じだが――いや、二人の少女は系統の異なる美しい少女だったが、俺はその三人を見てたじろいだ理由がわからなくなり、結局気のせいと思うことにした。
「この先は護衛が必要だったか?」
少年が二人の少女に確認するように声を掛ける。
「この先は魔物の住む森に近づく部分があって、たまに街道を進む人が襲われることがあるんだ」
俺は危険性を伝え、なんとか仕事にありつこうとする。
正直子供を相手に大した金額は期待していない。何なら食事代くらいでもいいくらいだ。
だが、魔物という言葉に三人は大きな反応を見せなかった。子供だからまだその危険性が認識出来ていないのかもしれないと俺は考え、滅多にはないがと前置きを入れて言葉を続ける。
「その先のクリミナ山岳には山賊が出ることもあるから、子供だけじゃ狙ってくれと言っているようなものだ」
「そうね、あそこは出来れば大人が一緒の方がいいよ。
これだけの荷物を積んでいれば襲われないとは言い切れないから。
これでも私たちはEランクの冒険者だし、私は少しなら魔法も使えるよ」
遅れてきたクレアがフォローを入れる。
三人は山賊という言葉に思うところがあったのか、前向きになってくれたようだ。
「バレンシアまでは五日だったか?」
「あぁ、短足馬なら五日見たほうがいい。普通の馬なら四日で済むんだが」
少年は少し思案する様子を見せた。
「一人銀貨一枚、食事付きでどうだろう?」
「あぁ、十分だ」
俺は即答で答える。
多くはないが、食事付きなら悪く無い。道中じゃ大したものは食べられないとしても、元から食べるに困っていたくらいだし、このチャンスを逃したら本当に飢える可能性もあった。悩む理由はないだろう。
「アキトだ。それにルイーゼ、マリオン、この子がモモ。
五日ほどだけれど、よろしく頼む」
「俺がルーネス、隣がクレアだ。安心して任せてくれ」
気さくな四人に迎えられ、なんとか道中の食を確保できたことに俺は安堵した。
その途端、腹の虫が鳴き始める。
「あの、残り物ですがよろしければこちらをどうぞ」
栗色の髪をした少女――ルイーゼが差し出してくる包を、思わず受け取ってしまった俺が困惑しているのをよそに、クレアが包みを開ける。
「うわっ、何これすごく美味しそう!
ほんとうに食べてもいいの?
お昼抜きにならない? あ、でもお昼抜きでもいい、食べたい!」
「大丈夫ですよ、召し上がってください」
ルイーゼが少し首を傾げて笑顔で答える。
見た目の可愛さも相まって、同じ年頃の男性ならそれだけで惚れてしまいそうだなと思いながらも、遠慮なく食べ始めたクレアに遅れまいと、その見た目も良い不思議なパンを手に取る。
それは白パンと呼ばれる高級パンだった。それも中の白い部分だけを使った贅沢なものでとても柔らかい。そのパンで薄切りの肉と野菜を挟み込みこんでいた。
よほど仕事がうまくいった時でもないと食べられないような食事を出されて逆に俺は戸惑ったが、美味しそうに食べるクレアを見て自分も口に放り込む。
柔らかい触感に、肉の味わいと野菜のさっぱりした味わいがいい感じに合わさり、食欲を誘う。
勢い食べ続け、気がついた時にはすでに空になった後だった。
ルイーゼが少しおかしそうに小さく笑うが、俺とクレアは今食べた味を思い出して幸せを噛み締めていた。
「いい思いをしたよ。これだけでも今回の仕事が出来て満足!」
「そうだな、感謝の気持ちは仕事で返すぞ」
「もちろん!」
◇
道中は春らしい陽気に包まれ、草原を抜けてくる風も冷たさが抜け心地の良いものに変わっていた。
緩やかな陵丘はあるものの、街道はその合間を抜け、移動は楽なものだった。
「これも美味しい!」
「まさかきちんとした食事がもらえるとは思っていなかった。
普通は護衛に与える食事なんか、余った携帯食というのが定番なんだけどな」
「ほんとありがとう、私報酬はこれだけでも十分よ!」
肉と野菜がたっぷりと入りしっかりと味付けされた食事に、俺とクレアが満足と感謝の言葉を述べる。
「ついでだから気にしなくていいさ。
報酬もきちんと約束通り支払うよ」
「これで魔物でも出てきてくれれば役に立てるんだがな。
こればっかりはお願いできるものでもないのが難しいところだ」
「それじゃバレンシアのことでも教えてくれると助かる」
俺は四人がバレンシアと港町パッセルを行き来している商人見習いだと思っていたが違ったようだ。少し驚いた表情を見せる俺に、アキトがエルドリア王国から来たばかりだと答えた。
子どもと思っていたが国をまたいでの商売とは。通りで思ったよりもしっかりとしていたわけだと感心する。
希望通り、バレンシアの街とバレンシア遺跡について俺の知っている限りの歴史や地理、魔物の状況などを教え、クレアがそれに補足する。
午後の移動もだいたいその辺の話がメインだった。俺とクレアにとっては生まれ育った街でもあり、話のネタには困らなかった。
「アキト」
少し赤みの差してきた陽の光を受けて真っ赤に輝く髪を持つ少女――マリオンがアキトに声を掛け、一方を指差す。そこには番と思われる二匹のカモシカがいた。
もし仕留めることができれば肉をたらふく食べられるところだが、あいにく俺もクレアも弓は使えなかった。かと言ってクレアの魔法では射程が二〇メートルほどなので見晴らしの良い草原では近づく前に逃げられるのが関の山だった。
「マリオン右を狙え、俺は左を狙う」
「わかったわ」
アキトとマリオンがどこからともなく弓を出し、短足馬から降りると息を合わせるように弦を引く。
見事だと俺は思った。その構えを見るだけで、二人の射手としての腕前は狩人としても一人前と言えた。そして残心も見惚れるほど見事だった。
商人じゃないのか?
そんな疑問が脳裏に浮かぶ。最も子供の頃は何でもやらされる。農作物を育てる傍らに町に売りに行かされ、暇があれば狩りに採集にと森へ追いやられる。子供の内はいろいろと器用に熟すものかもしれない。
ほぼ同時に放たれた矢は一本が右のカモシカの首筋に当たり、もう一本が左のカモシカを僅かに逸れて地面に刺さった。
二匹のカモシカは同時に走って逃げるが、そのうち一頭の動きが悪くなり、倒れる。もう一頭はその様子をしばらく見ていたが、アキトが駆け寄ると再び草原を奥へと走り抜けていった。そちらにはクリミナ山岳があり、水辺を求めて降りてきたのだろう。
仕留めたカモシカを背負うようにしてアキトが戻ってくる。アキトの体格で背負うには軽くないはずだが、体を鍛えているのかふらつくこともなく戻ってきた。
俺は二人の様子を見て感心していたが、感心している場合ではなかった。手を貸さなければおこぼれすら回ってこない、せめて解体だけでも受け持とうとクレアに視線を送り解体を請け負う。
「苦手だからやってくれるなら助かる」
「あぁ、お安い御用だ」
狩りには慣れているようなのに解体には慣れていないというちぐはぐな技能に疑問を持ちつつも、近くの水場でカモシカを解体していく。
場所も丁度良く、今日はここで野営をすることになった。
アキトは荷物からテントを取り出し、組み立て始める。俺もそれに手を貸し、ルイーゼ、マリオン、クレアの三人は食事の用意に入っていた。モモはみんなの応援をしている。アキトは、モモは言葉が話せないと言っていたが、本当に話せないだけで、それ以外は元気な普通の子供だった。
「テントはルイーゼとマリオンとモモ、それにクレアで使ってくれ」
「アキト様、私の代わりにテントを使ってください」
「私も外でいいわ」
「私は護衛なんだからテントなんかとんでもないですよ」
「誰も使ってくれないのか?」
「アキトさまが使えば全て解決するわ」
それはそうだろう。主を置いて使用人がテントを使うなど聞いたことがない。
それくらいの常識は俺も持っている。
「一人でテントというのも落ち着かないな。
せっかく出したがみんなで満天の星空でも見上げながら寝るとするか」
たしかに今日は雲一つない満点の星空が広がっていた。それも悪く無いだろう。
悪くないが――
「テントは四人で使ってくれ。
俺とクレアは交代で火の番をするから気にしなくていい、慣れているしこれも仕事の内だ」
それが一番収まりが良いだろう。
五日くらいの道中は食事さえ満足に取れるなら野営でも問題なかった。
「それじゃお言葉に甘えることにするか」
甘えも何もないが、人が良すぎてむしろ心配になる。よく商人をやってこれたものだ。
まぁ、雇い主とするなら偉ぶったやつより遥かにマシだが、そのお人好しが害になることもある。せめて道中くらいは俺が見ておくとするか。
夕食はおこぼれどころか同じ物が出された。
お人好しと思ったが、良いお人好しだ。何かあれば俺にできる範囲で庇ってやろう。