マリオンの冒険・4
第208部分「マリオンの冒険・3」の続きです。
マリオン編の残骸ですが、そこそこの文量があったので折角作ったサイドの方に乗せておきます。
時間軸が巻き戻りますので、ご注意ください。
この町はどうやらかなり大きな町らしく、石造りの建物、石畳の歩道、手入れされた街路樹、時折現れる洒落た小さな公園、そして街中を縫うように走る水路が特徴的な町だった。
途中何人かに訪ね、冒険者ギルドに辿り着く。
ここの冒険者ギルドは、私が見た中でも大きい方に見える。
町がそうだから、冒険者ギルド自体もちょっと小綺麗に見えた。
中は今日の狩りの成果を換金している冒険者で溢れかえり、随分と活気のある様子だった。
近くに魔巣でもあるのかな?
あるなら少し寂しくなってきた路銀を稼ぐのも良いかもしれない。
一人の男性がわたしに気付き、振り返る。
釣られて何人かが振り返る。
いつもの様に値踏みするような視線ばかりで辟易してきた。
「子供が間違って入ってきたぞ。
市場なら隣の通路を入っていった先だぜ」
「おいおい、一丁前の装備だけどその腕で剣が振れるのか」
「お嬢ちゃん、俺達のパーティーに入らないか。
宿で待っててくれれば毎晩楽しい思いさせてやるぜ」
冒険者への登録は一五歳を過ぎれば誰にでも出来る。
わたしは一六歳なので問題ないはずだけれど、登録が出来る事と戦える事は大きく違う。
だから若い子は熟練の冒険者の元でパーティーを組んで、狩りに慣れていくのが普通だった。
大抵は荷物持ちのような下働きからで、すぐに魔物と戦わせるようなことはない……と思う。
わたしは少し特殊だったから周りを見て感じたことだけれど。
だから、トラブルに巻き込まれやすい新人を一人で冒険者ギルドに向かわせるパーティーは普通じゃなかった。
それが地元の冒険者ならともかく、流れ者とあっては尚の事だった。
わたしはブランクを空けつつ一年程度の冒険者活動なので、まだまだ新人と言われる事に間違いはない。
でも、殆どの場合は無視していれば、からかうのも飽きてすぐに相手も無視してくる――殆どの場合は。
「小娘にお遊び半分で剣を振られちゃ迷惑なんだよ」
でも、いつまでも絡んでくる人がいないわけじゃない。
大抵は傲慢で自己顕示欲の強いタイプが多く、無視するとかえって面倒なことになるので、嫌いなタイプだ。
声を掛けてきたのは無精髭の汚らしい――いえ、身につけた服や装備も何処か手入れが雑で汚らしい感じの大柄な男だった。
「すぐに出て行くわ」
幸いにして案内窓口の方は誰もいなかったので、魔石の買い取りより先に昇級試験の予定を窺う。
受付の男性は昇級試験と聞いて少し驚いたようだ。
これまでも何度もあったことなので、もう慣れた。
要はこんな小娘が? と言うことね。
私が認識プレートを差出すと、それを手に取った職員は特殊魔晶石の色を確認し、再度驚いた様子を見せる。
でも、そこからはプロだった。
直ぐに次の昇級試験の予定を教えてくれて、その為の手続きに関する説明をしてくれる。
幸いにして昇級試験は明日だったので、予約も済ませた。
ランクCからの昇級試験は一人では受けられないけれど、臨時のパーティーで参加することは可能だった。
だら、明日は少しだけ早めに来て、同じようにパーティーを探している人と組むことにしよう。
昇級試験の受付を済ませている間に、空いた換金所で魔石の換金をお願いする。
そして、鞄に入っているもう一つの小袋に気付く。
中には魔魂が八個入っていた。
一つは大きめで、中々高価そうに見える。
おそらくあの一回り大きかったオーガの物だろう。
私が助けた人達は、魔魂をきちんと回収して私に持たせてくれたようだ。
これから私は多くのお金を必要とするから、これだけ纏まったお金になるのは助かる。
大猿の魔石に続いて、魔魂も換金のために差し出す。
「まて、それを何処で手に入れた?」
まだいたの? という目を向けるけれど、男はそれには反応を見せず魔魂の方を注視していた。
「東の森の先よ」
「お前のか?」
面倒くさいと思いつつもさっさと済ませたかったので素直に応えたら、尚も絡んでくる。
顔を近付けてくるものだから、吐く息が臭くて顔を顰めてしまう。
「お願い、換金を」
思わず蓋を探したけれど、見付からなかったから無視することにした。
アキトは「臭いものには蓋をしろ」と言っていたけれど、蓋をするには入れ物が必要よね。
「何処で盗んできた? お前が倒せるような魔物じゃ無いだろ」
「別に、盗んでなんかいないわ」
これだから子供は面倒だ。早く大人になりたい。
たとえ楽に倒したとしてもそれは結果であって、命を掛けていることに変わりは無いのだから。
それを褒めて貰いたいとは思わないけれど、盗んだとか言われるのは心外だわ。
ギルドの職員は素知らぬ顔で、魔石と魔魂の代金を差し出してくる。
先程、窓口でのやり取りを隣で見て私のランクを知っていたから、不思議に思わなかったのだろう。
私が代金を受け取りさっさとこの場を去ろうと手を差し出した時、それより早く男が魔石と魔魂の代金を取り上げる。
「ガリウド様?!
それは問題になります、今すぐ彼女にそのお金を返してください!」
「お前は黙ってろ!
こんな小娘がランクDクラスの魔石や魔魂を持ち込んでおかしいと思わないのか?」
魔魂と聞いて周りにいた冒険者も、ガリウドと呼ばれた男の言葉を聞き、懐疑的な目を向けてくる。
冒険者は、冒険者を襲う冒険者を許さない。
もちろん、証拠も無いのに襲いかかってくるほど無茶をする人はいない……と思いたい。
大体からして謂われの無い事なのだし。
それもこれも、この男のせいね。
ガリウド、今だけ名前を覚えて上げるわ。
でも、なんで様付けなのかしら。
偉い人だったりするの?
「しかし彼女はランクDの冒険者ですから不思議なことはありません」
「こんな小娘がランクDだぁ?
そうか、盗んだ魔石で傭兵を護衛に雇いながらランクだけ上げたんだろ。
ランクが上がれば魔石を売る時にも訝しがられないからな。
ずる賢い小娘め」
無理矢理に冒険者ランクを上げても、獲物が倒せなければ意味が無いでしょ。
それに盗むというなら、ランクDの魔物を倒せるような冒険者から、飾りだけのランクだというわたしが魔石を盗み出すのは楽だとでも言うのかしら。
「もしかしたら預かってきたのかもしれませんし。
いずれにせよガリウド様が手にする権利の無いお金です。
問題になりますよ」
「馬鹿か。小娘に、こんな大金を渡すような奴はいないだろ。
俺は悪人の手に渡らないようにしたまでだ。
これはその報酬と思ってくれ」
そう思うのは、自分がそう思っているからね。
そして、取り上げたお金が報酬ってどれだけ都合が良いのかしら。
ガリウドの声に野次馬が集まってきて、少し鬱陶しい。
別にこの男がどう思おうと構わないけど、さっさと宿を探して美味しい御飯でも食べたいわ。
ガリウドは私の頭上で、取り上げたお金を振るようにして私を挑発している。
ジャンプすれば届くけれど、気に入らない。
ニヤニヤ笑うガリウドが持つ、お金の入った小袋を魔弾で狙い撃つ。
魔力放出系はアキトの次に得意だった。
それでも魔弾が使えるようになったのはここ最近のことだ。
突然の衝撃に吃驚してか、ガリウドが手放した小袋が落ちてくるのを受け止める。
しばし自分の手を見つめて呆けている隙に、わたしはさっさと冒険者ギルドを後にする。
「ま、待て小娘。なにをした?!」
流石にその小娘を追いかけ回すのまではプライドが許さなかったのか、ガリウドは二,三度喚いていたけれど、もう一度お金を奪いに来ることは無かった。
さようなら、ガリウド。
これで名前も忘れられるわ。
こういういざこざは珍しくなかった。
まず子供と言うことで舐められる。
次に女と言うことで舐められる。
いちいち構っていては時間がもったいないだけだった。
◇
今日は昇級試験の日だ。
受付が始まる前に余裕を持って冒険者ギルドに向かう。
少しでも早めに行って臨時のパーティーを探さないといけないからね。
そして、今までがそうであったように、今回も余り者同士渋々といった感じでパーティーを組んで貰えた。
どう思われようと、パーティーさえ組んで参加できれば良いのだから問題ない。
問題ないと思っていたのだけれど――名前を忘れるのは早かったようだ。
ええっと……ガリウドだっけ?
「昨日の小娘か。
飾りだけのランクDと思いきや、ランクC狙いとは図々しいにもほどがある」
試験官の一人がガリウドだった。
あぁ、うん。なんだかわたしは嬉しいみたい。
やっぱりちょっと昨日は気に入らなかったのだと思う。
この間、限界まで力を使い切っていたから、しばらくは大人しくしようと思っていたんだけれど、ガリウドは気絶させてやりたい。
大丈夫、自分の限界はだいたい掴めた。
次は生き残れるとも限らないのだから、あんな失態はもう出来ない。
無様な死に方をしたら折角戦える力を貰ったのに、怒られてしまうわ。
それに帰ると約束したのだから。
パーティーは四人、一人が槍で他は全員剣を手にしていた。
わたしもガリウドが持ってきた木剣を手にし、相対して開始の合図を待つ。
ガリウドは気持ちの悪い顔を更にニタつかせて笑う。
一発くらい顔面を殴りたかったけれど、頭部への攻撃はルール違反なのよね。
開始の合図に合わせて飛び出す。
懐に潜り込み、下から上に斬り上げる形で剣を振るう。
わたしの見え見えの攻撃にガリウドはきっちり盾を合わせてきた。
さすがにお飾りの試験官というわけではないみたい。
木剣が盾を打ちつけた瞬間、粉々に砕け散った。
脆い?!
「おいおい、大事な備品なんだから大切に扱ってくれないと困るな」
始まる前からニタつくガリウドが軽く肩を上げてため息を付いてみせる。
呆れる。
何が彼をここまで醜くさせるのか。
嗜虐的な性癖でもあるのかしら。
周りからは「またかよ」とか「前回の試験では腕を折った」とか「この街じゃ女の冒険者は育たない」とか聞こえてくる。
わたしは特別耳は良い方だと思うけれど、ガリウドには聞こえないのかしら。
「さぁ、どうする。
俺も武器すら持たない小娘に撃ち込むのは気が引けるんだよなぁ」
「続けるわ」
試験を待つ他の冒険者がザワつく。
普通は武器を失えば降参するのだと思う。
でも、無手でも簡単に負けるつもりはない。
何のために武器を失った時の戦い方まで学んできたのか。
ガリウドはわたしの返答を聞き、嬉しそうに気味の悪い笑顔を作る。
間違いなくサディストね。
「そう言われては仕方がないな。
試験中の事故だ、許せ」
ガリウドは数歩わたしに近づき、大柄な体をいっぱいに使って頭上から木剣を振り下ろす。
十分に速さと重さの乗った攻撃だけれど――わたしは右足を半歩引いて体を捻り、左のフックを振り下ろされる木剣の腹に打ち当てる。
剣を流され体の泳ぐガリウドの脇腹に向かい、左フックの勢いで引き絞った右のストレートを撃ちこむ。
拳がガリウドの弛んだ肉にめり込むけれど、蹴り足を踏切り、全体重を乗せる。
続けてもう一発と思ったところで、ガリウドの口から汚らしい液体が溢れ出てくる。
わたしはそれを躱して二歩下がり、更に匂いから離れるために三歩下がる。
これ以上は白線を割ってしまうために離れることが出来なかった。
嫌なものを見て、気分が最悪になった。
身体強化すら使っていないのに、何もそこまで……。
自分でも気が付かないうちに蔑むような目を見せていたみたいだけれど、ガリウドはそれを見て嬉しそうな顔で気絶した。
近くで戦っていた同じパーティーのメンバーも、同じ様に嫌なものを見たという感じで離れていく。
別の試験官も無言で離れた。
結局、このパーティーではわたしだけが昇格となった。
「えー、あー、色々とすまなかった」
別の試験官が声を掛けてくる。
ガリウドとは違い、壮年だけどまだ渋さが足りない男性だった。
「いえ、構わないわ」
「まぁ、いろいろと問題のある男なんだが、あれでも良い所の出でね」
「問題にならないかしら?」
「立場上、直接手を出すような事はしないと思うが、何かあればここを訪ねてくれ。
本人は多分さっきの一撃で満足だと思うが……まぁ、そういう性癖なんだと思ってくれ」
世の中には変わった人がいる。それは変わった事じゃない。
納得はできないけれど理解は出来たので忘れることにした。
今度こそさようならガリウド、良い夢を。