レティ、目標に向かって
マリオン編の後の話になります
新年度を前に長期休暇に入る王都学園では、今まさに年度末試験の最中です。
王都学園は入園から五年間在籍出来ますので、私は後三年ほど通うことが出来ますが、来年の卒業に向けて履修を収める予定です。
本当は頑張って今年の卒園を狙っていましたが、お家の事情で一時学園に通うことが出来なくなり、後一年お預けになりました。
お兄様とアキトさんが一緒に行った任務により、昏睡状態に陥ったアキトさんはまだ目が覚めていません。
本当ならすぐにでも側に駆けつたいのですが、リーゼロット様やルイーゼさんが見守ることしか出来ない中で、私に出来ることはありませんでした。
出来ないことで悩むより、私は早く王都学園を卒業して元気になったアキトさんとやらなければいけないことが多いのです。
「レティシア様、今から魔法実技の試験ですか」
「タイラスもですか?」
「はい、今回は色々と楽しみですが、不安もありますね」
王都学園で私に声を掛けてくれる人は限られています。
それはこの国の貴族が、黒い髪を忌まわしい魔人を思い起こす者として忌避しているからです。
王都に住む貴族の殆は王都学園か騎士学校に通います。
ですから私がここで孤立気味になるのは仕方のないことだと思います。
中には魔人族の血を引いていると言う者も居ますが、魔人族が人と営みを持つとは聞いたことがありません。
仮にそうだとしたら、建国から何年もたった今となっては多くの貴族の中にその血が流れていると言えるのではないでしょうか。
私の身近には同じように黒髪を持つ人が二人居ます。
アキトさんとリーゼロット様です。
二人が居なければ、私は忌み嫌われる中でこれほど堂々と学園を闊歩出来なかったでしょう。
それどころか、王都学園にさえ通っていなかったと思います。
切っ掛けをくれたのはアキトさんで、黒髪の貴族でも強く立ちまわる姿を見せてくれたのはリーゼロット様でした。
王都学園で学ぶことは多くありますが、魔法に限ってはアキトさんとリーゼロット様の教えの方が素晴らしすぎて、魔法理論や魔法実技はほとんど取っていません。
それでも結果は出していますので、それ以外を頑張れば来年の卒業は問題ないと思います。
「今回の試験、王族の方や上級貴族の方の多くが棄権するそうです」
「なんでもザインバッハ帝国との緊張が高まっているとかで、お忙しそうですね」
試験の為に鍛錬棟へ向かう途中で、タイラスが不安を払うように話し掛けてきました。
「表向きはそうなっていますが、おそらくレティシア様のご活躍のせいかと」
「えっ、私ですか?」
もともと社交に疎いこともあって、そのような話になっているとは思いもしませんでした。
私の行動が王族や上級貴族に芳しくないとなれば、ことは私だけの問題では済みません。
いつの間にか冷や汗とともに震えていました。
どんな問題を起こしたのかさえ身に覚えがありません。
「あっ、言い方が悪かったかな。
そんな深刻になることではないですよ」
「で、ですが、もしお家の方にご迷惑を掛けることになりましたら」
後ろ盾の少ない新興の貴族などすぐに潰されてしまうでしょう。
お兄様とアキト様が必死になって手にしたものを、私の浅慮で失うようなことになったらどのような償いも及びません。
「なんでも生徒会長が現行の評価方法を変えたそうです。
王族や上級貴族が上位を収めるだけの評価にはなんの意味も無いと。
ですから今までの判定官による判断ではなく、絶対的な指標に対しての評価に切り替えるそうです」
それは随分と思い切ったことをと思いましたが、言っていることは正論です。
かと言って正論が受け入れられるという世界でもないはずですが。
「可能なのでしょうか」
「今回、色々と戦の機運が高まり、実際に王都近くでオーガ族との戦争が起こったことで、騎士団を中心に実力主義が台頭しているとか」
それは聞いたことがありました。
私の少ない知り合いであるバルカスさんも騎士団に入りましたから。
「より若い世代から人材の育成をしなければ、国の力は衰退するばかり。
王都学園がその台頭とならなければ他が追従しないと、国王自らのお言葉が出たようです」
「詳しいのですね」
「実は噂話を集めただけなんだけれどね」
国王自らのお言葉となれば、強引も何も反対することの方が難しいでしょう。
それが正論ならなおさらですし、軍事的な背景もあるとなれば生徒会長の改革が通ったのも自然かもしれません。
「それで、私のせいと言うのは……」
「魔法実技で総合七位とは言っても、実力的にはレティシア様が一人飛び抜けて高いですからね。
評価方法が変わることで、その差が明確になってしまうのは確かです。
それでは今まで上位にいた方々が面白くは無いでしょう」
私は何度かの実戦を経験することで実戦でも耐えうる魔術師として見られるようになっていました。
私からすればまだまだ気の回らないことが多く足を引っ張ってばかりでしたが、オーガ族との戦いを終えた時には王国魔術師団からお声を掛けて頂いたこともありました。
あの戦いでご一緒した魔術師の方の推薦だそうです。
その時点ではお兄様がお家を建てたことで忙しく、学業もあった為にお断りさせて頂きましたが。
「頑張らない方が良いのでしょうか」
「私も悩みましたが、ここで名を売ったほうが結果的には良いかと思い、今回は頑張るつもりです」
「改革の結果が出なければ色々と立場を悪くされる方も多いでしょうね」
今回の改革は生徒会長、つまりウィンドベル家が中心となって行っていることになります。
今の生徒会長は以前にも大きな改革を行い、影では粛清のマリアベルと呼ぶ者もいました。
それにより腐敗していた学園は随分と良くなったと聞きます。
それはもしかしたら長期的な計画の一端だったのかもしれません。
現状、兄の起こしたヴァルディス家と良い関係を結んでいるとはいえ、ウィンドベル家にとっては新興貴族の後ろ盾になるなど、それほどメリットの有る話ではないでしょう。
ですから私も、貴族に連なる者としてヴァルディス家の力に、そしてウィンドベル家に対するメリットとなり得るよう全力で当たるのみですね。
「出来れば、レティシア様にも全力で当たって頂きたいと思っています」
タイラスは平民ですが才能があり、以前の評価方法でも上位一〇名に割って入る実力者でした。
もちろん本当の実力は更に高いです。
それでも平民である以上、ある程度控える必要もありました。
タイラスにとって今度の評価は特別な物となりそうです。
騎士団がそうであるように、恐らく王国魔術師団でも才能のある学生を取り込もうとするでしょう。
「では、また勝たせて頂きますね」
「レティシア様が頑張ってくださるのでしたら、私も助かります」
自惚れではありませんが、私が頑張ればタイラスが最優秀賞ということはなくなるでしょう。
タイラスは最優秀賞より上位という位置の方が望ましいと考えているようです。
流石に実力主義とはいえ、平民が最優秀賞というのは改革を始めたばかりでは衝撃的過ぎます。
私も来年は生徒会へと声も掛けられていますし、ここらでそれに見合う実力を示しておくのも丁度良い流れだと思います。
それに、私にはその先に大きな目標があるのです。
ここで躓いていたら、その目標に追いつけません。
アキトさんにプレゼントされた指輪に値する価値を私が身に付けた時、約束は果たされます。
王都学園を最短――は無理でしたが、最優秀で卒業。
それを持って私は目の覚めたアキトさんのお嫁さんになるのです!
私はいつの間にか胸の前で握りしめた両の拳を、小さな咳払いで誤魔化して降ろします。
まずはリラックスです。
戦いはまだ始まっていないのですから。
◇
魔法の評価は発動速度、威力、飛距離、連射性、持続性の五項目で評価されます。
各々が評価用の石柱に向かって魔法を放つ試験場には、様々な魔法により焼けた痕や削られたような痕の残る石柱がありました。
タイラスは安心して全力を出したようで、得意とする風刃で切り刻んだ石柱は、私の出番を前にして崩れ落ちています。
どうやら中級魔法の暴風では無く、応用魔法を使ったみたいです。
応用魔法は元となる魔法のアレンジ魔法で、元の魔法を複数同時に具現化したり威力を上げたりとその種類も豊富ですが、今回はその両方を行ったように見えます。
その下級魔法とは思えない威力に、判定官も既に試験を終えて見学をしていた学生も言葉が無いようです。
中級魔法や中には上級魔法に挑む生徒もいましたが、上級魔法に至っては誰もが呪文を唱えたと言うだけで、具現化された事象は相応の魔法とは思えない稚拙な物でした。
恐らくタイラスのように下級魔法に専念した方がより良い結果となったと思います。
ですが、多くの学生は下級魔法を蔑む傾向にありました。
どうしても威力が大きく派手な魔法に目が行きがちですが、下手な中級魔法より卓越した下級魔法の方が威力も使い勝手も高いのですが……。
実際に私も狩りでは下級魔法の火矢が中心です。
プライドの高い人からすれば魔術師でなくても使える下級魔法では納得がいかないのでしょう。
リーゼロット様の教えを受けている魔術師はこの学園に三人います。私とタイラス、それに生徒会長です。
今回、生徒会長は試験に参加していませんので二人だけですが、上位一〇名落ちと言うことは避けられそうで、ホッと一安心しました。
後は私が頑張るだけですね。
私はタイラスの隣の試験場に向かいます。
試験は中間試験の結果で順位の低い順に行われていましたから、上位の王族や上級貴族が棄権したこの試験では私が一番最後になりました。
正直全員の注目が集まる中で緊張が止まりませんが、魔物を前にして死の恐怖を感じる時ほどじゃありません。
私は深く深呼吸をして指定の位置に付きます。
目標は二〇メートル先に置かれた岩の柱。
「いきます」
私が呪文を唱えたのは中級魔法の火球。
連発は出来ませんが一撃の威力では、私に使える最も高い魔法です。
呪文の詠唱が終わると同時に現れたのは直径一メートルほどの紅蓮の火の玉。
その炎の大きさに会場から驚きの声も聞こえてきましたが、大きくするだけなら今の倍ほどは出来ました。
でも私だけの力では爆発力が下がってしまい、結果的に弱くなるので見かけ倒しですね。
私はそれを射出する前に、もう一つの魔法を唱えます。
それは古代魔法の一つ圧縮魔法です。
リーゼロット様に教わった魔法の一つで、私の相性が良かった物になります。
圧縮魔法の効果で、徐々に小さくなる火球を見て見学者の中から失笑が聞こえてきます。
中には声を上げて笑う者もいました。
ですが私はそれに構っている余裕がありません。
火球を維持しつつ、もう一つの魔法を維持することに全力を注ぎます。
どんどん小さくなる火球は始めこそ紅蓮の炎といった感じでしたが、火球が小さくなるに連れてだんだんと青みを帯び、直径一〇センチほどになる頃には紺碧の炎となりました。
私はそれを撃ち出すように前方に手を振るいます。
放たれた青き火球が、尾を引くように石柱に突き当たると、強烈な熱量に石柱が炸裂し、舞い上がる粉塵がさらなる爆発を呼び起こしました。
試験場の魔法障壁が反射的に発動しその膨大な熱量を防ぎますが、建物を揺らす衝撃は大きく、私は顔面蒼白でした。
前に練習で撃っていた時はこんな大事にならなかったのです。
二度にわたる爆発により外壁が破損したのか、入り込む外気によって視界が開けた時には大きく穴のあいた鍛錬棟の外壁がありました。
私は早くこの場を納めてくれるよう先生に祈りましたが、むしろそれからの方が大騒ぎになってしまいました。
何度も謝りながら、ようやく解放されたのは日も落ちかけた頃です。
心身共に疲れ切って屋敷に戻った私を待っていたのはリーゼロット様でした。
そう言えば今日は試験の結果を聞きに来ると言っていたのを思い出します。
私は素直に試験で起きたことを話しました。
「それは興味深いですね。
石柱に燃焼性の成分が含まれていて、それが粉塵爆発を起こしたのでしょうか。
上手く使えれば威力の大幅な向上が見込めますね」
「私は今一度使う気にはなれなくなりました」
「理由がわかれば安心でしょう。
残念ながら私は精霊魔法が使えませんので、お手伝いくださいな」
確かに何が起こったのかわからないのは不安です。
結局実験に付き合うことを約束しました。
だってずるいんです。
リーゼロット様は最後に「アキトの助けになるでしょうね」とか言うのですから。
そんな事を言われたら断れません。
私はアキトさんが目を覚ますまでに、吃驚するほど強くなると決めたのですから。
今度は置いてけぼりなんか嫌です。
私の戦いはこれからなのです!