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お題小説

必要なことはそれだけだから

作者: 水泡歌

私には3つ上のお兄ちゃんがいます。


いっつもいばってて、いっつもいじわるで、いっつもカッコわるいお兄ちゃんがいます。


私が「お兄ちゃん」ってよぶとふりかえるのはそんなお兄ちゃんだけです。


どうしてもっとカッコいいお兄ちゃんがふりかえらないんだろうって思います。


私は――ぐしゃぐしゃぐしゃぐしゃ!



「ちょっとお兄ちゃん、なにすんの!」


「おれの悪口書いてんじゃねぇよ、バーカ!」


「お兄ちゃんのほうがバーカ×100! これ学校の宿題なんだからね! サンカンビで読むんだから!」


「お前の方がバーカ×一兆! そんな変な作文、宿題にならねぇし!」


「あー、兆つかうなんてずるい! それ以上大きいのしらないし!」


「ちょっと二人とも何ケンカしてるの!」


「だってこいつが!」


「だってお兄ちゃんが!」


「……二人とも今日のハンバーグ、1個へらすからね」


『え~!』


エプロンを着たお母さんがどしどしと台所に帰っていく。


お兄ちゃんはぶすっとしながら私をにらんだ。


ぐしゃぐしゃになった作文がぽいっと私になげられる。


お兄ちゃんはどしどしと自分の部屋に帰っていく。


私は作文をひろげた。


しわしわになったゲンコウヨウシ。


えんぴつをつかんで思いっきり書いた。


お兄ちゃんなんてだいきらい!



それから作文を書こうとするたんびにお兄ちゃんは「悪口書いてんじゃねぇよ」って何回も何回もぐしゃぐしゃにした。


だから先生からもらったゲンコウヨウシはなくなって、だからゲンコウヨウシを買いに行かなきゃいけなくなった。


お母さんとお父さんとお兄ちゃんと私。


4人で車で買いに行った。


お母さんはこんなことになっておこる私に今日は何でも好きなものを買ってあげるって言ってくれた。


だから、私はずっと前からほしかったおままごとセットを買ってもらって、ムカムカがニコニコになった。


大きなはこに入ったそれ。


うれしくてうれしくて大きいからお父さんが持ってあげるって言ってくれたけど、私は自分で持ちたくて両手でかかえて持った。


お兄ちゃんは「覚えてろよ……」ってぶすっとしながら私のゲンコウヨウシを持たされていた。


日曜日だからお店には人がたくさんいて、私の前をお兄ちゃんとお母さんが手をつないで、後ろを私とお父さんがならんで歩いた。


大人の人がぶつかって、私はふらりとして、ポケットの中のスーパーボールがおちた。


さっきスーパーボールすくいでとった一番きれいな色のスーパーボールだった。


私は「あ」と思っておいかけた。


色んな人の足にけられてスーパーボールはころがっていった。


おいかけておいかけてやっとおいついてひろいあげた。


ポケットに入れてふりかえる。


そこにはお父さんもお母さんもお兄ちゃんもいなかった。


「あれ?」って思った。


あわててみんなをさがした。


しらない人しらない人しらない人。


みつからない。


「お母さ~ん!」


たくさんの人にむかってよぶ。


だれもふりかえってくれない。


「お父さ~ん!」


たくさんの人にむかってよぶ。


だれもふりかえってくれない。


私がよんでもふりかえってくれる人はだれもいない。


色んな家族が私の横を通り過ぎていく。


お母さんお父さんと手をつないでにこにこしながら。


お兄ちゃんとおしゃべりしながら。


おままごとセットを見る。


私も手をつないでおけばよかった……。


自分で持つなんて言わずにお父さんの手をぎゅっとにぎっておけばよかった。


スーパーボールなんておいかけずにちゃんとお母さんとお兄ちゃんの後ろを歩いておけばよかった。


しなきゃよかったってことが今になってたくさんわかった。


もう、お母さんのハンバーグ、一生食べられないのかな?


もう、お父さんの手、一生にぎれないのかな?


もう、お兄ちゃんと一生ケンカできないのかな?


考えれば考えるほどどんどんかなしくなってきた。


やだ。


やだやだやだやだ!!!


やだでいっぱになってなみだとはなみずでぐしゃぐしゃになりながら思いっきりさけんだ。


「お兄ちゃ~ん!!!」


「何だよ……」


声がきこえて前を見る。


たくさんのたくさんの私に背中をむける人の中で1人だけふりかえっている人がいた。


お兄ちゃん、だった。


むすっとした顔で私にむかって歩いてくる。


「ほら行くぞ」


そう言ってお兄ちゃんは私のおままごとセットを持って、私の手をつないで歩き出した。


私が今まで両手でかかえていたものをお兄ちゃんは片手でらくらくと持っていた。


ハアハア言ってて、背中はあせでびっしょりで。


ああ、お兄ちゃん、走ったんだって私は思った。


お兄ちゃんは「いたよ」ってお母さんとお父さんのところに私を連れて行った。


お母さんとお父さんは「二人ともどこ行ってたの!」っておこった。


お兄ちゃんは私がいなくなったってしって、お母さんの手をはなして走り出したらしい。


お兄ちゃんは建物から出るまで、車につくまで、ずっと私の手をにぎっていた。


久しぶりににぎったお兄ちゃんの手は小さなころより大きくて。


私もぎゅっとお兄ちゃんの手をにぎりかえした。



その夜、私は作文を書いた。


私には3つ上のお兄ちゃんがいます。


いっつもいばってて、いっつもいじわるで、いっつもカッコわるいお兄ちゃんがいます。


私が「お兄ちゃん」ってよぶとふりかえるのはそんなお兄ちゃんだけです。


どうしてもっとカッコいいお兄ちゃんがふりかえらないんだろうって思います。


でも、私がよんだだけでふりかえってくれるのもお兄ちゃんだけです。


私を走ってさがしてくれるのもお兄ちゃんだけです。


だから、私のお兄ちゃんはお兄ちゃんでいてほしいと思います。



お兄ちゃんはこんどはゲンコウヨウシをやぶらなかった。


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