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第96話 勢いって大事だよね

隣りのブランコに乗った萌は終始無言、俺も無言。そうです、現在僕は萌と無言大会を開催しております。でも勝つのは絶対に萌だと思います。

ってか隣りに座られてもどうすりゃいいかわからないんですけど。俺なんて素通りして帰路に着いてくれたらいいのに。


「あ〜…ハンバーガー美味しかった?」


「…」


一生懸命に言葉を選んで声を掛けてみるも、無言という名の答えが返ってくるだけ。いつもなら「あんたに関係ない」とか何とか言ってきそうだけど、無言。

チラリと萌の横顔を見てみると、真っ直ぐ前を向いたまま微動だにしない。


萌は俺がさっき叫んだことについて何も聞いて来ない。それどころか「うるさい」と言った後に睨みつけてきながらもなぜか隣りのブランコに乗り込み、小さく漕ぎ始めただけだった。


前を見据えたままの萌を見つめながら考えてみる。俺の推測が正しければ、そしてあのあかねがあんなに慌てて逃げた理由はアレしか思いつかない。


「もしかして、勇樹に告白された?」


「…」


イチイチ言わなくてもいいことを俺ったら!俺は何も関係ないんだから確認する必要なんてないのに!頼む、無視してくれて構わないから!


「何で」


「あ、いや…」


そりゃそうだよ、どうして何も関係ない俺がそんなこと聞いてくるんだよ!って思うよね?聞き流してくれていいって言ったのに!……口には出してないけど。

どう言い訳しようか悩みまくっている俺に、前を向いていた萌がゆっくりとこちらへ顔を移動させてくる。怖い、呪われる!魂を吸い取られちゃう!


「何であんたが知ってんの」


「え?」


あれ、返答が少しおかくない?今は「関係ないクセに」って言うんじゃないの?俺の聞き間違いですか?

問いに対して何も答えられない俺はアホみたいに口を半開き状態で萌を見つめる。


「何で、あんたが知ってんの」


いや、1回でちゃんと聞き取れてたんだけど。


無表情で俺をガン見してくる萌に呪われそうな予感がした為、一度視線を外す。

別に誰に聞いたとかじゃなくて、勝手な推測を言ったまでなんですけど。まぁあかねによる少しのヒントから答えを導き出したんですが……何か、言い方ちょっとカッコ良くね?導き出したって、普通の高校生は言わないよ。


「話聞いてんの」


調子づいて天狗になっている俺の耳に、感情のまるでこもっていない萌の声が響いた。


「あ〜っとねぇ、いや、何で知ってんのっていうか…俺の透視能力はハンパねぇってこと?痛い!」


「意味不明」


それはごめんよ!

萌はブランコに乗ったまま鞄を投げてくるという高等技術で俺にダメージを与えた。ウマいこと顔面にヒットしたわ!表情ひとつ変えずに攻撃してくるとは、どれだけレベル上げたんだよ!


「いってぇ…。いや、だから誰から聞いたとかじゃなくて、俺の透視という…」

「消えろ」


透視っていう言葉で合っているかどうかは不明だけど、断じてウソはついていない!胸を張って言えますよ!だから消えろヤメて!


「消えませんよ!だって本当のことですから!」


「っふん……あかねに聞いたか」


「聞いてない!」


ここはちゃんと否定しないとあかねに悪いよね。誤解させるようなこと言って後でケンカになっても困る。

何も聞いてないから!と念を押してブランコを漕ぐ。

あのあかねがベラベラ話すと思うか!?あんた彼女が信じられないワケ?


「あかねは何も言わないでバイバイしました!だからこれは俺の勝手な推測です!」


「あっそ」


食いついてこないのかよ!いつもならもっと突っついてくるだろ!?変なトコで引くなよ!


「別にいいけど…」


聞こえないくらいの小さな声でそう呟いた萌は、チラリと俺を見たと思ったらゆっくりとブランコをまた漕ぎ始めた。

そしてそれをぼーっと眺めていた俺は、視線を逸らさずにいられなかった。


なんで、何で俺は見とれてんだよ、しかもあろうことか萌に見とれるって…。早希ちゃんならまだしも萌ですよ?何を意識してんだ!月明かりで萌が美人に見えただけ!…美人とか言ってる!


「太郎」


「ふぇっ、あ、はい?」


いつの間にか漕ぐのを止めた萌が名前を呼ぶ。突然呼ばれた俺は思わず横を向き、そしてすぐさま顔を逸らした。


「こっち見ろ」


「…み、見てるよ?」


「お前の目は後頭部にあるのか」


「だ、だから心の目で見てるのよ」


「見るな」


どっちだよ!


俺の澄んだ心の目で見られるのがイヤなの?でも肉眼でガン見されるより良くないか?

萌が俺をガン見しているのは痛いほどわかるけど、振り向けない。やべぇ、マジでまともに顔見れねぇ。


勇樹に『僕は秋月さんを諦めない!』宣言を聞いてたから別に今ここであわわする必要はないのに、なんでか全然萌の顔が見れないでやんの。


「太郎」


あぁもうどうやってこの場を凌げばいいかわからん。気を逆なでするようなこと言って殴られたくないし、でもだからって何を言えばいいかわかんないし。無言でダッシュは無理っぽいし。こうなりゃ第二の人格を作って凌ぐしかないか?


「太郎」


「あっ今ちょっと考えてるから待って」


「何を」


「そんなん決まってんでしょ」


「なに」


「だからぁ、萌とどんな顔して話せばいいかわかんないから考えてんのよ」


「…」


「…………は」


な、ななななな何を面と向かって言っちゃってんの俺ぇぇぇ!?なんで口に出して言うんだよ!うわっ萌の目、まん丸になってるよ!驚きで口が半開きになってるよ!


「なんであんたがどんな顔で話せばいいか悩むんだよバカ太郎」


やっと落ち着きを取り戻したと思われる萌が少しイライラしながらそう呟き、照れ隠しなのかブランコを勢いよく漕ぎ始めた。

あっちょっと顔赤いよ萌ちゃん。勇樹と腫れて……晴れてカップルになったから照れてんの?


……って、オーケーしたの?


「あ〜ゲフン、ゴフン…えっとぉ」


「うるさい」


俺の心を読まないで!

何を聞かれるのかお見通しとばかりに萌がブランコを漕ぎながらそう言い放つ。もしや俺の後頭部に何か書かれているのか?それで俺の思考を読んでいるのか?


「あぁ…う、うるさいよねぇ」


マジで帰りたいぃ!もう会話もクソもねぇよ!何か言おうとしたら先に言われちゃうし、そう思って黙ったら全然そっちから話しかけてもくれないし!


いくら待ってみても萌からは何も言ってこない。だから俺は『うるさいわよね』という曲を即興で作り口ずさむ。


「う、う、う、うるさいってぇ。う、う、う、うるさ…」

「うるさい」


だったら何とか言えよ!俺の言葉を待ってるならば筋違いもいいところだよ?僕は諦めたからもう何も言わないよ!

もはや『うるさいわよね』(作詞作曲 TARO)は歌わせてもらえず、またも夜の公園にて黙り大会が幕を開けた。


「…」


「…」


何とか言ってくれぇ。こっち見られてもギブアップだってば。


ギィギィと鉄がぶつかり合う音だけが公園に響き、俺はチラチラと萌の横顔を見ては逸らすを繰り返しす。そしてそんな彼女は俺なんていないかのようにただブランコを漕ぎ続ける。


うわ〜何なのコレ。なんで高校生2人、無言でブランコ漕いでんだ?全く楽しくねぇ。あっでもこれがブランコじゃなくてジャングルジムだったら少しは違ったかも……ジャングルジムがねぇ!中学の時はあったのになくなってるよ!

撤去したのかなぁ。一郎とどっちが早く上がれるか競争したのが懐かしい。(注 中学の頃の話です)


なんて本当にどーでもいいことをフラフラ考えていると、萌が突然立ち上がりこちらへ体を向けてきた。

さっきのあかねみたいに頭下げられたら困っちゃうなぁ…ないよね!


「…帰る」


「え?あっちょっと?!」


そう冷たく呟いた萌は地面に置いてあった鞄を乱暴に持ち上げ、俺の制止も聞かずに歩き始めてしまう。


「ちょいちょい萌ぇ!待ってってぇ!」


「もういい!」


何がもういいの?あんた1人で勝手に納得して帰るなっつーに!消化不良で帰らせないで!


「萌さん待たれぇ!」


「触るなバカ太郎!」


「ばっふぉ!」


肩に触れようとした瞬間、目の前が鞄で一杯になった。と、思ったら鼻に衝撃が走る。

速すぎてよくわからなかったけど、鞄が顔面に当たったよね。


「おっぼ、ち、ちょっと萌!」


「帰る!」


帰るのはいいよ、お好きになさってください。でも何で怒ってんのかだけ教えてほしいの!答えてくれたらちゃっちゃと帰ってくれていいから!


「俺なんかした?」


「何でもない!」


何でもないのにそんな叫ぶか!?そして何で顔赤いの?まだそんなに距離走ってないよ?息切れとか起こしてないよね?


「なになに何だよ?」


肩を掴むと第2の鞄アタックに襲われると確信し、手は(カッコ良く)ポケットへ突っ込みながら立ち止まってくれた萌の顔を覗き込む。しかし彼女はフイと顔を逸らすと下を向いてしまった。


「私…」


「あ、うん?」


何やら神妙な面持ちで下を向きながらも、何とか言葉を発しようとする萌をジッと見つめる。すごい言いづらそうな顔だけど大丈夫か?


「……勇樹を…」


「勇樹?」


あっもしかして、「私、勇樹と付き合うことにしたからあんたとはもう一緒に登校しない」宣言でもするのか?まぁそりゃそうだ、いくら幼なじみだっつっても彼氏がいる子と2人きりで登校はマズいよな。


………マズい、よね。


「断った!」


「痛い!」


油断は禁物!鼻が変な方向へ曲がりそうだよこんちくしょう!顔全体ではなくて鼻だけを狙い打ちするとは器用なヤツだな!ってかマジ痛い!


「痛いわマジで!何が断ったのよ?!」


鼻血が出ていないか確認しながら涙声でそう訴える。

ちゃんと筋道通して話せってんだよ!いっつもいっつも主語が抜けてんだから!


「だから、勇樹、断った!」


何でそこでカタコト?

勇樹が断った?って何を?

…………勇樹が断ったんじゃなくて、勇樹に断ったのか?いやいや待て待て。なんか日本語がわからなくなってきた。

そういえばいつも聞いてるハズの言葉なのに、連続で使ってるとだんだん意味がわからなくなることってあるよね……どうでもいいよね。


「勇樹…フラれたの?」


「…」


質問に対して何も言わずに小さく頷いた萌は、真っ赤な顔を継続させてナゼか睨んできた。

断ったのはあなたなのに、何で俺が睨まれなきゃいけないんだよ。「勇樹とは付き合うな!」って俺が言ったなら睨まれても仕方ないけど…ってかそんなこと言う権限を俺なんかが持ってるわけないでした。


っふぉぉ、何て言葉を紡いだらいいかわかんないぃ!何よ、何て言えばいいんだよ!ガン見されても困るわ!冷や汗ダラダラじゃい!明日は体育があるのにジャージが汗臭くなっちゃうよ!


萌の言葉に何と言っていいか見当もつかない俺は、痛みはとっくの前に消えた鼻を撫でた。そしてその間に一生懸命考える。


「あ〜…」


今までで一番気まずい無言です!やっぱりここは当たり障りのない発言で場を和ませるしかないか?いや俺のことだ、きっと当たり障りのある発言をしてしまうでしょう!


「あ〜…勇樹は……勇気があるよねぇ」


「…」


だから何だよ俺!ダメだ、もう俺1人じゃどうにもならない!好奇心を発揮していいのか否か、プリーズ悪魔ぁ!


(ギブ)


お前はあかねか?!答えになってねぇよ!


(自分の思ったことを口にしたらいいのよ。何も恐れることはないわ)


…あ、ありがとう天使!マトモな助言してくれて大助かりだよ!


(そして左手の小指を逆に曲げられるがいいわ!)


そんなことされたら折れちゃうよね。いくら萌でもないでしょ、それやったら病院送りだよ。


(じゃあ………ギブで)


やっぱりお前ら、俺の中にいるだけムダだよ。


「…なんで」


「あ、え?」


いらないことばっかり考え過ぎて何も思いつかないままの俺に、より一層の睨みを利かせた萌は小声だが狂気の入り交じった声で続けた。


「…なんで、断った?」


「いや、俺に聞かれても…。断ったのは萌でしょ?」


「…」


あばば、キミも俺と同様に動揺しているようだね……頼むから悪魔さんツッコんで!


間違いを正してあげても萌は無言で俺をジッと見つめてくる。俺の生き霊がお前に乗り移ったから断ったんだよ、とか言うのナシだよ?


「私は、なんで断った……?」


「いや、だから俺に聞かれても困るってば」


「わかんない?」


「何が?………って」


おぃぃぃ!どうして涙を溜めていらっしゃるんだよぉぉ!?鼻にキツいの喰らった俺ならまだしも、痛い思いはしてないはずのあなたがナゼ?


お願いだから泣かないで!と変な顔を見せるも、これは赤ちゃんにしか通用しないことに気がつく。そしてあわわしている間に今度は肩を震わせていく萌。もう俺が泣きたい。


「も、萌?」


こんな時まで殴ったりしないだろうと勝手に解釈して、ゆっくりと萌の肩に手を置いてみる。天使の予知が正しかったら次の瞬間、左手の小指は逆に曲がる!


「…」


おっしゃ大丈夫!

しかし左手を肩に乗せたまではいいが、これからどうしたら良いものか。

萌はきっと勇樹に申し訳ない気持ちで一杯になってるに違いない。それでもって俺はこういう時の対処方法が全くわからない。手を乗せるだけで精一杯。


「おぎゃっ…!」


同じ体勢で数分いたため、左手がりそうになった。ので泣く泣く手を引っ込めようとした次の瞬間!


「おぎゃっ…!」


涙で頬を濡らした萌に手を思い切り掴まれた、そして激痛。出来るならば全ての指を掴んで!どうして小指だけ?!


「あっあの、萌?出来れば小指だけじゃな…」

「なんでわかんないわけ?!」


「えぇ?!」


そっちこそわかってよ!そう言おうとして止まった。


なんでわかんないわけ?って、んなこと少し考えたらわかることじゃんか。

萌は俺のことが好き、だから断ったんだろうが。今のコイツ見たら誰だって、あの一郎だってわかるだろ。


今にも左手小指を折られそうな勢いの中、ふとあかねや勇樹に言われた言葉が頭を駆け巡った。


いつから萌が俺のことを想ってくれてるのかはわからないけど、勇樹に言われてあかねに言われてから少し気にはしてた。でもまさかって、それはないだろうって決めつけてた。それが悪かった。


目の前で俺の手(小指)を掴んだまま泣きじゃくる幼なじみは、めちゃめちゃ小さく思えた。それと同時にものすごい罪悪感に襲われる。


さっさと気づいてたら萌も、もちろん勇樹だってこんな傷つかずに済んだかもしれない。

………傷つかずに済んだかもしれない?早く気づいたとして、俺はどうしたいわけ?目の前で泣いてる萌を抱き締めたいのか?


俺は萌を……どう思ってる?自分のことなのに何でわからないんだよ。


「萌……」


どうしていいかわからず、小さな声で名前を呼ぶしかできない。萌は萌で俺の手を掴んだまま人目も惜しまず泣き続けている。


ただ慰めるためだけに萌を抱き締めるなんて、そんな無神経なことは出来ない。でもこの掴まれた手を払うなんて事、もっと出来るわけない。


「…っく、…ひっく……」


静かな公園内に萌の嗚咽だけが小さく響く。俺は彼女を抱き締めるわけでも、でもだからといって掴まれた手をほどくでもなく小さくなった彼女をジッと見つめていた。





萌と初めて会ったのは、小学生の頃。

やたらデカい家が隣りに建ったせいで一条家は日陰の身となり……これは前にも言ったか。

初めて会った時、幼いながらも俺は萌を可愛いと思った。でも絶対にそれを口にしなかった。ナゼならそんなことを言ったら最後、母ちゃんに「じゃあ早く結婚してウチを貧乏から救って」と言われるのが幼いながらもわかってたから。


それから同じクラスになって、いつの間にか萌が隣りにいるのが当たり前になった。それは高校生になった今でも変わりなくて。何をするにも一緒で、彼女がいない日々はなかったといっても大げさじゃない。………待てよ。それは逆に、萌がいない日々なんて考えられないって事なのか?


じゃあ、俺は萌が好きって事なのか?一緒にいたいって思うのは、イコール好きなのか?

じ、冗談じゃない。一緒にいたいなんて思ってない。さっさと誰かと付き合って俺を解放してくれってあんなに願ってたくらいなんだから………。


(本当にそう思ってんのか?)


今さら出て来て何用だ悪魔。大人しく脳みそに引っ込んでろや。


(お前が萌をなんとも思ってないなら、その掴まれた手をほどけば済むことだろ)


るっせぇな、そんなこと出来るわけないだろうが。お前に俺の何がわかるってんだよ。勝手に出て来て勝手に帰るクセに。


(俺はお前だ)


やっぱりお前、男だったか。


(……消えろ)


お前が消えろや!こっちは一生懸命萌のこと考えてんだよ!しゃしゃり出て来んな!


「…ごめ……」


「え?あっ…」


何も言わない俺に嫌気が差したのか、萌は消え入りそうな声でそう呟くと、そっと手を放し小さく鼻を啜る。

そんな萌を見つめていた俺は、握られた手と自分の顔がめちゃめちゃ熱くなっていることに気がつく。…いや違う、体全部だ。頭の先から足の先まで熱い。でも萌の顔なんていつも見てるハズなのに、なんでこんなに熱くなってんだ?


「ごめん…」


「あ、いや…」


目を真っ赤にさせて手の甲で無造作に涙を拭う萌。それを見た俺は慌ててポケットからハンカチを取り出す。


「こ、これ使っ…」


ムリぃ!こんなしわくちゃなハンカチ恥ずかしくて渡せるか!ってか学生服に入っていたハズのハンカチがなぜジャージに?!


「あっちょっと待って!違うハンカチ…!」


そう叫んで鞄を漁るものの、2枚も持ってるハズがない。それは萌もわかっているのか、必死に鞄に手を突っ込む俺を横目に、自分でハンカチを取り出すと目尻を拭った。


「汚いハンカチしかなくてごめん…」


「…初めから期待してない」


そう毒づく萌だけど、いつもの覇気は全くない。やっぱり俺が何も言わないのが悪いんだよな。

あぁ自分で自分が嫌になる。意気地ナシの甲斐性ナシ…同じ意味だな。


「萌…」


とにかく何か言わないと、そう思って口を開く。その瞬間、萌の肩がビクついたのかわかった。


俺は萌のこと嫌ってない、一緒にいて楽しい。まぁ楽しいよりは痛い時の方が多いけど。

でも…それも嫌じゃない。何だかんだ言って俺、実は萌といるの楽しんでるんじゃんか。


勇樹は萌が好きで、でも萌は……きっと俺が好きで。そんでもって俺は……俺も萌が好き……?

でも、あれだけ勇樹の気持ちを聞いておいて「ハイ俺も萌が好きでした!」宣言なんて今さら出来るのか?それに勇樹にどんな顔して言えばいい?


「あの、俺…」


「ごめん、帰る…」


「あっ、ち、ちょっと待ったぁ!」


話を最後まで聞かないクセはなんとかしてほしい!

俺はありったけの力を込めてそう叫ぶ。しかし萌は近所迷惑も考えないで大声を出した俺に鞄アタックを喰らわせてくるでもなく、驚きと戸惑いで顔が固まっていた。


「話聞いて、くれない?」


「…」


いつになく大人しい萌は辺りをチラリと見る、そして俺の真っ正面に立った。

いつもここで視線を外そうとするから萌は不機嫌になって帰るとか言い出すんだよな。照れるな俺、ちゃんと向き合え。


腕を軽くさする萌を見つめながら、あれやこれやと色々な言葉が頭を走り回る。


「俺…俺は……」


「…」


しどろもどろになっている俺なんかの言葉を待ち続ける萌の目に、段々と涙が溜まっていく。

俺はいつまで優柔不断だこんちくしょう。勇樹も誰も関係ねぇ、自分の思ったことを口にすればいいんだ。今ちゃんと言わないと、一生後悔する。


「俺…俺は萌の隣りにいることが……ってか、斜め後ろにいること嫌いじゃない。いつも殴られたりキッツイこと言われるけど、嫌じゃないよ」


「…うん」


涙が頬を伝い肩を小刻みに震わす萌を真っ直ぐに見つめながら少しずつ呟いていく。彼女も時々小さく頷き、話をちゃんと聞いてくれていることを示してくれた。

そして答えになっているのかどうかもわからないまま言葉を繋いでいく。


「嫌じゃない、んだ……」


「…」


なんか俺…やんわり断ってないか?いやいや違う、違うんだよ。断ってるわけじゃないんだ。はっきり言って萌といると変な意味で気を使わなくて済むし、それに……。


「……やっぱり、帰る」


「あっちょっと待っ…」

「私が嫌いなら嫌いってはっきり言えば!」


「っはぁ?!誰もそんなこと言ってないじゃんか!」


いきなりの怒声に驚きつつ負けじと声を張って戦う構えを見せた俺は、言うだけ言って身を翻して自宅へ向かおうとする萌の腕をもう一度掴む。が、さっきとはうって変わって凶暴化した彼女の鞄が俺の顔面スレスレに飛んできた。


「あぶっ危ないでしょうが!」


「いつまでもグジグジグジグジ!嫌いなら嫌いって言えば済むことだろ!」


「だから誰もそんなこと言ってないっつーに!勝手な解釈すんな!」


雰囲気ブチ壊しで口喧嘩大会開催です。いつもは言われてばかりの俺も今日は違う。勝手に決めつけて一人で納得したみたいな顔して、俺の気持ちわかってんのか?!何もわかってないクセに!


「好きじゃないって事は嫌いなんだろ!わかってるよ!」


「あ〜もぉだから何でそう決めつけんだよ!嫌いだっつーなら休みの日に呼び出し喰らっても秋月邸に行かないでしょ?!」


「お父さんが怖いからだろ!」


「はいぃ?!何言っちゃってんの?!」


「私がお父さんに言って機嫌を損ねたらヤバいからだろ?!お前の考えなんてわかってんだよバカ太郎!」


「ば、バカって言うな!真さんは関係ない!」


「関係あるだろ!私とずっと一緒に登下校してたのはお父さんが怖いからだろ!前にそう言った!」


「怖くねぇって!!!人の話を聞けよバカ野郎!!」


………女の人に野郎なんて言っちゃった。しかも声を張り上げちゃったよ。


今までにないくらいの大声を発したせいで、萌はすくみ上がって固まった。そして今気がついたけど、勢いに乗せてまたも腕を掴んでしまっている。


「ち、ちょっと痛いってバカ太郎!」


思いのほか力強く腕を掴んでいたらしく、痛がりながらも俺の顔面へ鞄アタックを喰らわせてくる萌。ズオォ!って効果音が聞こえるほど速い!避けられない!


「いでっ!ちょっ痛いのはこっちだよ!」


鞄アタックはモロに顔面を捉え、思わず掴んでいた手を放す。ってか鼻血出てないよね?大丈夫だよね?


「触るな気持ち悪い!」


「気持ち悪いだぁ?!そんなん言うならあなたはその気持ち悪い男を好きになったんですよ!?いいんですか、そんなこと言っちゃっていいんですかぁ?!俺が気持ち悪いならあなたは気持ち悪子になりますぜぇ?!」


「なっ…?!」


気が動転しまくりで自分でも意味のわからない事を次々に口走る。気持ち悪子って、それじゃあ俺は気持ち悪蔵かよ。


「だっ誰が気持ち悪子だ!」


「お前だお前!今日からあなたは気持ち悪子だよ!どうぞよろしくぅ!」


「っバカ太郎!」


「ハイ無敵ぃ!」


鞄が飛んでくるが…イケる、見えるよ!

楽々といってもいいほど、鞄は簡単に奪い取れた。それだけ萌は力を使い果たしたということでしょうか。まぁ何度も鞄を振り回したらそりゃ力も無くなるよな。これはもう俺の独壇場です、ヒヒヒ…。


「返せ!」


「ちゃんと聞いてくれよ!」


「…わかってるからいい」


「イヤイヤ、わかってないから」


「嫌いじゃないけど好きでもないだろ!」


「……俺が恥ずかしがり屋って知ってる?」


「初耳」


「…」


やはり一筋縄じゃいかないね。でも、萌の言い分はわかる。俺がどっちつかずな発言ばっかしてるからだよな。でもうまく言葉が出てこないんだよ。


「俺は萌を嫌いだなんて思ってない」


「だけど好きでもないだろ!」


「好きだよ!」


「は?」


「……………あ」


勢いに任せてとんでもないこと言ってしまった感アリアリ?ってか面と向かって好きとか言っちゃった!

そりゃあ俺は萌のこと好きだけど……好きって言ってるよ!間違いなく俺の口から発射されたよ!


「……」


口を金魚みたいにパクパクさせた萌は赤鬼状態で俺をガン見する。そして俺はそんな彼女を見て自分も赤鬼になっているような気がしてならない。


勢いで言っちゃったけど、口にするともう後へは引けない。でも、何だろうこれ。心のモヤモヤが無くなった気がする。今の俺なら空も飛べる気すらする。


(自分の正直な気持ちを吐き出したからスッキリしたのよ)


今ごろ出て来るなよ天使。お前さっきギブって言ったろ。


(あなたがしょーもなくウジウジしてるからでしょう)


るっせ!


「す、好きって……」


天使をムリヤリ奥に引っ込めていると、萌が赤鬼継続で言葉少なにそう呟いた。

うっわ〜、生涯初の告白が喧嘩した勢いでって…。ムードもへったくれもねぇよ。ってか告白とか言ってるよ俺!


「あ、いや…だから、好き……っていうか…暴力は嫌い…みたいな?」


「…」


あぁもうどん底だ!誰だって暴力は嫌いだよ!当たり前のこと言ってんじゃねぇよ俺は!


「…」


お互いに何を言っていいかわからず、同時に俯く。

萌の口からは俺のことが好きとは聞いてない。「わかんない?」って言われただけだ。だから、イコール俺から告白したようなモンで…。後の展開を全く考えてなかった。


「か、帰る…」


「あ、はい……」


いつまでも公園にいてもアレだということで、俺は萌に鞄を返して歩き始める。それに続くようついて来る萌。


あれ、いつもと順番が逆じゃね?なんで俺が先頭切ってんだよ。調子狂う事この上ないよこれ。


「で、できれば前、歩いてくんない?」


「ヤダ。…こっち振り向くな」


「イデッ!」


チラリと後ろを向こうとすると、鞄で背中を攻撃された。

なんで?萌って俺のこと好きじゃなかったっけ?やっぱり全て俺の先走りだったの?

普通はお互い好き同士とわかったら並んで歩いたりするモンじゃないの?なんで後ろを歩く?勝手な勘違いした俺の顔なんて見たくないからとか?


女って…女性って…意味不明な生き物だね。あかねくらいに萌の思考もわかりやすかったらいいのに。


後頭部をガン見されているような気配がしたが、振り向けないまま歩き続ける。

萌、今どんな顔してんのかなぁ。もしかしたらめっちゃ変な顔してたりして。白目向いてたりしたら笑えるんだけど。


ふぃ〜と小さく溜め息を吐くと、後ろからも同じような溜め息が聞こえた。でも怖くて振り向けない。





そうか、俺ってあんなにアレコレ言ってたクセに、結局萌のこと好きだったのかぁ。今までそんなに深く萌って女の子を考えたこともなかったから全然わからなかった。一緒にいるのが当たり前だったくらいで。でももう一緒に帰らないって自分でそう言っておきながら、いざそうなると拍子抜けしたのは、やっぱり俺は萌が好きだからだったのか……気づくの遅すぎ。


勇樹になんて言えばいいかな。きっと優しい勇樹のことだから……一発くらい殴られるかも。いくら優しい勇樹だからって、そこまでお人好しにはなれないだろ。

もしかしたら初めから勇樹は俺が萌を好きって知ってたのかもしれない…だから彼は俺に「萌が好きだ」と告白して、動揺するかどうか見ようとしてたのかも。って俺も知らなかった事実なのに!

でも勇樹が告白したその日に俺もって、有り得ないだろ。なんでわざわざって言われてもおかしくない。


それと……やっぱり晃だよな。アイツに言ったら一発どころか入院させられそう。萌とは幼なじみなだけだってずっと言ってきてたから、どんな返答がくるか想像もできない。

トボトボ萌の前を歩きながら、晃のあの憎たらしい顔を思い出してみる。カッコ良いくせに萌のストーカーだからな。2枚目が台無しだよ。それに比べて俺は……2枚目でも何でもなくてごめん!


晃が萌を好きになったのって、たしか中学の頃だったね。今でも「萌ちゃんの秘めたる美しさ」がどーのこーの言ってくるし。その反面、俺は何にも考えてなかったなぁ。


考えながらも電灯が消えている路地を抜け、俺はいつから萌が好きだったのかと自問自答してみることにした。

小学生……いや違う、その時は可愛いなぁくらいしか考えてなかった。じゃあ中学生……いや、萌がラヴレターもらってるの見て冷やかしてたくらいだし。

じゃあ…高校生?さっき萌のあんな普段しない顔を見て胸がこう、キュッキュッ…ってそこはキュンだろ!何を拭いてんだよ俺!

そういえば萌の暴力が始まったのって、中学生からだったけど……。


「萌ぇぇ!」


「ちょっこっち向くな!」


「そんなこと言ってる場合じゃないんだよ!教えてくれ!」


「何を?!」


「俺は、俺はいつから萌が好きなの?!」


「はぁっ?!」


そんなこと知るか!と萌はローキックを喰らわせてきた。

そうだよね、萌が知ってるわけねぇよね!頭グチャグチャのゴチャゴチャでごめんあそばせ!


叫びたくなる衝動を必死に押さえ、俺を追い越した萌の後ろ姿をガン見する。うん、あの長い黒髪がそそるのよね、って違う!


「ちょっ、早歩きからダッシュへと変化しないでぇ!」


「ついてくるな!」


帰り道は同じ方向からそれはムリ!

ダッシュへと切り替わった萌を必死に追いかける。

ハタから見たら俺は変質者みたいだよ!だってそりゃもう全力疾走してる萌を追いかけてんだから!波打ち際でアハハ、ウフフって追いかけっこしてるんじゃないんだから!


「萌!待ってって!一緒に帰ろうよ!」


「ヤダ!」


「即答かいぃ!」


やっぱり俺の勘違いだった。萌は俺を好きじゃないんだ!じゃなきゃあんなに必死の形相で逃げるか?赤面しながら俺の隣りを歩く、みたいなのを期待している時点で俺の負けか?


必死の追いかけっこは、お互いの家に着くまで続いた。







更新が遅れてしまい、大変申し訳ございませんでした。


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