第95話 正直だから可愛いの
クリーニング屋へ着いた俺を待っていたのは悲しい現実でした。あかねと2人で少し建て付けの悪いドアを開けた俺に、おじいさんの無情な一言が突き刺さったからです。
「ありゃ?学生服なら昼間お母さんが取りに来たぞ?」
か、母ちゃんが憎い!
取りに行くなら行くで朝言ってくれや!何を普通に「帰りにせんべい買って来て」とか言ってんだよ!言うの忘れてたならケータイに連絡してくれても良かったのに!
失意の中に取り込まれそうになっていた俺は隣りに立っているあかねの顔をチラ見した。
そんな哀れみの表情で俺を見ないで!
悲しみに暮れる俺を見かねてか、おじいさんはせっかく来てくれたんだから麦茶くらいしかないが飲んで行ってくれ、とあかねと同じような表情でそう言うと店の奥に引っ込んでしまった。あなたも俺を哀れみの瞳で見つめるのですね?
あぁ、母ちゃんが早く教えてくれてたら今ごろ早希ちゃんとハンバーガー屋という名の天国へ行っていたかもしれないのにぃ。
「げ、元気出しなって。ほらおじいさん麦茶持って来てくれるってさ」
肩をポンポン叩いて2人用の小さなテーブルにつくよう促したあかねは苦笑い。彼女もウチの母ちゃんがどんな人物かは知っているから敢えて何も聞かないでくれる。そんなあかねにマジ感謝です。このまま2人で一条家へ行って母ちゃんに怒号の一つでも浴びせていただきたいくらい。
「はいよ、お代わりもあるからな」
必死に俺を慰めていたあかねの元へとやって来たおじいさんが笑顔で麦茶をテーブルへ置くと、飲め飲めと促した。
わぁ氷も入っていて冷えているだろうなぁ…まるで今の俺の心のようだ!
「あっすいません、いただきます」
コップをガン見しながらお礼を言おうと口を開きかけた俺に代わってあかねがそう先にお礼を言う。それを見たおじいさんは俺達の顔を交互に見ると、何を血迷ったか言ってはならないこと口走った。
「キミも隅に置けないなぁ、美人の彼女と学生服なんぞ取りに来るなんて」
ヤメておじいさん!あかねの気を逆なでするような発言は控えて下さい!
どうしよ、おじいさんに何を吹き込んだ?!とか言いながら拳が飛んできてもおかしくない!この至近距離で殴られたら卒倒必死、そしておじいさんはそんな現場を目撃して音もなく倒れ込む!
そんな思いが頭を駆けめぐり、もうヤケじゃあ!と目をつぶる。が、彼女は殴るどころか俺を喜ばす発言をしてくれた。
「あ、いや、別に美人じゃないです…」
少し照れた顔で両手をブルブルと振り『美人』ということを否定した、だけだった。そう、つまり『キミの彼女』という単語には否定をしなかったんです!
…とは喜んでみたけど、これはただの優しさであることを僕は知っています。俺をこれ以上傷つけないために言葉を選んでくれたんだよね。ありがとう、やはりあか姉ちゃんだ。
顔を赤くしたままのあかねをガン見したおじいさんは、なぜか少し照れた顔でそれじゃごゆっくり〜と笑いながらまた奥へ引っ込んで行く。
後は若い人達でどうぞと言いたげな目だったのはスルーさせていただきます。
「ほら、飲まないと氷溶けるよ」
「の、飲むぅ」
うん美味い!と笑顔のあかねを横目に、少し前の出来事を思い出してみた。
どどどどどど、どうする?的な顔ヤメてくれない?ってか、顔メッチャ近いけどいいの?ちょっと頑張ればホッペにチュッくらいできそうな近さだよ?でもやればヘッドバッド喰らわせるよねぇ。
勇樹を前にあかねは俺の胸ぐらを掴んだままフリーズしていた。固まったままの彼女は彫刻のように美しい…だからチュッとやりたくなってしまった。どうよ、俺の美的センス。
やっちまいなぁ!と天使が囁いてきたので(天使のせいにします)ヒヒヒ笑いを浮かべ胸ぐらを掴まれたままで彼女の顔に自分の口を近づけてみた。あと、あと少し!ホッペに……。
「ぐふぇっ!」
やっぱりね!やっぱりヘッドバッド喰らわせるよねそりゃ!
鼻が潰れるほど強い頭突きを喰らい、軽くのけぞった俺は薄れゆく意識の中、勇樹の可愛い顔を見た。出来ればキミにもホッペにチュッをしたいくらいだ。どうよ、俺の…。
にしても、何で王子…勇樹がここに?あっそうか、ここのバス停から通学してんのか。って俺としたことが!姫である俺が王子の通学路くらい知っていなければならないのに失敗こいた!
「あの…僕がどうかしたの?」
許して王子!と心の中で叫んでいる俺の胸ぐらをまだ掴んでいるあかねに王子がそう優しく語りかける。
ダメだ、あかねは勇樹の名前をさっきの俺よりも数倍デカい声で叫んでたから、きっと言い逃れは出来そうにない。プラス彼女はウソをつけない性格だ、引きつり笑いを見せるしか出来ない。
ってか無意識に足踏んでるよ!気が動転してる証拠だよ!
「え?あ〜…ゆ、勇樹こそ何してんの?」
それが精一杯だね。大丈夫、俺があかねの立場だったら同じリアクションしてるからそんなにヘコまないで。
「僕?僕はバスを待ってるんだけど」
「…あ、そうかそうか。は、ハハハハハ…」
乾いた笑い声だけが周囲を取り巻き、あかねはお手上げ!とばかりに俺へ視線を向ける。
あかねさんよぉ、キミが無理だったのに俺がこの場をうまく凌げると思っているのかい?
「会いたかったわ王子ぃ!」
それでもなんとかしろ目線のあかねに気合いで負け、とにかく何でもいいから叫んでみた。そして叫んだのと同時に勇樹に抱きつく。そのスキに素早く何かを確認するあかね。コンビネーションはバッチリです。
姫の押しの強さに負けた勇樹は苦笑いしかできない。今の内に言い訳を作るんだあかね!俺にはこうして時間を稼ぐしか出来ない!
「大丈夫、萌達はいないよ!」
大丈夫じゃねぇぇ!大声で何言っちゃってんのぉ?!ってか何の確認?萌達がいないことなんて既にわかりきってるでしょうよ!
「え?!秋月さん近くにいるの?」
バカバカ!とアイコンタクトを送ろうとすると、あかねの言葉を聞いた勇樹がアチコチを見回す、がいるわけねぇ。今頃女性3人楽しくハンバーガーにかじりついてるだろうさ。
「お、王子!萌なんて魔女よりもワタシを見てぇ!」
ここはやはり俺がやるしかない!あかねはイッパイイッパイな顔してるし、勇樹は萌の姿を必死に探してるし。
あれやこれや、なんやかやと勇樹に話しかけて場を凌ぐ。でも僕にはそんな多くの教養はないから早くバス来て下さい!
「あ、バス来た」
あかねのその一言によっしゃ〜!とガッツポーズを取った俺は、勢いそのままにより一層の力を込めて勇樹を抱き締める。細い!細くて折れちゃいそう!慎重に抱き締めてあげないと!
「早く乗らないとヤバいよ!ちょっと太郎いつまで抱きついてんの!?」
「イヤよ!ワタシの勇樹は渡さない!」
自分に姫様の何かが乗り移ったのがわかった。しかしそれを言った瞬間、勇樹がドン引きしたのが見てとれた。
そこまで引かれると……逆に燃えるわ!周りの人々が冷たい視線を送って来てるけど気にしない、ってか気にならないほど燃えている!
「勇樹がバスに乗れないって!」
何か突っ込まれてもウマい言い訳が全く思い浮かばないあかねは、さっさと勇樹をバスへ導こうと俺の首根っこを捕まえて彼から引き剥がす。って首締めてるって!さっきのコンビネーションは何処に!?
「勇樹早く乗って!太郎はあたしが抑えておくから!」
「え?あ…うん。それじゃまた」
「ワタシも佐野家に連れて行ってぇぇ!」
必死の思いも虚しく、勇樹は終始微妙な顔でバスに乗り込むと小さく手を振ってくれた。
おぎゃぁぁあマジで一緒に行きたい!そして勇樹にソックリな(と思い込んでおく)お母様の晩ご飯をご馳走になりたい!きっと今日の献立は勇樹の大好きな(と思い込んでおく)茶碗蒸しに違いないんだ!ほんわかな雰囲気の中で柔らかい茶碗蒸しを頂く、最高!……はい勝手な妄想です!
「ほら行くよ!」
バスが見えなくなるまで勝手な妄想に浸りながら手を振っていた俺の腕を掴んだあかねは、クリーニング屋へと歩き出した。そしてその道中、勇樹に何も聞かれなかったことを2人で喜び合った。
でも、来週きっと聞かれるよ。
と、まぁこんな感じで切り上げたんですよ。あの時あかねが「萌いない!」って自信満々で言った瞬間の顔が今でも鮮明に思い出せる。そしてマズッたぁぁぁ!って顔も。お茶目な一面を垣間見させていただいた。
これ飲んだら帰ろうかとあかねは麦茶を美味しそうに飲み干し、反対に俺は奥歯が染みるという理由のため、氷が溶けて少し温くなってから飲もうと手を膝上に置く。
……………何で俺、クリーニング屋であかねと麦茶飲んでんの?これってどんなシチュエーション?
あっ別にあかねと2人っきりがイヤってわけじゃないよ、むしろ嬉しいくらいだよ!こんなべっぴんな子とお茶(麦茶だけど)を飲めるんだもの!
「どした?麦茶キライだっけ?」
そう聞いてきたあかねの手にあるコップは既にカラッポで…って氷はどこ行った?まさか食べちゃったの?そんな美しい顔して氷をガリガリ食っちゃったの?!
って、あれ?この状況ってもしかして、微妙にデートになってないか?クリーニング屋ということを除けば、若い男女が2人っきりでテーブルを囲んでるし。おじいさんは山へ……奥へ引っ込んでるし。そのことにあかねは気がついているの?
「それにしてもまさか早希がウチの学校に来るとはね」
うん、全然気づいてないね!普通だったら俺という男性を前にして氷をガリガリ食えないよ。恥ずかしくて麦茶に口すらつけられないよ?
…ってことは俺は男の部類に入ってないのか、それ以前にこの男前が見えていないのか?!なんてこった、俺はあかねラヴなのに!…なんつったらブン殴られるからヤメよ。さっき喰らったヘッドバッドのキズがまだ癒えてないし。
ここには良く来るの?なんて聞いてくるあかねの顔を眺めていると、ふと彼女の恋の話を聞いたことがないと、今更になって気がついた。
今誰か好きな人とかいるのかしら?……え、俺?ちょっとちょっと、そりゃあいくらなんでも…ハイ寂しい一人芝居でごめんよ。
あかねの恋…恋ねぇ………あっもしかして中学の時の…あの、ほら、なんてったっけ。戦国時代を生き抜いた武将みたいな名前の先輩………。
「ふじのもとの!……って誰!?」
「いや、あたしが聞きたいんたけど」
間違ったか?いや、恥ずかしくて知らないフリをしてるだけかもしれない。もう少し探りを入れてみようか。たしか名字の中に『ふじ』は間違いなくあったよな。
「ふじ…フジ…」
ブツブツ言いながらあかねの顔をチラ見してみる。ほらほら、覚えているでしょう?言っちゃいなさいよ、そしてスッキリしっちゃいな!
「…もしかして、藤井先輩のこと?」
「違う違う!それじゃ現代の名前でしょ!え〜っと、たしか…ふじのくらやまの?」
「あんたの思考は中学の時から止まってんのか!」
なんで中学?!俺だって成長してるよ!見てよこのがっしりとした体を!それに高校に入ってから1年足らずで13.5センチも身長が伸びたんだよ?驚異の伸びでしょ?
「藤井 秀正先輩でしょうが!」
おぉなんだよなんだよ、しっかり覚えてるんじゃんか。隅に置けないねぇ……でも、別に名前が出たからといって顔が赤くなったりはしてないなぁ。普通ならちょっと恥ずかしい気持ちが浮き出て頬を赤く染めたりなんかしそうだけど。…………あかねは普通の女子とは違うか。
「藤井先輩がどうかした?」
「…え?」
やべっ、どうしよ。その後の展開を予想してなかった。直に「何言ってんのよぉ、あなたの想い人でしょ」って聞いてもいいかしらね。でももしかしたら触れないでほしい過去になってるかもしれないしなぁ。う〜ん…いや、好奇心のカタマリである俺がここで黙っているわけにいかない!
「あかね…」
「あのさ」
「え?あ、はい?」
チィ、うまくかわされてしまったか!ってそれ俺の麦茶!まだ口をつけてないからって飲んじゃうの?今日は部活なかったのにノド乾いてんの?
「勇樹のことだけど」
「…王子?」
「王子って…まぁそれは置いといて。勇樹は萌が好きなんだよね」
いきなり爆弾発言!つってもまぁクラス全員が知ってることだから別に驚くことはないけどさ。
……はっ!まさか!まさかあかね、勇樹に気があるのか!?なんてこった、いつも近くにいるこの俺が気づかないとは不覚!
そうか、だからあかねは萌を俺にくっつけてフリーになった勇樹を……バカ!あかねがそんな姑息なマネするか!彼女なら正々堂々と勝負するハズ!
よっしゃ、そんなあかねにエールを送るよ!もうヤケに近いけど!
「俺、あかねを応援する」
「は?なんで?」
「あかねは勇樹が好きなんだわよね。だから副委員長に立候補したんだわよね。今まで気づかなくて申し訳なかった!」
「どんな勘違い?!」
え、違うの?じゃあなんで勇樹の話題を振ったんだ?あたしは藤井先輩のことは忘れたんだよ、今は勇樹ラブなんだ…みたいな雰囲気じゃなかった?
「あんた、何か聞いてる?」
「何を?」
ちょっとちょっと、そこで溜め息ヤメてくれない?何のことやらサッパリわからないんですがね。
「……や、やっぱりいい」
そこまで言われたら気になるわ!しかもその困惑した表情がとってもナイス!って言ってる場合じゃない!
普段は絶対に見せてはくれないであろう照れた表情を見せるあかねをマジで美人…ではなくて可愛いと思いました。そんでもってエヘッとかってハニカミ笑いされたら無意識に抱きつきそう。っか抱きついてって言ってるようなモンです。だから俺のせいじゃない。
「言ってよ言ってよぉ!気になるじゃん!」
ここは女友達っぽく振る舞ってあかねを混乱させてしまおう。それでポロッと口走ってしまってさぁ大変攻撃を喰らいなさい!
「ゴメン言わない!」
女っぽさが足りなかったか?!っもう、そんな神妙な顔で謝られてしまったらそれ以上突っ込んで聞けないじゃないのよ。しかしさすがあかね、俺の扱いに慣れているな。
「あっそそんなことよりもさぁ!」
作り笑いバレバレで話題を変えようと頑張るあかねを見て、この話は終わらせた方がいいと気づいた。でも絶対に何かある…いや、あったな。『そ』が一個多かったし。
なんやかんやと気を逸らそうと話し続けていたあかねは(俺の)麦茶を一気に飲み干すと、本日二度目の深い溜め息を漏らした。
うん、溜め息漏らした時点でギブ寸前だね。
しかしこうまでして隠したい(もう半分くらい言ってる気配ビンビンだけど)理由ってなんだ?勇樹は萌が好きなんだよねって言ってからあかねの態度が急変したから……思いつかない!やっぱりあかねは勇樹のことが好きで動揺しちゃた、くらいしか考えられない。だから応援するよって言ってんのに、まったく素直じゃないんだから。
どうやって聞き出したらいいかと考えていたそんな時だった。思い出さなくてもいい用事を思い出し、事もあろうに口に出してしまった。
「あっそうだ、一郎と約束してたんだっけ俺」
俺バカ!何であかねを助けるような発言を!ちょっ、ありがとうみたいな表情ヤメて!助ける気なんてこれっぽっちもなかったんだからそんな顔されると心が痛い!
「じゃあ帰ろうか!あまり長居してもおじいさんに悪いし!」
待ったを掛けても既に遅し、「さぁ帰ろう!」と腰を上げたあかねはハイパワーでスポーツバッグを持ち上げる。あの重いバッグを片手で持ち上げるとは、ベンチプレスやったらどんな記録が出るか今から楽しみじゃ!
「シャシャシャー!」
「なに?!」
コーフンし過ぎて思わず師匠になってしまった!(意味不明な方は番外編2をご参照下さい)
そしてその叫びがそんなに異様だったか、奥へ引っ込んでいたハズのおじいさんが血相を変えて飛び込んで来た。
「な、何があったぁ!?」
そこまで慌てられても困るんですけど。そんな怖かったですか?俺の気合いが入った笑いがそんな不気味でしたか?
「すいません何でもないです!太郎のバカ、あんた誰のマネしてんだ!」
「ワシはお前の師匠じゃ!」
「ばあさん!」
ナゼそこでおばあさん!?
「い、いいから行くよ!それじゃあご馳走様でした!」
「痛い痛い!出来るなら袖だけ掴んで!微妙に腕の肉も掴んでるから!」
必死におばあさんに助けを求めるおじいさんに勢い良く頭を下げたあかねは、腕の痛みに耐えている俺を引っ張りクリーニング屋を飛び出した。
「あんたねぇ、時と場合を考えてモノマネしなよ」
道路に飛び出した後、袖をまくり上げてアザがないか確認している俺に息が上がった様子のあかねに背中を叩かれた。右手に俺、左手にバッグじゃ息も切れるわな。
「だって思い出しちゃったんだもの。戦国先輩と初めて会話を交わした日のことを」
「戦国って……よくそんなこと覚えてたね」
「忘れられるハズないでしょうよ、あかねの引退試合だったんだから!あの日から俺は…」
「ハイハイ、ありがと」
ハイは1回だけでいいから!そんなおざなりにお礼を言われても嬉しくないよ!
ゴメンゴメンとまたも2回言ったあかねにブツブツ文句を言いながら辺りを見回してみる。外はまだまだ明るく、下校途中の生徒達が何人か見える。これから一郎とハンバーガー天国かぁ…メンドクセッ。
「ねぇねぇあかねぇあかねぇちゃん」
「なに?」
ごめんツッコンで!笑顔でスルーしないで!「ねぇが多い!」とか言って!
「あかねも一緒にハンバーガーなどどうですか?」
「あんたと?」
「一郎もおりますよ」
「昨日食べたからなぁ。………パスで」
やっぱりそう?いいさいいさ、男2人寂しくハンバーガーセットに食らいついてやるさ!しかも一郎のしょうもない(と思える)相談に乗りながら。絶対にハンバーガー食う気失せる。
「じゃあ途中まで一緒に行こうよ」
「じゃあの意味がわかんないって」
岩ぁんのような(誰?と思った方は……)返事をしてくれたね。
疲れたからもう帰るね、とまだまだ話し足りない俺に気がついたか、あかねは津田家へ体を向けるとバイバイすら言っていないのに歩き始めてしまう。
「待ってあかね!」
ちょいぃ!と彼女のスポーツバッグを掴む、が奪えない!どんだけ力込めて掴んでんだよ!
「ハンバーガーはまた今度。その時は萌も一緒に行こうよ」
「萌となんて行ったら奢らされちゃうよ!」
多分、多分だけど一郎はもうハンバーガー屋にいると思われる。そしてきっと萌達とバッタリ会ってる。でもだからといって楽しく4人でテーブルを囲んでいるとは思えない。微妙にソワソワして萌達のことを見つめてる一郎の元になんて行きたくねぇ。出来れば萌達が店を出てから行きたいんです。だからもう少し僕と遊んでください!
「あたし明日も朝練あるし」
「朝練といっても早朝5時とかじゃないでしょ?もっとお話ししたいのよぉ!だから、あっそこの公園でちょっと語り合おうよ」
「語り合うって…」
いいから黙ってついて来て!
さぁさぁさぁと有無を言わさずスポーツバッグを引っ張り走り出す。俺の俊足について来い!
「ちょっ太郎!転ぶって!」
厳しい表情のあかねを背後に走る走る。気がつくとものの5分で公園に到着してしまった。時間を無駄にしないのはいいことだけど、早く着きすぎた!
「ったく、こんなとこ萌に見られたらどうすんのさ」
いつでもキミは萌萌、萌が最優先だね。自分を低くしてはダメだよ!
スポーツバッグを持ちながらあかねはブランコへ移動、そして座ると同時にもの凄い速さで漕いでいく。スポーツ万能少女もここまでいくとちょっと引くわ!
「萌萌萌って、あかねの頭には萌しかないの?太郎太郎太郎はどした!?」
「何言ってんの」
俺だってあかねに大切に想われたいの!出来ることなら萌よりも大切に想ってちょうだい!
「だってあかねったら、ちょっ!危ない危ない!ヘタしたら一回転しちゃうって!」
どんだけ気合い込めてブランコ漕いでんだよ!あっでも待てよ、もしかしたら風圧でスカートがチラリと舞い上がったりなんかしちゃったり…………ってか速すぎて見えるモノも見えない!前に立っている俺が危ない!
必死にあかねの攻撃をかわして隣りのブランコに乗り込む。ブランコも善し悪しだね。
「あん…は…う…ってる?」
速すぎて何を言ってるかまるで聞き取れないんだけど。降りてくる瞬間しか声が聞こえないって。あんこが売っている店を知りたいのか?でもなんで今ここで聞いてくるの?明日でも良くないか?
止まってくれないと何言ってるかわかんないって!とダメ元で叫んでみると、意外にも聞こえていたらしくあかねは砂ボコリを巻き上げながら急停止してくれた。
「……あんたは、萌のことどう思ってる?」
また萌かい。少しでも気を抜くと萌の名前を出してしまうようですね、重傷です。ワタシの手には負えません。
「どうって…」
ふと、勇樹にも同じことを聞かれた記憶が蘇ってきた…ので闇へ葬り去る…ことはやっぱり出来ない。
「あたし萌のこと大切にしなって言ったりしたけど、あんたの気持ちを聞いたことってなかったよね。まぁはぐらかされて終わった記憶はあるんだけど」
はぐらかしてなんて……あぁアレか。好きな人はいるのかって聞かれて「あかね」って答えたりしたことか。でもウソじゃないしぃ?あかねのことは好きだしぃ……そんな俺は気持ち悪いしぃ?
「いい機会だから今聞かせてよ」
良くないっつーに。それにそんな真剣な眼差しで言われたらこっちも真剣に答えなくちゃいけないじゃん。
「う、うぅ〜ん……」
あかねの熱視線に悶えつつマジで考えてみるも、全く答えにたどり着かないのに今更ながら気がついた。
ただの幼なじみって答えてしまったらそれで終了するってわかっているのに、言葉が出てこない。そこで何で出て来ないかと考えてみると、あることが頭の隅に引っかかっているせいだとわかった。
クリーニング屋であかねが口走った「何か聞いてない?」という発言、それプラス勇樹の名前を出したこと。
あかねは何を言おうとしたんだろう。ゴメン言わないなんて言われたら逆にめちゃくちゃ気になる。まぁ聞くに聞けなかった俺が悪いんだけどさ。
チラリと見てみると、彼女は真剣な表情そのもので俺の言葉を待ちわびている。こりゃあおちゃらけたことなんて言えないね。言ったらまた猛スピードでブランコを漕ぐだろう。
………でも、じゃあ何て答えたらいい?こんなこといったら怒られるかもしれないけど、萌のことをそんな真剣に考えた事なんてないんだよなぁ。あかねが言うに萌は俺を大切に想ってくれている………信じられないけど。本人の口から聞かないと信じられるワケがない。つっても俺に対する態度を見てどこをどう大切に想ってくれてんだか。
え、俺?俺はめちゃくちゃ奉仕してますよ。だってあの暴言が趣味のような子とずっと一緒に登下校してたんだから。感謝されることはあっても恨まれることはない。
っと、話が逸れた。今は俺が萌をどう思ってるか聞かれてたんだった。え〜っと……。
「…条件がある」
「えぇまた?早希のケータイ番号なら教えただろ」
疲れた表情でそう言ったあかねは、もう一度ブランコを漕ごうと足に力を込めたのがわかった。また会話が出来なくなるからヤメてっつーに!
「違うって!さっき言いかけてヤメた事について教えて!」
「は……」
あまりの驚きにまばたき忘れてる!早く1回でもまばたきしないとドライアイになっちゃうよ!
やっとまばたきを1回したあかねは「ッハァ〜」とお年寄りがしそうな長い溜め息を漏らす。本日三度目です、新記録に違いない。
それから2回の深呼吸を終えたあかねはブランコから降りると俺の方へ体を向けてくる。それにつられて立ち上がると、彼女は少し困惑した顔でいきなり頭を下げてきた。
「さっきは思わず口走っちゃったけど、やっぱり言えない、ゴメン!」
「え〜なんでぇ?アタシとあかねの仲じゃないよぉ」
「それは………」
そう言って無言になってしまうあかね。こう一日に何度も彼女の困った顔を見られる日が来るとは。喜びのダンスを踊ってもいいかしらね。
「で、でもああいう事をベラベラ話すのは…」
「ああいう事って?」
「え、あ…いや…」
どんどんドツボにハマっていくあかねが可愛くて仕方ねぇ!そしてもっと見たいと思ってしまうのは男の性、総攻撃じゃ!
「ああいう事ってどんな事?勇樹に関係アリなのぉ?」
「っうぐ…」
顔を赤くしちゃってか〜わ〜うぃ〜うぃ〜!いつもはカッコイイあかねなのにそんな可愛い表情できるんじゃん!勿体ない、もっと自分をさらけ出せばファンが倍増するのに!
「いや、だから…えっと…あ〜…」
「あぶっ!」
一瞬の出来事だった。これ以上口を開けば何か言ってしまうんじゃないかとビビったあかねが渾身の力を込めてスポーツバッグを振り回したのだ!あの重いバッグ攻撃を喰らったら立っていられなくなる!
「ちょっとあかね危ねぇって!……逃げるなぁ!」
「ゴメン帰る!」
俺が怯んだのと同時に駆け出すあかね。さっき一緒に走った時とは比べモノにならないほど速い!こりゃあ追いかけて走っても全然追いつけそうにない。諦めるしかないのか!
「俺、独りぼっち…」
ポツンと暗くなってきた公園に一人たたずむ俺は、猛スピードで駆けていくあかねの背中を見つめるしかできなかった。
俺とあかねの間に隠し事なんてないハズ(と思い込んでいる)なのに。そんな怖いor恐ろしいことなのか?誰かに言ったら呪われるとか、そういうことなのか?
乗っていたブランコに座り直し、小さく息を吐く。
あかねはどうしてあれほどまで取り乱したんだろう。そして逃げてしまったのだろうか。あっ言っておきますけど、俺はあかねに触ってやろうとか抱きついてやろうとかしてないから。そこのところはきっちりと言わせてください。
勇樹…勇樹かぁ。でもバス停で会った時は別に普通な感じだったし、学校でもやっぱり普通だったしなぁ。ちょっと元気ないなぁとは思ったけど、話せばちゃんと会話してくれたし。
萌だっていつもと同じ感じだった。キャロット先輩に告白されて不機嫌にはなってたけど、それ以外は変わりない(とは言ってもキッツイけど)と思うし。
一体2人に何が起こったのか?!……次回予告みたいな言い方になってすみません。
「萌、萌、萌ねぇ……勇樹、勇樹、勇樹………ッハ!」
まさか、まさか!
「そうなのかぁぁぁぁ!?」
「うるっさい!」
さっきのあかねのようにブランコを思い切り漕いでやろうと力を込めた瞬間、いつもの怒声が聞こえてきた。ってか今はちょっと、キミに会いたくないかも……。
更新が大変遅れてしまい、本当に申し訳ございませんでした。そして今回、少しシリアスな感じでいこうと決めていたのですが、うまくいきませんでした。大変申し訳ございません。